2000–2009
召され,選ばれた者
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召され,選ばれた者

召され,支持され,任命された人には会員の支持を受ける権利があるのです。

愛する神権者の皆さん,全世界で主の業を推し進めるために働いている皆さんに感謝しています。わたしは,今日こんにちこんにちの教会を導くために「召され,選ばれた」1 神権指導者の聖なる職について話したいと思います。今年は少なくとも二つの理由から特別な年です。第1は,今年の12月に預言者ジョセフ・スミスの生誕200年記念を祝うことであり,第2は,今年の6月にゴードン・B・ヒンクレー大管長が95回目の誕生日を迎えたことです。預言者ジョセフ・スミスがこの神権時代の最初の預言者として召され,選ばれたこと,ゴードン・B・ヒンクレー大管長がこの教会の現在の預言者,聖見者,啓示者であることを証あかしします。

何年か前にテレビ番組『60ミニッツ』の司会者マイク・ウォレス氏はヒンクレー大管長とインタビューを収録したときに,こう言いました。「この教会がお年寄りの運営している教会だという声もあります。」ヒンクレー大管長はこう答えました。「成熟した人物が上にいるのは大変いいことではないでしょうか。年配者は様々な教えの風の吹くままに揺れ動くことのない健全な判断力を持っていますから。」2 もし皆さんの中で,現在の指導者が教会を導くには年を取りすぎていると考える人がいたら,ヒンクレー大管長は年齢とともに増し加わる知恵についてさらに助言をしてくれることでしょう。

現在の神権時代に召された102人の使徒の中で,ゴードン・B・ヒンクレー大管長よりも長く使徒職を務めた人はわずか13人しかいません。ヒンクレー大管長はブリガム・ヤングやハンター大管長,リー大管長,キンボール大管長ほか多くの使徒よりも長い間使徒職を務めてきました。ヒンクレー大管長の霊感あふれる指導を受けられるのはすばらしいことです。このようなことを言って恐縮ですが,わたしは自分の死期が近づき,永遠の世界に足を踏み入れようとしていることをしばしば感じます。85歳になるわたしは現在生存している中央幹部の中で3番目の年長者になります。この栄誉を求めてきたわけではありませんが,許されるままに生きてきました。

大管長会,十二使徒定員会をはじめとする中央幹部の中にこれほど一致が見られたことは教会歴史を通じてかつてなかったと思います。皆召され選ばれて,現在の教会を導いています。このことを裏付ける証拠はたくさんあります。地上における神の王国の現在の指導者は,どの時代の指導者たちよりも長い間,救い主からの導きとなる霊感を受けてきました。教会を指導するグループとしてわたしたちは最年長者の集まりです。

この兄弟たちの中には半世紀に及ぼうかという交わりをわたしと持ってきた人たちがいます。このためわたしは,彼らが例外なく,善良で,尊敬と信頼に値する人物であると断言できる立場にいると思います。わたしは彼らの胸の内を知っています。彼らは主の僕しもべです。彼らの願いはその大いなる召しを果たし,地上に神の王国を築くことだけです。現在働いている兄弟たちは信頼できる,正真正銘の僕です。以前ほどの体力のない兄弟たちもいますが,心はとても純粋であり,経験は非常に豊富であり,頭脳はすこぶる明晰めいせきであり,霊的な知恵は深遠です。そばにいるだけで安らぎを覚えます。

わたしは33年前に十二使徒補助に召されたとき,召しに圧倒されました。そして謙遜けんそんになりました。数日後,ヒュー・B・ブラウン副管長から,わたしにとって最も大切なことは,中央幹部の兄弟たちと常に一致することだと教わりました。ブラウン副管長は詳しい説明を加えませんでした。ただ,「常に兄弟たちとつながっていてください」と言っただけでした。わたしはそれを大管長と大管長会,十二使徒定員会の勧告と指示に従うことだと解釈しました。それを心から実行したいと思いました。

この勧告に賛同できない人がいるかもしれませんが,考えてみるだけの価値はあります。霊的な導きを受けられるかどうかは,大管長,大管長会,十二使徒定員会と一致しているかどうかに大きく左右されると,わたしは理解しました。彼らは皆,今日きょうなされたように,預言者,聖見者,啓示者として支持されているのです。大管長とそのほかの預言者,聖見者,啓示者と一致せずに主の御霊みたまと完全に一致することがどうしてできるでしょうか。

執事の職にあったとき,わたしは父に連れられて,兄とともに,タバナクルで開かれた中央神権会に出席しました。神の預言者ヒーバー・J・グラント大管長やほかの預言者,使徒たちを初めて直接この目で見ることができ,非常に感動したのを覚えています。メッセージに熱心に耳を傾け,心に刻みました。それから長い間,彼らの採り上げたテーマは何度も繰り返されてきました。この大会中でも,幾つかが繰り返されることでしょう。わたしたちの救いにとって基本となる事柄であり,繰り返し聞く必要があります。

預言者と歩みを共にすることができなかった人々の例は,世の歴史が始まって以来,数多く記録に残されています。現在の神権時代の初期にも,残念なことに何人かの十二使徒は預言者ジョセフ・スミスに対して誠実であり続けることができませんでした。その一人がライマン・E・ジョンソンです。最初の十二使徒定員会の一員だったライマンは不義な行いにより破門されました。後に彼は自分が霊的に堕落したことをひどく後悔しました。ライマンはこう言いました。「もし,もう一度信じることができるならば,右手を切り落としてもいい。それでも喜びに満たされることでしょう。楽しい夢を見て,朝目を覚ませば,霊ははつらつとしていることでしょう。昼も夜も幸せに浸り,平安と喜びと感謝にあふれることでしょう。けれども今のわたしは暗黒と苦痛,この上ない悲しみに包まれ,惨めな有様ありさまに置かれています。あのときから,幸せだったことは一度もありません。」3 ライマンは1856年,そりに乗っていて事故に遭い,命を落としました。45歳でした。

ルーク・S・ジョンソンも1835年に最初の十二使徒定員会に召されました。1837年,投機的な取り引きに手を染めていたルークは霊性を失っていきました。後にルークは当時を振り返ってこう語りました。「わたしの思いは暗くなり,自分の考えに従って歩んでいました。神の御霊を失い,義務をおろそかにするようになりました。そして1837年9月3日にカートランドで開かれた大会で,……わたしは教会から絶縁される結果となりまし。」1837年12月までに,ルークは教会を公然と非難する背教者グループに加わり,1838年には背教によって教会から破門されました。ルークは8年間,カートランドで開業医をしました。その後1846年にルークと家族は聖徒の中に復帰しました。ルークはこう語りました。「わたしは道から外れて,主の業の外で立ち止まっていました。けれどもわたしの心は民に向いていました。聖徒の仲間に入りたい,一緒に荒れ野へ旅立ち,目的地まで一緒に行きたいと願っていました。」ルークは1846年3月に再びバプテスマを受け,開拓者の最初の隊に加わって1847年に西部へやって来ました。ルークは活発な会員として1861年にソルトレーク・シティーで他界しました。54歳でした。4

教会員の皆さんに勧めます。全身全霊を尽くして大管長と大管長会,十二使徒定員会,そしてほかの中央幹部を支持してください。そうするなら,安全な避け所にとどまることができます。

ブリガム・ヤング大管長は,預言者ジョセフ・スミスから言われた次の言葉を何度も思い起こしたと語っています。「常に祈り,信仰を実践し,教会の教えに従った生活をし,召しを尊んで大いなるものとし,主の現れを受け,信仰を固く守り続けなければなりません。」5 だれもが,信仰の試しを受けることでしょう。それは様々な形を取って訪れます。教会の指導者から与えられる勧告を必ずしも快く思わないかもしれません。しかし,教会の指導者は人気者になろうとは思っていません。神の律法に従わないときにやって来る災いと落胆を避けるよう皆さんを助けようとしているのです。

地元の指導者も支え,支持する必要があります。なぜなら,彼らも「召され,選ばれ」ているからです。この教会の会員は皆,監督や支部長,ステーク会長,伝道部長,大管長,大管長を補佐する人たちから勧告を受けます。彼らは自分から召しを求めたわけではありません。だれも完全ではありません。けれども,霊感を受ける資格のある人たちを通して,主から召された主の僕です。召され,支持され,任命された人には会員の支持を受ける権利があるのです。

わたしは自分の監督だったすべての人を高く評価し,尊敬してきました。彼らの指導に疑問を挟まないようにしてきました。勧告を支持し,従うときに「だまし惑わす策略や人々の悪巧み」6 から守られると考えてきました。なぜなら,召され,選ばれた指導者はそれぞれ召しに伴う神の啓示を受ける権利を持っているからです。宗務指導者を軽んじた多くの人は霊的な衰退と堕落を味わってきました。わたしたちを管理するよう召された々の欠点や落ち度,短所へのわだかまりを捨てて,任じられているその職を支持しなければなりません。

現在,地元での出費や活動費は,光熱費も含め,教会の中央基金と地元ユニットの予算交付金で賄われていますが,昔はワードで資金を調達していました。バザーや展示販売,晩餐ばんさん会,その他の資金獲得活動を行ったものです。当時,わたしのワードにはすばらしく,また献身的な監督がいました。

近くのワードに住むある会員がダンキングマシンというものを使って資金獲得のための活動を成功させていました。料金を払って野球のボールを受け取り,マシンの的を目がけて投げるのです。ボールが的の中心に命中すると留め金が外れて,マシンの座席部分に座っている人が冷たい水を張った大きな水槽に放り込まれるのです。わたしたちのワードはこのマシンを使うことにしました。もし監督がマシンに座ってくれたら,たくさんの人がお金を払って参加してくれるだろう,とだれかが言いました。監督は楽しいことが好きな人でした。そのうえ,資金調達の責任者でもあったため,マシンに座ることを喜んで承知してくれました。間もなく,何人かがお金を払って,的を目がけてボールを投げ始めました。何球かが的に命中して,監督はずぶぬれになりました。30分も過ぎると,監督は寒さで震え始めました。

とてもおもしろがっている人もいましたが,父は監督の職がひどくけなされ,あざけりと軽蔑の対象にされていると言って怒っていました。資金獲得自体は正しい動機の下で行われていたのですが,善い羊飼いとしてわたしたちのために日夜奉仕してくれる人とその職の両方に対して,一部の人は敬意を払っていなかったのです。わたしはそのときに感じた恥ずかしさを今でも覚えています。わたしたちは神の神権を持つ者として,教会の指導者を支持する模範を家族や友人,同僚に示さなければなりません。

聖典と,教会の地元と中央の幹部はともに,教会員のために勧告と導きという転落防止の網を設けています。例えば,中央幹部はこの壇上あるいはほかの説教壇から聖徒に対して,自分の収入の範囲内で生活し,借金を避け,「まさかの時」は必ず来るので,そのために多少なりとも蓄えをするよう強く勧告してきました。わたしの生涯を通じてずっと語られてきたことです。わたしは大恐慌や第二次世界大戦など経済的に非常に困難な時代を生きてきました。そうした経験のせいか,災いから自分と家族の身を守るためにできることをしていないと落ち着かないのです。この知恵ある勧告を与えてくれた幹部の兄弟たちにわたしは感謝しています。

大管長は教会の人々を間違った方向へ導くようなことをしません。そのような事態は決して起きません。ヒンクレー大管長の副管長は,十二使徒定員会,七十人定員会,管理監督会と同様,大管長を完全に支持しています。このため,先程話したように,教会の管理評議会には大管長と互いに対して特別な愛と一致が存在するのです。

神の神権は盾です。世の悪に対する盾です。この盾は清く保つ必要があります。そうでなければ,わたしたちの目的と周囲の危険に対する視野はせばめられてしまいます。わたしたちを清めてくれるのは,個人の義です。しかし,すべての人が盾を清く保つための代価を支払うとはかぎりません。主はこう言われました。「召される者は多いが,選ばれる者は少ない。」7わたしたちは頭に手を置かれて神権を授かったときに召されました。しかし,わたしたちが神に自分の義と忠実さ,決意を示すまでは,選ばれることはありません。

兄弟の皆さん,この業は真実です。ジョセフ・スミスは御父と御子にまみえ,御二方の指示を聞き,従いました。この大いなる業の出発点はここにあります。そして,現在その責任はわたしたちの肩に置かれています。わたしはこの業が神の業であることを,イエス・キリストの御名みなみなにより,厳粛に証あかしします。アーメン。