2000–2009
「模範になりなさい」
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「模範になりなさい」

「思いを真理で満たし、心を愛で満たし、生活を奉仕で満たししましょう。」

わたしたちは今晩、中央扶助協わ会会長会から感動的なメッセージを伺って心が奮い立つのを覚えています。わたしたちが皆、確固として揺らぐことのないようにとの訴えでした。これは、今の時代に見られる試練を乗り越え、またあらゆるものがとりで激変する世の中で堅固な砦とりでを築くうえで、知恵にあふれた勧告です。

使徒パウロが愛するテモテにあてて書き送った知恵の言葉に目を向けてみましょう。

「しかし、御霊みたまは明らかに告げて言う。後の時になると、ある人々は、惑わす霊と悪霊の教おしえに気をとられて、信仰から離れ去るであろう。

それは、良心に焼き印を押されている偽り者の偽善のしわざである。」1

続いて、テモテを激励する言葉を述べています。これはわたしたちにとっても注目すべき言葉です。「言葉にも、行状にも、愛にも、信仰にも、純潔にも、信者の模範になりなさい。」2 使徒パウロが語ったこのチャレンジを乗り超えるために、いつまでも変わることのない3つの公式をここカンファレンスセンターと世界各地の集会所に集っている、愛する姉妹たちと分かち合いたいと思います。

1.思いを真理で満たす。

2.心を愛で満たす。

3.生活を奉仕で満たす。

まず、思いを真理で満たすことについて話しましょう。誤りにとどまっていたら、真理を見いだすことはできません。真理を見いだすには啓示された神の御言葉みことばを調べ、研究し、それに従って生活することが必要です。誤ったことに取り囲まれているといつしかそれを受け入れるようになってしまいます。一方、真理に触れていれば、真理について学ぶことができます。

世の救い主はこのように命じておられます。「最良の書物から知恵の言葉を探し求め、研究によって、また信仰によって学問を求めなさい。」3そして、こう付け加えられました。「聖文を調べなさい。あなたがたは、聖文の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖文は、わたしについてあかしをするものである。」4

主はまた、わたしたち一人一人にこのように勧めておられます。「わたしに学び、わたしの言葉を聴きなさい。わたしの御霊の柔和な道を歩みなさい。そうすれば、あなたはわたしによって平安を得るであろう。」5

開拓者時代、今晩わたしたちに与えられた「確固として揺らぐことのないように」とのチャレンジを乗り越え、思いと心と全身に真理を満たした、キャサリン・カーティス・スペンサーという女性がいました。夫のオーソン・スペンサーは、感受性が強く、豊かな教育を修めた人でした。ボストンで生まれ育ったキャサ・リンは、教養のある洗練れた人でした。彼女には6人の子どもがいました。体があまり丈夫でなかった彼女はノーブーを出発してから、厳しい寒さと過酷な状況にさらされたために健康を害していました。スペンサー長老は妻の両親に手紙を書いて、西部に住まいを築くまで妻を両親のもとで過ごさせてほしいと頼みました。すると、「汚らわしい宗教を捨てさせるなら、戻って来てもけっこうです。しかし、教会を捨てるまでは戻ることを許しません」という返事が返ってきました。

スペンサー姉妹が信仰を捨てるはずもありませんでした。両親からの返事を読んで聞かされた彼女は、夫に聖書を持って来てルッ記から次の聖句を読んでくれるように頼みました。「あなたを捨て、あなたを離れて帰ることをわたしに勧めないでください。わたしはあなたの行かれる所へ行き、またあなたの宿られる所に宿ります。あなたの民はわたしの民、あなたの神はわたしの神です。6

外は嵐あらしが吹き荒れていました。荷車の幌ほろが破れてしまったため、友人たちはスペンサー姉妹が吹き込む雨にぬれないようにミルクなべを彼女の頭の上にかざしました。このような中で、彼女は一言ひとことの不平も言わず、息を引き取りました。

わたしたちは命を差し出すよう求められることはないかもしれません。けれども、神はわたしたちの声に出さない祈りを聞いてくださることを忘れてはなりません。隠れたことを見ておられる神は、必要ならば人々の面前で報いてくださるでしょう。

わたしたちは困難な時代に生きています。将来、何が起こるか分かりません。だからこそ、不測の事態に備えておく必要があります。統計からも明らかなように、夫が病気になったり、亡くなったりして、あるいは経済的な必要に迫られて、皆さんが家計を支えなければならなくなることが、時折あります。緊急事態が発生したときに家族を養えるように、より高い教育を受けるように努め、仕事につながる技術を身に付けておくよう強くお勧めします。

研究と学習を重ねることによって才能を伸ばすことができます。子どもの勉強をよく助けられるようになるでしょうし、人生で遭遇するかもしれない不測の事態に備えていることによって心の平安を得られるでしょう。

第2の公式、心を愛で満たすことを説明するために、使徒行伝に記録されている感動的な出来事を紹介したいと思います。ヨソバに住んでいたタビタまたはドルカスと呼ばれた弟子の話です。彼女は「数々のよい働きや施しをしていた」婦人であったと説明されています。

「ところが、そのころ病気になって死んだので、人々はそのからだを洗って、屋上の間に安置した。

……弟子たちはペテロが〔近く〕にいると聞き、ふたりの者を彼のもとにやって、『どうぞ、早くこちらにおいで下さい』と頼んだ。

そこでペテロは立って、ふたりの者に連れられてきた。彼が着くとすぐ、屋上の問に案内された。すると、やもめたちがみんな彼のそばに寄ってきて、〔タビタ〕が生前つくった下着や上着の数々を、泣きながら見せるのであった。

ペテロはみんなの者を外に出し、ひざまずいて祈った。それから死体の方に向いて、『タビタよ、起きなさい』と言った。すると彼女は目をあけ、ペテロを見て起きなおった。

ペテロは彼女に手をかして立たせた。それから、聖徒たちや、やもめたちを呼び入れて、彼女が生きかえっているのを見せた。

このことがヨソバ中に知れわたり、多くの人々が主を信じた。」7

「数々のよい働きや施しをしていた」女性であったタビタについて説明しているこの聖句は、扶助協会の持つ基本的な責任を明らかにしていると思います。つまり、苦しんでいる人を慰めること、貧しい人の世話をすること、そしてこれらに付随するあらゆる事柄です。扶助協会の女性である皆さんはまことに憐あわれみの天使です。このことは、寒さや飢えにさいなまれ、苦しみを受けているあらゆる地の人々に対して大規模に実施されている人道的救援活動に見ることができます。皆さんの働きはワードやステーク、伝道部の中でもはっきりと見ることができます。教会のすべての監督はこれらが真実であることを証あかしできることでしょう。

執事の少年だったころ、わたしは断食日曜日の朝にワードの責任の一端を担っていました。各家族に小さな封筒を持って行き、彼らが献金を入れるのを待ち、それから監督に届けるのです。その責任を果たしていたあるとき、高齢で独り暮らしだったライト兄弟は、ドアの所でわたしを喜んで迎えると、老いた両手で不器用に封筒を開け、わずかな金額をその中に入れました。献金する彼の目には涙が込み上げていました。彼はわたしに腰かけるよう促し、何年も前に家の中に食べ物がまったくなくなったときのことを話してくれました。飢えに苦しみながら彼は食べる物を与えてくださるよう天の御父に祈りました。それからしばらくして、窓の外に目を向けていると、だれかが彼の家の方に歩いて来るのに気づきました。その人は赤くペンキを塗った荷車を引いていました。扶助協会会長のバームフォース姉妹でした。線路の向こうから彼の家までの1キロ近くを、荷車を引いてやって来たのでした。荷車にはワードの扶助協会の姉妹たちから集めた食べ物が山ほど載っていました。バームフォース姉妹は食物を降ろすとライト兄弟の空っぽの食品棚に入れました。ライト兄弟は、彼女が「天から遣わされた天使」のようだったと言いました。

姉妹の皆さん、皆さんは愛の最高の模範です。皆さんは家庭を明るくし、子どもたちを愛によって導いています。家庭の頭かしらは夫ですが、皆さんは家庭の心です。互いに尊敬し合い、責任を分かち合うことによって、夫婦は最強のチームを組むのです。

子どもたちは関心や愛を必要とするときに、母親のところへ行きます。このことに意味があるとわたしは考えています。福音に背を向けた息子や何かにつけて投げやりな少女でさえ、家族のもとに戻る必要があると気づいたときに、迷わず母親のもとへ来ます。母親は決して子どもを見捨てたりしません。

母親の愛は子どもの良いところを引き出します。皆さんは子どもたちにとって従うべき模範です。

普通、子どもが覚えて話す最初の言葉は「ママ」です。戦争のさなかであれ、平和なときであれ、死を目前に控えた息子がロにする最後の言葉はほとんどが「お母さん」です。このことにも大切な意味があると思います。姉妹の皆さん、皆さんは何と高貴な役割を帯びていることでしょうか。皆さんの心が愛に満ちていることをわたしは証します。

第3の公式、生活を奉仕で溝たすことについて、二つの例を紹介したいと思います。最初の例は、生徒たちの生活に大きな影響を与えた一人の教師です。2番目の例は、霊的な暗闇くらやみの中で生活していた人々に福音の光をもたらした夫婦の宣教師です。

何年も昔、ミューチャルの教師を務めていたバー・ディー・シェフィールドという若い女性がいました。夫とともに長い聞待ち望んでいたのですが、彼女には子どもがいませんでした。その代わり彼女は、永遠の真理と人生の教訓を教えることによって、彼女にとって特別な若い女性たちに心からの愛を毎週示していました。しかし、そうした彼女を病魔が襲い、27歳の若さでこの世を去りました。

毎年戦没者記念の休日が来ると、ミューチャルの少女たちは先生が葬られている墓地に集まり、必ず、花と「バー・ディーへ、あなたの生徒より」と書いた小さなカードを手向けていました。最初は10人いた少女も、やがて5人、そして2人、最後に1人になりました。しかしその一人は毎年欠かさず墓を訪れて、花束と、いつものように「バー・ディーへ、あなたの生徒より」と書いたカードを供えました。

バー・ティーが亡くなってから25年近くが過ぎたある年、欠かさず墓を訪れていた、ただ一人の「少女」は戦没者記念日によそへ出かけなければいけなくなりました。そこで、数日早く先生の墓を訪れることにしました。花を摘んでリボンを巻き、カードを添えると、上着を着て出かけようとしました。ちょうどそのとき、玄関のベルが鳴りました。ドアを開けると、訪問教師の一人であるコリーン・フラーが立っていました。訪問教師の同僚との都合がつかないので、月末までに何とか家庭訪問を終えたいという思いから、連絡をしないで一人でやって来た、とコリーンは説明しました。コリーンは招き入れられると、上着と花に気づきました。そして、何かの予定をじゃましたことをわびました。

「大丈夫よ」という返事が返ってきました。「わたしのミューチャルの先生だった人のお墓に花を手向けるために出かけようとしていたところなの。この先生はわたしやほかの女の子にすばらしい影響を与えてくれた人なのよ。最初は10人が毎年、愛と感謝を伝えるために訪ねていたんだけど、今はわたしがクラスを代表して訪れているの。」

コリーンは尋ねました。「その先生の名前、もしかして、バー・ディーじゃない?」

「ええ、そうよ。でも、どうして知っているの」と姉妹が尋ね返しました。

声を詰まらせながらコリーンは言いました。「バー・ディーはわたしのおばなの。母の妹なのよ。おばが亡くなってから毎年、戦没者記念日に家族で墓地を訪れると、お花とバー・ディーの生徒からのカードがお墓の上に置かれているのに気づいていたわ。うちの家族は、バー・ティーを覚えてくれていることにお礼を言えるよう、その生徒がだれなのかを知りたかったのよ。これでみんなに教えられるわ。」

アメリカの詩人ソーントン・ウィルダーは「この世を去った人々へのいちはんの贈り物、それは嘆きではなく、感謝である」と言いました。

生活を奉仕で満たした第2の例は、ポーランドで1年半の伝道の召しを受けたユリユーシュ・フセックと妻ドロシーが宣教師として経験したことです。これを紹介してわたしの話を終えることにします。ポーランド生まれのフセソク長老はその国の言葉を話し、ポーランド人を愛していました。フセソク姉妹はイギリス生まれでポーランドについてはほとんど知りませんでしたし、その国の人々については何も知りませんでした。

二人は主を信頼して伝道を始めました。生活環境は決して快適とは言えないものでした。仕事は孤独で、しかもやるべきことは山ほどありました。当時ポーランドにはまだ伝道部がありませんでした。フセック夫妻に与えられた責任は道を備えることです。伝道部が恒久的に設置され、ほかの宣教師が召され、人々に福音が説かれ、改宗者にハプテスマが施され、支部が設立され、礼拝堂が建てられるための準備でした。

責任のあまりの大きさにフセソク長老と姉妹はくじけてしまったでしょうか。いいえ、そのようなことは一瞬たりともありませんでした。その召しが神から与えられたものであると知っていた二人は神の助けを祈り求め、御業みわざに全身全霊で打ち込みました。結局ポーラントに1年半どころか5年滞在して、これらの目的をすべて達成したのです。わたしはラノセル・M・ネルソン長老、ハンス・B・リンガー長老と3人で、フセソク長老とともにポーランド政府のアダム・ロバトカ長官と会見したときにそのことを知りました。「あなたがたの教会を歓迎いたします。建物を建ててもけっこうですし、宣教師を派遣してもけっこうです。どうぞポーランドへおいでください」と長官が言うのを聞きました。そして長官はユリユーシュ・フセソク長老を指して言いました。「この方は奥さんとともに、教会のために一生懸命働いてこられました。皆さんは彼らの模範と働きに感謝なさるとよいでしょう。」

フセック夫妻のように、わたしたちも主の業においてなすべきことを行おうではありませんか。そうすれば、わたしたちもユリユーシュ・フセック、ドロシー・フセック夫妻とともに次の詩篇の言葉を体現することができるでしょう。「わが助けは、天と地を造られた主から来る。」8

愛する姉妹の皆さん、皆さんは真に「信者の模範」です。既婚か独身かにかかわらず、天の御父が皆さん一人一人を家庭において、家族において、生活の中において祝福され、世の救い主から「良い忠実な僕しもべよ、よくやった」9 という栄光あふれる賛辞を受けることができますように。わたしは皆さんを祝福し、イエス・キリストの御名みなによってお祈りします。アーメン。