2010–2019
神権を持つ者
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神権を持つ者

皆さんは偉大な模範になることも,平均的な人物になることも,悪い見本になることもできます。それは皆さんにとっては大して重要ではないと思うかもしれませんが,主にとっては重要なのです。

わたしたちには皆ヒーローがいます。若いときは特にそうです。わたしは,アメリカ合衆国のニュージャージー州プリンストンという町で生まれ,大きくなりました。わたしたちの住んでいた町の近くにある最も有名なスポーツチームは,本拠地がニューヨークシティにありました。遠い昔のこと,その当時ニューヨーク・シティには,プロ野球の3球団,つまり,ブルックリン・ドジャースとニューヨーク・ジャイアンツ,そしてニューヨーク・ヤンキースの本拠地だったのです。わたしたちの家からはフィラデルフィアの方が近く,そこはアスレチックスとフィリーズという球団の本拠地でした。こうしたチームの中には,わたしにとってヒーローになりそうな可能性を持った選手がたくさんいました。

ニューヨーク・ヤンキースでプレーしたジョー・ディマジオが,わたしの野球のヒーローとなりました。わたしたちの家に隣接していた学校のグラウンドで兄たちや友人たちが野球をしていると,わたしも自分なりに考えたジョー・ディマジオばりのバットスイングをしてみたものでした。当時はまだテレビのなかった時代(これは大昔のことですが)でしたから,スイングのまねをするにしても,新聞から切り抜いた写真だけが頼りだったのです。

大きくなったころ,父がわたしをヤンキー・スタジアムに連れて行ってくれたことがあります。それが,わたしにとってジョー・ディマジオのプレーを実際に見た唯一の機会でした。わたしの心の中では,まるでまだその場所にいるかのように,ディマジオがバットを振り,やがてその白球がセンターのスタンドへと飛び込んでいく様子を思い浮かべることができます。

さて,わたしの野球の腕前は,当時のわたしのヒーローたちのようになることは決してありませんでした。しかし,何度か上手に打てたときには,できるだけディマジオの力強いスイングのまねをしていました。

わたしたちは,ヒーローを選ぶと,意識をしていようがいまいが,そのヒーローたちの一番優れた部分のまねをするようになります。

幸いなことに,思慮深かったわたしの両親は,わたしが子供のころ,偉大なヒーローたちを身近に置いてくれました。わたしの野球のヒーローの活躍を見るために父がわたしをヤンキー・スタジアムへ連れて行ってくれたのは,たった1回だけでしたが,毎週日曜になると,父はわたしにヒーローとなる神権者を見せてくれたのです。そのヒーローがわたしの生涯を形作ってくれました。父は,我が家が集会所となっていた小さな支部の支部会長でした。ところで,日曜日の朝,我が家の1階に下りると,そこは教会でした。わたしたちの支部は出席者数が30人を超えたことはありませんでした。

集会に出席するために,いつも我が家まで自分の車に母親を乗せて来る一人の青年がいました。しかし,その青年は決して家の中まで入りませんでした。会員ではなかったのです。外に出て,その青年が車を止めた所まで行って,我が家の中まで招き入れるのに成功したのは,父でした。彼はバプテスマを受け,わたしにとって最初で唯一のアロン神権指導者となりました。彼はわたしにとって神権者のヒーローになったのです。一人の未亡人のために薪を作ろうというプロジェクトをやり終えたとき,彼は御褒美に木製の像をくれたことを,わたしは今でも覚えています。以来,わたしは神の僕にふさわしい賛辞を贈るときには,いつも彼のような人物でありたいと努めてきました。

教会のその小さな支部にはもう一人のヒーローがいました。彼は合衆国の海兵隊員で,集会にはいつも海兵隊の緑色の軍服を着て参加していました。当時は戦争中だったため,それだけでも彼はわたしのヒーローでした。彼はさらに教育を受けるために,海兵隊からプリンストン大学へ内地留学をしていました。しかし,彼の軍服姿を見るよりもずっと多く,わたしは彼がプリンストン大学のアメリカン・フットボールのチームのキャプテンとしてパーマー・スタジアムでプレーするのを見ました。わたしは彼が大学のバスケットボールのチームでプレーをしたのを見たこともありますし,野球チームでは花形キャッチャーとしてプレーしていた様子も見ました。

そしてさらに,その週,彼は我が家へ来てくれて,バスケットボールのシュートを左手と右手のどちらでもする方法を見せてくれました。彼は,君はいつか良いチームでバスケットをすることになるのだから,このテクニックは必要だよ,と言ってくれました。当時のわたしがそれを実現することはありませんでしたが,何年にもわたって,彼はわたしにとって,真の神権者の模範だったのです。

皆さん一人一人も,そう望んでいるかどうかにかかわりなく,神権を持つ者の模範となります。皆さんは神権を受けたときに,その明かりに火がともされました。主が皆さんを燭台の上に置かれて,皆さんの周囲にいるあらゆる人々のために道を明るく照らすようにされたのです。とりわけ,神権定員会に所属する者にはそれが言えます。皆さんは偉大な模範になることも,平均的な人物になることも,悪い見本になることもできます。それは皆さんにとっては大して重要ではないと思うかもしれませんが,主にとっては重要なのです。

「あなたがたは,世の光である。山の上にある町は隠れることができない。

また,あかりをつけて,それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において,家の中のすべてのものを照らさせるのである。

そのように,あなたがたの光を人々の前に輝かし,そして,人々があなたがたのよいおこないを見て,天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。」1

わたしは,これまで奉仕の機会に恵まれた定員会において,偉大な神権者の模範によって祝福を受けてきました。そのような人々がわたしのためにしてくれたことを,他の人々が見習う模範になることにより,皆さんも行うことができます。

わたしはこれまで,わたしのヒーローになってくれた神権者に共通する3つの特徴を観察してきました。一つは,祈りの方式です。2番目は奉仕の習慣,そして3番目は正直でいようとする不動の決意です。

わたしたちは皆祈りますが,皆さんが目標とする神権者はしばしば,かつ誠意をもって祈ります。夜には,ひざまずいて,その日受けた祝福を神に感謝します。両親のことを,教師のことを,従うべき偉大な模範を示してくれた人のことを,神に感謝します。祈りの中で,その日,誰がどのように自分の人生に祝福をもたらしてくれたかについて,具体的に述べます。そのような祈りは数分ではできませんし,ちょっと考えるだけではできません。そのような祈りは皆さんを驚くほど変えることになります。

赦しを求めて祈るときには,自分が人を赦していることに気づきます。神の優しさに感謝するとき,あなたの優しさを必要としている人々のことを,名前を挙げて,考えます。再度申し上げますが,そのような経験は毎日驚きをもたらし,やがて皆さんを変えてくれることでしょう。

皆さんに約束します。そのような熱烈な祈りによってもたらされる変化の一つは,自分が神の子であると真に実感するようになることです。自分が神の子であることが分かると,自分が神から多くのことを期待されていることも分かるようになります。皆さんは神の子ですから,神から,神の教えと愛する御子イエス・キリストの教えに従うよう期待されています。神は皆さんが人々に対して寛大で親切になることを期待しておられます。もし皆さんが高慢になり,自己中心的になると,神は失望されます。神は皆さんが,自分のことよりも他の人々に対して関心を注ぎたいという願望を持てるように祝福してくださいます。

皆さんの中には,既に神権の無私の奉仕の模範となっている人もいます。世界中の神殿では,神権者が日の出前にやって来ます。中には日没後もずっと奉仕をする人もいます。この世では,そのように時間や労力を犠牲にしても,認知されることも名声を得ることもありません。わたし自身も,自分で神殿の祝福にあずかることはできない霊界にいる人々のために若い人々が奉仕をするのに同行したことがあります。

神殿で朝早く,そして夜遅くまで奉仕をする人々の表情に,疲労感よりむしろ幸福感の方がにじみ出ているのを見るとき,そのような神権の無私の奉仕には,この世の生涯でも大いなる報いがあることを,わたしは知っています。しかし,それは,霊界にあって彼らの奉仕を受け入れる人々とともにあずかる喜びと比べると,ほんの小さな喜びにすぎないのです。

わたしは,同じような幸福感に満ちた表情を,神の王国に属していることからもたらされる祝福について他の人たちに語っている人々の中にも見てきました。わたしの知っているある支部会長は,ほとんど毎日のように人々を宣教師に紹介して,教えてもらっています。ほんの数か月前まで,彼自身も教会員ではありませんでした。しかし今では彼のおかげで,宣教師も派遣され,支部も,数のうえでも力のうえでも成長を続けています。しかし,それ以上に,彼が他の人々にとって光となり,彼らも口を開くようになり,そのために,天の御父の子供たちを集める主の御業も速められているのです。

皆さんが祈り,人のために奉仕をするとき,自分が神の子であるという皆さんの知識と神への思いは増すでしょう。いかなる形であれ,もし不正直になれば主が悲しまれるということをさらに深く知るようになります。また,神や人々と交わした約束を守りたいという決意がさらに強まります。自分のものではないものを持ち去ることの重さに気づくようになります。自分の雇用主に対してもっと正直になろうとします。時間を守り,主から託されて,あなたが行うと約束した仕事を完成させたいという決意も強まります。

ホームティーチャーが来てくれるだろうかと半信半疑になるのではなく,皆さんが教えるよう割り当てられた家族の子供たちは,皆さんの訪問を首を長くして待ち望むようになります。わたしの子供たちはそのような祝福を受けてきました。子供たちが大きくなるのに応じて,神権者のヒーローたちの助けがあって,子供たちは主のために働くという計画を立てることができたのです。そして,その祝福された模範は今や第3世代へと受け継がれているところです。 

わたしのメッセージはまた,感謝のメッセージでもあります。

わたしは皆さんの祈りに感謝しています。自分では全ての答えを持っているわけではないということを認めて,ひざまずいて祈る皆さんに感謝します。皆さんは天の神に祈り,感謝を伝え,自分の生活や家族に祝福を下さるよう願い求めます。他の人々に対する皆さんの奉仕に感謝しています。また,その奉仕を皆さんが人に認めてもらうためではなく行ってくださっていることに感謝しています。

わたしたちは,自分の奉仕に対して世の称賛を求めるなら,さらに大きな祝福を失ってしまうかもしれないという主の警告を受け入れています。皆さんは次の言葉を忘れないでしょう。

「自分の義を,見られるために人の前で行わないように,注意しなさい。もし,そうしないと,天にいますあなたがたの父から報いを受けることがないであろう。

だから,施しをする時には,偽善者たちが人にほめられるため会堂や町の中でするように,自分の前でラッパを吹きならすな。よく言っておくが,彼らはその報いを受けてしまっている。

あなたは施しをする場合,右の手のしていることを左の手に知らせるな。

それは,あなたのする施しが隠れているためである。すると,隠れた事を見ておられるあなたの父は,報いてくださるであろう。」2

偉大な神権者としてわたしの模範になってくれた人々は,自分にはそのようなヒーロー的な資質があったなどとは簡単には認めません。実際,そういう人々は,わたしが賛美するような資質にわざわざ目を向けないように思えます。先ほど,わたしの父はニュージャージー州の教会の小さな支部の忠実な支部会長であったと申し上げました。父は後に,教会の日曜学校中央管理会の一員となっています。それでも,わたしは今日は注意して,父の神権の奉仕について控え目に語ろうと思っています。実際,父はそのように控え目な人物だったからです。

わたしの子供時代のヒーローであったあの海兵隊員についても同じことが言えます。彼はわたしに,彼の神権の奉仕や,彼の業績については,一言も言いませんでした。彼はただ奉仕をしました。彼がどれほど忠実であったかは,他の人から聞いて知りました。もし彼が自分の中にそのような資質があると感じていたら,わたしはここで彼の話をすることはできなかったでしょう。

ですから,自分の持つ神権を行使して人に祝福をもたらしたいと願う皆さんに対するわたしの勧告は,神のみ御存じの皆さんの生活に関わるものです。

神に祈ってください。自分の生活にもたらされるあらゆる良いことについて神に感謝しましょう。どの人があなたが奉仕するべく神が託してくださった人なのか分かるように,神に尋ね求めてください。あなたが神の助けを受けて,その奉仕をすることができるよう,神に祈り求めてください。自分が赦すことができるよう,そして赦されるよう,祈ってください。そして,人のために奉仕をし,人を愛し,人を赦してください。

何にも増して,あなたの行うあらゆる奉仕の中で,人々が永遠の命への道を選ぶことができるよう助けること以上に偉大な奉仕はないということを忘れないでください。神は,神権の活用の仕方について,その壮大な指示をわたしたちにお与えになりました。神はその完全な模範です。次に挙げるのは,この世で最も優れた神の僕たちに垣間見ることができる例です。

「そこで,主なる神はモーセに言われた。『もろもろの天は数多く,人には数えることができない。しかし,わたしには数えられている。それらはわたしのものだからである。

一つの地球とその天が過ぎ去ると,まことに別のものが生じる。わたしの業にもわたしの言葉にも,終わりがないのである。

見よ,人の不死不滅と永遠の命をもたらすこと,これがわたしの業であり,わたしの栄光である。』」3

わたしたちはその御業を助けるために存在しています。わたしたち一人一人が違いを生み出すことができます。わたしたちは,この神聖な御業を果たす終わりの日にあって,時も場所も備えられて来ています。わたしたちは皆,恵まれて,この地上で過ごす間にその御業を最も重要な目的とした人々の模範が与えられているのです。

わたしたちが互いに高め合って,その機会にあずかることができるよう,祈っています。

父なる神は生きておられ,神によく仕えるために必要な助けを求めて祈る皆さんの祈りに応えてくださいます。イエス・キリストは復活なさった主です。この教会は主の教会です。皆さんの持つ神権は,神の子供たちに仕える御業において神の御名によって行動する力です。皆さんがこの御業のために全身全霊をささげるなら,神は皆さんを尊んで大いなるものとしてくださいます。以上のことをわたしたちの救い主であるイエス・キリストの御名によって約束します,アーメン。