2010–2019
「もしあなたがたがわたしを愛するならば,わたしのいましめを守るべきである」
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「もしあなたがたがわたしを愛するならば,わたしのいましめを守るべきである」

神の律法はわたしたちに対する神の愛の現れであり,その律法に従うことは神に対するわたしたちの愛の表現です。

一番上の娘のジェンが,彼女の三女と一緒に病院から戻ったときのことです。わたしは世話をするためにジェンの家に行きました。ジェンの長女を学校に見送ったあと,ジェンは何よりも休息を必要としていると判断しました。一番いいのは,次女のクロエをわたしの家に連れて帰ることでした。母親と生まれたばかりの赤ちゃんの三女が休めるようにするためです。

クロエをチャイルドシートに固定すると,自分のシートベルトを締めて娘の家の前の私道を出発しました。ところが,通りの端まで行かないうちにクロエはシートベルトを外してわたしの肩越しに立ち,話しかけてきたのです。車を路肩に停めて車から降り,クロエをチャイルドシートに戻してベルトを締めました。

再び出発して,少し進むとまたシートからすり抜けています。さっきと同じことを繰り返しシートに戻すと,今度は,わたしが席に戻ってシートベルトを締める前に,クロエはもう立ち上がっているのです。

気がつくとわたしは,路肩に車を停めたまま座って,3歳の子と根比べをしていました。クロエの勝ちです。

考えられる限りを尽くして,シートベルトを締めておかなければいけないと説得しましたが,クロエは納得しません。そこでわたしは,物で釣る作戦を試してみることにしました。

「クロエ,もしシートベルトをしていられたら,おばあちゃんの家に着いたらすぐに粘土で遊べるわよ」と言ってみました。

返事はありません。

「クロエ,もしシートベルトをしていられたら,おばあちゃんの家に着いたらパンを作れるわよ。」

返事はありません。

もう一度試しました。「クロエ,もしシートベルトをしていられたら,お店でおやつを買ってあげる。」

3度試みて,どんなに試しても彼女を物で釣ることはできないと分かりました。彼女は意志が堅く,物で釣る作戦では,シートベルトを締めたままにさせることはできないのです。

路肩に停めた車で一日過ごすわけにはいきません。ですが,法律に従いたいと思いましたし,クロエが立ったままで車を走らせるのは危険です。わたしは心の中で祈りました。すると御霊がこうささやいたのです。「彼女に教えなさい。」

彼女の方を向き,自分のシートベルトを体から引き離して見えるようにして言いました。「クロエ,シートベルトが守ってくれるからおばあちゃんはこれを締めているのよ。でもクロエはベルトを締めていないから安全じゃないわ。クロエがけがをしたらおばあちゃん,とっても悲しいわ。」

彼女はわたしを見ました。今か今かと反応を待っていると,彼女の小さな思考回路が巡るのが見えるようでした。ついにその大きな青い瞳を輝かせ,こう言いました。「おばあちゃん,わたしのこと愛しているからシートベルトを締めてほしいのね。」

いとおしい小さな彼女に愛を伝えると,車の中は御霊であふれました。その感覚を失いたくなかったのですが,今がチャンスだと思い,車を降りて彼女をシートに乗せて言いました。「クロエ,お願いだからシートに座っていてくれる?」彼女は座っていました。おやつを買う店までずっと。そして,店から家までもずっとシートベルトを締めたままでいてくれました。家に帰ってパン作りも粘土遊びもしました。彼女は忘れていませんでしたから。

その日また車を走らせていると,ある聖句が浮かびました。「もしあなたがたがわたしを愛するならば,わたしのいましめを守るべきである。」1 わたしたちには,子供たちを教え,導き,守るという決まりがあります。なぜでしょうか。子供たちを深く愛しているからです。でも,シートベルトを締めてほしいのは,わたしがクロエを愛しているからだと彼女が理解するまで,それが制限だと思って言うことを聞きませんでした。ベルトで自由が制限されていると感じたのです。

クロエのように,戒めを制限と見ることがあるかもしれません。神の律法は個人の自由を制限し,選択の自由を奪い,成長を制限すると感じるかもしれません。でも,さらに深く理解できるように助けを求め,御父の教えに心を開くとき,神の律法はわたしたちに対する神の愛の現れであり,その律法に従うことは神に対するわたしたちの愛の表現であると分かるのです。

皆さんが,このような路肩に車を止めなければならない状況に陥ったときに,従えば安全に「信仰と従順の道」に戻ることができる原則を幾つか話したいと思います。2

第一に,神を信頼してください。 神の永遠の計画を信頼してください。わたしたちは皆,「天の両親から愛されている霊の息子,娘」です。天の両親が愛してくださっていることは,戒めを見れば明らかです。戒めは,わたしたちが「地上での経験」を得るうえでわたしたちを教え,導き,守るために欠かせない大切な指示です。3

わたしたちは前世で選択の自由を使って神の計画を受け入れました。4 神の永遠の律法に従うことが,計画の成功に不可欠だと理解しました。聖典では「創世の前に天において定められた不変の律法があり,すべての祝福はこれに基づいている。」と教えています。5 律法に従うなら祝福を受けます。

失敗や,反対,学習といった,現世のあらゆる経験の中で人は自分の永遠の可能性を見失うことがあるかもしれませんが,神は決してそれを見失うことはありません。「神はその子供たちがみもとに戻ることを望んでい」ます。6 ですから主を信頼できるのです。神はその御子イエス・キリストの贖いを通して道を用意してくださいました。贖罪は「救いの計画の核を成すもの」です。7

第二に,イエスを信頼してください。 従順と純粋な愛の最たるものが,イエス・キリストの贖いです。イエスはわたしたちのために命をささげられました。主は,「もしわたしのいましめを守るならば,あなたがたはわたしの愛のうちにおるのである。それはわたしがわたしの父のいましめを守ったので,その愛のうちにおるのと同じである。」8

イエスはさらに教えられました。

「『心をつくし,精神をつくし,思いをつくして,主なるあなたの神を愛せよ。』

これがいちばん大切な,第一のいましめである。

第二もこれと同様である,『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ。』」9

わたしたちは毎週日曜に、救い主の無限の贖罪の象徴を頂くことによって,その純粋な愛について深く考え,思い起こす機会にあずかります。聖餐の間,わたしはパンと水を配る手を見ています。手を伸ばして聖餐をとるとき,喜んで主の御名を受け,いつも主を覚え,主が与えてくださった戒めを守ることを聖約します。すると主は,わたしたちが「いつも御子の御霊を受けられる」ことを約束してくださいます。10

第三に,御霊のささやきを信頼してください。 クロエとの経験で,御霊が聖句をささやいたのを覚えていますか。ヨハネ第14章15節です。 「もしあなたがたがわたしを愛するならば,わたしのいましめを守るべきである。」次に大切な聖句が続きます。

「わたしは父にお願いしよう。そうすれば,父は別に助け主を送って,いつまでもあなたがたと共におらせて下さるであろう。

それは真理の御霊である。この世はそれを見ようともせず,知ろうともしないので,それを受けることができない。あなたがたはそれを知っている。なぜなら,それはあなたがたと共におり,またあなたがたのうちにいるからである。」11

末日聖徒イエス・キリスト教会の会員に確認された全てのふさわしい人は,聖霊を伴侶とする権利を持ちます。断食,祈り,聖典学習,従順は,御霊の促しを聞き取り,感じる能力を高めてくれます。

皆さんの思いが疑いや困惑でいっぱいになったとき,慰め,平安を与え,この世の旅路を安全に導くために,御父と御子は聖霊を送ってくださいます。主は皆さんがそれを覚え,慰めを受け,「希望と完全な愛」に満たされるように助けてくださいます。12

第四に,生ける預言者の勧告を信頼してください。 御父は預言者を通して御言葉を聞き,律法を知るように道を用意されました。主はこう宣言されました。「わたしの言葉は……すべて成就する。わたし自身の声によろうと,わたしの僕たちの声によろうと,それは同じである。」13

先頃,預言者は「安息日を覚えて,これを聖と〔し〕」,14 断食の律法を理解して実践するように勧告しました。この預言者の勧告に従うことで,イエス・キリストに対する信仰が増し,周りの人に手を差し伸べて愛し,神と隣人を愛せよという神の戒めに従うことができます。15

わたしたちは預言者を通して語られる主の御言葉に従うときに安全です。神はトーマス・S・モンソン大管長と大管長会の顧問,十二使徒定員会会員を預言者として召されました。恐れや動揺,災難,怒りが増す世にあって,わたしたちは慈愛に満ちたイエス・キリストの弟子たちが意見の対立が生まれるような事柄を扱う様子に注目することができます。彼らはイエス・キリストを証し,キリストの純粋な愛である慈愛によって物事に対応します。彼らはイエス・キリストの証人なのです。

クロエとの経験の後,戒めと愛について書かれている聖文を探しました。たくさんありました。それぞれの聖文が,神の律法はわたしたちに対する神の愛の現れであり,その律法に従うことは神に対するわたしたちの愛の表現であるということを思い起こさせます。

わたしたちが永遠の御父である神に頼り,御子イエス・キリストに頼り,その贖いに対する信仰を行使し,御霊のささやきに頼り,生ける預言者の勧告に頼るなら,路肩を離れて安全に進む道―耐え忍ぶだけではなく,みもとに帰る道すがらに,喜びを見いだせることを証します。イエス・キリストの御名によって,アーメン。

  1. ヨハネ14:15

  2. ニール・L・アンダーセン「あなたは十分に知っています」『リアホナ』2008年11月号,14

  3. 「家族―世界への宣言」『リアホナ』2010年11月号,129

  4. 「家族―世界への宣言」参照

  5. 教義と聖約130:20

  6. R・スコット・ロイド,“God Wants His Children to Return to Him, Elder Nelson Teaches,” LDS.org にある%%Church News,%%2014年1月28日付。

  7. ラッセル・M・ネルソン,「神殿の祝福のために備える」『リアホナ』2010年10月号,49

  8. ヨハネ15:10

  9. マタイ22:37-39

  10. 教義と聖約20:77,79 参照

  11. ヨハネ14:16-17

  12. モロナイ8:26

  13. 教義と聖約1:38

  14. 出エジプト20:8

  15. 『手引き 第2部―教会の管理運営』 (2010年) 6.1.2 参照