2010–2019
神が舵を取っておられる
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神が舵を取っておられる

戒めと聖約は,神が舵を取っておられる古からあるシオン号と言う名の船に見いだされる貴い真理であり教義です。

昨年10月の総大会で,わたしは,シオン号,すなわち末日聖徒イエス・キリスト教会にとどまり,両手でつかまっているようにというブリガム・ヤングの勧告に従うよう聴衆に勧めました。1 その後,うれしいことに,その話を聞いていたわたしの家族の数人とその他の人々からこう尋ねられました。「しっかりつかまっていなければならない古の船にあるのは何?」と。わたしはブリガム・ヤング大管長が語った言葉を思い出してもらいました。「わたしたちはシオン号の上にいます。……〔神〕が舵を取り,ともにおられます。……主が命じ,導き,指図されます。神に絶対の信頼を置くなら,聖約も神も捨ててはいけません。神は正しく導いてくださいます。」2

確かに,天の御父と主イエス・キリストは,シオン号に明瞭かつ簡潔な永遠の真理を装備しておられます。それらの真理は,死すべき生涯の荒海で進路を保持する助けとなります。その一部は次のとおりです。

イエス・キリストの教会は常に,生ける預言者と使徒によって導かれてきました。主の僕たちは,死すべき状態で人間として不完全でありながら,霊感を受けて,わたしたちが霊的に命を危うくする障害物を避けられるように,また死すべき世を無事に通り抜けて最後の究極の目的地である天に行けるようにわたしたちを助けています。

ほぼ40年間の親しい交流の中で,わたしは,静かな霊感と深遠な啓示の両方が預言者と使徒,その他の中央幹部,また補助組織指導者に行動を起こさせているという個人的な証を得てきました。これらの善良な男女は,完全ではなく,間違いを犯すこともありますが,主から指示されるままに主の業を進めるため全てをささげてきました。

また,次のことは確かです。すなわち,主は,生ける預言者と使徒を通して御自分の教会を導いておられます。この方法で常に御業を行ってこられました。実際,救い主はこう教えておられます。「よくよくあなたがたに言っておく。わたしがつかわす者を受けいれる者は,わたしを受けいれるのである。」3 わたしたちは僕からキリストを切り離すことはできません。最初の使徒たちがいなければ,わたしたちは,キリストの多くの教え,教導の業,ゲツセマネの園における苦しみ,十字架上での死に関する目撃の記録を得られなかったでしょう。彼らの証がなければ,空の墓と復活に関する使徒の証を得られなかったでしょう。

主はそれら最初の使徒たちに次のように命じられました。

「それゆえに,あなたがたは行って,すべての国民を弟子として,父と子と聖霊との名によって,彼らにバプテスマを施し,

あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。」4

この任務は,主がジョセフ・スミスを召して教会を回復されたわたしたちの時代に更新され,それに伴い,主が再びおいでになる前の最後の時代に主の福音を告げ知らせるために使徒が聖任されました。

生ける預言者と使徒を受け入れることは,世の人々にとって常にチャレンジでした。しかし,イエス・キリストの贖罪と教えを十分に理解して,キリストから召された人々に与えられている神権の祝福を余すことなく受けるためには,それが不可欠です。

教会指導者と会員は完全であるか,完全に近くなければならないと,非常に多くの人が考えています。彼らは,主の恵みが十分であり,死すべき者を通じて御業が成し遂げられるということを忘れているのです。教会の指導者は誠意がありますが,わたしたちは時折間違いを犯します。これは教会での関係だけに限ったことではなく,同じことが友人,隣人,職場の同僚,配偶者と家族の関係にさえも起こります。

他の人の中に人間としての弱さを探すことは,割に容易です。しかし,わたしたちは,互いの人間性にのみ目を向け,神から召された者を通して働く神の御手を見ようとしないことによって,重大な間違いを犯します。

主が御自分の選んだ指導者にどのように霊感を与え,またどのように聖徒たちを促して,彼らの人間性にもかかわらず並外れた特別なことを行わせておられるかに焦点を当てることは,わたしたちがイエス・キリストの福音にしっかりつかまり,シオン号に安全にとどまるための一つの方法です。

第2の真理は,救いの計画の教義です。預言者ジョセフ・スミスを通して,神は,モルモン書,教義と聖約,その他数多くの教えを教会に与えられました。これらには,救いの計画の情報が記されています。救いの計画では,わたしたちはどこから来て,この地上にいる目的は何で,死後にどこへ行くかが記されています。この計画によって,わたしたちは神の霊の子供であるという独特の永遠の展望も与えられています。天の御父はどのような御方であるかを理解し,また御父や御父の愛する御子イエス・キリストとわたしたちとの関係を理解することによって,わたしたちは,戒めを受け入れ,永遠のみもとに帰れるように導いてくださる御二方と聖約を交わすのです。

わたしは生まれたばかりの子供を抱くたびに,心の中でこう問いかけます。「幼子よ,あなたは何者か。キリストの贖罪によってどんな人物になるのか」と。

同様に,愛する人が亡くなるとき,人は反射的にこういう疑問を持ちます。「彼らはどこにいるのか。何を見て,どんな経験をしているのか。命は続くのか。死者の霊の大いなる世界で,わたしたちの最も大切な関係の本質はどうなるのか」と。

その世界に,わたしたちの二人の孫娘サラとエミリー,また孫息子ネイサンがいます。それぞれの孫の死に際して,わたしたちは家族として,両手で福音の真理をしっかりつかみました。わたしたちの疑問は,救い主の贖罪によって慰めと確信という形で答えられました。孫たちがいなくなったのは寂しいですが,彼らが生きていることを知っています。再び会えることを知っています。個人と家族に混乱がある時代にこの霊的な理解があることに,わたしたちはどれほど感謝していることでしょう。

教会におけるもう一つの重要な真理は,天の御父が気高い目的をもってアダムとエバを創造されたことです。神の霊の子供たちが死すべき状態を経験できるように,彼らのために死すべき体を創造することが,アダムとエバの責任でした。そして,その後の子孫の責任です。この方法で,天の御父は,地上の生活という経験を通じて学び成長できるように霊の子供たちを地球に送られます。神は御自分の子供たちを愛しておられるので,救い主としてのイエス・キリストの中心的な役割について教えるために,天の使者と使徒を遣わされるのです。

何世紀にもわたって,預言者たちはその義務を果たし,人々の前にある数々の危険について警告を発してきました。主の使徒は,人生の疑問に対する答えを求めている人々を見守り,彼らに警告し,手を差し伸べる義務を負っているのです。

20年前に,大管長会と十二使徒定員会は「家族―世界への宣言」を発表しました。霊感に基づくその文書は,次の言葉で結ばれています。「わたしたちは警告します。貞節の律法を犯す人々,伴侶や子供を虐待する人々,家族の責任を果たさない人々は,いつの日か,神の御前に立って報告することになります。またわたしたちは警告します。家庭の崩壊は,個人や地域社会,国家に,古今の預言者たちが預言した災いをもたらすことでしょう。」5

使徒として,わたしたちは,今日もう一度この厳粛な警告を再確認します。どうぞ,戒めと聖約は神が舵を取っておられるシオン号に見いだされる貴い真理であり教義であることを思い出してください。

しっかりつかんでいなければならないもう一つの重要な教義は,安息日を守ることです。これは,わたしたちが世の汚れに染まらずにいる助けとなり,わたしたちに肉体の休息を与え,また毎週日曜日に御父と御子を礼拝することでもたらされる霊的な活力を一人一人に与えます。6 安息日に喜びを感じるとき,それは御二方に対するわたしたちの愛のしるしです。7

安息日を喜びの日とする取り組みとして,わたしたちは地元の指導者と教会員に,聖餐会が主の集会であり,主の教えに根ざし,基づいたものでなければならないということを思い起こすように告げてきました。聖餐の儀式を執行するとき,わたしたちは聖約を新たにし,救い主に対する愛を再確認し,救い主の犠牲と贖罪を思い出します。

この同じ礼拝の精神が,毎月の断食証会に満ちていなければなりません。この聖餐会で,会員は,天の御父とイエス・キリストと回復された福音に対する感謝と愛と謝意を簡潔に表明し,これらについて個人的な証を述べます。断食証会は,心を鼓舞する思いを簡潔に分かち合い,厳粛な証を述べる時間です。演説をする時間ではありません。

幼い子供たちは,証の重要な意味を理解するまで,初等協会で,また家庭の夕べの場で親と一緒に,証を述べる練習をすべきです。

安息日を喜びの日とすることが最近強調されていますが,それは,教会の指導者を通して主から直接の霊感によって与えられたものです。ワード評議会会員は,各聖餐会のために推薦された音楽とテーマを再検討することによって,その聖餐会の数週間前にビショップリックを支援するようにしなければなりません。

家庭と教会で,安息日が主に対する愛によって満たされるとき,わたしたち全員が祝福されます。子供たちは,主の方法によって教えられるとき,主の御霊を感じ,御霊に応えるようになります。わたしたちは皆,主の御霊を感じるとき,毎週日曜日に出席して聖餐を受けたいと望むことでしょう。重荷を負っている人は皆,年齢を問わず,天の御父と主イエス・キリストについて深く考える安息日を過ごすことから得られる,霊的な高揚と慰めを感じることでしょう。

有り難いことに,わたしたちが祈り求め,進んで悔い改め,キリストのもとに来るとき,キリストは常にわたしたちの近くにいて,待ち,快く助けてくださいます。

さて,シオン号にあるこれら幾つかの真理だけを深く考えながら,船にとどまりましょう。当然のことながら,船は乗り物であり,乗り物の用途は目的地にわたしたちを連れて行くことであるということを覚えておきましょう。

わたしたちの船の目的地は,福音の全ての祝福,天の王国,日の栄えの栄光,神のみもとなのです。

神の計画は設けられており,神が舵を取っておられます。神の大いなる力強い船は,救いと昇栄に向かっています。わたしたちは船から飛び降りて自分で泳いで行こうとしても,そこには到達できないということを覚えておいてください。

昇栄は,この死すべき世の旅のゴールです。そして,イエス・キリストの福音の手段,すなわち,贖罪,儀式,教会に見いだされる指針となる教義と原則がなければ,そこに到達できる人は誰もいないのです。

わたしたちが神の業を学び,わたしたちに救いをもたらす主イエス・キリストの恵みを受け入れる場所は,教会です。わたしたちが昇栄へのパスポートとなる永遠の家族に関わる決意と聖約を行うのは,教会です。死すべき世の予測できない海域を進むために,神権が装備されているのが教会です。

わたしたちの美しいシオン号に感謝しましょう。これがなければ,わたしたちは,独りで力なく流れに身を任せ,舵もオールもない状態で押し流され,敵対する者の風と波の強い流れに巻き込まれてしまうからです。

兄弟姉妹の皆さん,しっかりつかまり,この栄光ある船,末日聖徒イエス・キリスト教会号で航海を続けてください。そうすれば,永遠の目的地に到達することでしょう。これがわたしの証であり,全ての人のための祈りです。古からあるシオン号の名の由来である御方,すなわち主なる救い主,イエス・キリストの御名により,アーメン。

  1. M・ラッセル・バラード「船にとどまり,つかまっていなさい」『リアホナ』2014年11月号,89-92参照

  2. ブリガム・ヤング,“Remarks,” Deseret News ,1857年11月18日付,291

  3. ヨハネ13:20

  4. マタイ28:19-20

  5. 「家族―世界への宣言」『リアホナ』2010年11月号,129

  6. 教義と聖約59:9-23参照

  7. イザヤ58:13-14参照