2000–2009
シオンのやもめたち
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シオンのやもめたち

主なやめを愛しておられます。・・…{わたしたちは}家族の中、家庭、ワード、あるいは地域において、やもめたちを心にかけ、助けなければなりませんん。

わたしは今日きょうの話に「シオンのやもめたち」というタイトルを付けました。やもめとは「夫と死別した後、……再婚していない女性」であると、辞書には定義されています。1

まだ年若いやもめたちがいます。多くは夫が早すぎる死を迎えてしまったのです。幼い子どもたちがいる場合、若いやもめは彼らの養育の責任を一人で負います。彼女は答えのない思いを抱くでしょう。「なぜわたしはこんな目に遭うのだろう。」極度の孤独感にさいなまれることも珍しくはありません。

老いたやもめたちがいます。彼女らの夫は愛に満ちた結婚生活の後に、老いのため、あるいは病気のために亡くなってしまいました。孤独感や、必要とされていない、あるいは自分など要らないという思いが、数十年にわたる大切な思い出、立派な家庭を築き上げていく過程で得た喜び、また教会や地域のためにともに励んだ奉仕に取って代わります。「永遠の伴侶はんりょのもとへ行くまで、あとどのぐらい待たなければならないのだろう」という疑問に答えはありません。彼女たちが神殿で奉仕する機会は増えるでしょう。以前よりも生活が困難になることはままあります。長い年月の思い出に満ちた我が家を離れて、子どもたちの家や、老人施設で生活するようになるかもしれません。

わたしたちの教会の姉妹たちは、たとえやもめとなっても、孤独とは無縁です。彼女たちは、人を助け、人々の幸福のために役立つことを望んでいます。健康上の問題のため行動が制限されることはありますが、彼女たちは信仰を保ち、いつの日か永遠の伴侶のもとへ行きたいと望んでいます。彼女たちは信仰について、多くのことをわたしたちに教えてくれます。

やもめについての教会の教義は実に明確です。

初期の教会において、指導者たちはやもめを大切に扱わなかったことで主から叱責しっせきされました。そして、「評判のよい人たち7人」がやもめを援助する召しを受けました。2

パウロは聖徒たちに、やもめを大切にするように言いました。3「もしある人が、その親族を、ことに自分の家族をかえりみない場合には、その信仰を捨てたことになるのであって、不信者以上にわるい」と教えました。4

ブリガム・ヤングが1847年にグレート・ソルトレークへ向かう開拓者の幌馬車ほろばしゃ隊の第一陣を組織したとき、彼は聖徒たちに次のように勧告しました。

「各部隊は、分配を受けた財産に応じて、貧しい者、やもめ、父のいない子…供、および軍隊に入った者の家族を伴う割合を等しく負担しなさい。やもめと父のいない子どもの叫びか、主の耳に達してこの民を訴えることのないようにするためである。」5

大平原を横断するやもめたちを助けるための努力は、やもめをどのように世話するべきかを表した、現代における最も偉大な模範であると、わたしは信じます。

現代の啓示は、教会の秩序を明らかにしています。「女たちは夫か取り去られるまで、夫に扶養を要求する権利がある。子供たちは成人になるまで、その親に扶養を求める権利かある。またその後、彼らは教会に求める権利がある。」6

教義と聖約にはさらに次のように記されています。「倉は教会員の奉献によって維持しなければならない。そして、やもめと孤児を扶養しなければならない。貧しいものも同様である。」7

ヤコブの手紙には、やもめの家族、また友人としての責任に関する教会の教義についての、非常に美しい描写があります。「父なる神のみまえに清く汚れのない信心とは、困っている孤児や、やもめを見舞い、自らは世の汚れに染まずに、身を清く保つことにほかならない。」8

「やもめ」という言葉は、聖文の中に34回使用されています。そのうち23か所は、やもめと父親のいない子どもについてのものてす。主は、やもめと父親のいない子ども、あるいは孤児への愛情を抱いておられます。そして、彼らかほかの人にてはなく、完全なまでに主に頼らなければならないことを御存じです。彼らの祈りはより個人的て、より永続性かあり、また彼らのほかの人々に対する奉仕はより純枠であり、信仰もより強くなります。

やもめの信仰は、聖文の中でも有名なものてす。

ザレパテのやもめは、預言者エリヤに施しをすることで信仰を表しました。彼女は最後の粉と油を、死を覚悟した自分と息子のためには使わず、小さなパンにして彼に与えました。聖文にはこのように記録されています。「彼女は行って、エリヤが言ったとおりにした。彼女と彼および彼女の家族は久しく食べた。

主がエリヤによって言われた言葉のように、かめの粉は尽きす、びんの油は絶えなかった。」9

主に対するやもめたちの信仰は次の聖句に象徴されていると言えるでしょう。「彼女は行って、エリヤが言ったとおりにした。」

アンナという84歳のやもめは継続して神殿で奉仕し、神殿に連れて来られた幼子おさなごイエスを見ました。10

ナインのやもめの偉大な信仰をお認めになったイエスは、彼女の一人息子が死に、埋葬のために町の門の外に運び出されたとき、彼女の息子を起き上がらせられました。11

やもめのレプタの話は、与えるという精神の真の模範として、救い主の説教の中ても最も偉大な話として永遠に語り継がれるでしょう。

「群集が〔さいせん箱〕に金を投け入れ…多くの金持は、たくさんの金を投げ入れていた。

ところが、ひとりの貧しいやもめがきて、レプタニつを入れた。… …

そこで、イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた、『よく聞きなさい。あの貧しいやもめは、さいせん箱に投げ入れている人たちの中で、だれよりもたくさん入れたのだ。

みんなの者はありあまる中から投げ入れたが、あの婦人はその乏しい中から、あらゆる持ち物、その生活費全部を入れたからである。』」12

伴侶に先立たれた、善良な姉妹の皆さん。神が皆さんを愛しておられることをどうぞよく覚えておいてください。皆さんはえり抜きの人々なのです。ここで話すべきだと感じたことがあります。わたしの母は夫を亡くしてからほぼ3年になります。母は247人の大家族の気高い女家長として家族をまとめてきました。妻の母親は97歳ですが、体の不調にもかかわらず、信仰を保ち、最後まで堪え忍ぶために努力しています。姉妹の皆さん、皆さんのその生き方こそ、より善い行いをするように子どもたちをいつまでも励ましてくれる、義にかなった生活の模範なのです。彼らにとって教師であり続けてください。

神の時間表に従い、皆さんはいつの日か永遠の伴侶のもとへ行き、霊の世界における偉大な業のために永遠にわたってともに奉仕するでしょう。

若くしてやもめとなった皆さん、家族に対する責任がますます重くなる日々の中で、神が皆さんの必要を御存じであり、皆さんを助けてくださることを知っておいてください。信仰を働かせ、善い行いをし続けてください。忠実な家族と教会員が皆さんを助けるでしょう。必要なときには周りの人の援助を喜んで受け入れてください。子どもたちはあなたが、あなた自身の愛ばかりでなく、人々からの愛を合わせて自分たちに注いでくれていることを理解するでしょう。皆さんの心が善良であるがゆえに、天の御父が皆さんの家族に対して、永遠にわたる祝福を豊かに与えてくださることをわたしは証あかしします。

やもめの家族と友人の皆さん、神は皆さんの奉仕を御存じです。そしてやもめをどのように助けたかによって皆さんの働きが測られます。ジェームズ・E・ファウスト副管長は、かつてあるすばらしい話を中央幹部に話してくれました。ユタ州中部の小さな農村で、隣人や友人がやもめたちをどのように助けたかについての話です。彼らは用水路から自分の菜園に水を引く割り当て時間を、おのおの数時間あるいは数分間というように決められていました。そういう状況で、彼らは近所のやもめたちがより多くの水を菜園に引くことができるように、自分たちの取り分を少しずつ減らすことに決めたのでした。

最近のことですが、5人の年配のやもめの姉妹たちが、質素な車に乗り合わせて一緒に教会に来るのを見かけました。彼女たちは一緒に集会所に入り、並んで腰かけました。お互いに強め合い、守り合っているように見受けられました。人生のたそがれ時の心温まる交流を見るとき、彼女たちの気高い魂の善良さが感じられました。

兄弟姉妹の皆さん、主はやもめを愛しておられます。教会指導者が、やもめたちの福祉に心を砕いていることをわたしは知っています。わたしたち教会員は、家族の中、家庭、ワード、あるいは地域において、やもめたちを心にかけ、助けなければなりません。若い皆さん、も初等協会の子どもたち、青少年、ヤングアダルトの皆さん、皆さんの周りにいるやもめを助け、彼女たちから強さを引き出す機会を作ってください。

わたしたちがシオンのやもめたちのことをもっと心にかけ、思いやりを示すことがでるよう、へりくだってお祈りします。イエス・キリストの御名みなによって、アーメン。