2000–2009
備えていれば恐れることはない
脚注
テーマ

備えていれば恐れることはない

わたしたちは騒然とした時代を生きています。未来に何が待ち受けているか分からないこともしばしばです。だからこそ不確かさに備えておく必要があるのです。

この中央扶助協会大会で皆さんの前に立てることは特権です。このカンファレンスセンターに集まっている皆さんに加えて,非常に大勢の人々がこの大会の模様を衛星中継で視聴しています。

今晩話すに当たって,男性であるわたしは少数派ですから,発言に注意しなければならないことを承知しています。わたしは巨大な国際都市に住む親類を訪ねて来た,はにかみ屋の田舎者と同じような気持ちです。もう何年も親類に会っていなかった彼は,玄関の呼び鈴を聞いて出て来た若者に驚きました。若者は彼に中へ入るように言いました。二人がゆったりと腰を下ろした後,若者は尋ねました。「ところで,どちら様ですか。」

訪問者は答えました。「わたしはあなたのお父さん側のいとこです。」すると若者は言いました。「それじゃああなたは,この家では,立場の弱い少数派なんですね。」

今晩わたしは,この建物の中で,自分が,立場の良い側,すなわち主の側にいるものと信じています。

何年も前のことですが,ソルトレーク・シティーにあるパイオニアステーク第6ワードの,ある日曜学校のクラス写真を見ました。1905年に撮られたものです。最前列に髪をおさげにした一人のかわいらしい少女が写っていました。ベル・スミスという名前の少女です。後に彼女は,中央扶助協会会長のベル・スミス・スパッフォードとして,次のように書いています。「今日 ほど,女性が世の中に大きな影響力を及ぼしている時代はかつてありませんでした。今日ほど女性に多くの機会が開かれている時代もありません。現代は女性にとって,魅力的で,刺激的な時代であり,また大変な,厳しい時代です。バランスの取れた生活をし,人生の真の価値を知り,賢明に優先順位を決めるならば,豊かな報いを得られる時代です。」1

扶助協会は,組織として,すべての人が読み書きの能力を身に付けられるように助けるという目標を掲げてきました。読み書きのできる人は,できない人の苦しみを十分に理解することはできません。読み書きのできない人々は,進歩を妨げ,知力を鈍らせ,希望の光をかすませる暗い雲に覆われています。扶助協会の姉妹の皆さん,皆さんはこの絶望の雲を払いのけ,そのような人々も天からの神の光に照らされるように働きかけることができるのです。

数年前,ルイジアナ州モンローで地区大会に出席しました。すばらしい大会でした。帰路の途中,空港で一人の美しいアフリカ系アメリカ人の女性が近づいて来ました。彼女は教会員で,満面に笑みを浮かべながら次のように言いました。

「モンソン副管長,わたしは教会に入って扶助協会の会員になるまでは,読むことも書くこともできませんでした。家族の中で読み書きができる者はだれもいませんでした。全員が貧しい小作人でした。副管長,扶助協会の白人の姉妹たちがわたしに読み書きを教えてくれたのです。今ではわたしが,白人の姉妹たちに読み書きを教えるのをお手伝いしています。」わたしはその姉妹が聖書を開いて主の御言葉 を初めて読んだときに,どれほど大きな喜びを感じたかを想像してみました。

すべて重荷を負うて苦労している者は,わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。

わたしは柔和で心のへりくだった者であるから,わたしのくびきを負うて,わたしに学びなさい。そうすれば,あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく,わたしの荷は軽いからである。」2

わたしはその日,ルイジアナ州モンローで,すべての人が読み書きの能力を身に付けられるように助けるという扶助協会の崇高な目標について御霊みたまの確認を受けました。

ある詩人はこう書いています。

あなたは形ある富は手に入れるかもしれない。

宝石や金でいっぱいの箱を手に入れるかもしれない。

でも,あなたはわたしより豊かにはなれない。

本を読んでくれる母親を持ったわたしよりは。3

別の詩人は次の心に強く訴える一節を加えています。

でもほかの子の行く末を考えてごらんなさい。

その態度は柔和で,気性は穏やかだけれど,

やはり同じことを必要としている子,

本を読めない母親のもとに生まれた子のことを。4

どこの親でも,自分の子供たちのことを心配し,その永遠の幸福を願っています。それを描いているのが,舞台史上最も長期にわたって公演されたミュージカルの一つ,「屋根の上のバイオリン弾き」です。

人々は,ロシアに住んでいたユダヤ人家族の昔かたぎの父親が,自分の美しい10代の娘たちによって家庭にいやおうなしに持ち込まれる時代の変化に対処しようとする姿を見て笑います。

年老いたテビエがわたしにとってこのミュージカルのメッセージとなる言葉を語るとき,陽気なダンスや音楽のリズム,演技のうまさ,すべてがメッセージの意義を際立たせます。彼はかわいらしい娘たちを傍らに集め,貧しい農夫が置かれた質素な環境の中で,未来を思う娘たちに勧告を与えます。「忘れないでおくれ。」テビエは忠告します。「アナテフカ家の……すべての者は自分が何者であって,神が自分にどんな人になってほしいと思っておられるかを知っていることを。」5

愛する姉妹の皆さん,皆さんは自分が何者であり,神が皆さんにどんな人になってほしいと思っておられるかを知っています。皆さんの課題は,自分が責任を負っているすべての人をこの真理の知識に導くことです。この,主の教会の扶助協会は,そのような目標を達成する手段となり得ます。

「教会において,教えることの最も重要な第一の場は家庭です。」デビッド・O・マッケイ大管長はそう述べています。6「真のモルモンの家庭とは,もしキリストが入って来られたとしたら,喜んでそこにとどまり,休んでいただけるような場所です。」7

この言葉どおりの家庭にするために,わたしたちは何を行っているでしょうか。親が強い証あかしを持っているだけでは十分ではありません。子供たちはいつまでも両親の証に頼っていられるわけではないのです。

ヒーバー・J・グラント大管長は次のように宣言しています。「子供に幼いうちから教えるのはわたしたちの義務です。……わたしも妻も福音が真実であると知っているかもしれません。しかし子供たちは自分で福音を学び,証を得なければ,それが真実であることは分からないと,わたしは申し上げたいのです。」8

救い主に対する愛,主の御名みなに対する敬意,互いに対する心からの尊敬の念,これらは証を養い育てるための証肥沃ひよくな土壌となるでしょう。

福音を学び,証を述べ,家族を導いていくことは決して容易なことではありません。人生の旅路はでこぼこだらけの道であり,うねりの激しい航海なのです。現代はまさに嵐あらしの時代です。

何年も前,オーストラリアの教会員や宣教師を訪問した際,証の蓄えがいかに家族を聖め,祝福するかというこの上ない模範を見ることができました。ホレス・D・エンサイン伝道部長とわたしはシドニーからダーウィンまで長い空の旅をしていました。ダーウィン初の礼拝堂の鍬入くわいれ式を行うことになっていたのです。飛行機は,その途中のイサ山という鉱山の田舎町で燃料補給を行う予定になっていました。小さな飛行場に着いたとき,二人の子供を連れた女性が近づいて来ました。彼女はこう言いました。「わたしはジュディス・ローデンという教会員です。この二人はわたしの子供です。この飛行機であなたがたが来られると思ったので,短い時間でもお会いしたくて参りまし。」そして彼女は,夫は教会員ではなく,その地域の教会員は彼女と二人の子供だけであることを説明してくれました。わたしたちは経験を分かち合い,証を述べました.

時が過ぎました。また飛行機に乗ろうとしたとき,ローデン姉妹はたいそう心細く,寂しそうな顔をしていました。そしてすがるようにこう言いました。「まだ行かないでください。教会員が懐かしくてたまらないのです。」すると突然,場内アナウンスがあり,機械調整のために飛行機が30分遅れることが告げられました。ローデン姉妹はささやきました。「たった今,祈りがかなえられました。」それから彼女はどのようにすれば夫が福音に関心を示してくれるか尋ねました。わたしたちは毎週家庭で開く初等協会にご主人にも出席してもらうように,また彼のために福音の生きた証となるようにと勧めました。わたしは教会の機関誌『チルドレンズ・フレンド』(Children’s Friend)や家庭で教える際に役立つ資料を送ることを約束しました。そしてご主人への希望を決して捨てないように勧めました。

そしてイサ山を後にしました。それから一度もその町を訪れたことはありません。しかし,あの立派な母親と愛らしい子供たちが感謝の涙を目にいっぱい浮かべながら,愛を込めて手を振り見送ってくれた光景は決して忘れないでしょう。数年後,オーストラリアのブリスベーンの神権指導者会で話をした際,わたしは家庭で福音を学ぶこと,また福音を忠実に実践し,真理の模範となることがいかに大切であるかを話しました。そしてローデン姉妹の話と,彼女の信仰と決意がわたしに与えた影響について話しました。そして最後にこう言いました。「恐らく,わたしはローデン姉妹のご主人が教会に入られたかどうか知ることはないでしょう。しかし,そのご主人は彼女ほどすばらしい模範をほかに見いだすことはできなかったでしょう。」

すると指導者の一人が手を挙げ,立ち上がってこう言いました。「モンソン兄弟,わたしはリチャード・ローデンと申します。あなたが話された女性はわたしの妻です。その子供たちは〔彼の声は震えていました〕わたしたちの子供です。愛する妻の忍耐と不屈の努力によって,わたしたちの家族は永遠に結ばれました。みんな妻のおかげです。」会場は静けさに包まれました。ただすすり泣く声が聞こえ,人々は涙を流していました。

わたしたちは騒然とした時代を生きています。未来に何が待ち受けているか分からないこともしばしばです。だからこそ不確かさに備えておく必要があるのです。統計によれば,皆さんにはいつか,様々な理由から家計を支える役割を担うことになる可能性が出てきます。もしそのような状況になったときに家族を養えるように,教育を受け,収入を得るのに役立つ技術を身に付けておくように強くお勧めします。

女性の役割はたぐいまれなものです。有名なアメリカの随筆家であり,小説家,歴史家であるワシントン・アービングは次のように述べています。「この世界には悲しむ人に同情してその人以上に深い悲しみを感じる人がいる。ほかの人の喜びを自らの喜び以上に喜ぶ人がいる。ほかの人の名誉を自らの名誉以上に喜ぶ人がいる。ほかの人の卓越した行いを自らの誉れとせずに喜びとする人がいる。ほかの人の弱さを自らの弱さ以上に誠実に隠す人がいる。ほかの人への優しさと愛情と献身の中で自らのことを完全に忘れ去る人がいる。それは女性である。」

ゴードン・B・ヒンクレー大管長は次のように語っています。「神は女性の心に神聖なものを植え付けておられ,それは静かな強さ,気品,平安,慈しみ,徳,真理,愛として表れます。そしてこれらの際立った特質のすべてが最も純粋な形で十分に表れるのが,母親としての務めにおいてなのです。」9

母親であることが容易な役割であったことは一度もありません。世界最古の書物はわたしたちに母親の教えを捨てないように勧告し,愚かな子供は母親の悲しみとなると教え,年老いた母親を軽んじてはならないと警告しています。10

また聖文は,母親から学ぶ事柄はわたしたちの価値観の中核を成すことを思い起こさせてくれます。その一例がヒラマンの2,000人の若い息子たちであり勇士たちです。「彼らは母親から,疑わなければ神が救ってくださると教わってい」ました。11そして神は,ほんとうに救ってくださいました。

扶助協会には夫のいない姉妹が大勢います。死,離婚,または結婚の機会がなかったために,これまで多くの女性が独りで歩むように求められてきました。さらに,若い女性のプログラムからやって来たばかりの人々もいます。しかし実際には,独りで歩む必要のある人はだれもいません。愛にあふれた天の御父がそばにいて人生の進むべき道を示し,孤独を感じるときや哀れみが必要なときに平安と確信を与えてくださるからです。また大切なこととして,扶助協会の女性たちが姉妹としてともに歩んでくれます。皆さんが,互いにいつもそばにいて相手を気にかけ,互いの必要に気づくことができますように。一人一人の状況を敏感に察して,問題に直面している姉妹たちがいることと,それでもすべての女性は天の御父の大切な娘であることを理解できますように。

話を結ぶに当たって,扶助協会の愛する姉妹たちの強さを物語っている,数年前のある経験を紹介しましょう。

教会設立150周年を祝った1980年,扶助協会中央管理会の各会員は,50年後に当たる2030年の教会の姉妹たちにあてて個人的な手紙を書くように依頼を受けました。以下はヘレン・リー・ゴーツ姉妹が書いた手紙からの抜粋です。

「1980年のわたしたちの世界は将来への不安に満ちていますが,わたしは恐れではなく信仰をもって毎日を生き,主を信頼し,今日の預言者の勧告に従おうと決意しています。わたしは神が生きておられることを知っており,心から神を愛しています。150年前に福音が地上に回復されたこと,そして自分がこのすばらしい教会の会員としての祝福を享受できることに,とても感謝しています。神の神権に感謝しています。わたしは生涯を通じてその力を感じてきました。

わたしは自分の生きている時代にあって安らかであり,あなたも自らの時代にあって,イエス・キリストの福音への確固とした証と揺るぎない確信によって力を得られるように祈っています。」12

ヘレン・リー・ゴーツ姉妹は2000年4月にこの世を去りました。彼女が癌がんで亡くなる直前,モンソン姉妹とわたしは,彼女と彼女の夫,そして家族を訪れました。彼女は穏やかで安らかに見えました。死を迎える準備はできており,両親や自分より先に逝いった愛する人々との再会を楽しみにしていると話してくれました。その人生において,ゴーツ姉妹は末日聖徒の女性が持つ高潔さの模範を示してくれました。死に際して,彼女は「備えていれば恐れることはない」13という皆さんのテーマを身をもって体現したのです。愛する姉妹の皆さん,わたしは皆さんに証します。天の御父は生きておられ,イエスはキリストであられ,わたしたちは今日この時代のための預言者,すなわちゴードン・B・ヒンクレー大管長によって導かれています。皆さんが人生の旅路を安全に進むことができますように,イエス・キリストの御名みなによって祈ります。アーメン。