日曜学校―福音の教義
第46課:「神が人と共に住み,人は神の民となり」


46

「神が人と共に住み,人は神の民となり」

黙示5-619-22

目的

生徒は悪魔の軍勢が打ち破られ,救い主が勝利を得られることを知っている。このため,希望をもって将来に臨むように生徒を励ます。

準備

  1. 以下の聖句を読み,内容について深く考え,祈る。

    1. 黙示5:1-56。ヨハネは啓示を通して,7つの封印で封じられた巻き物を目にし,最初の6つの封印すなわち時代を見る。また,サタンはあらゆる時代に義人に対して戦いを挑んでいるのを見る。

    2. 黙示19:1-920:1-11。ヨハネは福千年の間,サタンが縛られること,キリストが勝利を収めて支配されることを示現で見る。

    3. 黙示20:12-22:21。ヨハネは最後の裁きが行われた後,義人は神とともに住むことを知る。

  2. そのほかの読書課題:教義と聖約77;『聖句ガイド』「黙示録(ヨハネの)」の項,260-261。

  3. 教えるための提案:「結局のところ,最も大切な準備はあなた自身の準備です。聖霊の影響力を受けられるように準備しなさい。」(ボイド・K・パッカー,Teach Ye Diligently『熱心に教えなさい』219)わたしたちは救い主が生活されたように生活し,救い主が教えられたように教えなければならない。あなたが聖霊の影響を受けて教えるためには何をすればよいかを,祈りの気持ちをもって考える必要がある(『教師,その大いなる召し』単元A『6.模範を示す』9;『9.御霊によって教える』13-14参照)。

レッスンの展開

導入

適切であれば,以下の活動または教師が考えた活動をレッスンの始めに行う。

最近の新間を見せて,犯罪や自然災害などを報じる記事を2,3指摘する。

導入

  • これらの出来事を読むときにどのような気持ちがしますか(個々の出来事の詳細について話し合うのは避ける)。

一人の生徒に2テモテ3:1を読んでもらう。

わたしたちは使徒パウロが述べた「苦難の時代」である末日に生きていることを指摘する。末日に生活するわたしたちは,試練と誘惑に打ち勝つために恐れと絶望を克服するというチャレンジを受けていることを説明する。本課では末日に起きる出来事を理解することによって,希望と勇気を見いだす方法について話し合う。

聖句を使った話し合い応用

わたしたちが末日に起きる苦難に直面するときに,以下の聖句によってどのように希望を持つことができるかを話し合う。義人は主の再臨を恐れる必要がないことを生徒に理解させる。

1.サタンは義人に対して戦いを挑む。

黙不5:1-56について話し合う。選んだ箇所を何人かの生徒に声を出して読んでもらう。黙示録の最初の3章はヨハネの時代を扱ったものであることを説明する(第45課参照)。黙示録の残りの章はヨハネにとって将来のこと,つまり,使徒たちの死後に起こった背教からイエス・キリストの再臨と最後の裁きまでを扱っている。

黙示録の5章と6章では「7つの封印で封じてあった」巻き物という象徴が用いられていることを説明する(黙示5:1)。各封印は現世の存在における地球の1,000年間を表している(教義と聖約77:6-7)。わたしたちは現在,第6の封印が表す期間に生きている(7つの封印に関する詳細については「教えるためのそのほかのアイデア」の3参照)。6章で小羊(イエス・キリスト)は最初から6つまでの封印を解いて,各期間に起こる出来事を示された。

  • 6章を読むと,サタンは地球の歴史全体を通じて義人に対して戦いを挑んできたことが分かります。サタンは黙示6:4-11に記されている事柄をどのような方法で行ったのでしょうか。(以下のような答えが考えられる。)

    1. 暴力と戦争(黙示6:4,8

    2. 飢えと飢饉(黙示6:5-6,8。ローマの1デナリは1日の平均賃金であったこと,麦の1ますは一人の人が1日に食べる食物に相当したことを説明する。6節には,1日の賃金では一人の1日分の食糧しか買えないことが示されている。)

    3. 迫害(黙示6:9-11

  • サタンは今日,義人を滅ぼすためにどのような策略を用いているでしょうか。

    ゴードン・B・ヒンクレー大管長はこのように述べている。

    「この熾烈を極める戦いはいまだに続いており,途絶えたことがありません。それは真理と偽り,選択の自由と強制,キリストに従う者とキリストを否定する者との戦いです。その戦いで,主の敵はあらゆる策略を駆使してきました。平気でうそ,偽りを言い,金銭と富を利用して人々の心を迷わせてきました。また殺人を犯し,破壊行為を働き,キリストの業を妨げるためにありとあらゆる汚れたみだらな行いに手を染めてきました。……

    反対があるのは,……教会の内外を問わず,様々な人々の絶え間ない試みの中にも感じられます。彼らは信仰を失わせ,けなし,おとしめ,偽証します。そして聖徒を誘惑し,心を捕らえ,そそのかしてこの神の業に関する教えや標準に反した行いをさせようとします。……

    戦いは続いています。選択の自由と強制の問題に関して世界中で戦いが行われています。宣教師たちは真理と偽りの問題について戦っています。日々の生活の中で,家庭で,職場で,学校で,絶えず戦いがあります。愛と尊敬,誠実と忠誠,従順と高潔にかかわる戦いが行われているのです。大人も子供も,わたしたちは皆,この戦いにかかわっています。」(「勝利の戦い」『聖徒の道』1987年1月号,48-50)

  • ヒンクレー大管長は以上のことを述べてから,このように付け加えました。「わたしたちは現在この戦いに勝利を収めているのです。過去には,このような明るい未来が待っているとは想像もできませんでした。」(「勝利の戦い」『聖徒の道』1987年1月号,50)わたしたちはサタンとの戦いにおいて,どうすれば希望をもって,未来を正しく見通すことができるでしょうか。サタンとその軍勢に対抗する力を強めるために,わたしたちはどこに助けを求めたらよいでしょうか。(聖典,生ける預言者の教え,神権の力,神殿,教会員と交際すること,などの答えが考えられる。)

2.福千年の間,サタンは縛られ,キリストは勝利を収めて支配される。

黙示19:1-9黙示20:1-11を読んで,話し合う。

  • ヨハネは,イエス・キリストの再臨の前に多くの災い,戦争が起こり,裁きが行われることを明らかにしています(黙示8-16)。そして黙示録19章で,ヨハネは婚宴を象徴とする主の降臨について述べています(黙示19:7-9)。小羊の花嫁は何を表しているでしょうか。(イエス・キリストの教会)キリストを花婿とし,教会を花嫁とする婚宴の象徴は,主と主の教会の関係についてどのようなことを明らかにしているでしょうか。

  • わたしたちはこの婚宴に招かれるために何をしなければならないでしょうか。

    ブルース・R・マッコンキー長老は次のように説明している。「イスラエルの長老たちは現在,主の婚宴への招待状を配っています。福音を信じて受け入れる人々はそれによって招待を受け,やがて……婚宴の席に着くことになるでしょう。」(Doctrinal New Testament Commentary『新約聖書教義注解』3:563-564)

  • イエス・キリストの再臨によって,キリスト御自身が地球を治められる1,000年間である福千年が始まります。福千年の間サタンはどうなるのでしょうか(黙示20:1-3参照)。サタンが縛られると,わたしたちはどのような生活を送ることになるでしょうか(1ニーファイ22:26教義と聖約45:55,58参照)。わたしたちは現在の生活において,どうすればサタンの力を閉め出すことができるでしょうか。

  • 福千年の後にサタンはしばらくの間解放されます。そして,神の軍勢とサタンの軍勢の間で最後の大戦争が繰り広げられます(黙示20:7-8教義と聖約88:111-113)。この戦争はしばしば,ゴグとマゴクの戦いと呼ばれます。福千年の後に繰り広げられるこの大戦争はどのような結末を迎えるでしょうか(黙示20:9-11教義と聖約88:114-115参照)。この戦いの結果をすでに知っているわたしたちは,この勝利をもたらすためにどのような責任を負っているでしょうか。

    エズラ・タフト・ベンソン大管長はこのように述べている。「悪の軍勢と義の軍勢はともに,日々その隊列に新たな人々を迎え入れています。わたしたちは毎日,自ら擁護する真理を掲げ,数多くの事柄を決定しています。最終的な結果は明らかです。結局は義の軍勢が勝利を収めるのです。わたしたちに問われているのは,その戦いの中で,自分自身が今また将来どこに身を置き,どのような決定をするかです。皆さんは,終わりの日まで,忠実さを貫き,予任による務めを全うすることができるでしょうか。」(「主の歩みに倣って」『聖徒の道』1989年1月号,3)

3.最後の裁きが行われた後,義人は神とともに住む。

黙示20:12-22:21から選んだ箇所を読んで,話し合う。

  • 最後の大戦争の後に最後の裁きが行われます。黙示20:12によれば,わたしたちはどのような裁きを受けるでしょうか。義にかなう者として審判を下される人々はどのような祝福を受けるでしょうか(黙示21:3-7参照。生徒の答えを黒板に書き出す。以下のような答えが考えられる)。

議にかなう人々は-

  1. 神の前に住む(黙示21:3)。

  2. もはや死,悲しみ,叫び,痛みを経験することがない(黙示21:4)。

  3. 神の息子娘としてすベてのものを受け継ぐ(黙示21:7)。

  4. わたしたちはこの世で苦難に遭遇するときに,これらの偉大な祝福にあずかることを知っているとどのような助けになるでしょうか。

  5. 黙示21:10-22:5には日の栄えを受ける人々の住む地球と都が日の栄光化される様子が説明されています。日の栄えの都にはなぜ神殿がないのでしょうか(黙示21:22参照。神殿の目的はわたしたちを神のもとへ導き,神の計画を教えることである。わたしたちが神とともに住んでいるときに,もはや神殿は必要でなくなる)。黙示22:14によれば,都の門を通るには何をしなければならないでしょうか。

    デビッド・O・マッケイ大管長は美しい市,白い衣を着た大勢の人々,救い主を見た示現についてこのように述べている。

    「その市は救い主の市であった。それは永遠の市であった。救い主に従っている人々は,そこに平安な,また永遠に幸福な状態で住むことになっていた。

    だが,この人々は一体だれなのか。

    救い主はわたしの胸の内をお察しになったかのように,その人々の上空に突然現れた半円形のものを指して,答えてくださった。それには,金で次のような言葉が刻まれてあった。『これらの人々は世に打ち勝ちたる人々,まことに再び生まれ変わりたる人々なり。』」『神の王国を出で行かせたまえ』125)。

結び

『新約聖書』は大いなる希望のメッセージで締めくくられていることを指摘する。黙示者ヨハネをはじめとする預言者たちは,来るべき事柄を目にした。そして,わたしたちが最後まで義にかなった生活をしまた堪え忍ぶときに,あずかることができる祝福について語っている。義人は世の終わりに勝利を得ることについて証する。この知識から勇気と希望を得て,邪悪に立ち向かい,この世の様々な障害を克服するよう生徒を励ます。

教えるためのそのほかのアイデア

以下の資料はレッスンの概要を補足するためのものである。この中の幾つかをレッスンに取り入れてもよい。

1.この世の財産に心を置くことに潜む危険性

  • 黙示18:11-18では,邪悪な人々はこの世の財産を失って嘆き悲しみ,この世の偉大な王国が一瞬にして無に帰することに驚くと教えられています。この世の財産が一瞬のうちに崩壊したり,失われたりするのを見たことがあるでしょうか。

  • この世の財産に心を置くことにはどのような危険性が潜んでいるでしょうか。この世の財産はどのように霊的な事柄の妨げとなるでしょうか。

2.第一の復活

一人の生徒に黙示20:4-6を読んでもらう。生徒にこれらの聖句を理解させるために,以下の情報を分かち合う。

第一の復活すなわち義人の復活は救い主の再臨とともに始まる。日の栄えまたは月の栄えの報いを受ける人々はこの復活においてよみがえる(教義と聖約88:98-99)。第二の復活すなわち不義な人々の復活は福千年が終わるまで行われない。星の栄えの報いを受ける人々と滅びの子らはこの復活においてよみがえる(教義と聖約88:100-102)。

3.黙示録に登場する7つの封印

以下の表は7つの封印に関する追加情報である。この表は黙示録の構成を理解するうえでも役立つ。

封印

おもな出来事

第一の封印

アダムとエバの創造と堕落;エノクの教導の業;エノクの町が天に取り上げられたこと(黙示6:1-2)。

第二の封印

ノアと洪水(黙示6:3-4)。

第三の封印

アブラハム,イサク,ヤコブ,ヨセフの教導の業(黙示6:5-6)。

第四の封印

モーセの教導の業;出エジプ卜;士師による統治の時代;王による統治の時代;王国の分裂;王国の征服(黙示6:7-8)。

第五の封印

イエス・キリス卜の誕生,教導の業,十字架上の死,復活;主の教会の確立と使徒たちの教導の業;使徒たちの殉教;背教(黙示6:9-11)。

第六の封印

背教の継続;預言者ジョセフ・スミスによる福音の回復;時のしるしの出現(黙示6:12-177:1-8)。

第七の封印

戦争,災い,荒廃;主の再臨(黙示8:1-19:21)。福千年の平和な状態(黙示20:1-6)。しばらくの間解き放たれるサタン,最後の大戦争,最後の裁き(黙示20:7-15)。

第七の封印以降

地球が日の栄光化される(黙示21:1-22:6)。

  • 最初から5番目までの封印の説明には11節を費やし,第6の封印の説明には14節を費やしているのに対して,第7の封印は226節を費やして説明されていることを指摘する。このような強調はわたしたちに何を教えているでしょうか。

ヨハネはわたしたちの時代と来るべき時代の出来事に最大の関心を寄せていることを指摘する。黙示録は現代のために書かれている。わたしたちは黙示録を研究し,救い主の再臨に備えることによって祝福を受ける。