2000–2009
響き渡る預言者の教え
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響き渡る預口者の教え

世界中で前進しているこの業が。預言者と使徒によって導かれていることについてお話しし,します。

ここににお集まりの大勢の皆さんを見渡していると、わたしの心の目には、カンファレンスセンターにいる方だけではなく,世界中の集会所や家庭で大会に参加している方々が見えます。近くにいようと遠くにいようと,皆さんは主の業のために,またお住まいの地域で教会を築き上げるために,欠くことのできない存在です。

わたしたちは永遠の父なる神を愛することで一致しています。御父の御名みなと,その独り子であり世の救い主であるイエス・キリストの御名を敬っています。この大会で聖霊の力を通して,御父と御子を信じる信仰が深まり,回復された福音の原則への愛が強められることでしょう。その結果,日々の生活の中で御二方の存在を感じ,御心みこころを知って御二方のようになりたいと心の底から願うにつれて,御二方にさらに近づくことができるのです。

わたしは,今日世界中で前進しているこの業が,預言者と使徒によって導かれていることについてお話しし,証します。預言者と使徒は啓示により神に召されています。確かに預言者,聖見者,啓示者です。主は彼らを愛しておられ,教会の会員であるわたしたちも彼らを敬い,生ける神の僕しもべとして信頼しています。響き渡る預言者の教えは,今も昔と変わらず明瞭めいりようであり,預言者の証は,主イエス・キリストが統治するために栄光に包まれて戻って来られるそのときまで続くのです。

わたしたちはすばらしい時代に生きていますが,危険な時代でもあります。どの国も,また世界全体を見渡しても状況は悪くなっているようです。指導者や国家間の対立や恨み,地域社会同士の争い,家族のいさかいを目にします。世界にはびこる悪を解消するには,すべての人が主イエス・キリストの教義と教えを理解し,その原則を生活に取り入れる必要があります。いつの時代も,預言者たちは聖霊に感じるままに神の教義と教えをはっきりと伝えてきました。それらの真理を耳にする人の心と思いに,御霊みたまによって真理が届けられるのです。

預言者の役割について考えるとき,理解すべき大切なことがあります。第1に,預言者は神によって召され,その召しについて世界に証するということです。古代のアブラハム書に,神が前世で自ら創造された霊たちを御覧になったときの記述があります。「神がこれらの者を見られると,彼らは良かった。そこで,神は彼らの中に立って言われた。『わたしはこれらの者を,治める者としよう。』神は霊であったこれらの者の中に立って,見て,彼らを良しとされたからである。また,神はわたしに言われた。「アブラハム,あなたはこれらの者の一人である。あなたは生まれる前に選ばれたのである。』」(アブラハム3:23)

旧約聖書の預言者サムエルについても聖文は次のように記録しています。「サムエルは育っていった。主が彼と共におられて,その言葉を一つも地に落ちないようにされたので,ダンからベエルシバまで,イスラエルのすべての人は,サムエルが主の預言者と定められたことを知った。」(サムエル上3:19-20)

モルモン書には,古代アメリカで救い主が旧約聖書にあるイザヤの預言の重要性を強調された言葉が引用されています。「さて見よ,わたしはあなたがたに言う。あなたがたはこれらのことを調べなさい。まことにわたしは,これらのことを熱心に調べるようにという戒めを,あなたがたに与える。イザヤの言葉ほまことに偉大だからである。

確かにイザヤは,イスラエルの家に属するわたしの民について,すべてのことを述べた。・・…・

彼の語ったことはすべて,彼の語った言葉のとおりにこれまで起こっており,またこれからも起こるであろう。… …

……預言者の書を調べなさい。これらのことについて,証している預言者が多いからである。」(3ニーファイ23:1-3,5)

預言者の二つ目の役割は,キリストについて教え,キリストが神であられることについて,またその使命について証することです。最初の預言者であったアダムと妻のエバは主の御声みこえを聞いて証しました。後の神権時代の証はこの証に倣ならったものです。「その日,アダムは神をた_たえ,満たされて,地のすべての氏族について預言し始めて言った。『神の御名がたたえられるように。わたしの背きのゆえに,わたしの目は開かれた。わたしはこの世で喜びを受け,再び肉体にあって神にまみえるであろう。』

彼の妻エバは,これらすべてのことを聞き,喜びながら言った。『わたしたちの背きがなかったならば,わたしたちは決して子孫を持つことはなく,また善悪も,贖あがないの喜びも,神がすべての従順な者に与えてくださる永遠の命も,決して知ることはなかったでしょう。』

アダムとエバは神の名をたたえ,息子,娘たちにすべてのことを知らせた。」(モーセ5:10-12)

古代アメリカの預言者ヒラマンは息子のニーファイとリーハイにこう教えています。「わが子らよ,覚えておきなさい。あなたたちは,神の御子でありキリストである蹟い主の岩の上に基を築かなければならないことを覚えておきなさい。そうすれば,悪魔が大風を,まことに旋風の中に悪魔の矢を送るときにも,まことに悪魔の電ひょうと大嵐おおあらしがあなたたちを打つときにも,それが不幸と無窮の苦悩の淵ふちにあなたたちを引きずり落とすことはない。なぜならば,あなたたちは堅固な基であるその岩の上に建てられており,人がその上に基を築くならば,倒れることなどあり得ないからである。」(ヒラマン5:12)

この神権時代においてなされた救い主に対する最も力強い証は,1832年の預言者ジョセブ・スミスとシドニー・リグドンの証ではないでしょうか。

「そして今,小羊についてなされてきた多くの証の後,わたしたちが最後に小羊についてなす証はこれである。すなわち,『小羊は生きておられる。』

わたしたちはまことに神の右に小羊を見たからである。また,わたしたちは証する声を聞いた。すなわち,『彼は御父の独り子であり,

彼によって,彼を通じて,彼から,もろもろの世界が現在創造され,また過去に創造された。』」(教義と聖約7622-24)

預言者に関する3つ目の特徴は,彼らの教えは記録され,後に続く預言者や教師によって世界の人々に教えられるということです。主は旧約聖書の預言者モーセにおっしゃいました。「山に登り,わたしの所にきて,そこにいなさい。彼らを教えるために,わたしが律法と戒めとを書きしるした石の板をあなたに授けるであろう。」(出エジプト24:12)

今日の主の生ける預言者も,同じように人の心を動かさずにはおかない証を述べています。1995年,預言者たちは結婚と家族が神聖なものであることを世界に証しました。

「わたしたち,末日聖徒イエス・キリスト教会の大管長会と十二使徒評議会は,男女の問の結婚は神によって定められたものであり,家族は神の子供たちの永遠の行く末に対する創造主の計画の中心を成すものであることを,厳粛に宣言します。……,

わたしたちは宣言します。この世に命をもたらす手段は,神によって定められたものです。わたしたちは断言します。命は神聖であり,神の永遠の計画の中で

重要なものです。… …

わたしたちは,全地の責任ある市民と政府の行政官の方々に,社会の基本単位である家族を維持し,強めるために,これらの定められた事柄を推し進めてくださるよう呼びかけるものであります。」(「家族一世界への宣言」『聖徒の道』1998年10月号,24)

後に彼らは主の使徒として,イエス・キリストの使命に関しても直接的な証を述べています。

「わたしたちは,全人類の歴史の中心であるイエス・キリストの生涯が,ベッレヘムで始まったのでもなければカルバリで終わったのでもないことを厳かに証します。イエス・キリストは御父の長子,肉における独り子,世の救い主でした。わたしたちは,イエス・キリストがいつの日か地上に戻って来られることを証します。……イエス・キリストは王の王として治め,主の主として統治されます。イエス・キリストの前にすべてのひざがかがみ,すべての舌がイエス・キリストを賛美することでしょう。わたしたち一人一人は将来,自分の行いと心の望みについて裁きを受けるためにイエス・キリストの前に立つことになります。」(「生けるキリスト使徒たちの証」『リアホナ』2000年4月号,2-3)

末日聖徒イエス・キリスト教会の教義は,その根本において,信仰をもって神に尋ね求めるすべての誠実な人の心に,個人的な証を伝えるためにあります。すなわち主なる救い主と,時の初めから今この瞬間に至るまでの預言者の役割に対する証です。この神権時代の最初の預言者ジョセブ・スミスから,今日の主の預言者であるゴードン・B・ヒンクレー大管長まで,預言者が途切れることなく召されていることを証します。イエス・キリストの御名により,アーメン。