2000–2009
人の価値
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人の価値

一人の人間が〔与え得る〕影響を……考えると,主が次のように言われるのも,当然のことなのでしょう。「人の価値……を覚えておきなさい。」

忘れられない印象を残した一つの話があります。何年も前に,あるステーク大会の土曜の夜の部会で聞いた話です。話者は若い母親でした。このような話でした。「わたしは今,曾祖父そうそふの系図を調べています。曾祖父には大勢の息子や娘がいて,皆,教会員でした。

ところが,曾祖父と家族はある日曜日を最後に教会に行かなくなり,二度と戻りませんでした。理由は分かりません。

わたしの調べたところでは,この曾祖父には1,000人を超す子孫がいます。」そして彼女は,忘れられないことを言いました。「この1,000人の子孫の中で,今教会に集っているのはわたし一人です。」

彼女がそう話したとき,思いを巡らせました。「影響を受けたのは1,000人だけだろうか,いや1,000人以上いるに違いない。」

答えは明らかです。隣人や友人は,本来その家族から受けたはずの霊的な影響力を受けられませんでした。息子や娘たちはだれ一人伝道に出ませんでした。彼らの証あかしに感動するはずだった人々はバプテスマを受けませんでした。バプテスマを受けなかった人々は,当然伝道にも出ません。つまり,その曾祖父の選択の結果,今日こんにち教会員になっておらず,この集会にも出席していない人々が恐らく何千人といるのです。

話に耳を傾けながらわたしは思いました。「何という悲劇だろう。もしわたしがその場にいたならば,この父親か,家族全員か,あるいは神権指導者に何か話して,この家族が,また将来この家族の大勢の子孫が被ろうとしている災いを食い止める助けになれたかもしれないのに。」

残念ながら,今となってはその機会はありません。しかし,現在と未来のことについては手を施すことができます。この曾祖父と同じような状況にある人々に,こう言いたいと思います。あなたが今,家族と子孫にしようとしていることを深く考えてください。あなたの思いと行いが家族と子孫に与える影響をよく考えてください。

教会の教義に納得できない点があると言うのなら,ゴードン・B・ヒンクレー大管長が昨年フランスのパリで2,000人以上の会員を前にして語った,次の勧告を吟味してください。「兄弟姉妹の皆さんにお願いします。この教会の何らかの教義に疑問があるというのなら,それをぜひ試してみてください。行ってみてください。その原則に従ってみてください。ひざまずき,それについて祈ってみてください。神はこの業が真実なものであるという知識を皆さんに与えてくださるでしょう。」

不当な扱いを受けたと感じているなら,進んで赦ゆるしてください。何かの理由で不愉快な記憶があるのなら,それを捨ててください。必要なら監督に話してください。ステーク会長と話し合ってください。

すべての人に,特にいずれ曾祖父や曾祖母になる人にお伝えします。たとえどんなにプライドが傷つくようなことがあっても,あなた自身と大勢の子孫が受けるはずの永遠の祝福を放棄するのは,あまりにも代価が大きすぎます。モルモン書ではベニヤミン王がこう指摘しています。「そしてさらにあなたがたは,神の戒めを守る者の祝福された幸福な状態についても考えてほしい。見よ,これらの者は物質的にも霊的にも,すべてのことについて祝福を受ける。そして,もし最後まで忠実であり続けるならば,彼らは天に迎えられ,決して終わりのない幸福な状態で神とともに住めるのである。」(モーサヤ2: 41)

将来,道からそれそうな曾祖父を持つ子供たちにお伝えします。忠実であり続けてください。家庭の中で,また周囲の人に,模範を示してください。家庭や交際する人々に,平安と調和をもたらすためにできることをしてください。問題を起こす人ではなく,解決する人になってください。忘れないでください。モルモン書の中で,父リーハイがつぶやき始めたとき,周囲の励ましとなり,問題の解決策を見つけたのは義にかなった息子ニーファイでした。多くの場合,荒海を渡る船を安定させることができるのは,義にかなった子供たちなのです。

監督やステーク会長の皆さんにお伝えします。当時一握りしかいなかった地区代表のための集会に,皆さんも出席できたらよかったのにと思います。その集会で,L・トム・ペリー長老は,長老の職に昇進する見込みのある会員や教会に熱心ではない会員,つまり将来曾祖父になる人たちを,体温計にたとえました。そのたとえを聞き,教会や教会員に対して積極的な気持ちを持っている人々が,たくさんいることを思い出しました。励ましを与え,道を示しさえすれば,そのような人々は戻って来るでしょう。

割り当てを受けて出席した,あるステーク大会について話しましょう。ステークを再組織するために,ステーク会長と副会長が解任され,新しいステーク会長会が召されることになっていました。その若い前ステーク会長は,ほぼ10年間すばらしい働きをしてきました。霊の巨人であるばかりか,見事な管理手腕を発揮しました。彼は,ステークが果たさなければならない務めの大半をどのように副会長や高等評議員に委任して自由に動ける時間を確保し,励ましが必要な人と面接する時間を作ったかを個人面接のときに話してくれました。ステーク会長室には個人や夫婦が招かれました。ステーク会長はその場で彼らのことを知り,助言を与え,より善い者となるように,生活を整えるように,主に従う人々に注がれる祝福を受けるように勧めました。彼らが教義のすばらしさを理解するように,有能な指導者や教師の手を借りました。ステーク会長はよく面接中に「祝福しましょうか」と尋ねたそうです。「ステークの大勢の会員の頭の上に手を置きました」と彼は言いました。

翌日のステーク大会の一般部会で,非常に多くの人々が涙を浮かべていることに驚きました。ステーク会長の解任を望んでいなかったためではなく,生活を祝福してくれた若いステーク会長に対する深い愛のための涙でした。何かに促されてわたしはこう尋ねました。「ステーク会長に頭に手を置いてもらった人は,何人いらっしゃいますか。」手を挙げた人の数に驚きました。そのとき,こう思いました。「今だけではなく,永遠にわたってこの偉大な人の名前を祝福する人は,何人いるだろう。」その人々は,この愛にあふれた指導者のおかげで,幾世代もの大勢の子孫という遺産を残す曾祖父となるでしょう。そして皆が彼を祝福された者と呼ぶでしょう。

一人の人間がこれほど大勢の人の生活に影響を与えることを考えると,主が次のように言われるのも,当然のことなのでしょう。「人の価値が神の目に大いなるものであることを覚えておきなさい。」(教義と聖約18:10)

まだ小さな子供でも,10代の若者でも,あるいは大人でも,将来曾祖父となる人を助けるために,わたしたち皆が自分にできることを考えられますように,また,主を知り,主を愛する子孫という義なる遺産をすべての人が残せますように,イエス・キリストの御名みなにより,アーメン。