2000–2009
孫へのメッセージ
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孫へのメッセージ

皆さん一人一人が神の人となるよう願っています。皆さんは義にかなった業に携わることで神の人となります。

兄弟の皆さん,今晩わたしは自分の孫に話すように皆さんに話します。わたしの話すことが,世界中のすべての若い神権者に当てはまるよう願っています。この大勢の人たち,また衛星放送で会に臨んでいるさらに多くの皆さんのことを考えると,神の神権を持つという偉大な祝福は,世界に数十億という人がいる中で比較的少数の人に取っておかれた祝福であることに気づかされます。神権を持つということは実に名誉なことであり,にもかかわらず,教会の12歳以上のふさわしい男性なら,だれでもあずかることのできるものです。

神権とは,神の御み名なによって教え導くために人に託された権能です。人が自らの判断で得られるものではありません。パウロが言ったように,「だれもこの栄誉ある務つとめを自分で得るのではなく,アロンの場合のように,神の召しによって受ける」1のです。一人の力で造り出せるような権能ではないのです。

ピーターという若い祭司が,ある経験について書いてくれました。ピーターはその経験から神権の力が実在することを学びました。カナダのオンタリオ州にあるピーターが所属するワードで,一人の若い改宗者がアロン神権の教師として支持を受け,ピーターは聖任の輪の中で儀式を執り行うよう依頼されたのです。ピーターはこう書いています。「それまでにだれかの頭に手を置いたことはありませんでした。自分にはとてもできないと感じました。けれども御み霊たまを通して,儀式を執り行っても大丈夫であるという確信を得ました。……

聖任を受ける若い男性がいすに腰かけました。わたしはその真後ろに立ちました。〔若い男性の会長が〕聖任の祈りの言葉を耳打ちしてくれました。わたしはその言葉を一言一句漏らさず繰り返しました。聖任の部分を終え,『……あなたに祝福の言葉を授けます……』と言うと,〔若い男性の会長は〕ここからは一人で行うようにと,目で合図したのです。

その瞬間,神権はまったく別の意味を持つようになりました。もはや単なる肩書きではなく,実際に神の御名によって行動する権能であり,わたしはその権能をほかの人に授けようとしていたのです。わたしは間を置いて,語るべき言葉を御霊がささやくまで待ちました。その祝福の間に感じた気持ちを表現することは簡単ではありませんが,今はっきり言えることは,神権の力が実在するといういっそう力強い証あかしがあるということです。」2

若い男性の皆さんは,大神権すなわちメルキゼデク神権を受ける日を心待ちにしていることでしょう。この大神権について,預言者ジョセフ・スミスはこう言いました。「神権が備えられたのは,『地の基がすえられ,明けの星が相共に歌い,神の子たちが皆喜び呼ばわる』以前であって,神権は最も気高く神聖で,神の御子の位に基づくものである。」3

わたしたち神権者は主の代理人です。主は1831年,カートランドにいる教会の長老たちに,この神聖な務めについて語られました。「さて,あなたがたは代理人であるので,主の用向きを受けている。そして,あなたがたが主の思いに従って行うことは何であろうと,主の業務である。」4

ヒンクレー大管長はしばしば,伝道活動が本来神権者の責任であることを思い起こさせてくれます。宣教師として主に仕えるよう召されることは,偉大な誉れであり,責任でもあります。たとえ困難や失意に見舞われることがあっても,この奉仕から永遠に続く喜びを得ることができます。伝道の経験を通して,わたしの生き方は一変しました。人生で最もすばらしい経験の一つです。伝道に出ることで,残りの生涯の業と永遠の業に備えるのです。

皆さん一人一人が神の人となるよう願っています。皆さんは義にかなった業に携わることで神の人となります。また神権を尊び,大いなるものとします。そして使徒パウロが語ったように,「義と信心と信仰と愛と忍耐と柔和とを追い求め」るのです。5

義にかなった計画に従い,社会の決まりや主の律法に従順になることは,必ずしも容易ではありません。しかし,最終的には,規則に従うことは主が約束されたあらゆるものにあずかるために最も優れた道なのです。

わたしたちは皆,自分の行動に責任があります。弁護士の経験から分かったことは,犯罪を繰り返す人は,自分が刑務所に入った原因をしばしば父親や母親,あるいは社会のせいにするということです。しかし,実際は,自ら進んで「神の性質に反して」行動することを選んでおり,結果として「幸福の本質に反する状態」6にあるのです。中には「悪魔がそうさせたんだ」と言い張る人もいます。その言い分については,人が悪事を働くよう悪魔がそそのかすというのがほんとうです。7わたしたちには選択の自由があるからです。わたしたちが自ら選んでいないことを,悪魔が無理強いさせることはできません。8

わなや落とし穴にはまることは,だれにでもあります。青年であろうと,壮年や老年であろうと同じです。ある人が言ったように,「若いうちは問題に飛び込んで行くが,年を取ると問題が飛び込んで来る」9のです。現代社会が規律を緩めるにつれ,わたしたちは主から祝福と守りを頂くために,義の鉄の棒にしっかりとつかまる必要があります。サタンの誘惑を軽々しく扱うことは非常に危険です。わたしたちは生涯を通じて,あらゆる形の悪から身を守る必要があります。

神権を持つ若い男性の皆さんは,女性を敬うという義務を負っています。教会のすてきな若い女性とデートをするときは,彼女たちの身の安全と徳を守る義務があります。皆さんは神権を与えられているので,さらに大きな責任が課せられています。それは,教会の高い道徳的標準がいつも守られていることを見守る責任です。性的な誘惑という崖がけに近づいてはならないことは分かっていると思います。その崖から飛び降り,生殖の偉大な力をもてあそぶなら,自分自身の持つ神聖さの一部を損なうことになります。自己を制する力がない者に,この世にあっても永遠の世にあっても,偉大な役割を果たすという望みを託すことができるでしょうか。主を愛し,皆さんを愛し,神権を尊ぶ義にかなった女性と結婚することは,この世と永遠の世における最大の祝福の一つです。わたしはそれを,妻のルースとの60年以上にもわたる結婚生活で実感してきました。

友人や知人は豊かな人生に彩りを添えてくれます。しかし,そうした関係も一時的なものでしかありません。皆さんの両親以上に,皆さんを愛し,皆さんの幸福を心にかけてくれる人はいません。両親の言うことに疑問を差し挟むことはあっても,その愛や皆さんの幸福に寄せる思いに疑念を抱くことはできないはずです。

やがて若い男性の皆さんが,妻や子供たちを養うという責任を担う日がやって来ます。皆さんが一家を支えるのです。結婚すると,皆さんは妻の幸福に対して責任を負い,家族が増えると,最終的には子供たちの幸福にも責任を負うようになります。結婚生活や父親としての役割は,すばらしい永遠の幸福と喜びをもたらしてくれます。ジョセフ・F・スミス大管長が語ったように,「教会の統治は……家族生活の上に成り立ち,受け継がれていくのです。」10家庭において大いなる満足感を味わうためには,夫婦は二人とも結婚生活にすべてをささげる必要があります。デビッド・O・マッケイ大管長はこう言いました。「人は家庭よりも仕事や快楽を優先させると,その瞬間から霊の衰退に向かって坂を下り始めます。」11

皆さんの中には,すでに人生の目標に向かって着々と進んでいる人もいるでしょう。皆さんを誇りに思います。父はかつてこう言いました。「法科大学院を卒業したときには,これで一生安泰あんたいだと思ったよ。でも,実際のところ,卒業はある意味でさらに大きなチャレンジの始まりでしかなかったのさ。」わたしたちの人生には,「一生安泰」などということはありません。この世の生涯を送るかぎり,世の問題から逃れることはないのです。

現代は専門化が進む時代です。少年のころ,多くの人がT型フォードという車に乗っていました。現代の車と比較すると,その構造は比較的単純でした。バルブを研磨したり,ピストンリングを交換したり,ブレーキバンドを新しくしたり,簡単に手に入るベーリングワイヤーを使ったりすることで,自分で修理のできる人が大勢いました。現在では,自動車の構造も複雑化し,普通の人は修理の仕方に関する知識をほとんど持ち合わせていません。現代の機械工は,エンジントラブルの診断にコンピューターを使っています。こうした例を引き合いに出したのは,若い男性の皆さんに,遅れを取ることがないよう訓練や教育を受けることを強く勧めたいからです。技術教育は非常に重要です。高等教育の分野でも同じことが言えます。どのような技術であっても,専門化された訓練が必要なのです。

この世でどのような職業を選ぼうとも,それが誇りに値するものであるかぎり,問題ではありません。家族をどう養うかは皆さんが決めることです。技術を習得するということは,生計を立てるうえで良い方法です。しかし,生計を立てること以上に大切なことがあるのを忘れてはなりません。人間性の本質を失ってしまうほど,物質的なものに心を奪われてはなりません。ディケンズの作品に登場するジェーコブ・マーレイを思い出した人もいるかもしれません。マーレイは,自分が仕事ばかりで頭がいっぱいだったことを嘆き,こう叫びます。「仕事だと!人間こそ,わしの仕事だったのだ。万人の幸福こそ,わしの仕事であった。」12わたしたちは,一人一人が社会を強めるうえで役目を果たし,特に神の業に携わることが求められているのです。

神権を持つ者にとって,成功への最善の公式は次の聖句にあることを学びました。「まず神の国と義とを求めなさい。そうすれば,これらのものは,すべて添えて与えられるであろう」13成功は一朝一夕にもたらされるものではありません。備えと勤勉が必要とされるからです。実際,成功への近道など存在しないのです。

わたしたちは一人一人が天の御父に創造された特異な存在です。同じ人は一人としていません。同じ賜たま物ものや才能を持っている人は,ほかに存在しないのです。ですから,与えられた才能や賜物に磨きをかけ,その特異性をさらに輝かせるために活用してください。例を挙げましょう。子供のころ,近所に立派な青年がいました。この青年は,勉強は得意ではありませんでしたが,見事な家具を作ることができました。わたしたちは同じ日に軍に入隊しましたが,彼はベッドを整えることができず,いつも検査をパスできずにいました。しかし,木片から実に精巧な芸術作品を作り出すことができたのです。ハワード・W・ハンター大管長はこう言いました。「才能や創造性,情緒の安定,偉大さなどは,青年のうちに開花するものではなく,年齢を重ねて初めて到達できるものであるという考えを持つ人がいます。しかし,そうではないのです。」14

若い男性の皆さんには,偉大な約束を伴う未来があります。皆さんは世界がこれまで知り得なかったような知識の恩恵にあずかるのです。この知識によって,皆さんは,現代のビジネス,産業,農業,そして専門職の将来に貢献することができます。戦場で命を守るかもしれません。また,福音の原則を世界に広め,教会の発展を助けるかもしれません。

わたしのかわいい孫である愛する皆さん,わたしの声に耳を傾けるすべての特別な若い男性の皆さん。前進してください。信仰と義をもって前進し,預言者であるゴードン・B・ヒンクレー大管長の教えに従ってください。そうすれば,主は皆さんを強め,大いなる者としてくださり,皆さんは偉大なことを成し遂げるでしょう。神権がわたしの人生に偉大で深い影響を与えてくれたことを証します。わたしは長い人生を通して,自分が何者であり,何を信じているのかを隠さないように努めてきました。そのことで職歴に傷がついたり,貴重な友人を失ったりしたことは一度もありません。むしろ,彼らは謙虚に,わたしがこの教会の会員であることを認めてくれたのです。皆さんにわたしの証と祝福を残します。イエス・キリストの御名により,アーメン。