2000–2009
すばらしい瞬間
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すばらしい瞬間

主とその導きを求め,天の御父のみもとに帰ろうと努力しているなら,そのようなすばらしい瞬間が訪れることでしょう。

わたしたちは,生ける預言者ゴードン・B・ヒンクレー大管長にどんなに感謝していることでしょう。そして彼が語った「末日聖徒イエス・キリスト教会の扶助協会に神の祝福がありますように」1 という言葉にも心から感謝しています。この教会の姉妹は一人残らず扶助協会に属しています。わたしたちのだれもが,神が定められたこの組織に満ちあふれる愛を感じることができます。

最近の自然災害で深刻な被害に遭った姉妹たちへの思いでわたしの心はいっぱいです。同時に,奉仕をする側と受ける側にある,義にかなった女性たちの話を聞いて喜んでいます。奉仕を通して,奉仕をする側も受ける側もともに主の愛を実感します。この試練の時にあって,皆さんが主の愛とともに,わたしの愛,そして扶助協会の大勢の姉妹たちの愛を感じられるように祈っています。

1842年,預言者ジョセフ・スミスは扶助協会の進むべき道を示し,姉妹たちにこう語りました。「女性の皆さんが慈愛という感情を持つのは自然なことです。皆さんは今,神が皆さんにお与えになった思いやりの心に従って行動できる状況に置かれています。もし皆さんがこれらの原則に従って行動するなら,その報いは実に偉大で輝かしいものとなるでしょう。」2

初期の扶助協会の姉妹たちは,預言者ジョセフ・スミスの言葉に奮い立ち,行動を起こしました。今日こんにちのわたしたちにも,「この大いなる業を成し遂げるために,神の御手みてに使われる者」3 となって仕える機会が与えられています。

神の御手に使われる者になるとは,簡単に言うとどんなことでしょう。それは,人を養い育てることだとわたしは思います。ジョセフ・スミスはそれを,わたしたちに宿る「思いやりの心に従って」行動することと呼んでいます。これまで,主がわたしを御手に使ってくださっていると感じた,すばらしい瞬間がたくさんありました。皆さんも,教え,慰め,励ましを与える中で,主の導きと助けを受けてきたことと思います。

でも,わたしたち女性は,自分自身に対して厳しすぎるようです。わたしの次の言葉を信じてください。わたしたちは,自分が考える以上に,もっとすばらしい存在なのです。自分が行っている正しい事柄を認め,喜ぶ必要があります。わたしたちが行うことの多くは,日々の生活のほんの一部にすぎず,小さく,取るに足りないことのように思えることばかりです。しかし,ジョセフ・スミスが勧告したように,わたしたちが「エホバに自らの行いを報告するために召されるとき」4 多くの善い行いをお伝えすることができると信じています。

例を挙げてみましょう。最近,ウィリアム・W・パームリー長老に,お母さんのラバーン・パームリー姉妹の思い出について聞いてみました。23年にわたって中央初等協会会長を務めた人です。長老は,彼女が大会で話したことや,彼女が始めた数々のプログラムについてはまったく触れず,17歳だった彼が大学に行く準備をしていたときの,心温まる思い出を話してくれました。それはお母さんと並んで座り,ボタンの付け方を教えてもらったときのことでした。どんな年齢の子供にとっても,小さくて簡単なことがいつまでも消えることのない印象を残すのです。

すべての姉妹が,子供に裁縫のいろはを教える機会にあずかるわけではありません。初期の時代の姉妹たちも,今のわたしたちとまったく同じように,実に様々な状況に置かれていました。既婚者も独身者も夫を亡くした人もいましたが,皆,目的にあって一致していました。これまで世界各地の多くの国々を訪れて皆さんと出会う度に,皆さんの愛を感じてきました。姉妹の皆さん,わたしは皆さんを愛しています。そして,主も皆さんを愛しておられることを知っています。

多くの独身の姉妹たちがいます。その中には学生や働いている人,扶助協会に入ったばかりの人や長い間集っている人もいるでしょう。どうぞ信じてください。皆さん一人一人が価値ある存在であり,必要とされているということを。皆さん一人一人が,愛と活力と広い視野と証あかしをこの業に加えているということを。御霊みたまに近くあろうとする皆さんの努力は,わたしたちすべてを祝福してくれています。なぜなら,皆さんは力と導きを求めて御霊に頼ることを学んできたからです。

ある晩,独身のシンシアは,以前の家庭訪問先の姉妹に会いに行くようにという促しを感じて訪問してみましたが,不在でした。歩いて帰る途中病院のそばを通りかかったとき,看護師がひどいやけどを負った二人の子供とともにいる姿が目に留まりました。看護師が幼い女の子の名前を呼ぶのを聞いたとき,シンシアの脳裏にその子供たちの記憶がよみがえりました。4年前,ボリビアで伝道しているときに出会った子供たちだったのです。病院の芝生で二人と話してみると,体は癒いやされつつありましたが,家族の助けがないために,心の傷は癒されないままであることがよく分かりました。シンシアは二人を訪問し,励ますようになりました。御霊の促しに従ったシンシアは神の御手に使われる者となり,ホームシックにかかった二人の子供を祝福することができたのです。

それは彼女が独身だからできたのでしょうか。そうではなく,注意深く御霊に耳を傾け,心から神に従ったからこそできたのです。御霊と波長を合わせ,主とその導きを求め,天の御父のみもとに帰ろうと努力しているなら,そのようなすばらしい瞬間が訪れることでしょう。そして,神の御手に使われる者となって,そのような瞬間を喜びのうちに積み重ねていくのです。

人生には,予期せぬ出来事が起こり,計画を変更しなければならないこともあります。ある独身の姉妹はこう書いています。「わたしは成人してからというもの,ほんとうの幸福を感じたことはありませんでした。でもあるとき,人として,天の御父の娘としての自分の価値は,結婚しているかどうかには何の関係もないという思いに至ったのです。そのときからわたしは,自分は一体結婚するのかということではなく,自分の霊的な,そして人間的な成長に目を向けるようになりました。」5

主が生きていて,わたしたちを愛しておられるという証を互いに分かち合うときに,自分たちがどれだけ学び,成長しているか分かります。以前に話したように,皆さんに対する願いが一つだけかなうとしたら,皆さんが日々の生活で主の愛を感じられるようにと願うでしょう。

時にその愛は思いも寄らない形で訪れます。修士課程を終えようとしていたクリスティンは,二人目の子供を出産したばかりでした。仲間が皆自分よりも成果を上げていると感じ,卒業記念の夕食会に出席するのをためらっていました。実際,夕食会に出てみると,学生は皆,自分の業績のリストを書くように言われ,ますます不安が募りました。クリスティンはそのときのことをこう回想しています。「わたしは急に恥ずかしくなりました。自分には誇れるようなものは何一つありません。高い地位も,すばらしい業績も。」さらに悪いことには,教授が修了証書を学生に渡すときにリストを読み上げたのです。クリスティンのすぐ前に呼ばれた学生は,数々の業績を残し,すでに博士号も取得し,今回は二つ目の修士号を受けようとしていて,さらには市長の職に就いていたこともありました。女性は拍手喝采はくしゅかっさいを受けました。そして次はクリスティンの番です。込み上げてくる涙をこらえながら,白紙のリストを教授に手渡しました。彼はクリスティンを教えてくれた教授の一人で,研究を褒めてくれたこともありました。渡された白紙のリストを見た教授は,間髪を入れずにこう言ったのです。「クリスティンは,この社会で最も重要な役割を担っています。」一瞬の沈黙の後,次のように力強く宣言しました。「子供たちの母親なのです。」聴衆は,形だけのまばらな拍手ではなく,立ち上がり,心からの拍手を送りました。その晩,最大の賛辞が,母親であるクリスティンに贈られたのです。

母親である皆さん,皆さんは神の御手に使われる者として,子供たちを教え,養い育てるという責任を神から託されています。幼い子供たちは,皆さんの優しい,愛に満ちた手をとても必要としています。子供たちを最優先するなら,子供たちに最もよく仕えることができるように,主は皆さんを導いてくださるでしょう。

もっと年長の子供を持った姉妹たちもまた,家庭において必要とされています。もちろん葛藤かっとうはあるでしょう。しかし,喜びもたくさんあるはずです。どうぞ喜びを探してください。わたし自身,わんぱくな4人の息子を育てる中で,神の御手に使われる者となることについて学んだ事柄が幾つかあります。子育てに忙しい時期を楽しんでください。家庭を安全で,幸せで,友達がいつでも来られるような和やかな場所にしてください。子供たちの話に耳を傾け,愛し,皆さんの子供時代や10代のころの話を聞かせてあげてください。

また,子供たちに期待を寄せてください。我が家には門限があり,いつも息子たちに,真夜中になると聖霊はベッドに入って休んでしまわれると話して聞かせていました。息子たちが門限までに帰らないときは,捜しに行くようにという聖霊からの促しを受けて,デートの相手を驚かせたことも何度かありました。今では笑い話ですが,当時は笑ってなどいられませんでした。

子供たちと一緒にいてあげてください。ベッドに腰かけて,夜のおしゃべりを楽しんでください。でも,眠ってしまわないようにしてくださいね。主が霊感を与えてくださるように祈ってください。いつも,何度でも赦ゆるしてください。ほんとうに大切なことは何かを決め,それを守らせてください。イエス・キリストと,その愛と憐あわれみと,そして回復について頻繁に証してください。そして何よりも,皆さんが主を信頼していることを子供たちに伝えてください。

子供たちが成長し,巣立って行っても,また皆さんが独身だったり,離婚していたり,夫を亡くしたりしていても,その状況に負けて,人生経験を分かち合おうとする気持ちを失わないようにしてください。皆さんの声が必要なのです。わたしのワードで,扶助協会の日曜日のレッスンの中で,幸せな結婚には何が必要かを話し合ったことがありました。リサという姉妹がこう言いました。「わたしは離婚しているので,何も言うべきではないかもしれません。でも,わたしがこうして頑張り続けられるのは,神殿の聖約のおかげなのです。」レッスンの後,扶助協会に入ったばかりの独身の姉妹たち数人に,このレッスンで最も身近に感じたことは何かと尋ねてみました。すると彼女たちは,「リサの言葉がいちばん印象に残りました」と答えてくれました。

そして,愛する年配の姉妹の皆さん。皆さんの高貴な顔に神の面影を見ることができます。皆さんの知恵や忍耐,そして経験がどれだけたくさんの人の人生に影響を与えてきたことでしょう。義理の母メアリーは,90代のときによくこう言っていました。人はね,わたしが年を取っているものだから,何も知らないと思っているのよ。」彼女が何を理解し,何を成し遂げたかを話しましょう。高齢者施設に住んでいたメアリーが,施設の責任者に,教会の礼拝行事をしたいので部屋を一つ使わせてもらえないかと尋ねたところ,「センターは特定の宗派に偏ったものではないから」という理由で断られました。彼女はそれでも引き下がらず,高齢の姉妹たち数人とともに頼み続け,ようやく部屋を借りることができました。やがて支部ができ,毎週会員が集い,聖餐せいさんを取り,聖約を新たにすることができました。神の御手に使われる者となるのに,年齢は足かせにはなりません。

神の御手に使われる者となる方法は数限りなくあります。例えば,こんな人に担当してほしいとずっと望んできたような訪問教師に皆さん自身がなってください。ヤングシングルアダルトの姉妹になぜ結婚しないのかと聞く代わりに,何をすることが好きかを尋ねてください。蓄えようとする代わりに,分かち合ってください。服装や言葉遣い,娯楽を注意深く選んでください。夫や子供に笑顔を見せてください。彼らは,皆さんをいらいらさせ傷つけるのは自分だと分かっているのです。若い女性を抱き締めてあげてください。託児クラスで,喜びの心をもって教えてください。人生の旅路に喜びを見いだしていることを態度で示しましょう。預言者ジョセフ・スミスは,そのような努力についてこう語っています。「皆さんが自分の受けている特権にふさわしく生きるなら,天使は皆さんを支えずにはいられないでしょう。」6

わたしたちが従事しているのは神の業であることを証します。皆さんが家族や扶助協会,そして教会のために献身してくださっていることを感謝します。この大いなる業を成し遂げるために,神の御手に使われる者となってくださっていることを感謝します。皆さんが生活の中で神愛を感じ,その愛を分かち合えますよう,イエス・キリストの御名みなによって祈ります。アーメン。