2000–2009
最善を尽くして義務を果たす
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最善を尽くして義務を果たす

ここカンファレンスセンターに,また世界各地に集まっている神権者の皆さん,皆さんに話すこの責任にへりくだる思いがします。話の間,主の御霊みたまがともにあるよう祈ります。

今夜話を聞いている皆さんの中には,最近聖任されたばかりの執事も,いちばん年上の大祭司もいます。バプテスマのヨハネがジョセフ・スミスとオリバー・カウドリにアロン神権を回復し,ペテロ,ヤコブ,ヨハネがジョセフとオリバーにメルキゼデク神権を回復したことは,皆さんにとって神聖で貴重な出来事です。

執事の皆さん,わたしは自分が執事に聖任されたときのことを覚えています。監督会は,聖餐せいさんのパスという執事の責任が神聖であることを熱心に教えてくれました。ふさわしい服装,威厳ある態度,「体の内側も外側も」清くあることの重要性が強調されました。聖餐を配る手順とともに,ルイス・マクドナルド兄弟が聖餐を取れるように助ける方法も教わりました。ワードの会員であるマクドナルド兄弟は,体がまひしていて,神聖な聖餐を受けるためには,助けが必要だったのです。

マクドナルド兄弟の列に聖餐を配る割り当てを受けたときのことをよく覚えています。わたしは恐れとためらいを感じながら,このすばらしい兄弟に近寄りました。彼のほほえみと,感謝を伝えようとする真剣な表情から,聖餐を取りたいという望みが伝わってきました。わたしは左手にトレーを持ち,一切れの小さなパンを彼の唇に押し当てました。水も同じ方法で配られました。聖地にいると感じました。確かにそこは聖地でした。マクドナルド兄弟に聖餐を配る特権を通じて,皆,より良い執事となりました。

ちょうど2か月前の7 月3 1日の日曜に,バージニア州A・P・ヒル陸軍駐屯地の,全国スカウト大会の期間中に開かれた末日聖徒の聖餐会に出席しました。そこに出席した理由は,その前の週に大会の様々な活動に参加した,5,000人の末日聖徒の若い男性とその指導者に向けて話をするためでした。天然の円形競技場に皆が敬虔けいけんに座っている中,400人のアロン神権者の聖歌隊が歌いました。

モルモンの少年,モルモンの少年,

わたしはモルモンの少年です。

わたしは王様もうらやむ

モルモンの少年です。1

聖餐が祝福されました。65人の祭司が,競技場内の各所に設置された何台もの大きな聖餐のテーブルに着いて儀式を執行しました。それからおよそ180人の執事が聖餐を配りました。非常に大きな集まりでしたが,聖餐を配るのに,席の埋まったワードの礼拝堂で聖餐を配るのと同じ時間しかかかりませんでした。その朝,アロン神権を持つ大勢の若い男性が聖なる儀式を行う光景を見て,わたしは非常な畏敬いけいの念に包まれました。

執事は皆,聖任によって受けた召しの神聖さを,霊的に自覚する必要があります。あるワードは断食献金を集めることで,それを効果的に教えました。

そのワードでは,断食日になると,執事たちと教師たちがワードの会員の家を訪問し,献金を集めていました。執事たちは,この責任のために朝いつもより早く起きることを,多少おっくうがっていました。

監督会は霊感を受け,執事と教師をバスに乗せ,ソルトレーク・シティーのウェル

フェアスクウェアに連れて行きました。そこでは,貧しい子供たちが新しい靴や衣類を受け取っていました。目の前で,空のかごが,日用品でいっぱいになっていきました。だれも代金を支払いません。短い説明がありました。「ここで,困っている人に食糧と服と宿泊施設を提供できるのは,君たちが断食日に献金を集めてくれるからなんだよ。」アロン神権を持つ若い男性たちの顔は輝き,神権をさらに尊重し,責任を果たすためにもっと喜んで働くようになりました。

さて,教師と祭司の皆さん,皆さん一人一人は,メルキゼデク神権を持つ同僚とともにホームティーチングの割り当てを受けなければなりません。これはこの上ない伝道の準備になります。義務を果たす習慣を身に付ける特権です。人々を「見守〔る〕」責任を受けた若い男性は,自分のことばかりあれこれ考えることを自然にやめるようになります。2

デビッド・O・マッケイ大管長は言いました。「ホームティーチングは,御父の子供たちに養いと,霊感と,助言と,導きを与える,最も緊急で,やりがいのある仕事です。……〔それは〕神の奉仕,神の召しです。ホームティーチャーの義務は,神の霊をすべての家庭とそこに住む人の心に運ぶことです。」3

ホームティーチングを通して,多くの祈りがこたえられ,多くの奇跡が起きています。

ホームティーチングで思い出すのは,ハンガリー・デブレツェン出身のヨハン・デンドーファーです。デンドーファー兄弟は何年も前にドイツで教会に入りました。しかし,第二次世界大戦後,長年にわたって故国ハンガリーから出られず,教会との接触をずっと切望していました。そこへホームティーチャーが訪ねて来たのです。それはウォルター・クラウゼ兄弟とその同僚でした。ホームティーチングをしに,はるばるドイツ北東部からハンガリーに来たのです。クラウゼ兄弟は,ドイツを出発する前に,同僚に尋ねました。「今週,一緒にホームティーチングに行きませんか。」

「いつ出発ですか」と同僚が聞き返しました。クラウゼ兄弟は答えました。「明日です。」「いつ戻って来ますか」と同僚。

「1週間後くらいかな」と,クラウゼ兄弟はためらわずに言いました。こうして,デンドーファー兄弟やそのほかの会員を訪れる旅に出たのです。戦前も含め,デンドーファー兄弟にはホームティーチャーがいませんでした。主の僕しもべたちを見た瞬間,彼は胸がいっぱいになりました。しかし,握手をする前に寝室に戻り,秘密の隠し場所から,何年間もためてきた什分じゅうぶんの一を出して来ました。それをホームティーチャーに渡してから言いました。「これで握手ができます。」

さて,アロン神権の祭司の皆さんに言います。皆さんは,聖餐を祝福し,ホームティーチングの務めを引き続き行い,神聖なバプテスマの儀式を行う機会があります。

55年前,アロン神権の祭司の職を持つ,ロバート・ウィリアムズという名の一人の若い男性がいました。わたしは監督で,彼の定員会の会長でした。彼にはどもる癖があり,どうすることもできませんでした。どもり症のせいで,人目を気にし,内気で,自分や他人を恐れ,自信をなくしていました。責任を引き受けることはまれで,人と目を合わせるのを避け,下ばかり見ていました。ところがある日,予期せぬことが起きました。ロバートがバプテスマを施す責任を引き受けたのです。

ソルトレークタバナクルのバプテスマ室で,わたしはロバートの隣に座りました。

ロバートにはできるだけの助けが必要だということを知っていました。これから行う儀式のために,彼は染み一つない白い衣を着ています。どんな気持ちか尋ねると,床を見詰めたまま,「恐いです」と,どもりながら答えました。

彼がその務めを果たせるように,二人で心から祈りました。やがて,書記が言いました。「では,ナンシー・アン・マッカーサーが,祭司のロバート・ウィリアムズからバプテスマを受けます。」

ロバートは立ち上がり,フォントに入りました。そして,小さなナンシーの手を取って,人の命を清め,霊的な再生を与える水の中に招き入れました。そして言いました。「ナンシー・アン・マッカーサー,わたしはイエス・キリストより権能を受けたので,御父と御子と聖霊の御名みなによって,あなたにバプテスマを施します。アーメン。」

そう言ってロバートはナンシーにバプテスマを施しました。ロバートは一度もどもりませんでした。現代の奇跡が起きたのです。次いで,ロバートは同じように2人か3人の子供にバプテスマの儀式を施しました。

わたしは更衣室に急ぎ「おめでとう」と声をかけ,滑らかな返事が来るのを待ちました。予想に反し,ロバートは下を見詰めて,どもりながら「ありがとう」と答えました。

わたしは証あかしします。ロバートはアロン神権の権能によって儀式を行ったとき,力と確信をもって,また天の助けを得て語ったのです。

ちょうど2年ほど前に,ロバート・ウィリアムズの葬儀で弔辞を述べる特権にあずかりました。そこで,この,生涯最善を尽くし,神権を尊んだ忠実な神権者への賛辞を述べました。

今夜ここにいる若い男性の中にも,生まれつき内気な人や,召しに応じる力がないと思っている人がいるかもしれません。しかし,忘れないでください。この業は皆さんやわたし個人の業ではないのですから,上を向き,神の助けを求めてもよいのです。

わたし自身も,失望や,若者らしい屈辱感がどんなものか知っています。少年時代,小学・中学を通じてソフトボールをしました。最初にキャプテンが二人選ばれ,そのキャプテンが,自分のチームの選手を選びます。もちろん上手な選手が最初に選ばれ,2番目,3番目と続きます。4番目,5番目に選ばれるのはまだましで,最後に選ばれて,だれも守りたがらない外野に送られるのは,つらいことです。でもそれがわたしでした。

わたしはボールが飛んで来ないように願いました。取り損ねて相手チームに点が入り,笑い者になることが目に見えていたからです。

そんなわたしの人生を変える出来事が起きたその瞬間を,昨日のことのように覚えています。試合は先ほど説明したようにして始まり,わたしは最後に選ばれました。わたしはライトのいちばん深い所までとぼとぼと歩いて行き,相手チームが満塁になるのを眺めていました。続く二人のバッターは三振に倒れました。しかし,次の打者は,とてもいい当たりを飛ばし,「これならホームランだ」と言いました。屈辱的なことでした。なぜならボールはわたしの方に飛んで来ていたからです。「取れるだろうか。」わたしはボールの落ちそうな所に向かって走りながら祈りました。そして夢中でくぼめた両手を差し出したのです。何と,わたしはボールをつかんでいました。わたしのチームは勝ったのです。

たった一度のこの経験で,自信がつき,もっと練習したくなりました。そして,いちばん最後に選ばれていた選手が,チームの柱に変わったのです。

だれもがそんな自信を深めるような経験ができます。誇りに思える貢献ができるようになります。次の短い勧告に従ってください。「決してあきらめるな。」

映画『シェナンドー河』の次のせりふには勇気がわいてきます。「やってみなければ,何もできない。何もできないんなら,何しに来たんだ。」

神権の召しを尊んで大いなるものとするなら,奇跡はどこにでも起きます。疑いが信仰に変わり,利己心が無私の奉仕に変わるとき,神の力が現れて,神の目的が達成されます。神権は,実際のところ,賜物たまものというよりもむしろ,委託された奉仕の務め,支え励ます特権,人の生活を祝福する機会なのです。

義務を果たそうという内なる声は,神権者としての割り当てに応じているときに,静かに聞こえてくるのです。控え目ながらも傑出した指導者であるジョージ・アルバート・スミス大管長は言いました。「皆さんの義務は,第1に,主が望んでおられることを学び,それから聖なる神権の力によって,人々の前で召しを尊んで大いなるものとし,人々が喜んで皆さんに従いたくなるような人物になることです。」4

では,召しを尊んで大いなるものとするにはどうすればよいでしょうか。簡単に言えば,召しに伴う奉仕を行うことです。長老は,長老としての義務を学び,それを実行することにより,聖任された召しを尊んで大いなるものにします。これは長老だけでなく,執事,教師,祭司,監督,そのほかすべての神権の職にある人々に当てはまります。

兄弟の皆さん,夢見ることでなく,行うことが,祝福をもたらし,導きを与え,人を救うのです。ヤコブは言いました。「御言葉みことばを行う人になりなさい。おのれを欺いて,ただ聞くだけの者となってはいけない。」5

今わたしの声を聞いているすべての人が,生活の中で主の導きを受けるために,新たな気持ちで努力できますように。助けを願い,祈り求める人が大勢います。落胆している人,助けの手を必要としている人がいるのです。

何年も前のこと,わたしはある大きなワードを管理する監督でした。会員は1,000人を超え,夫を亡くした姉妹が87人いました。あるとき,わたしは副監督を伴い,体の不自由な成人の娘がいる,夫を亡くした姉妹を訪問しました。訪問を終えアパートを出たときに,向かいの部屋に住む女性が出て来て,わたしたちを呼び止め,外国語なまりの英語で,「あなたは監督ですか」と尋ねました。「そうです」と答えると,「あなたはよく人の家に訪問しますね。だれもわたしや寝たきりの夫を訪問してくれないんですよ。中に入っておしゃべりする時間はありませんか。あなたの教会の者ではないのですが。」

その女性の部屋に入ってみると,彼女とご主人はタバナクル合唱団のラジオ放送を聞いているところでした。わたしたちはしばらく語り合い,それから御主人に祝福を施しました。

それ以来,できるだけこの夫婦を訪問しました。やがて,二人は宣教師と話し,妻のアンジェラ・アナストールはバプテスマを受けました。しばらくしてご主人は亡くなりました。わたしは葬儀を司会し,話をする特権にあずかりました。後にアナストール姉妹は,ギリシャ語の知識を生かし, 『ジョセフ・スミス自らの人生を語る』(Joseph Smith Tells His Own Story)という広く使われていたパンフレットをギリシャ語に翻訳しました。

兄弟の皆さん,わたしは「全力で義務を果たし,後は主にお任せする」6 という言葉が大好きです。

若い男性の皆さんは,アロン神権者として熱心に奉仕することにより,将来,メルキゼデク神権を受け,宣教師となり,聖なる神殿で結婚する備えをしているのです。

皆さんは,アロン神権定員会アドバイザー,そして定員会の仲間のことを永遠に忘れず,それによって,次の真理を悟るでしょう。「神が人に記憶を与えられたのは,12月に6月のバラを思い出せるようにするためである。」7

アロン神権の若い男性の皆さん,未来が招いています。備えてください。天の御父の導きが常に皆さんにありますように。神権を尊び,召しを尊んで大いなるものにしようと努めるときに,主の導きが皆さんとともにありますように,イエス・キリストの御名により,へりくだり祈ります。アーメン。