2000–2009
義務の伴う召し
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義務の伴う召し

「わたしたちは皆、神権を尊び、数多くの貴い人々が主のみもとに戻れるよう熱心に働くという厳粛な義務がありまります」

兄弟の皆さん、今晩皆さんにお話をする割り当てを引き受けるのは、身のすくむ思いがしますが、その一方で貴重な特権であると受け止めています。この神権部会を含め、総大会に胸を躍らせ、期待をもって臨むと、参加の場がこの会場であっても、または衛星放送やテレビで御覧になっても、わたしたちの心に喜びがもたらされます。

主は教義と聖約第107章でわたしたちの責任を次のように明らかにし、厳粛な任務を課せられました。「それゆえ、今や入は皆、自分の義務を学び、任命されている職務をまったく勤勉に遂行するようにしなさい。」1

義務を遂行することや神の召しにこたえること、または霊的な促しに応じることがさほど困難ではないときがある一方で、このような義務に応じることに圧倒されてしまうときもあります。わたしは1966年4月の総大会の前にそのような経験をしました。35年も前のことですが、そのときの経験は今でも鮮明に覚えています。

その大会の一つの部会で話をする割り当てを受けたわたしは、「自分のゴリアテと闘う」というメッセージを準備し、暗記することにしていました。古代にダビデとゴリァテとの間で行われた有名な対決の話を基にしたものです。

そのようなとき、デビッド・0・マッケイ大管長から電話がありました。会話は次のようなものでした。「モンソン兄弟、こちらはマッケイ大管長です。お元気ですか。」

わたしは深呼吸してからこう答えました。「はい元気です、大管長。大会を楽しみにしています。」

「モンソン兄弟、お電話したのはほかでもない、大会のことです。土曜日午前の部会は、復活祭のメッセージとして、日曜日に世界に向けて再放送されます。わたしは復活祭をテーマにした話をしようと思っていますが、あなたにもこの大切な部会に一緒に出席し、同様のテーマで話をしていただけたらと思います。いかがでしょうか。」

「もちろんです、大管長。喜んでお引き受けいたします。」

そのとき、この短い会話の意味がはっきりと分かりました。「自分のゴリアテと闘う」という話は、にわかに復活祭のメッセージにまったくそぐわないものになってしまったのです。話の準備を一からやり直さなければならないと分かりました。残された時間はごくわずかでした。事実、わたしの「ゴリアテ」が目の前に立ちはだかったのです。

その晩、わたしは台所のテーブルを片付け、そこにタイプライターと大量の白紙を載せ、このようなときに頼りになるくずかごをわきに置き、こうした割り当ての準備に付き物の書き出しの失敗をすべてそこに捨てられるようにしました。作業を始めたのは午後7時ですが、午前1時になっても納得する最初の一行を書き上げられませんでした。くずかごはいっぱいになったものの、頭は見事に空っぽでした。どうしたらよいのでしょうか。時間は足早に過ぎていきます。わたしは一息ついて祈りました。

するとすぐ、近所に住む、マーク・シャムウェイと妻ウィルマの悲しむ姿が心に浮かびました。この夫妻は少し前にいちばん下の子どもを亡くしていたのです。わたしはこのように考えました。「メッセージの対象をシャムウェイ夫妻本人に絞れば、ほかの人たちには間接的に伝わることになるかもしれない。愛する人を亡くして悲しみに暮れない人などいないのだから。」わたしはタイプライターのキーボードをたたき続けましたが、今度は頭に浮かぶ事柄に追いつくのがやっとというほどでした。

夜明けの最初の光が台所の窓からさし込むころ、わたしはメッセージを書き終えました。しかしまだ、メッセージを暗記し、世界に伝えるという任務が残されていました。預言者からの割り当てを果たすため、これほど奮闘したことはありません。その一方で、天の御父はわたしの祈りを聞いてくださっていました。わたしはこの経験を決して忘れません。

大会の部会が終わりに近づくころ、二つの有名な聖句がわたしの心を占めていました。どちらも皆さんがよく御存じで、いつまでも廃れることない聖句です。最初の聖句は、モルモン書の初期の時代に登場するニーファイが語った言葉です。「そこで、わたしニーファイは父に言った。『わたしは行って、主が命じられたことを行います。主が命じられることには、それを成し遂げられるように主によって道が備えられており、それでなくては、主は何の命令も人の子らに下されないことを承知しているからです。』」2

次は、主御自身がわたしたちに約束された言葉で、教義と聖約からの引用です。「わたしはあなたがたに先立って行こう。わたしはあなたがたの右におり、また左にいる。わたしの御霊みたまはあなたがたの心の中にある。また、わたしの天使たちはあなたがたの周囲にいて、あなたがたを支えるであろう。」3

今晩ここに集っているわたしたちの中には、メルキセテク神権を有している人々が多く、またアロン神権を授かっている人々もいます。わたしたちは皆、神権を尊び、数多くの貴い人々が主のみもとに戻れるよう熱心に働くという厳粛な義務があります。わたしたちは主が述べられた次の宣言を心に留めています。「人の価値が神の目に大いなるものであることを覚えておきなさい。」4 わたしたちはなすべきことをすべて行っているでしょうか。また、わたしたちはジョン・テーラー大管長が語った次の言葉を覚えているでしょうか。「もし自分の召しを尊んで大いなるものとしないならば、務めを果たしていれは救えたかもしれない人について、あなたは神から責任を問われるであろう。」5

ほかの人々を助けたいという望みや、行方の知れない羊を探す働きは即座に実を結ぶとは限りません。時には、進展が遅々としたもので、その様子を認識できないときもあります。わたしの旧友であるギル・ウォーナーは、そのような経験をしました。彼は監督に召されたばかりのころ、ワードに所属するタグラスが伝道地で背罪を犯し、会員資格を剥奪はくだつされました。父親は悲しみに暮れ、母親は完全に打ちのめされてしまいました。間もなくダグラスはその州から引っ越して行きました。それから数年が瞬く間に過ぎ、ウォーナー監督は高等評議会の一員に召されましたが、ダグラスがどうしているか、いつも気になっていました。

1975年に、わたしはウォーナー兄弟のステークの大会に出席し、日曜日の朝早くに神権指導者会を開きました。わたしは教会の宗紀制度について、そして迷い出た人々を救うために熱心に愛をもって働くことの必要性について話しました。ギル・ウォーナーは手を挙げ、ダグラスに起こったいきさつを大まかに話しました。そしてわたしに次の質問を提起して話を終えました。「ダグラスが会員資格を回復できるよう助けるうえで、わたしには何か責任があるでしょうか。」

後になって、ギルから聞いて思い出しましたが、そのときわたしはギルの問いにためらうことなく、率直にこう答えました。「以前監督として彼をよく知り、愛していたのですから、彼を連れ戻すために最善を尽くす義務があると思います。」

ギル・ウォーナーの知らぬ問に、ダグラスの母親はその前の週に断食をして、息子を助けてくれる人が現れるよう祈り求めていたのです。集会の後、心に感じる促しのままダグラスの母親に電話をし、助けを行うという決意を告けたときに、ギルはそのことを初めて知りました。

ギルは救出という苦難の道のりに踏み出しました。ギルはダグラスに連絡し、懐かしく楽しい記憶がよみがえりました。証あかしを述べ、愛を伝え、徐々に自信か生まれました。その歩みは耐え難いほど遅々としたものでした。落胆したことも何度もあります。しかしダグラスは着実に前進しました。そしてついに、祈りがこたえられ、努力が報われ、勝利を得ました。ダグラスのバプテスマが承認されたのです。

バプテスマの日時が設定され、家族が集いました。ダクラスの住む町へ、以前の監督ギル・ウォーナーが飛行機で駆けつけ、儀式を執り行いました。

以前自分が管理したアロン神権定員会に所属していた一人の祭司を愛し、責任感を抱いていたウォーナー監督は、一人も失わないよう救助に向かいました。

そのような監督はほかにもいます。個人的に面識のある監督が3人います。彼らが各々のワードを管理していたころ、祭司定員会には48人またはそれ以上の祭司が所属していました。聖文に規定された祭司定員会の定数を満たす数です。この3人の監督はアルビン・R・ダイアー、ジョセフ・B・ワースリン、アルフレッド・B・スミスです。彼らはこの責任に圧倒されたでしょうか。そのようなことは決してありませんでした。自ら熱心に働くとともに、配慮の行き届いた両親の助けや主の祝福を得て、それぞれの祭司定員会の会員一人一人を導きました。彼らの導いた祭司たちはほとんど例外なく、メルキゼデク神権の長老の職に聖任され、伝道地で奉仕し、主の神殿で結婚しました。ダイアー兄弟とスミス兄弟は次の世へ旅立ちましたが、十二使徒定員会会員のジョセフ・B・ワースリン長老は今晩この会場にわたしたちとともに出席しています。ワースリン長老、今は成長し年を重ねたあの若者たちに対するあなたの奉仕と指導を、わたしたちは溌して忘れません。

12歳のとき、わたしは執事定員会の書記として奉仕する特権を得ました。定員会の会員たちが果たす機会のあった多くの割り当てを、喜びをもって思い出します。神聖な聖餐せいさんのパスを行い、月々の断食献金を集め、互いに助け合った記憶が次々に心に浮かびます。最も恐ろしい割り当てを受けたのは、ワード大会の指導者会のときでした。集会を管理していたのはステーク会長会の一員のウィリアム・F・パーショーンでした。彼は大勢のワード役員に話を依頼しました。その後、彼はわたしに何の予告もなく、立ち上がってこう言ったのです。「これから、執事定員会書記のトーマス・S・モンソン兄弟が御自分の奉仕に関する報告を行い、証を述べてくださいます。」話した内容はまったく思い出せませんが、忘れられない経験でした。

兄弟の皆さん、パウロの次の勧告を心に留めてください。「あなたがたのうちにある望みについて説明を求める人には、いつでも弁明のできる用意をしていなさい。」6

第二次大戦中、10代だったわたしは教師定員会会長として奉仕する特権を得ました。わたしは、教義と聖約第107章86節の教えを学び、実践するよう勧められました。「教師の職を管理する会長の義務〔は〕、聖約の中で与えられているとおりに、……彼らとともに会議会の席に着き、彼らにその職の義務を教えることである。」わたしは全力でこの義務を果たしました。

この定員会にブリッツ・ホーロルド兄弟がいました。背丈は低いものの、心は勇敢な兄弟でした。17歳になるとすぐに合衆国海軍に入隊し、訓練へと出かけました。後に彼は太平洋上で繰り広げられた数多くの残忍な戦闘に加わる大型戦艦に乗り込みました。彼の船は深刻な被害を受け、多くの水兵が命を奪われたり負傷したりしました。

ある戦闘の後、休暇で里帰りしたブリッツは、教師定員会に出席しました。定員会のアドバイザーは彼に対し、わたしたちに話をするよう要請しました。濃紺の軍服に勲章を着けた彼は華麗に見えました。わたしは何かためになる話をしてくれるよう依頼しました。とはいうものの、わたしたちは同年代です。彼は苦笑いしながら答えました。「志願なんてするものじゃないそ。」

わたしは17歳のあの日を境にずっとブリッツを見かけませんでした。数年前、あの海戦の記事を雑誌で読みました。ブリッツはまだ生きているのか、もし生きているならソルトレークのどこかにいるのだろうか。わたしは1本の電話で彼を探し当て、その雑誌を送りました。彼と夫人は感謝を伝えてくれました。ブリッツはまだ長老に聖任されておらず、神殿に参入したこともないことが分かりました。神殿の祝福を受けるふさわしさを得るよう励ます手紙を送りました。2度ほど偶然レストランで会いました。ジョイス夫人はいつもこう言いました。「主人を見捨てないでくださいね。」彼の娘たちも声に出して同意しました。わたしは彼を励まし続けました。

つい数週間前、新聞の訃報ふほう欄で、ブリッツの妻ジョイスが亡くなった記事を読みました。ブリッツを神殿に連れて行くというわたし自身の計画がもっと功を奏していればと、どれほど思ったことでしょう。ホーロルド姉妹の告別式の時間と場所をメモし、ほかの予定を調整し直し、告別式に出席しました。ブリッツはわたしを見つけるとすぐ、一直線に歩いて来ました。ともに涙を流しました。わたしは最後の話者の割り当てを受けました。

わたしは話す際、ブリッッと家族を見て言いました。「フリッツ、わたしは今日きょうこの場に、かつて二人が所属していた教師定員会の会長として参列しています。」それからわたしは、ブリッツと家族が神殿の儀式を通して「永遠の家族」になれることについて話し、その時が来たらわたしが儀式を執行することを固く約束しました。

最後に、涙をこらえながら、家族と参列者が聞いている前でわたしは言いました。「ブリッツ、わたしの友、わたしの戦友。勇気にあふれ、決意に満ちた友よ。君は国が危機に瀕ひんしているときに前線に身を置きました。ブリッツ、あなたは今こそ指揮官の笛の合図を聞く時です。君の昇栄への旅のために、『全員乗船。錨いかりを上げよ。』ジョイスはそこで待っています。わたしはあなたの子どもや孫たちが祈っていることを知っています。わたしはかつての教師定員会会長として全力を尽くします。あなたの愛する人々とともに日の栄えへと運ぶ船に、あなたが乗り遅れないように。」

わたしは彼に海軍の儀礼に倣ならった敬礼をしました。ブリッツは立ち上がり、わたしに敬礼しました。兄弟の皆さん、容易に覚えられるこの言葉に従えますように。「最善を尽くして義務を果たそう。そして、後は主にお任せしよう。」イエス・キリストの御名みなにより祈ります。アーメン。