聖文
教義と聖約41


第41章

千八百三十一年ねん二月がつ四よっ日か、オハイオ州しゅうカートランドにおいて、預よ言げん者しゃジョセフ・スミスを通とおして教きょう会かいに与あたえられた啓けい示じ。この啓けい示じにより、神かみの「律りっ法ぽう」(第だい四十二章しょうを参さん照しょう)が与あたえられるように祈いのりなさいと預よ言げん者しゃと教きょう会かいの長ちょう老ろうたちに指し示じが与あたえられる。ジョセフ・スミスはニューヨーク州しゅうからカートランドに到とう着ちゃくしたばかりであった。オハイオ州しゅうトンプソンの近ちかくに住すむ教きょう会かい員いん、リーマン・コプリーは、「自じ分ぶんと一いっ緒しょに住すむように、そうすれば住すまいと食たべ物ものを提てい供きょうすると、ジョセフ兄きょう弟だいとシドニー〔・リグドン〕に申もうし出でた。」続つづく啓けい示じにより、ジョセフとシドニーの住すむべき場ば所しょが明あきらかにされ、またエドワード・パートリッジが教きょう会かいの最さい初しょのビショップとして召めされる。

1-3長ちょう老ろうたちは、啓けい示じの霊れいによって教きょう会かいを治おさめなければならない。4-6まことの弟で子しは、主しゅの律りっ法ぽうを受うけ入いれて守まもる。7-12エドワード・パートリッジが、教きょう会かいのためにビショップに指し名めいされる。

1耳みみを傾かたむけて聞ききなさい、おお、わたしの民たみよ。主しゅであり、あなたがたの神かみである者ものは言いう。わたしの語かたることを聞きく者ものよ、わたしはあなたがたを、すべての祝しゅく福ふくの中なかで最もっとも大おおいなるものをもって祝しゅく福ふくすることを喜よろこびとする。また、わたしの名なを公こう言げんしながら、わたしの語かたることを聞きかない者ものよ、わたしはあなたがたを、あらゆるのろいの中なかで最もっとも厳きびしいのろいをもってのろうであろう。

2聴ききなさい、おお、わたしが召めしたわたしの教きょう会かいの長ちょう老ろうたちよ。見みよ、わたしはあなたがたに戒いましめを与あたえる。あなたがたはわたしの言こと葉ばについて一いっ致ちするために集あつまりなさい。

3あなたがたは、わたしの教きょう会かいを治おさめる方ほう法ほうを知しり、すべてのことをわたしの前まえに正ただすために、あなたがたの信しん仰こうの祈いのりによってわたしの律りっ法ぽうを受うけるであろう。

4わたしが来くるとき、わたしはあなたがたを治おさめる者ものとなる。見みよ、わたしはすぐに来くる。あなたがたは気きをつけて、わたしの律りっ法ぽうを守まもるようにしなければならない。

5わたしの律りっ法ぽうを受うけ入いれて、それを行おこなう者ものは、わたしの弟で子しである。また、律りっ法ぽうを受うけ入いれると言いって、それを行おこなわない者ものは、わたしの弟で子しではなく、あなたがたの中なかから追おい出だされなければならない。

6王おう国こくの子こらに属ぞくするものを、ふさわしくない者ものや犬いぬに与あたえることは良よくないからである。すなわち、豚ぶたに真しん珠じゅを投なげ与あたえることは良よくないからである。

7さらにまた、わたしの僕しもべジョセフ・スミス・ジュニアが住すんで翻ほん訳やくするための家いえを一軒けん建たてるのは、適てき切せつなことである。

8さらにまた、わたしの僕しもべシドニー・リグドンは、わたしの戒いましめを守まもるならば、彼かれがよいと思おもうままに住すむのは適てき切せつなことである。

9さらにまた、わたしは、わたしの僕しもべエドワード・パートリッジを召めした。そして、戒いましめを与あたえる。彼かれは教きょう会かい員いんの声こえによって指し名めいされ、教きょう会かいのためにビショップに聖せい任にんされなければならない。それは、彼かれが自じ分ぶんの商しょう売ばいをやめて、教きょう会かいの仕し事ごとに全ぜん時じ間かんを費ついやし、

10わたしが律りっ法ぽうを授さずける日ひに、その律りっ法ぽうによって彼かれに定さだめられるままにすべてのことを取とり計はからうためである。

11これは、彼かれの心こころがわたしの前まえに清きよいからである。彼かれは心こころに偽いつわりのない、昔むかしのナタナエルのようである。

12これらの言こと葉ばはあなたがたに与あたえられており、わたしの前まえにあって清きよい。それゆえ、これらをどう扱あつかうか、あなたがたは気きをつけなさい。裁さばきの日ひに、あなたがたはこれらに対たいして責せき任にんを問とわれるからである。まことにそのとおりである。アーメン。