2000–2009
私のなすべき業
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わたしのなすべき業

主は天使をジョセフ・スミスに遣わし,なすべき業があると告げるようにおっしゃいました。その業はまで続いています。

子供のころ,家庭の夕べのレッスンで,父から,天使モロナイが預言者ジョセフ・スミスを訪れたことを教わりました。ジョセフが心から祈ると,天使がベッドのそばに現れたというあの物語です。その天使は神から遣わされた使者で,モロナイという名でした。モロナイが告げたところによると,神はジョセフのなすべき業を備えておられるということでした(ジョセフ・スミス―歴史1:33参照)。父はこう教えてくれました。「ジョセフはね,『とんでもない。わたしはどの教会が真実か知りたかっただけなんです。義務があるなんて知りませんでした』とは言わなかったんだよ。」ジョセフには確かに義務がありました。主からの特別な召しがあったのです。

ジョセフは驚くべき業を成し遂げました。ジョセフは一介の農場の少年にすぎませんでしたが,モルモン書を翻訳し,世に出しました。ジョセフを通じて,神権とその鍵かぎが地上に回復され,末日聖徒イエス・キリスト教会が組織され,聖なる神殿の建設が始まったのです。ジョセフ・スミスを通して,天の御父の子供たちが救われるために必要なすべての儀式が,現在地上に回復されています。これこそモロナイ書で語られている奇跡の日であり(モロナイ7:35-37参照),何世紀も前にニーファイに告げられた,驚くべき業と不思議でした(1ニーファイ14:7参照)。

ジョセフが始めた業は,主イエス・キリストと回復された主の福音に対する信仰を持っていた初期の教会員に引き継がれました。彼らの努力により,イエス・キリストの福音は世界中に広がり始めました。まさに彼らは驚くべき業を行いました。

しかし,奇跡の時代は終わっていません。驚くべき業は今も続いています。バプテスマを受けたとき,わたしたち一人一人がこの業の担にない手となりました。

去年,世界各地の教会員と親しく話しているうちに,主の聖約は,純朴な人々の信仰と行いを通して地上に確立しているということが理解できました(教義と聖約1:17-23参照)。

ある韓国人の若い女性は,家族の中で最初に教会員になりました。使い古した『成長するわたし』を握り締めた彼女は,福音を中心とした家庭を夢見ていると言いました。アルメニアの若い女性会長は,『教会指導手引き』が自分の言葉に翻訳されていないにもかかわらず,若い女性のプログラムを忠実に行っています。

ロシアの会員は,定期的に神殿に参入しています。貯金をして,バスと列車と船で,何日もかけて,スウェーデンにある最も近い神殿に行くのです。

9歳になるめいのキンバリーは,友達に教会のことを熱心に教えた後で,友達からこう言われました。「あなたの教会に入りたいわ。どうやって入るの?」

わたしのワードの若い男性・女性たちは皆,指導力や才能を伸ばしているところです。皆,喜んで歌い,楽器を演奏し,お話の責任を果たし,奉仕活動に参加し,そのほかたくさんのことをして,この驚くべき業の一端を担っています。

それから,ボゴタのある若い男性が言いました。「みんなを代表して言います。コロンビアの若い男性は皆ふさわしいです。今ぼくたちは,奉仕するために備えています!」

教会員数が少ない所にも,多い所にも行きました。教会ができたばかりの所にも,立派に確立されている所にも行きました。しかし,どこにあっても個人の責任は同じです。皆,回復されたイエス・キリストの真実の福音に欠かせない存在なのです。なすべき業があります。皆が純粋に奉仕し,証あかしを強め,今日こんにちの奇跡を担っているのです。

わたしは生涯を通じて,回復された福音の奇跡を見てきました。まだ子供だったころ,家族でブラジルのサンパウロに引っ越しました。父がブラジル伝道部の部長に召されたのです。その地ですばらしい子供時代を過ごしました。当時,よくきょうだいでスーツやワンピースを着て,宣教師ごっこをしました。自分たちで伝道用のパンフレットを書いたり,庭で「福音を教え」たり,「新しい任地に移動」したりして何時間も遊びました。その5年間は,毎晩夕食を囲んで伝道に関する会話を交わしました。宣教師たちが語る信仰の物語を,わたしは夢中になって聞いていました。幼いながらも,大いなる業の担い手であることを自覚していました。

わたしたちが赴任したころ,ブラジルには教会員が3,000人ほどしかいませんでした。初等協会の規模はとても小さく,2,3人の子供たちと,当時ポルトガル語に訳されていたたった5つの歌を,毎週繰り返して歌ったのを覚えています。わたしのお気に入りの2曲は,「神の光受け」(『賛美歌』191番)と森のウサギについての歌でした(“The Little Rabbit,”Children’s Friend,1955年6月号,257参照)。

いろいろな意味で,わたしたちは教会の初期の開拓者と同じような経験をしました。教会の本部からは,賛美歌も,視覚資料も,レッスンの手引きも送られて来ませんでした。ポルトガル語で福音を教えるために必要なものはすべて,伝道本部で作成し,印刷しました。大人も子供も,全員が伝道部の会報やレッスンを作るために奉仕しなければなりませんでした。すべてがすでに整った教会をだれかが送ってくれることはありませんでした。預言者から,ステーク会長や監督が派遣されることもありませんでした。扶助協会の会長も,青少年の教科課程も送ってくれませんでした。ブラジルの教会は,初期の開拓者が持っていたようなものだけで成り立っていました。教会を確立するために必要なものは,人々の中にあったのです。

わたしたちがブラジルにいた数年のうちに,教会は大きく発展しました。何千人もの人々が末日聖徒になりました。伝道部はすぐに分割され,地方部と支部が組織され,新しい礼拝堂が建設されました。新しく会員になった人々は熱心でした。信仰をはぐくみ,教会の中で経験を重ねていきました。

あれから何年も過ぎました。そして昨年わたしは,サンパウロ神殿の再奉献式に出席するために,ブラジルに戻りました。その時点でブラジルにはステークが187あると聞きました。伝道部が26,神殿が4つ,そして,会員が約100万人いるとのことでした。6万人以上の会員がゴードン・B・ヒンクレー大管長の話を聞き,神殿の奉献を祝うためにスタジアムに集いました。そこに足を踏み入れたわたしの驚きを想像してみてください。わたしにとって,何千人もの青少年が踊り,歌う姿を目にするのは奇跡でした。この喜びに満ちた祝典を見ながらずっと考えました。「すごい! 奇跡だわ! どうしてこんな奇跡が起きたのかしら?」

その晩ずっと,目の前の光景に驚異の目を見張りました。翌朝,神殿の奉献式のときに,初等協会でわたしを教えてくれたグロリア・シルベイラ姉妹と再会しました。シルベイラ姉妹と会ったときに,奇跡のなぞが解けました。当時シルベイラ姉妹は新会員で教会の経験がまったくありませんでしたが,心からの証を述べる準備をして初等協会に来て,ポルトガル語でわたしに信仰箇条を教えてくれました。シルベイラ姉妹とご主人のウンベルト兄弟は今でも忠実です。長年にわたり,教会の様々な召しにこたえ,奉仕してきました。シルベイラ姉妹に会ったとき,ブラジルの教会が発展したのは,彼女のような人が何千人もいたからだと悟りました。シルベイラ兄弟姉妹は,あらゆる地に住む,主イエス・キリストと主の福音に忠実な人々を代表しています。彼らは知識や能力を増し加え,教会で奉仕してきました(教義と聖約88:80参照)。友達に福音を伝えてきました(教義と聖約30:5参照)。神殿で奉仕をしています(教義と聖約138:48参照)。5人の子供たちに正しい原則を教えてきました(教義と聖約68:28 参照)。43人の子供や孫のうち,15人が専任宣教師として伝道しました。シルベイラ兄弟姉妹の孫の何人かは神殿で結婚しています。ひ孫たちは,ジョセフ・スミスが始めた驚くべき業の担い手であるシルベイラ家の4代目に当たります。このような人々のおかげで,信仰が地に満ちてきたのです。彼らは,主が話された奇跡の一つです。主は,御自分の福音が弱い者や純朴な者によって宣のべられる(教義と聖約1:23参照),また小さな手段によって大いなることが成し遂げられる(1ニーファイ16:29参照),と言われました。

主は天使をジョセフ・スミスに遣わし,なすべき業があると告げるようにおっしゃいました。その業は今日まで続き,生ける預言者ゴードン・B・ヒンクレー大管長によって導かれています。大管長はこう言いました。「この業は栄光ある業です。これは受け入れるすべての男女,少年少女の人生に祝福をもたらします。」(「伝道活動」『世界指者訓練集会』2003年1月11日,21)「この回復されたイエス・キリストの教会に関する証と権能と教義が授けられたことを,神に感謝します。」(「わたしたちの信仰の驚くべき基盤」『リアホナ』2002年11月号,81)イエス・キリストの御名みなにより,アーメン。