2000–2009
主はわたしたちを御存じで愛しておられます
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主はわたしたちを御存じで愛しておられます

主は一人一人を御存じて,わたしたちがどこにいて,だれがわたしたちの助けを必要としているか知っておられます』

14歳のジョセブ・スミスは,その当時,地上で最も目立たない人の中にいたに違いないのですが,天におられる神はジョセブを御存じで,聖なる森では名前で呼ばれました。同じように,主がわたしの名前や皆さんの名前も御存じであると,わたしは信じています。初等協会では子供たちに,一人一人が神の子であり,天の御父が皆を御存じで,愛しておられると教えています。

初等協会や神権組織の指導者は,子供を名前で呼ぶときに,救い主がされることを示しているのです。イエスはこう言わひつじかいれました。「わたしはよい羊飼ひつじかいであって,わたしの羊を知り,わたしの羊はまた,わたしを知っている。」1聖文はこのように証あかししています。「彼は自分の羊の名をよんで連れ出す。」2

主はわたしたちがだれであるかだけでなく,どこにいるかも知っておられ,善い行いができるように導いてくださいます。ある日,わたしの知っているある母親は,娘さんに電話するようにと強く感じました(そのようなことは母親にいつでも起こります)。まだ日は高く,仕事中だったので,そんな時間に電話するのは珍しいことです。驚いたことに,娘さんのご主人が電話に出ました。平日の昼には家にいないはずです。彼は妻に電話を渡して,こう言いました。「いつものように霊感を受けたお母さんからだよ。」

二人は病院から帰ったばかりでした。娘さんは涙声で電話に出て言いました。「超音波で見たら,へその緒が赤ちゃんの首に二重に巻きついているの。すぐに帝王切開するしかないと言われたわ。」そして心配しているほんとうの理由を告げました。「赤ちゃんより重いものを4週間も持っちゃいけないんですって。」手術を受ける前に再確認したかったことは,主が自分の必要を御存じで,自分を愛しておられること,そしてまだ赤ちゃんと変わらない3人の子供を家で世話してくれる手伝いが得られることでした。父親と母親が祈り求め,家族が主から祝福されて強められるように願うとき,主はその方法をしばしば示してくださいます。

中央初等協会会長会のゲール・クレッグ姉妹とご主人は,長年にわたってブラジルに住んでいました。最近,姉妹は初等協会の割り当てで日本を訪問しました。日曜日に礼拝堂に入ると,日本人の聖徒に交じってブラジル人の家族がいるのに気づきました。いかにもブラジル人に見えたそうです。あいさつする時間はわずかでしたが,母親と子供たちがとても熱心であることが分かりました。しかし,父親は言葉少なでした。急いで壇上に案内され,「集会の後で話す機会があるでしょう」と思いました。クレッグ姉妹は英語でメッセージを伝えて,通訳者が日本語に訳しました。そのとき,ポルトガル語でも証するべきであると強く感じました。でも躊躇ちゅうちょしました。ポルトガル語の通訳者がいないので,出席者の98パーセントは彼女の話を理解できないからです。

集会の後,,あのブラジル人の父親が来て,こう言いました。「姉妹,ここでは習慣が随分違い,わたしはずっと孤独でした。教会に来て何も理解できないのは,つらいことです。家にいて聖典を読んでいる方がいいのではないかと,時々思います。妻に『もう一度だけ教会に行くよ』と言って,これが最後になると思いながら今日きょう来たのです。姉妹がポルトガル語で証されたとき,御霊を心に感じて,ここが自分の所属すべき場所であることが分かりました。神はわたしがここにいることを御存じで,わたしを助けてくださいます。」そしてほかの人と一緒にいすの片付けに加わりました。

初等協会の会長会の中でただ一人ポルトガル語を話せる姉妹が,ポルトガルではなく日本に送られたのは,偶然だったのでしょうか。それとも,彼女でなければできない助けを必要としている人が日本にいて,彼女が勇気を出して御霊の促しに従うことを,主が御存じだったからでしょうか。教会で召しを受けるすばらしい祝福の一つは,わたしたちが仕えるように召されている人々を助けられるように,御霊を通して主から霊感を与えられることなのです。

什分じゅうぶんの一を完全に納めている人は皆,主の祝福がもたらされて,個々の必要が満たされることを証できます。主は,わたしたちが什分の一を納めるならば,「天の窓を開いて,あふるる恵みを,あなたがたに注ぐ」と約束されました。3

何年も前に,オーストラリアの鋳物工場で働いていたジョン・オースは,悲惨な事故に遭い,溶けた熱い鉛を顔と体に浴びてしまいました。すぐに手当てを受けて,右目の視力は幾らか回復しましたが,左目は完全に見えなくなりました。そして目が不自由になったために,職を失いました。奥さんの実家で雇ってもらおうとしましたが,不景気のために実家の仕事もだめになりました。ジョンは食費や家賃を賄うために,日雇いの仕事や施しを求めて一軒一軒回るしかありませんでした。

1年間,まったく什分の一を納めなかった彼は,支部長に相談に行きました。支部長は状況を理解しましたが,什分の一を納める方法が見つかるよう,断食して祈るように勧めました。ジョンと奥さんのアリスは断食して祈り,二人の持ち物で値打ちがあるのは,今より幸せな時期に購入した,アリスの美しい婚約指輪だけであると思いました。悩み抜いた挙げ句,二人は質屋に指輪を持って行くことにしました。そして,その指輪が什分の一を納め負債を済ますだけの金額になることを知りました。次の日曜日に,ジョンは支部長に会って什分の一を納めました。支部長室を出ると,偶然そこで伝道部長に会いました。伝道部長は彼の目の異常に気づきました。

現在アデレードで監督の責任を受けている,オース兄弟の息子さんが,後にこのように記しています。「〔伝道部長〕はよくドクター・リーズと呼ばれていたので,眼科医であったと思います。伝道部長は父に話しかけ,目の検査をして,視力が戻るようにあれこれと勧めてくれました。父はその助言に従い……その結果,視力が左目は15パーセント,右目は95パーセント回復し,眼鏡をかけることで再び見えるようになりました。」4視力が回復したジョンは,二度と失業することはありませんでした。そして買い戻した指輪が今では家の宝になり,ジョンは生涯什分の一を完全に納めました。主はジョン・オースを知っておられ,助ける方法を御存じだったのです。

「ドクター・リーズ」は,わたしの母の父親でした。祖父はあの日に起きていた奇跡について知ることはなかったでしょう。世代を超えた人たちが祝福を受けたのは,ある家族が困難にもかかわらず,什分の一を納める決心をしたからです。そして「たまたま」そこにいた,「たまたま」眼科医であった人に会って,家族の生活に大きな変化が生まれたからです。単なる偶然だと考えようとする人がいるかもしれませんが,わたしはすずめが地に落ちることですら主は御存じである5と確信しています。

わたしたち家族は,この話を2年前まで知りませんでした。祖父について知っていることは,祖父が主を愛し,生涯主に仕えようとしていたことです。そしてわたしたちが主について知っていることは,主が一人一人を御存じで,わたしたちがどこにいて,だれがわたしたちの助けを必要としているか知っておられるということです。

心から主を愛し,主を知っている教会員が,道を求めてもがいている若人にこのように話しかけているのを目にしました。「神様はあなたを愛しておられます。成功してほしいと願っていらっしゃいます。祝福を与えたいと心から望んでいらっしゃるのです。」また,嘆き悲しむ友人に証する言葉を耳にしました。「来世はあるのよ。お子さんはまだ生きているわ。また会って,一緒に暮らせるための方法があるの。」また,落胆している若い母親に話しかける多くの会員を見てきました。「お手伝いさせてください。あなたがしていることは,世界でいちばん大切なことなのですよ。」皆さんが手を差し伸べる人々は,皆さんの愛に気づくだけでなく,皆さんの言葉が真理であると主の御霊が証するときに,主の愛と力も感じるのです。

だれがキリストの愛からわたしたちを離れさせるのでしょうか。わたしはパウロと同じように,艱難かんなんも,生も,死も,ほかのあらゆる状況も,主の愛からわたしたちを引き離す力を持たないと確信しています。6

救い主はわたしたち一人一人のために命をささげてくださいました。主はわたしたちの喜びや悲しみを御存じです。わたしの名前も皆さんの名前も知っておられます。バプテスマによって主と聖約を交わすとき,主の戒めを守り,いつも主を覚え,進んで主の御名みなを受けると約束します。最終的にわたしたちは主の御名で呼ばれることを望んでいます。なぜなら「全能の主であるキリストの御名のほか,またその御名を通じてでなければ,どのような名も道も方法も,人の子らに救いをもたらすことはできない」7 からです。主が生きておられ,わたしたちを愛しておられること,そして主のみもとに来るように一人一人を名前で呼んでおられることを証します。イエス・キリストの御名により,アーメン。