2000–2009
最も際立った特性
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最も際立った特性

神の神権〔は〕,……神のまことの教会にとって独特で不可欠なもので〔す〕。

70年近く前,当時教会の副管長として働いていたデビッド・O・マッケイ大管長は,総大会に集っていた会衆にこう質問しました。「もし今〔皆さん〕一人一人が,末日聖徒イエス・キリスト教会の最も際立った特性を……一言ひとことで表すように言われたら,何と答えますか。」

マッケイ大管長はこう続けました。「わたしは,……直接の啓示による神の権威と答えます。」1

その神の権威とは,もちろん聖なる神権のことです。

ゴードン・B・ヒンクレー大管長は次のように証を付け加えました。「〔神権とは〕神の権威の委託であり,地上にあるほかのいかなる力や権威とも異なります。……死の幕の向こう側まで届く地球における唯一の力です。……神権がなければ名ばかりの教会になり,神の事柄を執行する権威を持たない〔教会〕になります。」2

ちょうど4週間前,ジェームズ・E・ファウスト副管長はブリガム・ヤング大学のディボーショナルで学生に向けてこう語りました。「〔神権〕は教会のあらゆる働きを動かし,管理します。神権の鍵と権威がなければ,教会もありません。」3

今晩,初めに3つの短い引用を紹介したのは(ほかにもたくさん追加できたと思います),ある1点を強調するためです。それは,神の神権が,その鍵と儀式,神聖な起源,そして地上でつなぐことが何でも天でつながれる能力とともに,神のまことの教会にとって独特で不可欠なものであり,それがなければ末日聖徒イエス・キリスト教会は存在しないということです。

預言者ジョセフ・スミスの生誕200年と教会設立175周年を祝うこの記念すべき年に,わたしはこの聖なる神権の回復,この神聖な特権,この最高の賜物たまもの,そして幕の両側にいる人々の生活の中で神権が果たす役割について,証を添え,永遠の感謝を述べます。

この世と永遠を結ぶという神権のきわめて重要な働きは,救い主が地上での務めの間に御自身の教会を組織されたときに明らかにされました。主は先任使徒のペテロにこうおっしゃいました。「わたしは,あなたに天国のかぎを授けよう。そして,あなたが地上でつなぐことは,天でもつながれ,あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう。」4 6日後,主はペテロ,ヤコブ,ヨハネを山の上に連れて行き,彼らの前で栄光のうちに変貌へんぼうされました。そして,以前の神権時代の預言者たち,少なくともモーセとエリヤ5 が栄光とともに現れて,それぞれが持っていた様々な鍵と力を授けました。

残念なことに,この使徒たちはやがて殺されるか,そうでなければ地上から取り上げられました。そして彼らの神権の鍵も一緒に取り去られ,結果として,人類の間で1,400年以上も神権がない時代,神聖な権威のない時代が続きました。しかし,今晩わたしたちが祝う現代の奇跡と驚くべき歴史の一部は,以前の時代と同じ天の使者が現代に戻って来て,全人類を祝福するために彼らが持つ,以前と同じ力を回復したことなのです。

1829年5月,ジョセフ・スミスはモルモン書を翻訳している最中に,バプテスマに関する記述に行き当たりました。筆記者であったオリバー・カウドリとそのことについて話し合い,二人は熱心に神に祈りました。オリバーは次のように書き記しています。「わたしたちはバプテスマと聖なる御霊みたまの祝福にあずかる方法を知るために,心を込めて力強い祈りをささげました。……また聖なる神権の権威とその神権により管理する力を熱烈に求めました。」6

その「力強い祈り」にこたえてバプテスマのヨハネが現れ,今晩この話を聞く若い男性に与えられているアロン神権の鍵と力を回復しました。数週間後,ペテロ,ヤコブ,ヨハネが,使徒の鍵を含むメルキゼデク神権の鍵と力を回復するために地上に戻って来ました。天の使者が訪れることのできる神殿が建つと,1836年4月3日に,かつて変貌の山で起きたことが現代にも起きたのです。以前ヒンクレー大管長はそれを「カートランドの啓示の滝」と呼びました。救い主とモーセ,エリヤ,エライアスが栄光のうちに預言者ジョセフ・スミスとオリバー・カウドリに現れ,それぞれの神権時代の鍵と力を二人に授けました。この訪れの最後には,とどろき渡る次の宣言がなされました。「それゆえ,この神権時代の鍵はあなたがたの手にゆだねられている。」7

預言者ジョセフが簡潔で雄弁な信仰箇条に次の一条を入れたのもうなずけます。「わたしたちは,福音を宣のべ伝え,その儀式を執行するためには,人は預言によって,また権能を持つ者による按手によって,神から召されなければならないと信じる。」8 神の権能をもって行動するには,単なる社会契約以上のものが要求されるのは明らかです。それは宗教教育や会衆の委託によって生じるものではありません。神の承認された業においては,人が教会や街角や神学校で得た既存の力よりも大きな力がなくてはなりません。事実,宗教を求める多くの誠実な人々は,回復へと至った時代について知り,そのような時代があったことを公に認めています。

確かに,当時の少数の人々は,聖職者が特別な聖なる権威を主張することを好みませんでした。しかしほとんどの人は,神によって認可された神権を待ち望みながらも,どこに行けばそれを見いだせるのか分からずにいました。9 そのような状況の中で,啓示によりジョセフ・スミスを通して神権の権能が戻って来たことは,かの有名なチャールズ・ウェスリーが勇気をもって語った言葉に共感した人々の何世紀にもわたる苦悩を和らげたことでしょう。チャールズ以上に有名な兄のジョンが権威もないのに聖任するという決断をしたとき,宗教上の意見で対立したチャールズは,皮肉めいた手紙を書き送りました。

男や女の気まぐれで,

何とたやすく司祭が誕生することか。

ウェスリーがコークを聖任したなら,

だれがウェスリーを聖任したのだろうか。10

この挑戦的な質問の答えとして,回復されたイエス・キリストの教会では,ワードの新しい執事や彼を管理する監督,また教会全体を管理する預言者がそれぞれ行使する権能について,神権の系譜をたどることができます。その系譜は途切れることなく続き,この天からの比類ない賜物を携えて神の御子から遣わされた天使にまでさかのぼるのです。

わたしたちは教会として,また教会内の個人や家族として,どれほどその祝福を必要としているでしょうか。一つの例を紹介します。

先ほど,教会歴史のカートランド時代の話をしました。1836年と1837年は,設立間もない教会にとって,財政的にも,政治的にも,教会の内部的にも,かつてないほどの困難に直面した年でした。その苦難のさなかに,ジョセフ・スミスは驚くべき預言的な促しを受け,最も能力のある人々(最終的には十二使徒定員会全員)を外国に伝道に出したのです。それは,最終的に当時の教会を危機から救う,大胆で霊感あふれる手段でした。しかし当初は,聖徒にとって耐え難い重荷でした。それは伝道に行く人々にとってつらいことでしたが,残された人々にとっては,恐らくもっとつらい経験だったでしょう。

ロバート・B・トンプソン長老の言葉を引用します。

「長老たちがイギリスに出発する予定の日が来ました。わたしは〔ヒーバー・C・〕キンボール兄弟がいつ出発するのか確認しようと,彼の家に〔立ち寄りました。〕これからカナダでの伝道を始めるに当たって,キンボール兄弟と2,300マイル旅を共にしようと思ったからです。

ドアが少し開いていたので中に入ると,目の前の光景に驚きました。じゃまをしているような気がして遠慮しようかと思いましたが,その場所に釘付くぎづけになって動けませんでした。父親は神に思いを打ち明け,〔懇願して〕言いました。『スズメを気にかけ,鳴き声を上げるヒナを養ってくださる神様,わたしが留守の間,妻と幼い子供たちの必要を満たしてください。』それからキンボール兄弟は,族長のように,自分の職の権能により家族一人一人の頭の上に手を置いて父親の祝福を残し,……自分が外国で福音を宣べ伝えている間,家族を神の御手みてにゆだねたのです。〔祝福を〕授けている間,キンボール兄弟の声は,周りを取り囲んだ子供たちのすすり泣く声にかき消されていました。彼らは〔幼いながらに強くなろうとしていましたが,非常に難しいことでした。〕……キンボール兄弟は言葉を続けましたが,彼も胸がいっぱいで,いつものように語ることはできませんでした。……何度か言葉を詰まらせ,……大粒の涙が頬ほおをぬらしました。それは彼の心の内を表していました。わたしも涙をこらえることができませんでした。」トンプソン兄弟はこう述べています。「思わずわたしも涙を流し,ともに泣きました。それと同時に,このような状況に立ち会う特権が与えられたことに感謝しました。」11

このような情景は,末日聖徒イエス・キリスト教会の中で,形を変えて何千回も繰り返されてきました。恐怖,窮乏,召し,危険,病気,事故,死。わたしはそのような瞬間に立ち会ってきました。わたし自身についても,家庭の中でも責任を果たすうえでも,神の力が現れるのを見てきました。また悪が叱責しっせきされ,自然の力が制御されるのを見てきました。わたしは困難という山を動かし,不吉という紅海を分けるとはどういうことか知っています。また滅ぼす天使が「過ぎ越」す12ことが何を意味するか知っています。「神の御子の位に従う聖なる神権」の権能を受け13,その力を行使してきたことは,わたしと家族にとって,この世で望むことのできる最高の祝福です。結局,これが日々の生活における神権の意味なのです。神権には祝福を与える,無上で,永久で,普遍の能力があるのです。

そのような祝福への感謝の念を胸に,わたしはこの記念すべき年に皆さんや生者と死者の聖歌隊とともに「たたえよ,……主と語りし予言者を」14 と歌います。ジョセフ・スミスはアダム,ガブリエル,モーセ,そしてモロナイ,エリヤ,エライアス,ペテロ,ヤコブ,ヨハネ,バプテスマのヨハネ,そしてほかの多くの人々と語りました。15 まことに「主の召したまいし」16 預言者,聖見者なのです。若人も老人も,少年も成人も,父親も息子も,ジョセフ・スミスを通して回復された神権と,その鍵と儀式を大切にしましょう。神の力は神権の鍵と儀式によってのみ現れ,それなしには現れないのです。17 神権が回復されたことを,またいつの時代にも,それが神のまことの教会において不可欠で「際立った特性」であることを,神権の源である御方,主イエス・キリストの御名みなにより証します。アーメン。