第1課 イエス・キリスト-堅固な基
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第1課

イエス・キリスト-堅固な基

目的 イエス・キリストを生活の堅固な基とする。

救い主を堅固な基としなければならないのはなぜか

わたしたちは家を建てるとき,嵐や長年の使用に耐えられるように,細心の注意を払って固い地盤,すなわちしっかりとした土台の上に建物を築きます。同じことが個人の人格形成についても言えます。わたしたちは,人生の試練や試しに遭うときに自分を支えてくれる土台が必要なのです。

人の生き方,言い換えれば人格は,何であれわたしたちを動機づけ,行動へと導く様々な要因に由来しています。したがって,わたしたちは高潔な動機や指示に基づいて行動する必要があります。

  • 生活の基盤について少し考えてください。霊的に自分を鼓舞してくれるものや,生活を方向づけてくれるものが何か特別にありますか。

わたしたちの生活の基盤を成すものは,自分の考え方や計画,一連の規則,尊敬する人物から受ける感化などです。人生を築くのはわたしたち自身ですから,自分を動機づけ,方向づける基盤について賢明な選択をすることが大切です。

『モルモン書』には,イエス・キリストを生活の基とするように記されています。ヒラマンはこのように述べています。「あなたたちは,神の御子でありキリストである贖い主の岩の上に基を築かなければならないことを覚えておきなさい。そうすればあなたたちは堅固な基であるその岩の上に建てられており,人がその上に基を築くならば,倒れることなどあり得ないからである。」(ヒラマン5:12

  • 視覚資料1-a「イエス・キリスト」を見せる。

「なぜわたしたちはイエス・キリストを必要とするのですか」という質問と以下の答え,参照聖句を書いたポスターを提示する。

なぜわたしたちはイエス・キリストを必要とするのですか。

すべての人は罪を犯す(ローマ3:23

キリストの血はわたしたちを罪から清める(1ヨハネ1:7-9

主はわたしたちが従うべき完全な模範を示された(3ニーファイ12:48

イエス・キリストによらなければ,わたしたちは天父のみもとに帰ることができない(ヨハネ14:6モーサヤ5:7-8

わたしたちはキリストを通して復活する(モーサヤ16:7-8

わたしたちは救い主を通して永遠の命を得る(ヨハネ11:25-26

キリストの御名によって御父に祈る(モルモン9:21

キリストの教えはすべて真理である(ヨハネ18:37

イエス・キリストを「堅固な基」にする必要があるのはなぜでしょうか。ポスターに記された理由を読んで話し合う。姉妹たちに参照聖句を幾つか読んでもらってもよい。

イエス・キリストはわたしたちの長兄です。主はわたしたちを愛し,いつの日か皆がみもとに帰って御自身や天父とともに住むことを望んでおられます。わたしたちは主に頼ることができます。また,これらのことを成し遂げるために最善を尽くすように主から求められています。

  • 「絶えず頼り主求む」(『賛美歌』53番)を一緒に歌う。または,すべての歌詞を読む。

なぜイエス・キリストを知る必要があるのか

「神の御子でありキリストである贖い主の岩」(ヒラマン5:12)の上に生活を築くには,主について知らなければなりません。主がどのような御方であるか学び,主の神聖な使命を理解することが必要です。主はいつ,なぜこの地上に来られたのか,またどのような生涯を送られたのか学ぶ必要があるのです。わたしたちは,救い主が明らかにされた真理と光のメッセージを研究し,その教えを日常生活でどのように実践するかを学ばなくてはなりません。

  • マタイ11:28-29を読む。

  • イエスはこの聖句の中で,「わたしのもとに来なさい」「わたしに学びなさい」と言っておられますが,イエスのみもとに行くとはどういう意味でしょうか。(次の事柄を行うことにより,主のみもとに行くことができる。主の御霊を受けられるように努める。再び天父とともに住むにふさわしい者となるために必要な事柄を行う,すなわち福音を受け入れて実践する。)

イエス・キリストを知るためにはどうすればよいか

  • 以下を黒板に書く。

    イエス・キリストを知るためにはどうすればよいでしょうか。

    聖典を学ぶ。

    教会の集会に出席する。

    生ける預言者の言葉に耳を傾け,説教を読む。

    天父に祈る。

    キリストの教えを実践する。

聖典を学ぶ

わたしたちは聖典を学ぶことにより,イエスについて知ることができます。聖典には,救い主の生涯と教え,地上に住む神の子供たちとの関係について記されています。主はこのように言われました。「聖文を調べなさい。……この聖文は,わたしについてあかしをするものである。」(欽定訳ヨハネ5:39より和訳)

  • 救い主の生涯や教えは,聖典のどこに記されていますか。(パレスチナにおけるキリストの生活については,『新約聖書』のマタイ,マルコ,ルカ,ヨハネに,アメリカ大陸の民に教えを説かれたことについては,『モルモン書』の第三ニーファイにそれぞれ記されている。イエス・キリストは『旧約聖書』の中で「エホバ」と呼ばれている。『旧約聖書』は,救い主が肉体を持ってこの地上に降誕される以前に,預言者たちに与えられた教えを記したものである。主の教えは『モルモン書』や『高価な真珠』の中にも記されている。『教義と聖約』には今日の神の子供たちのために与えられた主の言葉が収められている。)

  • 救い主を愛し,理解するうえで,聖文の学習はどのように役立ちましたか。

教会の集会に出席する

わたしたちは教会の集会に出席し,そこで救い主とその教えについて学ぶことにより,イエスに関する知識を得ます。また集会に出席し,ふさわしい状態で聖餐にあずかるならば,御霊の導きを受けることができます。わたしたちは聖餐を取るときに,救い主の生涯や自分との関係,主と交わした聖約について考えます。

  • 教会の集会に出席することが,イエスについて学ぶうえでどのように役立ちましたか。

生ける預言者の言葉に耳を傾け,説教を読む

生ける預言者の言葉に耳を傾けることによって,イエスについて学ぶことができます。主はわたしたちに,預言者が与える戒めと言葉の「すべてを心に留め,あたかもわたし自身の口から出ているかのように受け入れなくてはならない」と言われました(教義と聖約21:4-5参照)。末日聖徒イエス・キリスト教会の大管長は,地上における神の代弁者です。預言者は説教や印刷されたメッセージを通して,主が現在のわたしたちに望んでおられる事柄を明らかにします。

  • 生ける預言者の言葉を聞いたり,説教を読んだりすることによって,イエス・キリストについてどのようなことを学びましたか。

天父に祈る

天父に祈ることによって,イエス・キリストを知ることができます。わたしたちは祈りを通して,イエスがキリストであり,神の御子であるという証を得ることができます。主が確かにこの地上で生活され,わたしたちの罪を贖って贖い主となられたことを知るようになるのです。また,主が墓に横たえられてから3日後に復活し,贖罪を通してすべての人に復活をもたらし,肉体の死からわたしたちを救う救い主となられたことが分かります。わたしたちは,イエス・キリストが今日生きておられ,末日聖徒イエス・キリスト教会の頭であること,また主の預言者である教会の大管長を通して,祈るように命じておられることを知ることができます。

真心から祈るならば,主がわたしたちに深い愛と憐れみを寄せ,わたしたちの必要や問題を理解しておられることが分かります。

特に,断食をして祈ることによって,救い主とその使命に関する知識をより効果的に求めることができます。

  • 祈りによって,イエス・キリストについてどのようなことを学びましたか。

わたしたちは,聖典を学んで深く考え,教会の集会に出席し,生ける預言者の言葉に耳を傾け,断食して祈ることによって,救い主を「堅固な基」とすることができるのです。

キリストの教えを実践する

主はわたしたちに,戒めに従って生活することによって,それが神の戒めかどうか試すように求めておられます(ヨハネ7:16-17参照)。『モルモン書』に登場する王であり預言者でもあるベニヤミン王は,民に福音を説いてから,次のように勧告しました。「これらのことをすべて信じるならば,必ずそれを実行しなさい。」(モーサヤ4:10)イエス・キリストの教えを学ぶときには,毎日それを実践しなければなりません。

次の「黄金の24時間」という話は,満たされない毎日を送っていたシャーロットという若い女性が,救い主の教えを実践して恵みを受けたことを描いたものです。

「シャーロットは,人生の壁にぶつかっていました。心の中は不満だらけで,何もかもが間違っているように思え,願いは一つもかないませんでした。友達はおもしろくないし,家庭にいても少しも満たされません。自分の性格が大して魅力的でないことは,本人もよく自覚していました。問題があまりに多すぎて,シャーロットは泥沼にはまり込んだように,身動きが取れないでいました。

〔シャーロットは,自分が理想とするような生活を営んでいるマーガレット・エイムズの所に行って助けを求めました。〕シャーロットは,満たされない生活に苦悶している心の内を彼女に打ち明けました。……すると,エイムズ姉妹は思いやりのある優しい言葉を述べてから言いました。『シャーロット,あなたにその気がありさえすれば,すべてを変えることができるのよ。』……

〔そして,シャーロットが新しい生活に踏み出せるように,次のような提案をしました。〕『キリストがすぐ近くにいて,あなたの行動をすべて御覧になっていると思いながら24時間過ごしてごらんなさい。その後でまた会って,一緒にお話しましょう。やってみる気はあるかしら。』

シャーロットは教会員でしたが,それまでキリストを気軽に話しかけられる親しい御方として考えたことは一度もありませんでした。彼女は,少しためらいながら仕方なく答えました。『はい,エイムズ姉妹。』……

シャーロットが帰宅したのは夕暮近くでした。その夜,彼女は食卓の準備をすることになっていました。引き出しを開けてしわになったテーブルクロスを取り出してみると,所々にしみがあるのが気になりました。このとき初めて,物事を変えようという気持ちになりました。

『もしイエス様が一緒に食事をされるとしたら,しみの付いたテーブルクロスなんて出すはずがないわ。』シャーロットはそう独り言を言うと,真新しいクロスを取り出してテーブルに広げました。そして庭から花を摘んできてテーブルを飾ると,ピカピカに磨きあげた皿の上にバターを置き,それからパンをていねいに切りました。……

『今晩,だれか来るのかい。』父親が尋ねるとシャーロットはにっこりしながら答えました。『あら,お父さんのために仕度したのよ。』もしキリストがおいでになったら,わたしたちは家族に笑顔で接し,よい態度を取るに違いありません。

シャーロットの母親は,疲れていらいらしていました。彼女はエプロンをしたまま食卓につくと,こう言いました。『一体どういう風の吹き回しかしら。家族のためだけにこんな仕度をするなんて。だれか見えるんじゃないの。』

シャーロットは,目に見えないキリストの前で話すべき言葉が見つかるまで黙っていました。そして言いました。『家族以上によくしてあげたいと思う人なんていないわ。』

みんなはこの言葉に驚いて,一瞬,シャーロットを見詰めました。それはシャーロットらしくない言葉でした。父親が言いました。『そうとも。家族のことを忘れがちになるのは,よくないことだね。』……

シャーロットは居間に行くと,積んである雑誌の下の方から一冊を取り出して読み始めました。それは彼女が自分で買って来て,隠しておいたものでした。シャーロットは少しして読むのをやめました。……『もしイエス様がそばにいらっしゃったら,こんな本は読まないはずよ。』そう考えたからでした。彼女はその雑誌を外のごみ箱に捨てました。

翌日,シャーロットは再び出勤しました。……彼女は自分の仕事がきらいでした。……

『キリストがわたしの近くにいらっしゃる』,そう思いながらシャーロットは店員たちが立ち話をしている店内に入りました。彼女は会う人毎にほほえみかけながら,あいさつしました。……

〔店員たちは,シャーロットがいつになく親切で,それぞれの問題に関心を示すことに目を見張りました。キリストが近くにいらっしゃったらどうするかと常に考えることで,シャーロットは不作法な客に対しても平静に対処することができました。その日の夜,シャーロットは結果を報告するためにマーガレット・エイムズを訪ねました。〕

『エイムズ姉妹のおっしゃった通り,できるかぎりのことをしてみたら,何もかもいつもと違っていたんです。おっしゃった意味が今はよく分かります。もちろん自分を悩ませていた問題が解決した訳ではありません。相変わらず貧しくて,学校には行かせてもらえないし,それにみすぼらしい家に住んでいます。』……

『シャーロット,あなたは24時間前に種をまいたばかりなのよ。……それを育てて,詩篇の中に書かれているように,「堪え忍びて主を待ち望め」るかしら。……あなたは手がかりとなる言葉を知っているわ。「イエス・キリスト」よ。くよくよ悩んでいても……事態は変わらないわ。でもイエス様に頼れば,変えられるのよ。いつも主に近く生活することを忘れないでね。』

シャーロットは『ええ,そうします』と答えました。」(ルーシー・ガーシュ・トンプソン編,Stories That Live『実生活の物語』33-34)

  • シャーロットは,そばにキリストがおられるように生活しようとしたとき,何をしたでしょうか。彼女は24時間の中で,どのような祝福を受けたでしょうか。

わたしたちが主の模範と言葉に従って生活しようと真心から努めるとき,主はわたしたちを祝福してくださいます。主は「あらゆる思いの中でわたしを仰ぎ見なさい」(教義と聖約6:36)と言われました。この言葉に従うならば,わたしたちは次のように積極的な姿勢で自分を顧みることができるでしょう。「わたしはイエスが望んでおられるような生活をしているだろうか。主はわたしと同じ方法でこの問題を解決されるだろうか。イエスがされたような生活をするために,わたしはどのように生活を改善したらよいだろうか。」救い主の「わたしのもとにきなさい」(マタイ11:28)という言葉に聞き従うためには,主を模範として,主の期待しておられることを実際に行わなければなりません。

  • イエス・キリストの教えをどのように家庭生活の中に取り入れることができますか。友人との関係においてはどうでしょうか。

イエス・キリストに似た者となるために

わたしたちはイエス・キリストの教えを実践するならば,キリストに似た者となることができます。人への思いやりが深まり,人々に仕えたいと思うようになります。わたしたちが力を尽くして主の教えを実践するときに,主と交わした聖約を守り,主の御名を負うにふさわしい者となることができるのです(モーサヤ5:7-15参照)。必要とあれば,ほかの人々のためにこの世的な喜びや所有物を喜んで犠牲にします。また,たとえ自分にやましいことがないときでも,拒絶や誤解,迫害,罰などを甘んじて受けるようになります。『モルモン書』の中でアルマは,イエス・キリストの福音に従って生活するならば,神の御姿を自分の身に受けるようになると言っています(アルマ5:14,19参照)。わたしたちも救い主のようになることができるのです。

  • キリストはどのような属性を持っておられるでしょうか。(愛,忍耐,慈悲,赦し)生徒の意見を黒板に列記する。

わたしたちは,イエス・キリストの堅固な基の上に毎日の思いと態度を築くならば,キリストの持っておられる属性を身に付け,さらに救い主に似た者となることができるのです。

まとめ

ヒラマンが息子たちに教えたように,わたしたちは「キリストである贖い主の岩……堅固な基であるその岩」(ヒラマン5:12)の上に生活を築かなければなりません。

人生には幸福なときもあれば,逆境のときもあります。しかし,イエス・キリストの堅固な基の上に生活を築くならば,どのような試練に遭っても決して打ち負かされることはないと約束されています(3ニーファイ14:24-27参照)。主は次のように言っておられます。「それゆえ,小さい群れよ,恐れてはならない。善を行いなさい。この世と地獄をあなたがたに対して連合させなさい。あなたがたがわたしの岩の上に建てられるならば,それらは打ち勝つことができないからである。」(教義と聖約6:34

チャレンジ

イエス・キリストの模範と教えにさらによく従うために,主についてもっと学ぶ。始めに『福音の原則』第3章「わたしたちの選ばれた指導者,救い主であられるイエス・キリスト」と第11章「キリストの生涯」,および3ニーファイ8-26章を読む。次に,キリストの属性の中から一つを選んで身に付けるように努め,イエス・キリストを基にして生活できるように,毎日主に助けを祈り求める。イエス・キリストの絵を家庭の中に飾る。

参照聖句

教師の準備

レッスンの前に,以下の事柄を行う。

  1. 『福音の原則』第3章「わたしたちの選ばれた指導者,救い主であられるイエス・キリスト」,第11章「キリストの生涯」を学ぶ。

  2. 3ニーファイ8-26章を読む。

  3. 『末日聖徒の女性A』第1課イエス・キリストを信じる信仰」を学ぶ。

  4. 黒板とチョークを用意する。

  5. 「わたしたちはなぜイエス・キリストを必要とするのですか」と書いた紙を用意する。

  6. 「たえず頼り主求む」(『賛美歌』53番)を練習する。

  7. 各自に聖典を持参するように言う。

  8. 本課の物語と聖句の発表を生徒に割り当てる。

雲の中のイエス・キリスト

1-a イエス・キリスト