2000–2009
それゆえに、あなたがたは主キリストを選びなさい
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それゆえに,あなたがたは主キリストを選びなさい

女性がキリストを心の中心に据え……ることを選ぶなら,それは主を家庭と家族の中心に招き入れていることになります。

姉妹の皆さん、キリストを心にすべてささげるうえで、選択が任されていると言うことは実にすばらしい教義です。わたしたちは,救いあがな主であり贖あがないである御方を心の中心に据えるか否かを選ぶことができます。イエス・キリストの回復された福音を「墨によらず生ける神の霊によって書かれ,石の板にではなく人の心の板に書かれたもの」1 とすることができます。第一の位においてわたしたちはキリストに従う道を選びました。この世の生活において毎日主を選べるという事実は,何と喜ばしい知らせでしょうか。

世界中のあらゆる国で暮らす聖約の女性にとって,主を生活の中心とすることは不可欠です。この「危険な時代」2にあって,わのたしたちはどれほど主を必要としているでしょうか。主は強さと安全の源です。主は光であり,命で丸主の平安は「人知ではとうてい測り知ることのできない」ものです、3わたしたち一人一人の救い主であり順い主である御方は,手を差し伸べ,「キリストのもとに来」るよう招いておられます。4主は,それぞれに最も適した方法でお招きになるのです。姉妹の皆さん,救い主め招きに応じるとき,人は個人として強められます。そして義にかなった影響力を通して,周りの人に祝福をもたらすのです。

女性がキリストを心の中心に据え,自分の生きる世界の中核とすることを選ぶなら,それは主を家庭と家族の中心に招き入れていることになります。独りでも大家族でも同じです。どこに住んでいようと,どのような境遇にあろうと,家庭と家族の中心である一人一人の女性の心の中に据えられたものは,家庭環境や家族の精神に反映されるのです。

割り当てを受けて日本を訪れたとき,ある指導者が自宅へ招待してぐれました。わたしたちはこの機会を非常に光栄に思うと同時に,奥さんはソルトレーク・シティーからの突然の来客をどのように受け止めるだろうかと気になりました。この指導者は,自宅へ向かう途中で家に電話をかけましたが,急な客を迎える準備の時間は15分しかないように思われました。

玄関に入って靴を脱ぎ,若く,穏やかな口調の扶助協会の姉妹に温かく迎えられたその瞬間から,秩序と平安と愛の御霊みたまを感じました。幼い子供たちは遊び道具を持って急いで2階へ上がって行きました。8人家族のうち7人がともに暮らすこの家で,家族が最も大切にしているものは何か,はっきりしていました。主への信仰を表すものが至る所にあったのです。救い主の絵が壁にかけられ,目につく場所に家族の写真と神殿の絵が飾られています。棚には使い込まれた聖典と教会のビデオが整然と並べてありました。「御霊の実〔である〕・・…愛,喜び,平和,・…慈愛,善意,忠実」5がこの家に宿っているようでした。様々な年齢の子供たちがこの小さな部屋に集まる様子を思い浮かべてみました。両親を中心に座卓の周りに座り,「キリストのことを話し,キリストのことを喜び,キリストのことを説教し,キリストのことを預言し,また,どこに罪の赦ゆるしを求めればよいかを,〔彼らの子供たち〕に知らせるために」6集まっているのです。ジェフリー・R・ホランド長老が投げかけた質問に,この家の子供たちがどう答えるかが分かりました。「わたしたちが心の底から神を愛していることを〔子供たちは〕知っているでしょうか。〔わたしたちが〕神の独り子の御顔みかおを拝し,その足もとに伏したいと切望していることを知っているでしょうか。」7これらの質問に対して,この日本の家庭では「もちろん知っています!」と子供たちが声高に答えることでしょう。

キリストを心の中心に据えることを選ぶということは,毎日の生活の中でキリストのような行いを実践するだけでなく,家族にも同様に行うよう教えるという選択をしていることになります。愛する姉妹の皆さん,すでにお気づきのように,キリストのような行いを実践する日常生活の中でこそ,わたしたちは最も大きな試練に直面するのです。

ある母親は,家族の中で悔い改めの過程について教えるために最善を尽くしました。そして,5歳になる息子がお菓子を盗んでしまったとき,母親は息子を店まで連れて行き,悔い改めの原則を自分に当ては『めることができるよう助けたのです。それは少年にとって決しτ忘れられない出来事となりました。少年は自分の行動に責任を取らなければならないことを,経験を通して学んだのです。恐れを抱きつつ,少年は盗んだお菓子を返し,店主に謝りました。そして決してこのようなことを繰り返さないと約束したのです。少年がその約束を今も守っていることをうれしく思います。なぜならわたしがその母親であり,少年はわたしの息子だからです。

このような出来事はどの家庭にも起こり得ます。愛する子供や孫,おいやめいに福音がしっかり根付くよう,熱心に働きかけている場合もそうです。「イエス様のように」8なるためには、訓練が必要なのです。やがてそれが習慣になります。キリストを心の中心に置くように周りの人に説き勧めるときに、様々な方法で助けが与えられます。時として、十分な進歩を遂げていないように感じることがありますが、そのような失意の日に、私は救い主の慰めの言葉を思い出します。「善を行うことに疲れ果ててはならない。あなたがたは一つの大いなる業の基を据えつつあるからである。」9

良い方を選び、導きと助けを求めて日々祈ることで救い主を生活の中心に置くとき、神は「力と知恵」を与えてくださいます。10家族を強められる霊的な洞察力が与えられるのです。3人の押さない子供の父親であるダグは突然職を失いました。失業保険とわずかな貯金,それに親類からの援助で家族を養わなければなりません。夫婦で臨時の仕事に就き,家計を補いながら,妻のローリはできるだけ事態を肯定的にとらえるよう努めました。二人は祈り,聖文を読み,神殿に参入し,什分じゅうぶんの一を納め,すべての正しいことを続けました。履歴書を何枚も準備し応募を続けたにもかかわらず,面接の機会はわずかで,就職の可能性はほとんどありませんでした。

職探しが6か月を過ぎたある日,ローリは母親に電話をしました。涙混じりの,多少怒りのこもった声で,ローリはこう言いました。「天のお父様がわたしたちの祈りを聞いてくださっているとは思えないの。これ以上祈ることなんてできないわ。祈ってもどうにもならないのよ。」

電話で話すうちに,ローリの母親は霊感を受けました。そして何を伝え,どのように対処したらよいのか知ったのです。母親は証あかしを述べ,娘がすでに知っていることを思い起こさせました。「ローリ,あなたは知っているはずよ。天のお父様があなたを愛しておられ,あなたの必要としているものをよく御存じだということを知っているでしょう。時には待つことも必要なのよ。精錬される御方の火によって清められているのかもね。わたしには分からないけれど,一つだけはっぎりしていることがあるの。今すぐ寝室に行ってひざまずいて祈らなければならないわ。慰めと平安を求めて主に祈るのよ。ダグの仕事はぎっと見つかるわ。だけど少し時間がかかるかもしれないわね。あなたたちのことを愛し,祈り,支えている人たちのことを忘れないでね。あなたは今も大きな祝福を受けているのよ。」

ひざまずいて祈り,主に心を向けたとき,ローリは思いが変化したことに気づきました。救い主の愛を自分自身の生活の中に招き入れ,家庭の中にももたらしたのです。

愛する姉妹の皆さん,わたしは生活の中でしばしば主の愛を感じてきました。物事がうまくいく日もあれは,目の前の試練に立ち向かうことができないと感じた日もありました。しかし,どんなときでも主に助けを求めてきました。主がいつでもともにいてくださることを証します。主の憐あわれみ深い愛の御腕みうでが,わたしにも皆さんにも差し伸べられているのです。イエス・キリストが強さの源であられることを心から証します。キリストはわたしの希望です。また,救い主であり蹟い主です。皆さんとともにわたしは宣言します。「わたしとわたしの家とは共に主に仕えます。」11イエス・キリストの御名みなによって,アーメン。