2000–2009
わたしたちの御父の計画
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わたしたちの御父の計画

「[わたしたちの天の御父の望みは、わたしたちすべてが満ちみちるる喜び、すなわち……御父がもっておまられるすべてを得ることができるように、その磯会をお与えになることです。』

1830年の6月のある日に預言者ジョセフ・スミスに与えられた啓示には、天の御父が意図しておられることについて次のように宣言されています。「見よ、人の不死不滅≧永遠の命をもたらすこと、これがわたしの業であり、わたしの栄光である。」1この宣言によれば、御父の望みは、わたしたちすべてが満ちみちる喜び、すなわち完全で、栄光を受けた御父が持っておられるすべてを得ることができるように、その機会壷お与えになることです。2

このきわめて重要な末の日にあって、わたしたちは永遠の父なる神が生きておられることを宣言します。この世に生を受ける前に、わたしたちが御父の霊の子どもとして御父の御前みまえにいたことを証あかしします。前世で生活していたとき、わたしたちは一人一人が個人的に教えを受けていました。そこは、わたしたちに才能や能力を伸ばす機会を与えてくれる場所でした。その恵まれた前世での生活で、わたしたちは「善を選ぶのも悪を選ぶのも任され」ていました。アルマは、わたしたちが善を選んで非常に「深い信仰」を働かせ、「善い行い」をしたと述べています。そのようにしてわたしたちは第一の位を保ち、それとともに御父は、わたしたちを予任し、現世にいる問に一定の特権を得られるようにしてくださったのです。3

同様に末日の啓示には、天の御父が御自分の霊の子どもたちで第一の位を保ったすべての人のために、偉大な幸福の計画を定められたことが明らかにされています。4 この偉大な幸福の計画には、わたしたちがいつの日か天の御父のようになり、御父が現在持っておられるすべての権利や特質を得るという未来が含まれています。使徒ペテロは「いのちと信心とにかかわるすべてのこと〔が〕、主イエスの神聖な力によって、わたしたちに与えられて」いるのは、「それらのものによって……あなたがたが……神の性質にあずかる者となるためである」と、聖徒に思い起こさせました。5 ペテロのこの宣言は大胆なものかもしれません。わたしたちも、それを達成するために一生、いえそれ以上かかることを承知しています。しかし、ペテロの宣言は「それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」という救い主の勧告に対して共感を呼ぶものがあります。6

御父の計画ではまた、第一の位を保ったすべての者に、第二の位すなわち死すべき世において試しを受けることが求められました。この第二の位においてわたしたちは、自分の意志で行動し、主のすべての戒めを守り、罪や敵の力に打ち勝つ力があることを、神に対しても自分自身に対しても示すことを求められています。7

アダムの堕落のため、そして死すべき人間の性質のため、人は神の律法に背く性癖を持つようになりました。その結果、正義の要求を満たすことができなくなり、囚とらわれの状態になりました。しかしながら、天の御父の先見の明により、また偉大な幸福の計画を通して、御父は憐あわれみの計画を用意してくださいました。つまり無限の贖罪しょくざいを通して、正義の要求を完全に満たす道が備えられたのです。8

イエス・キリストは、初めから御父に選ばれた者としで、9贖あがないよって正義の律法と憐れみとを調和させるために求められるすべての資格と特質を備えておられました。10

ベニヤミン王は、人が聖霊の勧めに従うことによって生まれながらの人を脱ぎ捨てることが可能になったのは順いのおかげであると教えています。11したがって、福音の律法と儀式に従順であることを通してキリストのみもとに来る人はすべて、「永遠の救いと永遠の命」に対する信仰を行使することができます。これがわたしたちの証あかしです。12

わたしたちはまた、天の御父とその御子イエス・キリストが、大背教の後に、預言者ジョセフ・スミスを通して福音を再び確立されるまでは、偉大な幸福の計画のすべての条件に従うことは不可能であったことを証します。13

わたしたちの愛する預言者、ゴードン・B・ヒンクレー大管長はこう宣言しています。「これらの出来事に関する預言者ショセブの言葉が真実であり、御父が……御子の神性について証をなさり、御子が少年預言者を教え導かれたこと、そして『主なるわたし〔が〕…心から喜んでいる』『全地の面おもてに唯一まことの生ける教会』が組織されるに至った一連の出来事が続いたことを厳粛に宣言いたします。」14

第二の位を保つことは忠実な人々の心からの望みです。わたしたちは天の家に戻る道を自分一人で探すわけではありません。主は地上に御自分の王国を確立され、神の選民が集まれるようにしてくださいました。

わたしたちの行く手にはサタンの仕掛けた落とし穴が数多くありますが、主は、わたしたちがその道を安全に進むうえで必要不可欠な手立てを、愛のこもった心遣いですべて備えてくださっています。15

その欠かせない事柄には、福音の儀式と聖約が含まれています。この福音の儀式と聖約の中に順いの力が及ぼされるのは明らかです。16わたしたちにはまた、聖文という真理と誤りを見分けるるために必要な標準を示す手がかりも与えられています。17

さらに重要なことは、わたしたちが生きている時代は、見張り人、すなわち主が生ける預言者や使徒をわたしたちの中に立てておられる祝福された時代であるということです。彼らは救いと昇栄にかかわる儀式を執行するうえで不可欠な権能と鍵かぎをすべて有しています。18

何にも増して、バプテスマを受けてキリストの教会の会員となったわたしたちは、聖霊の賜物たまものというたぐいまれな贈り物を授かっているのです。わたしたちの罪をその身に引き受けるのを翌日に控えていた救い主は、弟子たちにこう言われました。「…御霊みたま……〔は〕、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。」19

黙示者ヨハネは、天から受けた示現の中で、御父の計画が成就するのを見、大変な苦難を耐え抜いた後で小羊の血によって衣を白く洗われた者たちの様子を記録しました。そして、この世に打ち勝った人々が神の御座みざの前に立ち、神の神殿で神に仕える姿を見ました。主は彼らのただ中におられ、忠実な者たちは二度と飢えることもなく、渇くこともありませんでした。神が忠実な者たちの目から、涙を完全にぬぐい去ってくださったのです。20

恐れることはありません。ただ信仰を持ち、天の御父が備えてくださった偉大な幸福の計画に従うだけでよいのです。わたしたちは、すべての人が来て、主の恵みと憐れみを受けるようにお招きします。主は救う力を備えておられ、決してわたしたちをお見捨てにはなりません。21

熱心に努力するわたしたちを、主が祝福してくださいますよう、イエス・キリストの御名みなにより祈ります。アーメン。