2000–2009
「わたしの羊を養いなさい」
脚注
テーマ

「わたしの羊を養いなさい」

わたしたちには皆,……大きな責任があります。〔これ〕には教会から離れている人々を探し出し,愛と友情の手を差し伸べることが含まれます。

若い宣教師としてメキシコで働いていたころ,ベラクルス州の小さな町で支部長に召されました。この小さな支部の会員記録を同僚と調べていると,ある兄弟の記録が見つかりました。この兄弟は執事に聖任されていましたが,教会の集会には出席していませんでした。

わたしたちはこの兄弟を訪問することにしました。そして家を訪ね,教会の集会に出席して,神権の責任を果たすよう勧めました。次の日曜日,彼は教会に来ましたが,ふさわしい服装をしておらず,ひげも剃そっていませんでした。そのため,聖餐せいさんのパスなどの神聖な神権の務めを果たすときには,清潔にして身なりを整えなければならないことを教えました。忠実に奉仕するにつれて,この男性の生活は大きく変わりました。この支部はわたしにとって伝道から帰還する前の最後の任地でした。支部を離れる準備ができると,この兄弟がやって来ました。そしてわたしを抱き上げ,力いっぱい抱き締めました。頬ほおから涙が滴り落ちました。彼はこう言ったのです。「わたしを助けに来てくれてありがとう。」

わたしたちは時として,目標を見失い,道をそれることがあります。また,感情を傷つけられたり,何か問題が起きたりすることがあります。結末はすべて同じです。自分のものとなるはずの祝福を求められなくなるのです。高慢,不信,欺瞞ぎまん,落胆,そして様々な種類の罪は,心の中に変化が生じ,救い主が示された道に従うときに取り除くことができます。主はこうおっしゃっています。「わたしに学び,わたしの言葉を聴ききなさい。わたしの御霊みたまの柔和な道を歩みなさい。そうすれば,あなたはわたしによって平安を得るであろう。」(教義と聖約19:23)主はわたしたちの罪の代価を支払ってくださいました。主はわたしたち一人一人を愛しておられ,みもとに来て主に従うすべての人に助けの手を差し伸べてくださいます。

各人の心の奥底には,善を求める願望の炎があります。その炎は,福音の永遠の真理と御霊の証あかしによって絶えず燃やし続けるならば,さらに燃え盛り,よりいっそう強く明るい光を放ち,完全な真理へと人を導きます。この炎は愛と優しい思いやりによって燃え立たせ,絶え間なく燃料を補給しなければなりません。それは美しい花を育てる庭師と似ています。常に優しく世話し,長い間養うならば,その結果として美しい花が咲き,見る人を楽しませるのです。

赦ゆるしも御父の国に戻って喜びを得るための重要な鍵かぎとなります。傷つけられたり不当な扱いを受けたりして,それがつまずきの石となることがあります。そして天の御父のみもとに戻るという永遠の目標からそれてしまうのです。救い主は,主の祈りの中で赦しの方式を教え,こうおっしゃいました。「わたしたちに負債のある者をゆるしましたように,わたしたちの負債をもおゆるしください。」(マタイ6:12)この祈りから,赦されるには,周りの人を赦さなければならないことが分かります。けれども,受けた傷が深く苦しみが長期にわたる場合,人を赦すことは困難を伴うことがあります。

しかし末日に,救い主は次のような言葉でより明確にこの原則を教えられました。「昔のわたしの弟子たちは,互いに機をうかがい合い,またその心の中で互いを赦さなかった。そして,この悪のゆえに彼らは苦しめられ,ひどく懲らしめられた。

それゆえ,わたしはあなたがたに言う。あなたがたは互いに赦し合うべきである。自分の兄弟の過ちを赦さない者は,主の前に罪があるとされ,彼の中にもっと大きな罪が残るからである。

主なるわたしは,わたしが赦そうと思う者を赦す。しかし,あなたがたには,すべての人を赦すことが求められる。」(教義と聖約64:8-10)この勧告に従うなら,最も困難な試練さえも克服できるようになります。

人を赦し,わたしたちを道からそらした,心に重くのしかかる思いを捨て去るとき,大きな重荷が心から取り除かれ,わたしたちは自由になります。自由に前進し,イエス・キリストの福音を求めて進歩し,心の中に愛がふくらんでいくのです。人生に対する熱意は増し,心は軽くなります。また霊的な力が高まることで,喜びと幸せを感じながら前進することができます。そして過去の問題を着古した洋服のように捨て去ります。「さて,わたしはあなたがたに言う。良い羊飼いは今,あなたがたを呼んでおられる。あなたがたがその声を聴くならば,良い羊飼いはあなたがたを御自分の羊の群れに導き入れ,あなたがたは良い羊飼いの羊になる。」(アルマ5:60

救い主の道から離れてしまってからその道に戻るには勇気が要ります。しかし,勇気を奮い,必要な段階を踏むならば,あふれんばかりの愛を味わうことができると約束します。多くの人がともに喜び,友情の手が差し伸べられるでしょう。そして霊の糧を得て,心は喜びで満たされるのです。.

「人の価値が神の目に大いなるものであることを覚えておきなさい。

見よ,主なるあなたがたの贖あがない主は,肉体において死を受けた。それによって,すべての人が悔い改めて自分のもとに来ることができるように,主はすべての人の苦を引き受けた。……

人が悔い改めるとき,主の喜びはいかに大きいことか。」(教義と聖約18:10-11,13

わたしたちは皆兄弟姉妹であり,天の御父の子供です。ですから,何らかの理由で道を見失った人に助けの手を差し伸べなければなりません。わたしたちは皆さんを愛しています。ともに食卓に座り,主が皆さんの喜びと幸福のために用意してくださった霊的な晩餐ばんさんにあずかるようにお勧めします。進んで従う心を持ち,分かち合い,仕える準備のできた人は,主のみもとに来て,天の御父の愛を知ることでしょう。天の御父は皆さんを御存じです。また皆さんの必要と,将来直面する事柄を御存じです。一人一人の思い,苦しみ,試練を完全に理解しておられます。だからこそ,また御子イエス・キリストの無限の贖いがあるからこそ,この現世での限られた時間の中で経験するあらゆる問題に立ち向かうことができるのです。

わたしたちには皆,救い主から課せられた大きな責任があります。主は「わたしの羊を養いなさい」(ヨハネ21:17)とおっしゃいました。この言葉には,教会から離れている人々を探し出し,愛と友情の手を差し伸べることが含まれます。彼らは第一の位でわたしたちとともに立っていました。そしてバプテスマを通して聖約を交わしたのです。神殿で聖約を交わした人もいるでしょう。でも今は助けを必要としています。

わたしたち一人一人が,福音の完全な祝福を享受していない自分の家族,友人,知人について考えるよう祈っています。管理するよう求められている人について考えてください。そして自分には何ができるか自問するのです。助けを求めるなら,天の御父は導いてくださいます。それから出て行って,彼らを探し出し,教会に戻って十分な友情と回復されたイエス・キリストの福音のすばらしいメッセージを受けるよう勧めてください。そして皆さんの愛と証を伝えてください。かつて経験した,永遠の真理から得られる気持ちを思い出せるよう助けてください。永遠の真理は生活を喜びと幸福で満たしてくれるでしょう。

迷い出た羊を集め,囲いの中で安全に暮らせるよう助ける業に熱心に励むことができますように。「人を救う力を備えておられる」(2ニーファイ31:19)主は良い羊飼いであり,主は御自身の羊を愛しておられます。イエス・キリストの御名みなにより証します。アーメン。