2000–2009
聖なる場所に立つ
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聖なる場所に立つ

世界中の聖徒の皆さんに助言します。地理的に可能なら,聖なる場所に立つ機会を増やす努力をしてください。

愛する兄弟姉妹,そして世界中の友人の皆さん,皆さんにお話しできることは,喜びでもあり,また大変な責任でもあります。皆さん一人一人に愛と尊敬と感謝をお伝えします。

わたしたちは求めもせず必要ともしていない情報の洪水の中にいます。一生かかっても吸収できないほどの情報が,ほんの1日のうちに生み出されています。ほんとうにすばらしい人生を送るためには憩いの場と心の平安が必要です。1 ではどうしたらよいのでしょうか。答えはただ一つです。忍び寄る悪に打ち勝たなければなりません。主の次の勧告に従う必要があります。「わたしの思いは,わたしの名を呼び,わたしの永遠の福音に従ってわたしを礼拝する者が皆集まり,聖なる場所に立〔つことである。〕」2

聖きよくない場所に立たざるを得ないことがあまりにも多すぎます。わたしたちは,主の御霊みたまを遠ざける低俗で,俗悪で,破壊的なものに,取り囲まれています。ですから,世界中の聖徒の皆さんに助言します。地理的に可能なら,聖なる場所に立つ機会を増やす努力をしてください。最も神聖な場所は,聖なる神殿です。神殿は神聖な安らぎに満ちています。家族を神殿に連れて行き,永遠の結び固めをするにふさわしくなるよう努力してください。亡くなった先祖の記録を探求し,神殿で結び固められるようにしてください。聖い者となる努力をしなければなりません。すなわち「言葉にも,行状にも,愛にも,信仰にも,純潔にも,信者の模範にな」3るのです。そうするならば,わたしたちは神との個人的な関係を維持し,強めることができます。

聖さは霊に力を与えてくれます。聖くなるには信仰を持ち,神の律法と儀式に従う必要があります。そうすれば,神はわたしたちの信仰により,心を清めてくださいます。俗悪で低俗なものが心からぬぐい去られるのです。神の御心みこころに従い聖くなると,主の目から見て何が正しく,何が間違っているのかが直感的に分かるようになります。聖くなった人は,静けさの中で,善を促し,悪を悟らせる声を聞くことができるのです。

聖さは義の基準でもあります。1862年2月16日,ソルトレークのタバナクルで説教したブリガム・ヤング大管長は「聖さを主にささげる」という言葉を使いました。ヤング大管長はその言葉の意味をこう説明しています。「この30年の経験から,あらゆる瞬間に,聖さを主にささげなければならないということを学びました。聖さを主にささげるには,すべてを,公平に,正しく,憐あわれみ深く,正直に行う必要があります。全能者の御霊を常に受けるには,これ以外に方法はありません。」4

昨年,孫夫婦が両親とともに,新しく建設されたニューヨーク州マンハッタン神殿に行きました。人であふれる大都会の喧騒けんそうは,耳に痛いほどでした。タクシーが神殿の前に止まると,孫の妻のキャサリンは涙ぐみました。神殿の外にいるだけで,その神聖さを感じたのです。二人は神殿に入り,騒々しい世界を離れて,主の宮で礼拝をささげました。それは忘れることのできない神聖な経験となりました。

ゴードン・B・ヒンクレー大管長はこう教えています。「時にはこの世の喧騒を離れて,神の神聖な宮の中に足を踏み入れ,神聖さと平安の中に主の御霊を感じる必要があります。」5 カートランド神殿を奉献した際のジョセフ・スミスの祈りは,まさにこたえられています。「主の宮の敷居を越えて入って来るすべての者が,あなたの力を感じ,……これがあなたの宮,あなたの聖さのある所であることを認める促しを感じますように。」6

祝福師ジョセフ・スミス・シニアの神殿に対する思いが,その葬儀の席で語られました。「主の宮の中にいること,そこで祈り求めること,それがジョセフ・スミス・シニアの毎日の喜びでした。彼はそこでたくさんの祝福を享受し,天の御父との甘美な交わりに時を忘れました。彼は,太陽が東の空を染めるずっと前に,ただ独りで,神殿の神聖な廊下を歩きました。草木もまだ眠りに就いている時間に宮の壁の内側で心の願いをささげたのです。そのような聖なる環境で,天からの示現が心に開かれ,彼の魂は永遠の喜びを味わったのです。」7

「主の宮居,聖きを主に捧ささぐ」という言葉がすべての神殿に掲げられていることを大変うれしく思います。聖なる場所を表すこの言葉は,旧約聖書にも記されています。ゼカリヤはこう記しています。その日には,「馬の鈴の上に『聖きを主に捧ぐ』と,記され……エルサレムおよびユダのすべての鍋は,万軍の主に対して聖なる物となる。」8 ソルトレーク神殿のドアノブは見事です。精巧な細工が施され,一つ一つに「聖きを主に捧ぐ」という言葉が刻まれています。

65年以上前,ユタ州南部に住んでいたとき,その小さな町の幾つかの建物に「聖きを主に捧ぐ」という言葉が掲げられていました。それを見てとてもうれしかったのを覚えています。このすばらしい言葉は,たいてい協同組合の建物や監督の倉など,町で特に重要な建物を美しく飾っていました。わたしは大型商業施設としては草分け的存在であるZCMIの株券を持っています。これらの株券にはジョン・テーラー,ブリガム・ヤング,ウィルフォード・ウッドラフ,ジョセフ・F・スミス,ロレンゾ・スノー,ヒーバー・J・グラント,ジョージ・アルバート・スミス,デビッド・O・マッケイが署名しています。すべての株券には「聖きを主に捧ぐ」という文字が印刷されています。聖さの大切さを表すこの言葉は今,どこへ行ったのでしょうか。信仰や献身を表すたくさんの言葉とともに消えてしまったのでしょうか。

日々の生活で大いなる祝福を得るには,神殿に度々参入し,人知を超えた神との霊的な関係について学ばなければなりません。聖なる場所に立てるよう,さらに努力する必要があります。神殿の儀式で聖約を交わし,その聖約を守るならば,聖さを安全に保つことができます。神殿の神聖な業に対する気持ちを高めるために,神殿で学ぶ奥深い霊的な事柄を深く考えるようにお勧めします。パウロが言うように,「文字もんじは人を殺し,霊は人を生かす」9 のです。

ゴードン・B・ヒンクレー大管長はこう述べています。「もしメルキゼデク神権に聖任されたすべての教会員が神殿推薦状を持つにふさわしい生活をし,主の宮に入り,神と証人の前で,厳かに聖約を新たにするならば,わたしたちはより善い民となるでしょう。不貞はまったくと言っていいほどこの民から姿を消すでしょう。離婚も,ほとんど見られなくなるでしょう。心の痛みや苦悩を遠ざけることができるでしょう。家庭は,平安と愛と幸福に満たされるでしょう。妻や子供たちの目から涙が消えるでしょう。今よりもずっと感謝と尊敬の念を持つようになるでしょう。主に喜ばれ,さらに豊かに祝福されるようになることは間違いないのです。」10

末日聖徒は聖なる御霊の促しを受けているので,家族の歴史を探求し,神殿に参入しなければなりません。しかし,なによりも,個人の聖さと家族の聖さを守るために,神殿に参入しなければならないのです。

神殿のほかに,この地上にもう一つ神聖な場所があります。言うまでもなく,それは家庭です。わたしは家庭で聖さを学んだおかげで,神殿の聖さに備えることができました。宣教師として初めてブラジルにたつ前に, 神殿で着られるようにと,母が愛情を込めて神殿衣を作ってくれました。今では古び,擦り切れてしまいましたが,その神殿衣は,聖なるものに対する母の愛を象徴する,特に神聖なものです。

愛する妻,ルースのおかげで,これまでずっと,我が家は,聖さを主にささげる精神を敬う場所でした。いつもよくできたわけではありません。失敗もありました。しかし努力しました。若いころ,仕事や,教会の召し,市民としての義務を果たすことなどで忙しくしていると,妻のルースが優しい言葉で,わたしには父親として家庭の中で果たすべき責任があることを思い出させてくれました。

例えば,家庭の夕べの時間になったら知らせてくれ,その日のレッスンのテーマは何がよいかを優しく提案してくれたものです。また,家族の誕生日や子供たちの活動など,大切な日を忘れないように助けてくれました。妻は今でも,このような重要で価値ある助けをいつもしてくれます。ほんとうに家庭を聖なる場所にしたければ,主の御霊を招くために,さらに熱心に努力する必要があります。

礼拝堂も聖なる場所として主に奉献されています。わたしたちは主の聖なる日に祈りの家に行き,聖餐せいさんを取るようにと言われています。11 聖餐を頂くことは,厳粛で神聖な特権です。礼拝堂は,福音の原則について学ぶ場所です。また,子供の祝福や会員の確認,聖霊の賜物を授けるための儀式が行われます。そして,福音が真実であることについて証あかしを述べる場所でもあります。テキサスで改宗したある女性は,礼拝堂に足を踏み入れたときに,それまでに経験したことのない聖い気持ちを感じたと語っています。

聖い民となるための努力がもっと必要です。今は時満ちる時代です。ジョセフ・スミスを通して非常に多くのものが回復されました。そのため,わたしたちは主と特別な関係にあります。すべての鍵かぎを持つヒンクレー大管長から委任され,権能を授かり,指示を受けて,大切な責任を担い,守り,果たしているのです。そのようなわたしたちは,主の子供として,すべてにおいて,さらに高い義のレベルを目指して,日々努力すべきです。サタンのあらゆる影響力から常に身を守らなければなりません。

ブリガム・ヤング大管長は教えました。「人生のあらゆる瞬間で,聖さを主にささげなければならない〔の〕です。……全能者の御霊を常に受けるには,これ以外に方法はありません。」主が一人一人を祝福してくださり,皆が聖なる場所に立ち,聖さを主にささげるという特別な責任を果たすことができますように。聖なる場所に立つならば,自分と家族に必要な,霊的な守りが得られるのです。聖なる場所に立てば,この時代に主の言葉を携えて行くための助けが得られます。聖なる場所に立つならば,現代の邪悪な影響に打ち勝ち,救い主に近づくための助けが得られます。そのようにするならば,主から永遠にわたって祝福を受け,「信仰にも働きにも」12 力ある者となれることを証します。イエス・キリストの御名みなによって,アーメン。