聖文
教義と聖約113


第113章

千八百三十八ねんがつ、ミズーリしゅうファーウェストまたはそのきんにおいて、イザヤのしるしたことがらかんするしつもんたいしてげんしゃジョセフ・スミスよりあたえられたこたえ。

1-6エッサイのかぶ、そこから、およびエッサイのあきらかにされる。7-10シオンのらされたのこりのものは、しんけんけるけんっており、しゅかえるようにすすめられている。

1イザヤしょだい十一しょう一、二、三、四、五せつなかべられている、エッサイかぶとはだれのことか。

2まことに、しゅはこのようにわれる。「それはキリストである。」

3イザヤしょだい十一しょうせつなかべられている、エッサイのかぶからるはずのとはなにか。

4よ、しゅはこのようにわれる。「それはキリストのなか一人ひとりしもべであって、いくぶんエフライムそん、すなわちヨセフのいえそんであるだけでなく、いくぶんはエッサイのそんでもあり、おおきなちからさずけられるものである。」

5だい十一しょうせつなかべられている、エッサイのとはなにか。

6よ、しゅはこのようにわれる。「それはエッサイのそんであり、ヨセフのそんでもあって、わりのときに、はたとなるために、またわたしのたみあつめるために、しんけんおうこくかぎとをせいとうしょゆうするものである。」

7エライアス・ヒグビーからのしつもんイザヤしょだい五十二しょうせつなかの、「シオンよ、ちからよ」というめいれいはどういうか。また、イザヤはどのたみしてべたのか。

8かれは、かみわりのときされるものたち、すなわちシオンもともどし、イスラエルをあがなしんけんちからものたちをしてべた。ちからるとは、しんけんけんのうをまとうことであり、シオンはそれをけっとうによってけるけんっている。また、シオンがうしなったそのちからふくすることでもある。

9だいせつの、シオンがそのくびなわてるということによって、わたしたちはなにかいすべきか。

10わたしたちはつぎのようにかいすべきである。すなわち、らされたのこりのものは、かつてしゅのもとからちたが、そのしゅかえようにすすめられている。かれらがそうするならば、しゅかれらにかたる、すなわちかれらにけいあたえるとやくそくしておられる。だい六、七、八せつさんしょう。シオンのくびなわとは、シオンにくだされたかみののろい、すなわち、イスラエルののこりのものほうじんあいだらされたじょうたいにあるということである。