2010–2019
戻って受ける

戻って受ける

御父のみもとへ戻ることと,戒めを交わし守ることからもたらされる永遠の祝福を受けることは,わたしたちに設定できる最も大切な目標です。

兄弟姉妹の皆さん,これから皆さんにお話をするよう割り当てを受けました。皆さんの割り当ては聞くことです。わたしの目標は,皆さんがその割り当てを終える前に自分の割り当てを終わらせることです。最善を尽くしたいと思います。

この世界で最も多くを成し遂げる人には,人生のビジョンがあり,そのビジョンに常に焦点を当てた目標があり,そしてその目標を達成するための周到な計画があることを,わたしは長年にわたり目にしてきました。目的地とそこへたどり着くための方法を理解すると,人生に意味と目的と成功がもたらされます。

目標と計画を区別するのが難しいと言う人は,目標とは目的地あるいは終着点であり,計画はそこへたどり着くための経路であることを理解していないのです。例えば,ある不慣れな場所に車で行くという目標があるとします。愛する姉妹の皆さんも御存じのように,我々男性は,自分は行き方を知っていると考えがちです。結局,次のように言うことがよくあります。「分かっているよ。もうすぐ着くはずだから。」妻は笑みを浮かべているはずです。目標は明確でしたが,その目的にたどり着くための良い計画がなかったのです。

目標の設定とは,本来,終着点を念頭に置いて始めるということです。そして計画は,その終着点にたどり着くための方法を考え出すことです。幸福の鍵は,どの目的地がほんとうに大切なのかを理解することと,そこに確実にたどり着くための方法に時間と,努力と,注意を注ぐことにあります。

天の御父である神は,わたしたちに目標設定と計画の立て方について完全な模範を示してくださいました。御父の目標は,「人の不死不滅と永遠の命をもたらすこと」1であり,その目標を達成するための手段は救いの計画です。

愛する天の御父の計画には,成長し,能力を伸ばし,学ぶための地上での生活をわたしたちに与えることが含まれます。これを通して,わたしたちはより御父に似た者となることができます。永遠の霊に肉体をまとい,御子,主イエス・キリストの教えと戒めに従って生き,永遠の家族を作ることで,救い主の贖罪を通して,神の子供たちが日の栄の王国で御父とともに暮らすための不死不滅と永遠の命を与えるという神の目標が達成されます。

賢明な目標設定には次のことを理解することが含まれます。すなわち,短期目標が効果を発揮するのは,それが明確な長期目標へとつながっているときのみだということです。幸福への一つの大切な鍵は,天の御父の永遠の計画の枠組みの中で自分なりの目標と計画を立てる方法を学ぶことだと思います。この永遠の道に焦点を合わせるなら,わたしたちは必ずや御父のみもとへ戻るにふさわしくなります。

仕事や教育,さらにはゴルフの試合にも目標と計画があるのはよいことです。結婚,家族,教会の評議会や召しに目標を持つことも大切です。これは特に宣教師の場合に当てはまります。しかし,わたしたちの掲げる最大にして最優先の目標は,天の御父の永遠の計画に適合するものです。イエスはこう言われました。「まず神の王国と神の義を求めなさい。そうすれば,これらのものはすべて添えて与えられるであろう。」2

目標設定に関する専門家は,目標は単純明快であればあるほど効果的だと言っています。目標を一つの明快なイメージ,あるいは一語か二語の力強い象徴的な言葉にまとめるときに,その目標はわたしたちの一部となり,ほぼすべての思いと行動を左右するものとなります。これに鑑み,神がわたしたちに対して持っておられる目標とわたしたち自身が持っている最も大切な目標を象徴する言葉が二つあります。それは 戻る受けるです。

御父のみもとへ戻ることと,戒めを交わし守ることからもたらされる永遠の祝福を受けることは,わたしたちに設定できる最も大切な目標です。

「〔主イエス・キリスト〕を信じる確固とした信仰」を持ち,主の功徳「にひたすら頼〔り〕」,「キリストを確固として信じ,完全な希望の輝きを持ち,神とすべての人を愛して力強く」進み,「キリストの言葉をよく味わいながら……最後まで堪え忍ぶ」ことで,わたしたちは 戻り,そして受けるのです。3

ルシフェルは,御父のみもとへ戻って,その祝福を受ける のを可能にする御父の計画を受け入れなかっただけでなく,御父に反抗し,その計画を根本から覆そうとたくらみ,神の栄光と誉れ,そして力を自分のものにしたいと望みました。結果的に,ルシフェルはその手下たちとともに神のみもとから投げ出され,「サタン,すなわち,あらゆる偽りの父である悪魔となって,人々を欺き,惑わし,またまことに,〔主の〕声を聴こうとしないすべての者を自分の意のままにとりこにする者となった」のです。4

サタンは,前世での自らの選びのゆえに,戻ることも受けることもできません。サタンに残された唯一のことは,御父の計画に反対することです。そのためにサタンは,あらん限りの誘惑と魅力的に見える方法で,わたしたちをおとしめ,自分と同じように惨めにしようとします。5自分の邪悪な目標を達成しようとするルシフェルの計画は,あらゆる個人,世代,文化,そして社会に見られます。わたしたちが戻って受けるためになすべきことを「すべて」示すことがおできになる聖なる御霊の静かな細い声を,サタンは騒々しい音を立ててかき消そうとします。6

こうした騒音は,福音の真理を無視し,インターネットやソーシャルメディア,活字メディア,ラジオ,テレビ,映画を使って,不道徳,暴力,下品な言葉,汚れやいかがわしいものを魅力的な方法で提示する人々から発せられ,わたしたちを永遠の目標と計画からそらそうとします。

また人間が生み出したこの世の哲学によって目をくらまされた善意ある人々の声も,神のみもとへ戻り,「〔わたしたちの〕父が持っておられるすべて」を受けるために努力している人たちの信仰を損ない,永遠の焦点からそらそうとするとき,この種の音に含まれるでしょう。7

わたしは約束された祝福を得るために戻ることと,それを受けることから焦点をずらさないようにするためには,定期的に時間を割いてこう自問する必要があることに気づきました。「わたしは,どれほどできているだろうか」と。

それは人知れず行う自分自身との個人的な面接のようなものです。それを変だと思うなら,次のことを考えてください。この世界で,自分自身よりも自分のことをよく知っている人はいるだろうかと。皆さんは,自分の思い,行い,望みや夢,目標と計画まで知っています。また,戻って受けるための道を,自分がどのように前進しているかについて,だれよりもよく分かっているのです。

この個人的評価を行うときの指針として,わたしはアルマ書第5章に書かれた内省的な言葉を読み,よく考えるようにしています。アルマはこう問いかけています。「あなたがたは霊的に神から生まれているか。あなたがたの顔に神の面影を受けているか。あなたがたは心の中に,この大きな変化を経験したか。」8アルマの質問は, 戻って受けるためにわたしたちの目標と計画には,何が含まれるべきかを思い出させてくれます。

次の救い主の招きを思い出してください。「すべて重荷を負うて苦労している者は,わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。

わたしは柔和で心のへりくだった者であるから,わたしのくびきを負うて,わたしに学びなさい。そうすれば,あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。」9

主イエス・キリストの力は,罪を赦し,不完全な関係を補い,成長を妨げる霊の傷を癒し,キリストの特質を磨くための力と能力を与えることで,わたしたちの魂に休みを与えてくれます。この力を信じる信仰を深めるときに,わたしたちは主イエス・キリストの贖いの壮大さをもっと深く理解することができることでしょう。10

これからの数週間のうちに,時間を見つけて,皆さんの生活の目標と計画を吟味し,それらを天の御父の偉大な幸福の計画に沿うものにしてください。悔い改めて変わる必要があれば,それを実行しようと今考えてください。よく祈り,絶えず「神の栄光にひたすら目を」向けるには,どのような調整が必要か考える時間を作ってください。11

わたしたちはいつもイエス・キリストの教義と福音をわたしたちの目標と計画の中心に置かなければなりません。イエス・キリストなくして,永遠の目標はあり得ませんし,その目標を達成するための計画も必ず失敗に終わるでしょう。

もう一つ助けとなるのは「生けるキリスト—使徒たちの証」です。12これは2000年1月1日に,教会全体に提示されました。ぜひ,一部を目に見えるところに置き,これに署名した特別な証人の,霊感に基づくキリストについての証を一文一文時間を取って読み直してください。

これを「家族—世界への宣言」と併せて研究するよう,皆さんに強くお勧めします。わたしたちはしばしば家族の宣言を話題にしますが,生けるキリストの救いの力という光の下でこの宣言を読むことを忘れないでください。生けるキリストなくして,わたしたちが心から望む期待は現実のものとなりません。家族の宣言にはこのように述べられています。「神の幸福の計画は,家族関係が墓を超えて続くことを可能にしました。聖なる神殿において得られる神聖な儀式と聖約は,わたしたちが個人として神のみもとに帰り,また家族として永遠に一つとなることを可能にするのです。」13

生けるキリストが世の救い主,贖い主であられるからこそ,このことは可能となるのです。

この点に関して,「生けるキリスト」に書かれている特定の真理についての理解を広げるために,聖文を探求してみてはどうでしょうか。

よく祈って「生けるキリスト」を読むことは,マタイ,マルコ,ルカ,ヨハネの証や,モルモン書の預言者たちの証を読むようなものです。それは,自分の永遠の目標に到達するための計画を実行していく際に,救い主を信じる信仰を深め,主から焦点をずらさないようにする助けとなります。

過ち,欠点,回り道,罪があるとしても,イエス・キリストの贖罪のおかげで,神が約束してくださった比類ない祝福,すなわち日の栄えの王国の最も高い位において,御父と御子とともに永遠に暮らすという祝福を戻って受けるために,悔い改めて備えることができるのです。14

皆さんが御存じのように,だれも死を逃れることはできません。したがって,わたしたちの長期的目標と計画は,天の御父のみもとへ戻ったときに,神が一人一人のために計画してくださったすべてを受けることであるはずです。15

天の両親,そして愛する救い主,主イエス・キリストとともに永遠に暮らすことほど大いなる目標は現世にないとわたしは証します。しかし,これは単なるわたしたちの目標ではなく,天の両親と御子の目標でもあるのです。天の両親と御子はわたしたちに,人の理解をはるかに超えた力強い,完全な愛を抱いておられます。わたしたちにとって完全かつ永遠の協同者であられます。わたしたちは天の両親と御子の業であり,わたしたちの栄光は天の両親と御子の栄光なのです。何にも増して,わたしたちが家に帰ること,すなわちみもとに戻ることと,永遠の幸福を受けることを望んでおられます。

愛する兄弟姉妹の皆さん,1週間後わたしたちはしゅろの日曜日を祝います。キリストのエルサレムへの勝利の入城を記念する日です。そして2週間後に,イースターの日曜日を祝います。救い主の死に対する勝利を記念するのです。

救い主に注意を向ける,この特別な二つの日曜日の間,主を覚え,主の戒めを守るという生涯をかけた決意を新たにしましょう。自分の生活をよく吟味し,最終的に戻って受けるという貴い特権を得られるよう導く神の目標と計画に協調するために,自分自身の目標と計画を設定し,それらに集中できますように。それがわたしの祈りです。イエス・キリストの御名によって,アーメン。