はしがき
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はしがき

本書は,教会の新会員の女性を対象に作成されました。その目的は,福音の原則と教義を教えることと,姉妹たちが福音を愛し,その教えに従って生活したいと望むように動機付けを与えることです。また,姉妹たちがよりよい主婦となり,家族の祝福と神の王国建設のために,自分の時間や才能,財産をもっと賢明に使えるように助けることです。

支部が組織されている所では,本書は日曜日の集会で,12歳以上の女性のためのテキストとして使用できます。この集会は普通,兄弟たちの神権会と並行して開かれます。扶助協会会長はその集会を司会します。また,レッスンの教師としてふさわしい人を支部長に推薦します。複数の教師が必要になるかもしれません。女性の人数が多い場合は,クラスを年齢別のグループに分け,各グループに一つまたはそれ以上のクラスを設けます。

個人学習

各々の姉妹は平日の間に家庭で本書を学び,クラスに聖典とともに持参し,レッスンに参加します。各課の終わりにある「チャレンジ」は,学んだ原則を生活の中で実践できるように助けるものです。これを実際に行うならば,既婚女性は,家族や他の人々の教師として,主婦として,夫の助け手として,自分の役割を果たせるように備えられるでしょう。また独身女性は,末日聖徒として生活する中で直面する様々なチャレンジや機会に,りっぱに対処できるようになるでしょう。

教材

教師は,各課の終わりにある「教師の準備」(34595 300)にそって,レッスンを準備する必要があります。教師と生徒はともに,本書と並行して『福音の原則』,特に「教師,その大いなる召し」(36123 300)の欄に挙げられている参考箇所を勉強します。

『福音の原則』からの発表や他の割り当てを生徒に与える場合,教師は生徒が十分に時間をかけて準備できるように早目に行います。

年齢の若い姉妹たちができるだけ活発にレッスンに参加できるようにしてください。生徒はレッスンを通して,主婦としての責任を果たし,神の王国を建設するための備えができるでしょう。

ある課では,黒板を使って答えや概念などを書くように提案されていますが,そうでない課もあります。教師は,黒板を使用した方が効果的だと思うときには,いつでもそれを活用するようにしてください。

ほとんどの課には視覚教材があって,レッスンの中で見せるように提案されています。また巻末には,末日聖徒の家族をテーマにしたカラー写真も載っています。これらの教材は,家庭でレッスンを教えるとき,あるいは本書や『末日聖徒の女性A』を教えるときに役立ててください。レッスンをさらに興味深く,有意義なものとするために,これ以外の視覚資料や教材も使うことができます。

レッスンのための指示や話し合いの質問は,教師が一目で分かるように小さい文字で印刷されています。

レッスン

本書のレッスンは,35課しかありません。したがって年間で何週か余裕があるので,姉妹たちがもっと学ぶ必要のあるレッスンについては,2週以上に分けて行うことができます。時にはレッスンの時間を使って証会やクラスの活動,特別な話者を招いた講演,そのほか価値あるプログラムを行うとよいでしょう。

本書のレッスンは,地元の実情にそぐわないものは除いて,すべて教えるようにします。レッスンは各単元とも掲載されている順番に行うのがよいでしょう。これは特にホームメーキングの単元について言えます。

教師は祈りをもって綿密なレッスンの準備をしてください。本書を学ぶすべての姉妹のうえに主の祝福があるように願っています。

心身に障害がある会員を参加させるために

イエスはこの世で務めを果たしているとき,ガリラヤの海の近くにある山に登られました。

「すると大ぜいの群衆が,足,手,目や口などが不自由な人,そのほか多くの人々を連れてきて,イエスの足もとに置いたので,彼らをおいやしになった。

群衆は,口のきけなかった人が物を言い,手や足が不自由だった人がいやされ,盲人が見えるようになったのを見て驚き,そしてイスラエルの神をほめたたえた。」(マタイ15:30-31

救い主は,心身に障害のある人々を深く思い,わたしたちにその模範を示されました。また救い主は復活後にニーファイ人を訪れ,次のように言われました。

「見よ,わたしの心は,あなたがたに対する哀れみに満たされている。

あなたがたの中に病気の者がいるか。彼らをここに連れて来なさい。足の不自由な者,目の見えない者,足の悪い者,手の不自由な者,らい病にかかっている者,体のまひしている者,耳の聞こえない者,あるいはどんなことでも苦しんでいる者がいるか。彼らをここに連れて来なさい。癒してあげよう。わたしはあなたがたのことを哀れに思い,わたしの心は憐れみに満たされている。」(3ニーファイ17:6-7

教会の教師は,心身に障害のある人々に思いやりを示す機会に恵まれています。たいていの教師は専門的な援助を与えるための正式な訓練を受けたことはありませんが,理解と思いやりの心を持って,そのような会員をできるかぎりクラスの学習活動に参加させるようにすべきです。聴力や視力,精神面,文化面(言語など),情緒面,社交面,そして年齢や学習能力などに問題のある人には,特に関心を寄せる必要があります。教師は次に挙げる事柄を指針として,特別な援助を必要としている会員に手を差し伸べることができます。

  • 生徒一人一人の能力と必要としていることを知る。

  • 生徒に朗読や祈り,そのほかの割り当てを依頼する場合,前もって本人に「クラスで朗読するのはどうですか」,「クラスで祈っていただけますか」などと尋ねて,確認をとる。

  • 神権指導者や両親,家族,適切であれば本人に,特別にどのような助けが必要か尋ねる。

  • できるかぎりレッスンに参加させるようにする。

  • 生徒同士がそれぞれ尊敬と理解を示し合うように導く。

  • 自然に,親しみをこめ,思いやりを持って接する。すべての神の子は,障害の程度に関係なく,愛と理解を求めるものである。

教会の教師は,すべての会員が肉体的,知的,情緒的,社会的能力に関係なく,昇栄に向かって成長する可能性を備えていることを忘れてはなりません。教師には,彼らが現状で学び得ることをすべて教える義務があります。救い主の次の言葉を忘れないでください。

「わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは,すなわち,わたしにしたのである。」(マタイ25:40