2000–2009
神聖な真理の探求
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神聖な真理の探求

神聖な真理を聞き,心に留めるという主のパターンに従えば,個人の霊的基盤を築くことができ,それが,皆さんがどのような者になるかを決めることになるのです。

今宵こよい,この大勢の聴衆の中に特別なゲスト――高校時代の大切な3人の友人――がいます。高校卒業50周年を祝うために,そして,この大会に出席するために,故郷ベルギーから遠路はるばるやって来てくれました。この3人のゲストに,また神権者である皆さんに,そして特に宣教師になる準備を進めている若人の皆さんにこのメッセージをささげます。これは,神聖な真理を探求することについてのメッセージです。神聖な真理を発見すれば,宗教的混乱と道徳的退廃が増大するこの世に対処できるようになります。神聖な真理は個人の霊的基盤となり,義の原則に添った生活へと人を導きます。主が語られたように「あなたは義をもって堅く立てられる」のです(3ニーファイ22:14)。

神聖な真理を見つけるにはどうすればよいでしょう。それは「主や僕しもべたちの声を聞き,預言者たちや使徒たちの言葉を心に留め」ればよいのです(教義と聖約1:14参照)。聞いて,心に留めるのです。聞くことは比較的簡単ですが,心に留めて応用するには,生涯にわたって努力する必要があります。

第1に,主の御声みこえを聞いてください。神聖な真理や霊的な知識に関する主の御言葉みことば は,聖典に収められています。これは啓示と呼ばれ,文字どおりの意味は「知らせる」または「明らかにする」です(Bible Dictionary, “Revelation,” 762)。啓示が与えられるのは「礼拝する方法を……知り,また自分が礼拝するものを知る」ためです(教義と聖約93:19)。ニール・A・マックスウェル長老は,「神の業を,神の御心みこころに従って,神の方法で,神の時にかなって行うためには,必ず啓示を受ける必要がある」と言いました(「啓示」第1回世界指導者訓練集会,2003年1月,5参照)。「啓示がなければ,すべては推測と闇やみと混乱に陥る」のです(Bible Dictionary,762)。

第2に,主の僕の声を聞いてください。啓示や神聖な真理は,主の御心により,様々な時に様々な方法で主の僕に与えられ,聖典にも収められます。「まことに主なる神はそのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは,何事をもなされない。」(アモス3:7)

第3に,預言者や使徒の言葉を心に留めてください。心に留めるとは,特に注意を払うということです。この時代に生きる,イエス・キリストの特別な証人として神から召された人々の言葉に耳を傾けるのです。彼らにその役割が与えられていることを認め,彼らの勧めに応じて,その教えが真実であるという霊的な確認を直接受けるようにし,彼らの教えに従うことを決意するのです。

要するに,聞いて心に留めるとは,試しと悪に満ちた人生を導き祝福するために,主が預言者を通じて神聖な真理を教えられるときのパターンなのです。主の祝福を得たいなら,このパターンによって,個人の霊的基盤を強める必要があります。ですから,主の思いを知るには聖文を調べるだけでは足りません。主の祝福を得るには,まず信仰の行いがなければならないのです。主の戒めに従うことによって,主の御心を受け入れる必要があります。そうするならば,個人的な霊的確認のプロセス,すなわち,霊的な確認を受けることを求めて信じる,というプロセスに従って,生涯祈るようになります。神聖な真理を伝達する,あるいは聞くことは,現実には,啓示,戒め,祝福という3つの言葉に要約できます。しかし,主の御声と主の僕の声をまず聞いて次に心に留めることは,生涯続く課題になるでしょう。なぜなら「生まれながらの人は神の敵であり,……聖なる御霊みたまの勧めに……喜んで従わないかぎり,とこしえにいつまでも神の敵となる」からです(モーサヤ3:19)。霊的な備えは,個人的な霊感を受ける前提条件なのです。同じ節にはこうあります。すなわち,わたしたちは「主なるキリストの贖罪しょくざいにより,……聖徒となり,子供のように従順で,柔和で,謙遜けんそんで,忍耐強く,愛にあふれた者」となり,主の御心すなわち主の戒めに「喜んで従」う必要がある,と説かれているのです。そして,主はこう述べておられます。「祝福を受けるときは,それが基づく律法に従うことによるのである。」(教義と聖約130:21)

では,最近の事例から,現代の預言者や使徒の言葉を聞いてそれを心に留めるというパターンについてさらに考えてみましょう。最近,大管長会は,イエス・キリストのもう一つの証あかしであるモルモン書を年末までに読むように,すべての教会員に勧めました。このチャレンジには約束が付いています。「いっそう豊かに主の御霊を受け,主の戒めに従うさらなる決意をし,神の御子が生きておられるというさらに力強い証を得られることでしょう。」(大管長会からの手紙,2005年7月25日付)

モルモン書に記されている,神の御子が確かに生きておられるという証をさらに強める必要があるのはなぜでしょうか。今日こんにち,キリスト教界ではキリストの教義について大きな混乱があります。キリストの神性だけでなく,キリストの贖罪や復活,キリストの福音,そして特に福音に関連した戒めについての混乱です。その結果,有能で有名な人間キリスト,十字架上の物言わぬキリストが信じられています。誤った信仰が,誤った宗教上の行いを招いています。

一人一人の霊的な基盤は,イエス・キリストが実際に生きておられ,預言者が実在し,聖典に主の啓示が記されるという,個人的に聖霊から与えられる霊的な確認を基としなければなりません。キリストが確かに生きておられることは,さらに具体的には,福音の回復とそれに関連する以下のメッセージに結びついているのです。「イエス・キリスト〔は〕世の救い主であられ,ジョセフ・スミス〔は〕この終わりの時代の主の啓示者であり,主の預言者であ〔り〕,そして末日聖徒イエス・キリスト教会は……地上に再び設立された主の王国である……。」(モルモン書,序文)

聖霊の力によって答えが与えられると信じ,信仰によって尋ねるあらゆる人には,聖霊の力により,主の御心のままに,霊的な確認が与えられます。霊的な確認は,主の御声や主の僕の声,預言者や使徒の声を聞くことにより始まり,その言葉を心に留めることによって,継続します。回復に関する霊的な知識は,信仰に影響されるのです。

この霊的なプロセスの一例として,改宗者であるわたし個人の霊的な経験を紹介します。宣教師が我が家を訪問したとき,わたしは福音の回復のメッセージを聞きたいと思いました。好奇心がおもな動機です。教会に出席すると,霊的な知識を新たに聞きました。興味深く,すばらしいと感じたものの,心に留めるという基本を抜かしました。キリストが確かに生きておられ,ジョセフ・スミスが回復の預言者であるという確証の上に個人の霊的基盤を築く必要があったのです。近代の啓示の物的証拠であるモルモン書を心に留め,モルモン書に対して抱き始めた信仰を試すことによって,ようやく確認が得られました。

しかしながら,その知識を得るだけでは不十分でした。モルモン書は真実であり,ジョセフ・スミスは預言者であるということについて,信仰を確信に変える決意が必要でした。キリストを信じるわたしの信仰は揺らいだことがありません。主と主の約束を信頼しています。心の平安,内なる平安が答えでした。疑問の余地はありません。このようにして霊的な基盤が築かれると,心の中でバプテスマの聖約を受け入れる決意が固まりました。そして,最後まで堪え忍ぶため義にかなった選択ができるよう,導きと助けとなる聖霊の賜物たまものが与えられました。以来,この死すべき生涯において,今後何をなすべきかが分かったのです。

神の啓示を試してください。主の御声を聞いてください。それは現実であり,個人的であり,真実です。理論は啓示に取って代わることができません。ジェームズ・E・ファウスト副管長は言いました。「個人的な疑問を抱くあまり,神聖な知識の源から遠ざかってしまってはなりません。」(「信じます。不信仰なわたしを,お助けください」『リアホナ』2003年11月号,22)

主の僕により皆さんの心に与えられる神の御言葉の力強い影響力を試し,感じてください(アルマ30:5参照)。

預言者と使徒の言葉を,信仰をもって試し,尋ね,受け入れ,そして心に留めてください。そうすれば「永遠の命の冠を受ける」でしょう(教義と聖約20:14)。

最後に,覚えておいてください。神聖な真理を聞き,心に留めるという主のパターンに従えば,個人の霊的基盤を築くことができ,それが,この世と次の世で皆さんがどのような者になるかを決めることになるのです。イエス・キリストの御名みなによって,アーメン。