2000–2009
聖約を守る
脚注
テーマ

聖約を守る

この人生でわたしたちにできる最も大切なことは,主と交わした約束,すなわち聖約を守ることです。

古代から現代に至るまで,イエス・キリストの真の弟子は主と聖約を交わし,それを守ることがどれほど大切か理解してきました。紀元前64年ころ,ニーファイの民は,きわめて危機的な時代を生きていました。罪悪,不和,陰謀のために,最も危険な状況に陥っていたのです(アルマ53:9参照)。政府はぐらつき,まさに崩壊寸前でした。レーマン人との戦いは,もう何年にもわたって続いていました。内部の反対派は,ニーファイ人と決別し,敵の軍隊と手を組むようになっていました。ニーファイ人の多くの都市が,攻撃を受け,占領されていました。

この危険で混沌こんとんとした状況のただ中にあって,モロナイやヒラマンのような義にかなった人々にニーファイ人の軍隊を導く責任がゆだねられました。これらのニーファイ人指導者は,自分たちの国を守れるかどうかは,文字どおり主に対する従順に懸かっていることを理解していました。そして民が主を覚え,主の戒めを守るように絶えず奮闘しました。

都市の多くが滅ぼされ,力の均衡がレーマン人優勢に傾いているかのように見えた危機的状況の中,奇跡的なことが起こりました。かつてはレーマン人でしたが,アンモンの伝道によってイエス・キリストの福音に改宗し,アンモンの民という名で知られるようになっていた一団が,新しく受け継いだ土地,国,そして生き方を擁護するために武器を取りたいと願い出たのです(アルマ53:13参照)。

アンモンの民の父親たちは,以前に二度と武器は取らないという誓いを主に対して立てていました。ニーファイ人の預言者ヒラマンは,彼らに主との約束を守るよう勧告しました(アルマ53:15参照)。ヒラマンはそのような勧告を与えた後に起こった出来事を次のように語っています。

「しかし見よ,彼らには多くの息子たちがおり,その息子たちは武器を取って敵を防ぐことはしないという誓いをまだ立てていなかった。そこで,彼らの中で武器を取ることのできる者は皆このときに集まり,自分たちをニーファイ人と呼んだ。

そして彼らは,ニーファイ人の自由のために戦うという,つまり自分たちの命を捨ててでも国を守るという誓いを立てた。また,自分たちの自由を決して放棄〔しない〕……と誓った。

さて見よ,この誓いを立てて,国を守るために武器を取った青年たちは,2,000人であった。… …

彼らは皆,青年であって,非常に勇敢であり,体力と活力がみなぎっていた。しかも見よ,それだけではなく,彼らは託されたことは何であろうと,いつでも誠実に果たす者たちであった。

まことに彼らは神の戒めを守り,神の前をまっすぐに歩むように教えられていたので,誠実でまじめな者たちであった。

そしてヒラマンは……人々を支援するために,この2,000人の若い兵士を率いて行った。」(アルマ53:16-18,20-22)

ヒラマンは2,000人の若い兵士とともに,自分たちの家族と自由を守るため勇敢に

戦いました。彼らが加わったことで,戦争の流れそのものが変わりました。戦況がニーファイ人優勢に変わったのです。

ヒラマンはモロナイにあてた手紙の中で,これらの若い兵士が示した信仰と勇気についてこう書き記しています。

「愛する兄弟,モロナイ殿。わたしは申し上げます。わたしはこれまでこのような大いなる勇気を一度も見たことがありません。ニーファイ人の中にはないことでした。… …

彼らはまだ一度も戦ったことがありませんでしたが,死を恐れませんでした。そして彼らは,自分の命よりも父親たちの自由のことを考えていました。彼らは母親から,疑わなければ神が救ってくださると教わっていたのです。」(アルマ56:45,47)

兄弟姉妹の皆さん,「彼らは……疑わ〔なかったので〕……神〔は確かに〕救ってくださ」いました。初めての戦いであったにもかかわらず,2,000人の兵士のうちだれ一人として殺された者はいませんでした。この戦いの後,さらに60人の若いアンモン人がヒラマンの小さな軍隊に加わりました。ヒラマンはこう語っています。「彼らはすべての号令に従ってそのとおりに行うように努めたのです。そして,実に彼らの信仰に応じて,そのようになりました。」(アルマ57:21)

この小さな軍隊が参戦した2回目の戦いは,1回目の戦いよりもさらに激しいものとなりました。戦いが終わった後で,ヒラマンはこう記しました。

「さて,わたしの2,060人の兵のうち,200人が失血のために意識を失っていました。にもかかわらず,神の慈いつくしみによってだれ一人死なずに済んだ〔のです。〕… …

彼らが守られたのは,わたしたち全軍にとって驚きでした。……それは神の奇跡を起こす力によったものと考えざるを得ません。……深く信じていたので,それが起こったのです。」(アルマ57:25-26)

ヒラマンとその若い兵士は,主と聖約を交わすことがどれほど大切か理解していました。そして忠実に聖約を守る人々に与えられる祝福も受けました。

わたしたちも末日聖徒イエス・キリスト教会の会員として,神聖な義務を受けています。バプテスマの水の中,主の神殿の中でそれを受けたのです。このような義務をわたしたちは聖約と呼んでいます。聖約とは人が主と交わす約束のことです。聖約はきわめて神聖なものです。この人生でわたしたちにできる最も大切なことは,主と交わした約束,すなわち聖約を守ることです。主は御自分との約束を守る人を霊的に成長させてくださいます。

これまで2年にわたり,妻とわたしは責任を受けてフィリピンで奉仕してきました。そして主と交わした聖約を理解し,それを守るフィリピンの家族や会員の模範を何度も見てきました。そのような家族に関する経験を一つ話しましょう。

数か月前のこと,フィリピン・タリセイステーク大会を管理するよう割り当てられました。その日曜の一般部会で,わたしは話の前に,まず出席した兄弟姉妹の敬虔けいけんな態度に感謝を伝えました。話の最中,わたしから見て左の方に,非常に大きな家族が礼拝堂の前から数列後ろに座っているのが見えました。感銘を受けたわたしは,敬虔の原則を理解し実践している家族の例として彼らを挙げました。その両親は実に多くの敬虔な子供たちに囲まれて座っていました。

集会が終わると,このアバサンタ家族と話をするすばらしい機会に恵まれました。この家族について知れば知るほど,わたしは感心させられました。聖約を守り,イエス・キリストの福音に従って生きることの意味を真に理解していたのです。

ラニ・アバサンタ兄弟とイレネア・アバサンタ姉妹は22年前に教会に入りました。子供は全部で17人います。そして17人のうち,一組の三つ子がいます。世界中のどこであれ,家族を養うのが容易ではないことは承知のとおりです。フィリピンも例外ではありません。しかし,アバサンタ家族は,それが実行できること,しかも正しい方法で実行できることを模範で示しています。

教会で子供を育てるうえでこの両親が味わっている成功は,様々な面で現れています。19人から成る家族が教会の集会で敬虔に座っていることはその一つにすぎません。

もう一つの例は,この家族が日々の経済的な必要を満たすために全員で懸命に,一丸となって働く姿に現れています。アバサンタ兄弟は電気技師として働き,アバサンタ姉妹は娘たちに助けてもらいながら,家で装飾品を作って売っています。この二つの仕事から得られる収入で,家族が生活するための必需品がうまく供給されているのです。

大家族を経済的に養うという模範よりさらに大切なのは,両親が子供たちにイエス・キリストの福音に従うことをどのように教えているかです。アバサンタ家では,定期的に行う家庭の夕べが,家族を教えるうえできわめて重要な役割を担っています。家庭の夕べについて,アバサンタ兄弟はこう説明します。「我が家では,まず家族が直面しているあらゆる問題について,またもっと一致するための方法について話し合います。その後で霊的な話やレッスンを行い,最後にゲームをします。」

最近の家庭の夕べで,アバサンタ兄弟は『リアホナ』を教材として用いました。そしてテレビを見るのにあまりにも多くの時間を使いすぎないように,また同じ時間を宿題や聖文学習のような,より価値ある活動に使うよう教えました。子供たちは過去何年にもわたって,家庭の夕べで敬虔な態度を執ることについて教えられてきました。家庭の中で敬虔について学んできた子供たちにとって,日曜日に教会で敬虔な態度を執るのはそれほど難しいことではありません。

福音に従った生活をし,聖約を守っているもう一つの例は,ほかの何にも増して正直に完全な什分じゅうぶんの一を納めることの大切さを子供たちに教えてきたことです。アバサンタ兄弟はこう言います。「子供たちに,日々の食物が与えられるのは什分の一を納めた直接的な結果であると教えています。子供たちが仕事をするときは,什分の一を納める必要があると必ず言うようにしています。これほど大勢の子供たちを養うのは大変ですが,忠実に,また正直に什分の一を納めているかぎり,問題はまったくありません。わたしたちはただ主を100パーセント信頼しているだけです。正直に什分の一を納めていれば,日々の食物に困ることはないのです。」

アバサンタ夫妻には17人の子供がいると言ったことを思い出してください。では,三つ子の話をしましょう。たまたま3人とも男の子でした。年齢も19歳です。名前は,アンモン,オムナイ,そしてオムナーです。そう,皆さんの推測どおりです。3人とも,現在,忠実で熱心な専任宣教師として主に仕えています。アンモンはフィリピン・バギオ伝道部で,オムナイはフィリピン・ダバオ伝道部で,オムナーはフィリピン・マニラ伝道部で奉仕しています。

アバサンタ家族が完全だと言っているわけではありません。完全な人は一人もいません。ただ,戒めに従って生活し,聖約を守ろうとできる限りの努力を払うことによって,アバサンタ家族は主の祝福を享受して生活しているのです。

兄弟姉妹の皆さん,わたしたちは皆天の御父のもとに戻れる日を心待ちにしています。日の栄えの王国に昇栄する資格を得るには,この現世にあって主の信頼を得なければなりません。わたしたちは努力の賜物たまものとして主の信頼を得ます。それは主の福音に従って生活し,聖約を守るという実際の行いを通して可能となります。別の言葉で言えば,わたしたちは御心みこころを行うことで主の信頼を得るのです。

主がジョセフ・スミスに「唇をもってわたしに近づくが,その心はわたしから遠く離れている」と警告された人々のことを思い出してください(ジョセフ・スミス-歴史1:19)。

ヤコブの勧告を思い出してください。「そして,御言みことばを行う人になりなさい。……ただ聞くだけの者となってはいけない。」(ヤコブの手紙1:22)

行動は確かに言葉よりも多くを語ります。実際,主にとって行動は言葉より大きな意味があります。主は教義と聖約の中ではっきりとおっしゃっています。「あなたはわたしを愛するならば,わたしに仕え,わたしのすべての戒めを守るべきである。」(教義と聖約42:29)

ヒラマンとその若い兵士は,主と交わした約束を忠実に守る者に祝福がもたらされることを説明する古代の例です。アバサンタ家族は,聖約を守り,イエス・キリストの福音の原則に従って生活しようと全力を尽くしている現代の家族の例です。

末日聖徒イエス・キリスト教会の会員はすべて主と約束を交わしています。イエス・キリストの御名みなを受け,イエス・キリストをいつも覚え,その戒めを守ると約束しているのです(教義と聖約20:77参照)。教会の忠実な会員はそれらの約束を守ります。

わたしたちが主の御心を行い,福音に従って生活し,聖約を守ることで,主の信頼を勝ち得るために最善を尽くすことを再度決意できますように。イエス・キリストの御名により祈ります。アーメン。