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純潔


「純潔」「トピックと質問

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概要

純潔

神のすべての戒めと同様、純潔の律法は神からの祝福であり、わたしたちが平安と喜びを得られるようにしてくれます。この律法に従って生活すると、情緒的にも肉体的にも安全で健康でいられるようにもなります。そして、永遠の命を含む、神の最も大いなる祝福にあずかる備えができるようになります。

純潔とは、法的に結婚した男女の間以外ではいかなる性的な関係も持たないという意味です。純潔を守る人は、性的にふさわしい思いを抱き、ふさわしい言葉を使い、ふさわしい行動を取るように努めます。この律法に従って生活するということは、結婚生活において肉体的にも精神的にも伴侶に完全に忠実であるということでもあります。

神からの贈り物と戒め

夫婦間の身体的な親密さは喜ばしいものであり、美しく神聖なものです。それは子供をもうけ、夫婦間で愛を表現するための、神からの贈り物です。互いをいたわって純潔の律法を守るならば、愛と信頼関係、献身が深くなり、さらに幸せになって一致するようになります。

純潔は神から与えられた戒めであり、この律法に従うことは、主の宮に入る備えとなります。神殿では、純潔の律法に従って生活するという聖約により、この律法を守る決意をさらに固めるよう招かれます。

今日の世界において、多くの人々はサタンに惑わされ、婚外の性的な親密さは許されると考えています。しかし、純潔の律法を破ることはきわめて深刻なことです。純潔の律法を無視する人は、生命を創造するために神から与えられた神聖な力を誤って用いることになります。

天の御父はわたしたちを霊的および肉体的に守るために純潔の律法をお与えになりました。この律法に従うことは、個人的な平安と幸福を得るために不可欠です。自身を性的に清く保つ人は、聖霊から導きや力、慰め、守りも受けやすくなります。

純潔の律法を守る力

たとえどれほど強い誘惑に遭っても、主と交わした聖約を守ることを選ぶなら、その誘惑を退けることができるよう主が助けてくださいます。使徒パウロはこう教えています。「神は真実である。あなたがたを耐えられないような試練に会わせることはないばかりか、試練と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。」

主は、わたしたちが自分やほかの人の体という賜物を尊ぶ決意をすると信じておられます。そして、その信頼にこたえて選択をするとき、わたしたちはほんとうに祝福されます。御霊はわたしたちがこの律法を守れるよう導き、強めてくださいます。

性的な罪

主と主の預言者は性的に不道徳なことをしないようにと警告しています。預言者アルマは性的な罪の深刻さについて教えました。 婚姻関係にない男女間の性的な関係はすべて純潔の律法に反しています。このような関係を持つ人は、肉体的かつ霊的な危険を犯しています。

純潔の律法を破ることの一つは姦淫です。 これは、既婚者と配偶者以外の人との間の性交です。姦淫は十戒で警告されている罪の一つです。

使徒パウロも、わたしたちが「不品行を慎〔む〕」ことが「神のみこころ」だと教えています。 この「不品行」とは、福音では、婚姻関係にない男女間で性的な行為を行うことです。

同性婚や同性間で何らかの性的な関係を持つことも、神の戒めに反しています。

悔い改める者に対する赦し

性的な罪は非常に深刻ですが、 悔い改め の賜物は存在します。主はわたしたちを愛しておられるので、わたしたちが悔い改めて主に立ち返ることを選ぶならば、完全に赦してくださいます。悔い改めには忍耐と根気強さ、心の変化が必要ですが、努力するだけの価値があります。

教会員が重大な罪を犯したとき、悔い改めには、ビショップまたはステーク会長に告白することも含まれます。ビショップまたはステーク会長と会うべきかどうか確信が持てない場合は、導きを求めて祈るとよいでしょう。親や信頼できる指導者に相談することもできます。

教会の指導者に告白すると、ビショップやステーク会長は「会員のために、悔い改めの福音の鍵を行使することができます(教義と聖約13:184:26-27107:18、20参照)。これによって、会員は救い主の贖罪の力を通して癒しを受け、福音の道に戻ることができるのです。」 指導者に告白することで、自分自身の重荷が下ろされます。そして、変わり、癒され、前進する方法を知るために主の助けを求めることができるようになります。

罪のもたらす絶望感が、赦しの快い平安と喜びに取って代わるのです。悔い改めるために何をしなければならないかについてさらに学ぶには、福音トピックス「悔い改め」の項を参照してください。

後で悔い改めさえすればいいと考えて性的な罪を犯すのは、間違いです。このような態度は、主を敬っておらず、主と交わした聖約を尊んでいないことを示しています。第一に決して性的な罪を犯さないよう最善を尽くすとき、わたしたちは神と自分自身とほかの人々に対する愛を示します。

性的虐待の被害者は、自分の身に起こったことに対して責任はありません。性的虐待を受けた人は、罪を犯したわけでも、純潔の律法を破ったわけでもなく、その虐待に対して悔い改める必要はありません。

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