2000–2009
あなたは知っていますか
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あなたは知っていますか

「わたしの言葉を試し」てみてください。ジョセフ・スミスの話を読み,祈ってくれますか。

あるとき,16歳のすてきな若い女性と,とても有意義な会話を交わしました。通っている高校で教会員は彼女一人だと知ったわたしは,「ほかにだれも教会員がいなくて,いちばん大変なことは何ですか」と尋ねました。

彼女はじっと考えると,とても賢明な答えを口にしました。「みんなが偽りだというものを真実だと信じ,みんなが大丈夫というものを誤りだと信じることです。」

わたしはもう一つ質問をしました。「あなたは,ジョセフ・スミスが神の預言者だと知っていますか。」彼女はこう答えました。「そう思いますが,確信はありません。」

今朝は教会の青少年の皆さんに尋ねたいと思います。「あなたは知っていますか。」

わたしが自分に証あかしがあると初めて知ったのはまだ11歳のときでした。両親に連れられてソルトレーク・シティーのテンプルスクウェアを訪れたときのことです。

当時,わたしの趣味は無料のものを集めることでした。無料で物をもらうことに関して,わたしには絶対成功する秘策がありました。まず,「ただですか」と聞き,そうだと言われるとそれに手を伸ばしてから子供の無邪気さで,「ありがとうございます。あれもただですか? うれしいなあ!」と言うのです。時々,「ごめんね,5セントなの」などと言われますが,わたしも負けていません。がっくりと肩を落とし,「そうですか。あれはずっと読みたかったパンフレットなんです。でもお金もないし。やっぱりだめですか」と言えば必ず作戦は成功です。実は,集めるばかりで読んだことは一度もありませんでした。

テンプルスクウェアに着いたわたしは,1948年製のシボレー車の中で独りで両親を待っていました。どうしようもなく退屈で,仕方なく,座席に積まれていたわたしの無料品コレクションを眺め,『ジョセフ・スミスの物語』(Joseph Smith Tells His OwnStory〔英文〕)と書いてあるパンフレットを手に取ると,最初のページを開きました。

するとわたしはその内容に引き込まれ,喜びで胸がいっぱいになりました。最後まで読み終え,バックミラーに映った自分の顔を見ると,驚いたことに泣いていました。そのときは理解できませんでしたが,今は分かります。わたしは聖霊による証を感じていたのです。車の中に両親はいませんでした。きょうだいも初等協会の先生もいませんでした。いたのはわたしと聖霊の御霊>みたまだけだったのです。

さて,皆さんにも同じことが起こり得ます。きっと皆さんも,すでに似たような経験をしていることでしょう。

教会員の家に生まれた皆さんが証を得たいと思うと,今までに感じたどんな気持ちとも違う,驚くほど霊的な感情を期待してしまうかもしれません。バプテスマを受けた人の改宗談を聞き,自分には何か足りないのではと思う人もいるかもしれません。改宗者が驚異的と感じるような経験をする理由の一つは,それが彼らにとって初めてのことだからです。

皆さんは生まれたときからずっとその気持ちを感じてきました。家庭の夕べや青少年の証会,そしてセミナリーのクラスで,また聖文を読んでいるときなど,事あるごとにその気持ちを感じてきたのです。

宣教師は,御霊を感じた求道者にそれが御霊だということを伝える訓練を受けています。わたしも,求道者との熱のこもった霊的なレッスンを中断し,このように言ったことが何度もあります。「ちょっと話を止めて,今あなたが感じている気持ちについて話し合いましょう。以前にあった出来事を思い出したような気持ちがしていませんか。わたしたちの話すことが真実だと感じていませんか。平安を感じていませんか。そうであれば,あなたは御霊を感じているのです。」

ある頭脳明晰めいせきな女性を教えていたときのことです。彼女はすべての疑問に論理的な答えが得られるまでは何も受け入れられませんでした。しかし,ついにはこう言ったのです。「これ以上この気持ちを否定できません。」

彼女は教会員になり,最初の数年はとても充実した生活を送っていました。しかし,再び徐々に知的面での疑問を持つようになり,ついには教会を離れてしまいました。

それから15年後,その彼女が我が家を訪ねてくれました。わたしたちは彼女をテンプルスクウェアに連れて行きました。救い主の像へと続く曲線状のスロープを上り始めると,彼女は足を止め,涙ながらに言いました。「またあの気持ちだわ。頭では決して受け入れていないのに,今でも心はこの気持ちを熱望している。」

一度感じたら,忘れることはできないのです。

たくさんの霊的な経験をしながら育つ人は,若いうちに霊的な確証を得ます。両親や教師,指導者であるわたしたちは,若人の皆さんに戒めや規則を理解させることに重点を置きがちですが,原則と教義への証を皆さんが得られるようにもう少し助ける必要もありそうです。恐らくわたしたちは,ちょっとした時間をもっと頻繁に取り,若人の皆さんが御霊を認識する手助けをすべきでしょう。

御霊を感じるとどのような気持ちになるかが分かれば,御霊を感じることに対する信仰が増します。そしてすぐに,自分の霊的な直感が発達したことに気づくでしょう。霊的な直感は,わたしたちを正しく導いてくれます。

わたしは11歳のときにジョセフ・スミスが神の預言者だと知りました。声を聞いたり天使を見たりしたわけではありませんが,わたしが感じたのはもっと確かなものでした。霊的な感覚が揺り動かされたのです。あらゆる偽りから守られていた最も深い所から,大きな喜びがわき上がりました。この霊的な感覚が目覚めるのは,聖霊が働きかけられるときだけです。

霊的な確証とはどのような気持ちなのでしょうか。それは,バラの香りや鳥の歌声,景色の美しさを説明するのと同じくらい難しいことです。しかし,その気持ちを感じればそれが御霊だと分かります。

聖文はこの気持ちを理解する助けを与えてくれます。

「まことに,まことに,あなたに言う。わたしはあなたにわたしの御霊を授けよう。わたしの御霊はあなたの思いを照らし,あなたの霊に喜びを満たすであろう。そのとき,あなたは知るであろう。……」(教義と聖約11:13-14

御霊を感じると,何かの記憶がよみがえったような気持ちになることがあります。わたしたちは最初,天の家で福音を学びました。そしてこの地上に来るときに忘却の幕を通りましたが,わたしたちの霊にはその記憶が眠ったまま残っています。聖霊はこの幕を開き,これらの記憶を眠りから呼び覚ますことがおできになります。これまで知らなかった真理を見いだすと,よく「ああ,思い出した!」と感じるのは恐らくこのためでしょう。

「……助け主,すなわち……聖霊は,あなたがたに……ことごとく思い起おこさせるであろう。」(ヨハネ14:26

若い兄弟姉妹の皆さん,「わたしの言葉を試し」てみてください(アルマ32:27)。ジョセフ・スミスの話を読み,祈ってくれますか。

ジョセフ・スミスの経験が真実であると知るのはすばらしいことです。父なる神とイエス・キリストが生きておられ,今日こんにちこの教会の頭かしらとして立っておられることも同時に分かるからです。わたしは11歳のときにこの知識を得ました。そして今,聖任された特別なイエス・キリストの証人として皆さんの前に立ち,これが真実であると証します。また,主は皆さんにもこれが真実であることを知るように願っておられると証します。主は「これが真実であることを,聖霊の力によってあなたがたに明らかにしてくださる」のです(モロナイ10:4)。イエス・キリストの御名みなにより,アーメン。