2000–2009
主の羅針盤
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主の羅針盤

いつの時代も預言者と十二使徒は主が下さった羅針盤です。彼らを通して与えられる主の教えは簡潔です。

兄弟姉妹の皆さん,ここに座っている間,わたしが皆さんを愛していること,さらに,天父が皆さんを確かに愛しておられることを伝えたいと強く願っていました。幹部の長老たちに代わり,神の善い言葉で養われるために今日きょう喜んでこの場に来た皆さんに感謝を伝えます。

わたしは山登りを楽しみますが,山奥を歩くときは,目的地までの道案内として磁石や地図,標識をよく見ます。知らない所でたくさんの道が交差する分岐点に来たときには非常に役立つ,さらには貴重と言っても過言ではない道具です。

人生では大小様々な道が交差しています。行く道も,「見よ,ここだ」「見よ,そこだ」と叫ぶ声も,ほんとうにたくさんあります。1 活に洪水のように流れ込んでくるメディアは種類も量も豊富で,ほとんどが,多くの人が旅する広い道に連れて行こうとしています。

どの声に耳を傾けるべきか,たくさんある道の中でどれが正しいのかと深く考えるとき,ジョセフ・スミスのように自問したことはありませんか。「何をしなければならないのだろうか。これらすべての〔声や道〕のうちのどれが正しいのだろうか。それとも,ことごとく間違っているのだろうか。もし〔それ〕らのうちのどれかが正しいとすれば,それはどれで,どうすればそれが分かるのだろうか」と。2 イエス・キリストは今も道を示し,導き,旅路においてあらゆる地点をはっきり示しておられることを証あかしします。主の道は細くて狭いものですが,「光と命と永遠」へと続いています。3 聖文から例を紹介しましょう。

主の命令を受けたリーハイと子供たちは,エルサレムを出て,約束の地を目指して壮大な旅を始めました。川の近くの谷間で天幕での生活をしばらく続けていたリーハイに,主はある夜,荒れ野に出て旅を続ける時が来たと告げられました。翌朝,様々な心配事を胸に天幕の入り口を出たリーハイは,あるものを地面に見つけて大変驚きました。神の御手みてによって置かれたとしか思えないものでした。それは羅針盤で,彼らの言葉では「リアホナ」と呼ばれるものです。その指針は旅を導いて,一行が栄え,肥沃ひよくな場所を安全にたどることができるようになっていました。しかし,それだけではありません。主の道について家族がさらに理解できるように,羅針盤の上には簡潔で読みやすい文字が現れ,その時々に変化しました。4

旅の間,リアホナ,すなわち羅針盤はリーハイの家族が栄え,目的地に到着するまで,大きな助けとなりました。しかし注目すべき大切な点は,ニーファイが理解したことにあります。羅針盤はそこに寄せる信仰と熱意と注意力によってのみ働いたのです。荒れ野にいる間ずっと導いてくれたこのすばらしい助けについて,ニーファイはただこう述べています。「このようにして,主は小さな手段によって大いなることを成し遂げられることが分かるのである。」5

アルマはニーファイのこの言葉を忘れませんでした。500年後にリアホナの大切さについて語ったのです。アルマはヒラマンに,主が先祖にこの羅針盤を用意されたのは荒れ野の中で進路を示すためで,この奇跡的な道具が小さな手段で働いたために,先祖は怠けて,信仰を働かせることと熱意を示すことを忘れたと説明しました。その結果,この奇跡的な道具は働きを止め,旅は進みませんでした。つまり,まっすぐな道を最短距離で旅する代わりに,荒れ野に長居し,怠慢のために苦しむことになったのです。6

アルマは続けて言いました。「わが子よ,方法が容易だからということで怠けないようにしよう。わたしたちの先祖がそうであったからである。それは先祖のために備えられたもので,彼らがそれを見ていたら生き延びることができたであろう。わたしたちについても同様である。方法はすでに備えられており,わたしたちが見ようとすれば,とこしえに生きることができるであろう。さて,わが子よ,あなたはこれらの神聖なものを大切にしなさい。神に頼って生きるようにしなさい。」7

主はリーハイにされたと同じように,今も,個人や家族に導きを与え,方角を示しておられます。この総大会はまさに現代のリアホナとして,霊感された導きと指示を受ける時と場所であり,わたしたちが栄え,神の道をたどって現世の豊かな場所を旅するのを助けてくれます。預言者や使徒たちの勧告を聞くために集まっていることを考えてみてください。何を言うように主が望んでおられるのかを知るために預言者や使徒たちは熱烈に祈り,入念に準備をしました。わたしたちは,慰め主が神の思いと御心みこころを教えてくださるように,彼らと自分たちのために祈ってきました。主が御自分の民をお導きになるうえで,この大会以上の時と場所はありません。

この大会の教えは主の羅針盤です。リーハイがそうだったように,皆さんも玄関を出て『リアホナ』や『エンサイン』(Ensign)などの教会の出版物が郵便受けにあるのを,そのうち見つけることでしょう。そこにはこの大会の内容が書かれています。昔のリアホナと同じように,この新しい言葉も簡潔で読みやすく,皆さんと家族に主の方法と道に関する理解を与えてくれるはずです。

ニーファイとアルマが教えているように,主の教えに寄せるわたしたちの信仰と熱意と注意力に応じて,主は旅路を導いてくださいます。すでに示されている道を忠実に歩んでいなければ,主は新しい道を明らかにはしてくださらないでしょう。人生の過程で神の繁栄を受けるのは,霊感を受けた勧告に熱心に従う人たちです。神の勧告を生活や言葉に反映させ,ついには,約束の地へと旅路を進めるための新しい言葉を受けるのです。

兄弟姉妹の皆さん,いつの時代も預言者と十二使徒は主が下さった羅針盤です。彼らを通して与えられる主の教えは簡潔です。その道は確かです。主の道を歩むのは,そのくびきを負うのと同じように容易です。しかし,主の方法の容易さに惑わされてはなりません。容易だから大したことはない,つまらないものだと思わず,神聖な事柄を大切にして主を頼ってください。そうすれば皆さんは主のようになり,主とともに永遠に住むことができるのです。

わたしは,御父の約束がすべて成就することを証するために今日ここにいます。御父は,道を示し人を導くために,この世に独り子をお遣わしになりました。御父と御子は1820年の早春,ある晴れた美しい日の朝にジョセフ・スミスに御姿みすがたを現されました。そして人がこの世の旅路を全まっとうするために必要なすべてのものを回復されたのです。永遠を見詰め,永遠に生きる人たちのために,現在の預言者ゴードン・B・ヒンクレー大管長は道を指し示しています。わたしたちが信仰を働かせ,熱心に末日のリアホナの導きと指針を心に留めることができるようにイエス・キリストの御名みなにより祈ります。アーメン。