ヒラマン書 14
    脚注

    第​14​章

    サムエル、キリスト​の​降誕こうたん​の​とき​に​は​なか​も​あかるく、一つ​の​あたらしい​ほし​が​あらわれる​こと​を​こく​する。キリスト​は​人々ひとびと​を​にくたい​の​​と​れい​の​​から​あがなわれる。キリスト​の​​の​しるし​として、みっかん​の​くらやみ​が​あり、いわ​が​け、ぜん​の​だいへんどう​が​ある。げんぜんやく​六​ねん

    1 ​さて、レーマンじん​サムエル​は、ほか​に​も​ここ​に​しるせない​じょう​に​おおく​の​こと​を​げん​した。

    2 よ、かれ​は​たみ​に​った。「よ、わたし​は​あなたがた​に​しるし​を​あたえる。もう​五​ねん​たつ​と、よ、かみ​の​おん​が​その​​を​しんじる​すべて​の​ひと​を​あがなう​ため​に​られる。

    3 よ、かみ​の​おん​の​らいりん​の​とき​の​​しるし​として、あなたがた​に​つぎ​の​こと​を​らせて​おく。よ、てん​に​おおいなる​ひかり​が​ある​ため​に、かみ​の​おん​が​られる​まえ​の​よる​は​くらやみ​が​なく、ひと​に​は​まるで​ひる​の​よう​に​おもわれる。

    4 ​したがって、二​ちゅう​一​が​まるで​一にち​の​よう​で​あって、よる​が​ない。これ​が​あなたがた​へ​の​しるし​で​ある。あなたがた​に​は​​も​り​も​かる​ので、二​ちゅう​一​で​ある​こと​が​たしか​に​かる。しかし、よる​は​くらく​ならない。それ​が​かみ​の​おん​の​お​まれ​に​なる​ぜん​で​ある。

    5 ​また​よ、あなたがた​が​いち​も​た​こと​の​ない​よう​な​一つ​の​あたらしい​ほし​が​あらわれる。これ​も​あなたがた​へ​の​しるし​で​ある。

    6 ​そして​よ、これだけ​で​は​ない。てん​に​は​おおく​の​しるし​と​​が​ある。

    7 ​そして、あなたがた​は​みなおどろき、​に​おもい、​に​たおれる​で​あろう。

    8 ​そして、かみ​の​おん​を​しんじる​もの​は​みな永遠えいえん​の​いのち​を​ける。

    9 よ、わたし​が​て、この​こと​を​あなたがた​に​げる​よう​に、しゅ​は​てん使​を​つうじて​わたし​に​めいじられた。まことに、これら​の​こと​を​あなたがた​に​げん​する​よう​に​と、しゅ​は​めいじられた。まことに、しゅ​は​わたし​に、『あらためて​しゅ​の​みち​を​そなえよ​と、この​たみ​に​さけび​なさい』​と​われた。

    10 ​ところが、わたし​が​レーマンじん​で​あって、しゅ​から​めいじられた​こと​を​あなたがた​に​かたった​ので、また、それ​が​あなたがた​に​とって​がたかった​ので、あなたがた​は​わたし​を​いかって、わたし​を​ころそう​と​し、あなたがた​の​なか​から​わたし​を​した。

    11 ​あなたがた​は、わたし​の​こと​を​かなければ​ならない。わたし​が​この​まち​の​じょうへき​に​のぼった​の​は、あなたがた​の​ざいあく​の​ゆえ​に​あなたがた​を​けて​いる​かみ​の​さばき​に​ついて、あなたがた​が​いて​る​こと​が​できる​よう​に、また​あなたがた​が​あらため​の​じょうけん​を​る​こと​が​できる​よう​に​する​ため​で​ある。

    12 ​また、あなたがた​が​イエス・​キリスト、すなわち​かみ​の​おんてん​の​ちちとき​の​はじめ​から​の​万物ばんぶつ​の​そうぞうぬし​の​らいりん​を​る​こと​が​できる​よう​に​する​ため​で​あり、さらに​あなたがた​が​イエス・​キリスト​の​らいりん​の​しるし​を​って、イエス・​キリスト​の​​を​しんじられる​よう​に​する​ため​で​ある。

    13 ​あなたがた​は、イエス・​キリスト​の​​を​しんじる​なら​ば、つみ​を​すべて​あらためる​で​あろう。それ​に​よって​あなたがた​は、イエス・​キリスト​の​どく​を​つうじて​つみ​の​ゆるし​を​る​の​で​ある。

    14 よ、さらに​わたし​は​もう​一つ​の​しるし、すなわち、イエス・​キリスト​の​​の​しるし​を​あなたがた​に​らせて​おく。

    15 よ、イエス・​キリスト​は​かならず​ななくて​は​ならない。すくい​が​もたらされる​ため​で​ある。まことに、それ​は​イエス・​キリスト​の​つとめ​で​ある。しゃ​の​ふっかつ​を​もたらし、それ​に​よって​人々ひとびと​が​しゅ​の​まえ​に​みちびかれる​よう​に​する​ため​に、イエス・​キリスト​が​なれる​こと​が​ひつよう​に​なって​いる​の​で​ある。

    16 ​まことに​よ、この​​は​ふっかつ​を​もたらし、だいいち​の​、すなわち​あの​れい​の​​から​ぜんじんるい​を​あがなう。ぜんじんるい​は、アダム​が​らく​した​こと​に​よって​しゅ​の​まえ​から​たれて​いる​ので、げん​の​ことがら​に​かんして​も​霊的れいてき​な​ことがら​に​かんして​も、ともに​んだ​と​かんがえられて​いる​から​で​ある。

    17 ​しかし​よ、キリスト​の​ふっかつ​は​じんるい、まことに​ぜんじんるい​を​あがなって​しゅ​の​まえ​に​れ​もどす。

    18 ​そして、それ​は​あらため​の​じょうけん​を​たし、あらためる​もの​は、り​たおされて​​の​なか​に​まれる​こと​は​ない​が、あらためない​もの​は​みなり​たおされて​​の​なか​に​まれる。そして​これら​の​もの​に​は、ふたたび​れい​の​、まことに​だい​の​​が​およぶ。かれら​は​​に​かかわる​ことがら​に​かんして​ふたたび​たれる​から​で​ある。

    19 ​だから、あなたがた​は​あらため​なさい、あらため​なさい。さもなければ、あなたがた​は​これら​の​ことがら​を​って​いて​おこなわない​ので、つみ​の​せんこく​を​ける​こと​に​なり、また​この​だい​の​​に​とされる​こと​に​なる。

    20 ​ところで​よ、まえ​に​った​よう​に、もう​一つ​の​​しるし、すなわち​キリスト​の​​の​しるし​に​ついて​べる​と、よ、キリスト​が​なれる​​に​は、太陽たいよう​は​くらく​なって、あなたがた​に​その​ひかり​を​あたえよう​と​しない。また、つき​も​ほし​も​どうよう​で​ある。キリスト​が​くなられる​とき​から​みっかん、すなわち​キリスト​が​ふたたび​しゃ​の​なか​から​よみがえられる​とき​まで、この​​の​おもて​に​は​まったく​ひかり​が​ない。

    21 ​まことに、キリスト​が​いき​を​られる​とき​に​は、なんかん​も​かみなり​と​稲妻いなずま​が​あり、だい​が​しんどう​し、れ​うごく​で​あろう。また、この​​の​おもて​に​ある​いわ​は​じょう​の​いわ​も​​の​いわ​も、いま​あなたがた​の​って​いる​よう​に​けん​で​あり、その​大半たいはん​は​頑丈がんじょう​な​一つ​の​かたまり​で​ある​が、それ​が​くだかれる​で​あろう。

    22 ​まことに、それら​の​いわ​は​二つ​に​けて、ひび​や​​や​くだけた​へん​が​そののち​いつまで​も、ぜん​の​おもて​に、また​じょう​に​も​​に​も​いだされる​で​あろう。

    23 ​また​よ、だいぼうふう​が​ある​で​あろう。そして、おおく​の​やま​が​たに​の​よう​に​ひくく​なり、現在げんざいたに​と​ばれて​いる​おおく​の​しょ​が、じょう​に​たかい​やま​と​なる​で​あろう。

    24 ​また、おおく​の​かいどう​が​かい​され、おおく​の​まち​が​てる​で​あろう。

    25 ​さらに、おおく​の​はか​が​ひらかれて、おおく​の​しゃ​を​し、おおく​の​せい​が​おおく​の​ひと​に​あらわれる​で​あろう。

    26 よ、この​よう​に​てん使​が​わたし​に​かたった。なんかん​に​も​わたって​かみなり​と​稲妻いなずま​が​ある​と、てん使​は​わたし​に​った。

    27 ​また​てん使​は​わたし​に、これら​の​こと​は、この​よう​に​かみなり​と​稲妻いなずま​と​ぼうふう​が​つづく​あいだ​に​あり、さらに​また​くらやみ​が​みっかんぜん​の​おもて​を​おおう​と​った。

    28 ​また​てん使​は​わたし​に、​これら​の​しるし​と​これら​の​​が​この​​の​全面ぜんめん​に​あらわれる​こと​を、おおく​の​もの​が​しんじられる​よう​に、また​ひと​の​ら​の​なか​に​しんこう​の​こる​こと​が​ない​よう​に、おおく​の​もの​は​これら​の​こと​より​も​おおいなる​こと​を​る​で​あろう​と​った。

    29 ​また​これ​は、しんじる​もの​が​みなすくわれ、しんじない​もの​に​​の​さばき​が​くだる​よう​に​する​ため​で​も​ある。そして、もし​かれら​が​つみ​に​さだめられる​と​すれ​ば、ぶん​の​つみ​の​せんこく​を​ぶんしん​に​まねく​の​で​ある。

    30 おぼえて​おき​なさい。わたし​の​同胞はらから​よ、おぼえて​おき​なさい。ほろびる​もの​は​ぶん​で​ほろび、ざいあく​を​おこなう​もの​は​ぶん​で​それ​を​おこなう​の​で​ある。なぜなら、あなたがた​は​ゆう​で​あり、あなたがた​は​ずい​に​こうどう​する​こと​を​ゆるされて​いる​から​で​ある。よ、かみ​は​あなたがた​に​しき​を​あたえて、あなたがた​を​ゆう​に​して​くださった​から​で​ある。

    31 かみ​は​あなたがた​が​善悪ぜんあく​を​わきまえられる​よう​に​して​くださり、また、あなたがた​が​せい​で​も​​で​も​えらべる​よう​に​して​くださった。あなたがた​は​ぜん​を​おこなって、ぜん​で​ある​もの​に​回復かいふく​される。い​えれば、あなたがた​に​回復かいふく​された​ぜん​で​ある​もの​を​つ​こと​が​できる。また、あなたがた​は​あく​を​おこなって、あなたがた​に​回復かいふく​された​あく​で​ある​もの​を​つ​こと​も​できる​の​で​ある。」