2000–2009
霊的な備え――
脚注

Hide Footnotes

テーマ

霊的な備え――

人生での大いなる試しとは,人生のの真っただ中でわたしたちが神の命令に聞き従うかどうかを見ることなのです。

たいていの人は嵐にどう備えようかと考えたことがあるでしょう。ハリケーンや津波,戦争,干ばつで苦しむ男女や子供,高齢者,病人を見て心を痛めたことがあるでしょう。そうしたときに,人はまず「何を用意しようか」と考えます。そして,このような災害に襲われたときに必要となりそうなものを片っ端から買い集めて蓄えようとします。

しかし,準備には,もっと大切なものがあります。だれのもとにも確実に訪れる試しのための準備です。この準備には時間がかかるため,ずっと早くから始めなければなりません。試しのときに必要になるものは金銭で買うことができません。借りることもできません。そうそう蓄えてもおけません。しかもそれは,繰り返し頻繁に使っていなければならないものです。

試しのときに必要になるのは霊的な備えです。人生での試しを乗り越えられるよう,イエス・キリストを信じる信仰をしっかりとはぐくんでおくということです。永遠の世でどのような状態になるかは,現世での試しにどう対処したかに懸かっています。そして,この試しは,世界を創造するに当たって,神がわたしたちに意図しておられたことの一部です。

預言者ジョセフ・スミスの記述から,わたしたちが直面する試しについて主がどのように説明しておられるかが分かります。天の御父は,御子イエス・キリストとともに世界を創造されました。創造の目的については,次のように語られています。

「あそこに空間があるので,わたしたちは降くだって行こう。そして,これらの材料を取って,これらの者が住む地を造ろう。そして,わたしたちはこれによって彼らを試し,何であろうと,主なる彼らの神が命じられるすべてのことを彼らがなすかどうかを見よう。」1

このように,人生での大いなる試しとは,人生の嵐の真っただ中でわたしたちが神の命令に聞き従うかどうかを見ることなのです。嵐を堪え忍べるかどうかではなく,荒れ狂う嵐の中で正しいことを選べるかどうかが試されるのです。したがって人生での悲劇とは,この試しに耐えられず,栄光をまとって天の家へ帰るふさわしさを身に付けられないことです。

わたしたちは天の御父の霊の子供です。御父はわたしたちを愛しておられたので,この世に生まれてくる前に,次のことを教えてくださいました。すなわち,御自分の持っておられるものをすべてわたしたちに与えたいと思っている,と言われたのです。そして,それらを授かるのにふさわしくなるためには,わたしたちは死すべき肉体を得て試されなければなりません。死すべき肉体に宿っている間は,それゆえに痛みや病,死を味わうことになります。

死すべき体に伴う欲望や弱点を通して,誘惑に遭うことになります。巧妙で強力な悪の力は,誘惑に屈するよう執拗しつように誘います。人生の嵐に遭うとき,人の目では見ることのできない事柄を,信仰を使って選択しなければなりません。

人類の救い主,贖あがない主として,エホバすなわちイエス・キリストが遣わされるという約束が交わされました。キリストはわたしたちすべてが必ず復活できるようにしてくださいました。さらに,キリストに従うことによって主への信仰を働かせるならば,人生の試しに打ち勝てるようにしてくださるのです。わたしたちはこの知らせを聞いて喜び呼ばわりました。

イエス・キリストについてのもう一つの証あかしであるモルモン書の一節には,この試しがいかに厳しいものか,これに打ち勝つためには何をしたらよいかが書かれています。

「それゆえ,心を喜ばせなさい。そしてあなたがたは,自分の思うとおりに行動すること,すなわち永遠の死の道を選ぶことも,永遠の命の道を選ぶことも自由であるのを覚えておきなさい。

さて,わたしの愛する同胞はらからよ,神の御心みこころと和解しなさい。悪魔の意志と肉の思いに自らを従わせてはならない。また,神と和解した後にあなたがたが救われるのは,ただ神の恵みによること,また神の恵みを通じてであることを覚えておきなさい。

そして,神が復活の力によって,あなたがたを死からよみがえらせ,また贖罪しょくざいの力によって,永遠の死からもよみがえらせてくださって,あなたがたが神の永遠の王国に迎え入れられ,神の恵みによって神をほめたたえることができるように。アーメン。」2

永遠の命への道を選ぶには,主イエス・キリストを信じる揺るぎない信仰が必要です。この信仰を用いれば神の御心を知ることができます。この信仰を基にして行動すれば,神の御心を行う力が得られます。イエス・キリストを信じる信仰を働かせれば,誘惑を退け,贖いの力を通して赦ゆるしを得られるのです。

サタンは疑いを抱かせ,肉欲に訴えて善を悪と言い,罪など存在しないと言って欺きます。イエス・キリストを信じる信仰は,サタンの攻撃を受けるはるか以前にはぐくみ,養っておかなければなりません。霊に対する嵐はすでに荒れ狂っています。この嵐は,救い主が再び来られるまでさらに激しく吹き荒れることでしょう。

たとえ現在大いなる信仰をもって神に従っているとしても,その信仰がさらに強くなるよう絶えず努力し,常に新たな信仰が増し加えられるよう心がける必要があります。そのためには,速やかに従い,さらに確固とした決意で堪え忍ぶよう今,決心することです。早い時期から始め,絶えず積み重ねていくことが霊的な備えを行う鍵かぎです。先延ばしや怠惰は,霊的備えにとって大敵です。

速やかに,たゆまず主に従えるよう訓練する方法を4つ紹介しましょう。まず神の御言葉みことばをよく味わうことです。第2に常に祈ること,第3に什分じゅうぶんの一を完全に納めること,第4に罪とその恐ろしい結果から遠ざかることです。これらは,始めるのにも,たゆまず続けていくのにも信仰を要します。そして,この4つの方法はすべて,主の命令を理解して従う能力を高めてくれます。

取りかかるための助けはすでに主から与えられています。今年の8月,年末までにモルモン書を最後まで読み通す人が享受する約束について,ゴードン・B・ヒンクレー大管長は次のように語りました。

「わたしは皆さんに,何のためらいもなくはっきりと約束します。これまでに何度読んだかに関係なく,皆さん一人一人がこの簡単なチャレンジを実行するなら,皆さんの生活や家庭の中に,さらに豊かに主の御霊みたまが注がれるようになるでしょう。そして,主の戒めに従って歩もうとする決意が強められ,神の御子が確かに生きておられることがさらにはっきりと分かるようになることでしょう。」3

これは,霊的な備えに必要な信仰が強められるという約束です。しかし,この霊感あふれる勧めに従うのが遅れると,毎日読む分量は多くなります。それに加えてたとえ2,3日でも読まない日があれば,年内に読み終えられない可能性が高くなります。ですから,わたしは一日の仕事に取りかかる前にモルモン書を読むことにしています。こうすれば,決意が強められ,イエス・キリストに対する証が得られるという,約束された祝福を逃すことはありません。12月の終わりには,神から命令されたらすぐにその場で始め,たゆまず行うという原則から何かを学んだことになります。

モルモン書を読む過程でそれ以上にわたしが祈り求めたいのは,神が自分に何を行うよう望んでおられるのかを聖霊の助けによって知ることです。この願いがかなえられるという約束は,モルモン書そのものに書かれています。

「さて,わたしは,キリストの言葉をよく味わうようにあなたがたに言った。見よ,キリストの言葉はあなたがたがなすべきことをすべて告げるからである。」4

モルモン書を読んで深く考えていて,あることを行いなさいと聖霊から告げられたら,すぐに行うつもりです。この読書課題を12月に達成するころ,従順になるのに必要な信仰が増し加えられたという様々な経験をしていることでしょう。このようにして信仰は強くなります。そして,神がわたしに望んでおられることを知るために速やかにたゆまず聖文を研究し,そのとおりに実際に行うなら,どのような結果が得られるか,身をもって知るようになるでしょう。これを実行する人は,さらに大きな嵐が来ても乗り越える備えができていることでしょう。

さて,1月1日から何をするかは自由です。安堵あんどのため息をついて自分にこう言い聞かせることもできます。「早くから始め,たゆまず従順に行ったおかげでたくさん信仰を蓄えた。試しの嵐が来るときのためにこの信仰をしまい込んでおこう。」しかし,備えるにはもっと良い方法があります。というのは,大いなる信仰というものは長持ちしないからです。引き続き聖文を読んでキリストの御言葉と生ける預言者の教えを研究しようと決意することもできます。これはわたしが行おうとしていることです。もう一度モルモン書に戻って深く何度も味わうつもりです。これを行うときにわたしは,預言者がチャレンジと約束を与えてくれたことに感謝の念を抱くことでしょう。このチャレンジと約束のおかげでさらに大きな信仰を得てそれを保ち続ける方法を学ぶことができるからです。

個人の祈りも,神の命令を行うための信仰を築く助けになります。打ち負かされないように常に祈るようわたしたちは命じられています。時には神に直接守っていただく必要があると感じることがありますが,従順になれるだけの信仰を培うならば,それに勝る守りが与えられます。神が自分に何をするよう望んでおられるか知ることができるように,毎日祈りましょう。答えを受けたらすぐに行おうと心に決めておいてください。わたしの経験では,そのような祈りに主は必ずこたえてくださいます。御心が分かったら従ってください。主に従うとき,信仰は十分に強くなり,打ち負かされることがなくなります。そして,主からさらに教えを受けるために,このプロセスを何度も繰り返す信仰が得られます。このようにするならば,嵐が来たとき,行って主が命じられたことを行う用意ができているはずです。

救い主は,このような従順な祈りの偉大な模範を示されました。ゲツセマネの園で贖いの業を成し遂げたとき,御父の御心が行われるようにと祈られたのです。御父の御心を行うことには非常に激しく,人には想像もできないような恐ろしい苦痛が伴うことを御存じでした。主は御父の御心をただ受け入れるだけではなく,行いますと祈られました。断固として完全に従おうという思いのこもった祈りとはどのようなものかを,主は示してくださったのです。

速やかに,たゆまず信仰を行使するという原則は,什分じゅうぶんの一を納めるという戒めにも当てはまります。什分の一を完納しようと決意するのを,什分の一年末面接の時期が来るまで待つ必要はありません。今決心できます。自分の持ち物は神が与えてくださったのだという信仰をもって支出を管理できるようになるまでには時間が必要です。什分の一を遅れることなく速やかに納めるには信仰が必要です。

什分の一を完全に納めようと今決意し,たゆまず納め続けるならば,祝福は什分の一年末面接のときだけでなく,年間を通じて注がれるでしょう。什分の一を完全に納めようと今決意し,たゆまず納め続ける努力をするならば,信仰は強められ,いずれ心が和らげられます。これは金品をささげたからではなく,イエス・キリストの贖いを通じてもたらされる心の変化です。この心の変化によって,什分の一を完全に納める者を終わりの時に守るという主の約束が成就します。5什分の一を今納めようと決心し,たゆまず納め続けるならば,この守りの祝福を受けるにふさわしい者となれるという確信が得られます。

速やかに選択をして信仰を働かせ,常に従順であるという,この同じ原則は,誘惑を退け,赦しを得るという信仰を持つことにも当てはまります。誘惑を退けるのは,早いほどいいのです。悔い改めをするのに最も適した時期は今です。魂の敵であるサタンは心によからぬ考えを吹き込んで誘惑します。早い時期に信仰を働かせようと決意すれば,行動に移す前に悪い考えを捨て去ることができます。そして万が一罪を犯したとしても,すぐに悔い改めるならば,サタンに信仰を弱められ自由を奪われることはありません。どんな場合でも赦しを求めるうえでよりよいのは,後ではなく今です。

父が死の淵にあったとき,神との間でまだ解決していない罪に対して,今のうちに悔い改めて赦しを祈り求めなければならないと思うことがあるか,尋ねてみました。ちょっとしたわたしの声の調子から,自分が死や裁きを恐れているのではないかと息子に心配されていると感じたのでしょう,父はくすっと笑うとほほえみかけてこう言いました。「まったくないよ,ハル(訳注――アイリング長老の愛称)。生涯を通じて常に悔い改めてきたからね。」

信仰を行いに移して絶えず従順であろうと,今,決心してください。そうすればやがて大いなる信仰と確信が得られることでしょう。それこそが,だれもが必要とする霊的な備えです。この備えができていれば,危機にさらされたとき,「備えていれば恐れることはない」6という主の約束を受けるにふさわしい者となっているはずです。

人生の嵐に遭ったときや死を目前にしたときにも,この約束にふさわしい者となっていることでしょう。愛に満ちた天の御父とその愛される御子は,遭遇する人生の試しを乗り越えられるよう,あらゆる方法で助けてくださいます。しかし,従順になって主の御心を行う決心をしなければなりません。わたしたちは時間をかけて,また日々の選びを通して,常に従順であるかどうかの試しを乗り越える信仰を築いているのです。神から求められることはどんなことでも直ちに行おうと今,決心してください。そして従順になれるかどうかを測る小さな試しにあって動かされないと決意しましょう。そうすれば,必ずやって来る大きな試しをも乗り越えられる信仰が築けます。

わたしたちは愛に満ちた天の御父の子供です。御子イエス・キリストは生きておられ,わたしたちの救い主であり,全人類の罪の代価を払ってくださいました。救い主はよみがえられ,天の御父とともに少年ジョセフ・スミスに御姿みすがたを現されました。モルモン書は神の御言葉です。神の賜物たまものと力によって翻訳されました。この教会がイエス・キリストのまことの教会であることを,わたしは知っています。

聖霊を通して神が自分に何をするよう望んでおられるかを知ることができます。主が命じられることは何であろうと,どのような試練が訪れようと,成し遂げる力を主が与えてくださることを証あかしします。

平穏なときでも嵐のときでも,常にすぐに主に従う決意ができるよう,祈っています。そのように行うならば信仰は強まり,この世で平安を得られます。そして,次の世では家族とともに永遠の命を受けるに値する者となれるという確信が得られます。これらのことを,イエス・キリストの御名みなによって約束します,アーメン。