わたしが生きている時代
    脚注

    わたしたちが生きている時代

    「わたしたちの安全は侮い改めにかかています。神の戒めを守るときにわたしたちばカを力を授けられます。」

    愛する兄弟姉妹の皆さん、わたしはへりくだってこの機会に臨んでいます。主の御霊みたまにみちびかれるままにお話しできるよう祈っています。

    先ほど、合衆国のミサイル攻撃が進行中であるというメモを受け取りました。言うまでもなく、わたしたちは危険な時代に生きています。わたしはこの時代とわたしたち教会員を取り巻く状況についてお話ししたいと思います。

    1か月もたっていない9月11日の出来事はだれもがはっきりと覚えています。敵意に満ちた邪悪な攻撃によって、わたしたちは戦争に引きずり込まれています。21世紀最初の戦争です。前世紀は人類の歴史上、最も戦争が多い時代だったと言われてきました。そして今、新たな危機を迎えました。どのように展開し、終結するのかは分かりません。合衆国が建国されて以来、本土に重大な攻撃を受けたのはこれが初めてです。しかし、これは合衆国だけに対する攻撃ではありませんでした。あらゆる地に住む善良な人々と国民に対する攻撃です。周到な計画の下で、大胆に実行され、むごい結果を生じました。何の罪もない5、000人以上の人々が亡くなったと考えられています。この中には多くの外国人もいました。まさに、残酷で狡猾こうかつな、また途方もなく邪悪な行為です。

    最近、わたしは国内の数人の宗教指導者とともに、ホワイトハウスに招かれて、大統領にお会いしました。大統領は気さくに、また率直に話してくださいました。

    その日の晩に大統領は議会と国民に向かって、アメリカと同盟国はこの悲惨な出来事の計画に関与したテロリストと彼らをかくまっている人々を追跡して捕らえる決意であると、はっきりと表明しました。

    現在、我が国は戦争状態にあります。巨大な軍隊が動員されてきましたし、それは今後も続行するでしょう。方針についての同盟が結ばれています。この紛争がいつ終わるのかだれにも分かりません。どれほどの人命と財産が失われるのかも分かりません。どのような方法で戦争が展開されるのかも分かりません。教会の働きにも様々な影響を与えことでしょう。

    わたしたちの国の経済は苦しい状況に置かれています。すでに問題が起きていたところにこの事件が起きて、問題をさらに大きくしました。多くの人が職を失っています。教会内でも、失業者の増加は福祉の必要を招き、什分じゅうぶんの一に影響を及ぼすことが考えられます。宣教師プログラムにも影響を与えることでしょう。

    わたしたちは今や、世界的な規模の組織となっています。150か国以上の国々に教会員がいます。この世界的規模の非常に大きなプログラムを管理運営することはますます難しくなっていくと予想されます。

    アメリカ国民である教会員は国家の大統領とともに毅然きぜんとして立ち上がっています。おぞましく邪悪な力を突き止めて、自分たちの行為に責任を取らせなければなりません。これはキリスト教徒とイスラム教徒の問題ではありません。わたしは、攻撃目標となっている国の飢えた人々に食糧が届けられていることを知ってうれしく思っています。わたしたちは全世界のイスラム教徒の隣人を尊重し、自分の宗教の教えに従って生きている人々が苦しみを受けることのないようにと願っています。わたしたちの民に特にお願いしたいのは、罪のない人々への迫害にいかなる形であれ関与しないでほしいということです。むしろ、親しみを示し、援助の手を差し伸べ、守り、支援する人であってください。探し出して壊滅させなければならないのは、テロリストの組織です。

    この教会の会員であるわたしたちは、そのようなグループについてある程度の知識を持っています。モルモン書にはガデアントンの強盗団について記されています。残忍で、誓いの下に結束し、邪悪と破壊を目的とする秘密結社です。当時、彼らは自分たちの利用できるあらゆる手段を使って、教会を滅ぼし、詭弁きべんを弄ろうして人々の支持を求め、社会を支配しました。現在の状況にも同じ要素を見ることができます。

    わたしたちは平和を愛する民です。過去も現在も平和の君であるキリストに従っています。けれども、わたしたちは正義と良識を守り、自由と文明を守るために立ち上がらなくてはならない時があります。それは、モロナイが妻子と自由の大義を守るために人々を結集させたのと同じです(アルマ48:10参照)。

    先日、ラリー・キング氏のテレビ番組で、宗教という名の下であのような忌まわしい活動を行うことについてどう思うかという質問を受けました。わたしはこのように答えました。「宗教によって、不正や邪悪、またこのような邪悪な出来事が防げるわけではありません。わたしの信じている神はこのような行動を許してはおられません。憐あわれみの神であり、愛の神であられます。また平和と安らぎの神であられます。わたしはこのような事態のときに、慰めと強さを神に求めます。」

    この国やほかの国々の教会員は現在、多くの人々とともに国際的な運動に参加しています。軍隊に属している人々が、愛する人々に別れを告げて出て行く姿がテレビに映し出されています。彼らは、無事に帰還できるかどうか分からないままに出て行くのです。それはわたしたちの民の家庭にも影響を与えています。わたしたちは教会として一致団結してひざまずき、この軍事行動の重荷を背負う人々に全能者の力が注がれるように祈らなければなりません。

    この紛争がどれだけ続くのかだれも知りません。どこが戦闘の場となるのか正確に知っている人はいません。終結するまでどの程度の範囲で人々が巻き込まれるのかだれにも分かりません。規模や様子について現時点では見当のつかな沸計画がすでに始められています。

    このようなときに、わたしたちは命と平和が、そして文明そのものが、はかないものであることを痛切に思い知らされます。経済は特に不安定です。わたしたちは繰り返し、自立について、負債について、倹約について勧告を受けてきました。わたしたちの中にはまったく不必要なもののために多くの負債を抱えている人々が大勢います。わたしは若いころに、家族の必要を満たすだけの質素な家を建てて、その家を美しく、魅力のある、心地よい、安全な場所とするよう父から言われました。できるだけ早く抵当を外して、どのようなことが起きても、妻子のために住む場所があるようにしておきなさい、と父から忠告を受けました。わたしはそのような教えの下で成長しました。この教会の会員である皆さんに、可能なかぎり負債を解消して、必要なときのために蓄えをするよう強く勧告いたします。

    今後起きるあらゆる事態に備えることはできません。けれども、多くの不慮の事態に備えることはできます。現在起きている状況を見て、わだしたちのなすべきことを肝に銘じようではありませんか。60年以上にもわたって絶えず勧告されてきたように、緊急時に命を支えるための食物を蓄えておこうではありませんか。しかし、パニックに陥ったり、過剰な行動に出たりすることのないようにしてくだい。あらゆる面で分別のある人になってください。兄弟姉妹、何よりも、生ける神とその愛される御子を信じる信仰をもって前進しようではありませんか。

    このアメリカの地には大いなる約束があります。わたしたちははっきりとした言葉でこう告げられているのです。「この地はえり抜きの地であり、この地を所有する民はどの国民も、この地の神に仕えさえすれば、奴隷の状態にも囚とらわれの身にもなることなく、天下のほかのどのような国民からも支配を受けない。この地の神とはイエス・キリストであ〔る。〕」(エテル2:12)この約束は取り消されることがありません。最も大切なことは神の戒めに従うことです。

    わたしたちが従っている憲法はわたしたちに恵みをもたらしてきただけでなく、諸外国にとっても憲法の模範となってきました。これは、神の霊感による国家の安全手段であり、自由と、法の下での正義と公平を保証するものです。将来にどのようなことが待ち受けているかは分かりません。否定的な言葉を述べたくはありませんが、聖文の警告とこれまで絶えず与えられてきた預言者たちの教えを思い出していただきたいと思います。

    パロが見た肥え太った雌牛とやせ細った雌牛、太った良い穂とやせた穂の夢が教える偉大な教訓をわたしは忘れることができません。

    マタイによる福音書第24章で主が明らかにしておられる厳しい警告をわたしの心から追い払うことができません。

    わたしも皆さんと同じように、地が清められ、筆舌に尽くし難い苦難があり、泣き、嘆き、悲しみの時が来ることを宣言した近代の啓示の言葉をよく知っています(教義と聖約112:24参照)。

    さて、わたしは人騒がせなことを言うつもりはありません。死を宣告する預言者になりたいとは思いません。わたしは楽観的です。すべてを滅ぼす災いがわたしたちを襲う時が来ているとは思いません。そうでないことを心から祈っています。まだ成し遂げねばならない主の業が非常に多くあります。わたしたちと、またわたしたちの子どもたちでそれを行わなければなりません。

    教会の業務を運営する責任のあるわたしたちは、これまでと同じように慎重であり、細心の注意を払っていることをお伝えしておきます。教会の什分の一は神聖な基金です。主が自ら定められた方法によって配分されています。わたしたちは非常に大きく、複雑な組織になってきました。広範囲にわたるとともに多くの費用がかかるプログラムを実施しています。けれども、収入の範囲を超えるようなことは行っていないことをお伝えしておきます。教会に負債を負わせるようなことはしません。手もとにある資源の範囲内に収めています。

    わたしは什分の一の律法に心から感謝しています。これは主の財政の律法です。教義と聖約第119章で、わずかな言葉をもって与えられています。主の知恵がそこにあります。金額の多寡に関係なく、什分の一を正直に納めるすべての男女、すべての少年少女、そして子どもたちに申し上げます。皆さんが心の中に抱いている信仰に感謝します。わたしは皆さんと、そして什分の一を納めるべきであるのに納めていない人々に申し上げます。主が驚くべき祝福を約束しておられることに注目してください(マラキ3:10-12参照)。主は「什分の一を納める者は、主の来臨の時に焼かれないであろう」とも約束しておられます(教義と聖約64:23)。

    断食献金を納めている人々にも感謝しています。これはひと月に2度の食事を抜くだけで、ほかに何も求められません。それは苦しんでいる人々を助けることを目的とした福祉プログラムを支える大きな柱となっています。

    さて、わたしたちは皆、ひどい戦争、争い、憎しみ、苦しみが今に始まったことではないと知っています。わたしたちが今日こんにち目にしている争いは、天の戦いで始まった争いの再現でしかありません。黙示録から引用したいと思います。

    「さて、天では戦いが起った。ミカエルとその御使もつかいたちとが、龍と戦ったのである。龍もその使たちも応戦したが、

    勝てなかった。そして、もはや天には彼らのおる所がなくなった。

    この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、地に投げ落され、その使たちも、もろともに投げ落された。

    その時わたしは、大きな声が天でこう言うのを聞いた、『今や、われらの神の救すくいい力と国と、神のキリストの権威とは、現れた。』」(黙示127-10)

    それは恐ろしい戦いであったことでしょう。悪の軍勢は義の軍勢に向かって蜂起ほうきしました。大いなる欺く者である暁の子は敗北し、追放されて、天軍の3分の1を一緒に連れて行きました。

    この大きな戦いについてモーセ書とアブラハム書はさらに理解の光を投げかけています。サタンは人から選択の自由を取り上げて、すべての功績、誉れ、栄光を受けようとしました。この計画に対抗したのは、御子が自ら成し遂けると語られた、御父の計画でした。その計画に基ついて、御子は地上に来て、人類の罪を贖あがなうために命を差し出されました。

    カインの時代から現在に至るまで、敵対する者は恐ろしい戦いを画策してきました。それらは非常に大きな苦しみを招きました。

    裏切りとテロリズムはサタンとともに始まりました。これらは、神の御子が神の息子娘たちの問で平和と善によって支配するために戻って来られるまで続くことでしょう。

    有史以来今日きょうまで、実に大勢の男女が生を受け、死んでいきました。ある人たちは今後起きる戦いで命を落とすかもしれません。しかし、わたしたちにとって死は終わりでないことを、厳粛に証あかしします。現在ここで生活しているのとまったく同じように確かに、来世があります。天の戦いの争点となった偉大な計画によって、人は生き続けるのです。

    ヨブは「人がもし死ねば、また生きるでしょうか」と尋ねました(ヨブ1414)。その後、ヨブはこのように言っています。「わたしは知る、わたしをあがなう者は生きておられる、後の日に彼は必す地の上に立たれる。

    わたしの皮がこのように滅ぼされたのち、わたしは肉にあって神を見るであろう。

    しかもわたしの味方として見るであろう。わたしの見る者はこれ以外のものではない。」(欽定訳ヨブ1925-27より和訳)

    さて、兄弟姉妹の皆さん、わたしたちはどのような義務であろうと自分の義務を果たさなければなりません。しばらくの間平和が来ないかもしれません。一部の自由が制限されるかもしれません。不都合なことも出てくるかもしれません。次々と苦しみを受けるかもしれません。けれども永遠の父なる神は御父を仰ぎ見るこの国とあらゆる文明世界を見守ってくださることでしょう。主は「主をおのが神とする国はさいわいである」と言われました(詩篇33:12)。わたしたちの安全は悔い改めにかかっています。神の戒めを守るときにわたしたちは力を授けられます。

    どうか祈ってください。正義のために祈ろうではありませんか。善を擁護する軍勢のために祈ろうではありませんか。どの宗教を信じているか、どこに住んでいるかにかかわりなく、善を求める男女のために祈ろうではありませんか。祖国でのことであれ外国でのことであれ、邪悪に対してひるむことなく立ち上がろうではありませんか。必要であれは生活を改め、すべての人の御父である御方に頼ることによって、天の祝福を受けるにふさわしい者となろうではありませんか。主は言われました。「静まって、わたしこそ神であることを知れ。」(詩篇46.10)

    現在は危険に囲まれた時代でしょうか。そのとおりです。けれども恐れる必要はありません。心に平安を、家庭に平和を得ることができます。わたしたちは皆、この世にあって善なる影響を及ぼすことができます。

    わたしたちは待ち受けている不安な日々をそれぞれに生きていきます。全能者である天の神がわたしたちを助け、祝福してくださいますように。揺るぎない信仰をもって神に頼ることができますように。わたしたちが生き永らえるにしても、あるいは死を迎えるにしても、偉大な贖い主である御子に信頼を寄せることができますよう、イエス・キリストの聖なる御名みなによってお祈りします。アーメン。