2010–2019
神権に宿る力
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神権に宿る力

人は暖かい太陽の光を部屋に入れるためにカーテンを開けることができます。しかし,その人が太陽や,その光,あるいは太陽がもたらす温かさを所有しているわけではありません。

神権の祝福はすべての人に与えられる

聖餐会で子供たちが「愛の言葉」という初等協会の歌を楽しそうに歌っていると,だれもがその通りだと言わんばかりにほほえんでいます。5人の子供を育てている勇気ある母親が,2番の歌詞を注意深く聞いていました。「あふれる神権の祝福と喜び 信仰と従順の教えは心に深く響くよ 優しい愛の言葉」。1その母親は悲しそうにこう思いました。「うちの子供たちはそんな家庭があるなんて知らないでいるわ。」2

この信仰あふれる女性とあらゆる人にお伝えしたいわたしのメッセージは,わたしたちは状況がどうであれ「あふれる神権の祝福と喜び」のうちにいつも生活することができるということです。

わたしたちは時に,神権の力と教会の男性とを過度に結びつけてしまうことがあります。神権とは,老若男女を問わず,あらゆる人の救いと祝福のために賜った神の力であり権能です。

人は暖かい太陽の光を部屋に入れるためにカーテンを開けることができます。しかし,その人が太陽や,その光,あるいは太陽がもたらす温かさを所有しているわけではありません。神権の祝福はその賜物を行使するよう求められている人よりも無限大に大きなものです。

この世および次の世において,神権の祝福と力,約束を受けることは,死すべき人にとって偉大な機会と責任の一つです。わたしたちがふさわしくあれば,神権の儀式はこの地上におけるわたしたちの生活を豊かなものとし,次の世で受ける壮大な約束の備えとなってくれます。主は,「……儀式によって神性の力が現れる」と言われました。3

バプテスマを受け,聖霊を受け,定期的に聖餐を頂く人には,皆ふさわしければ,神からの特別な祝福が用意されています。神殿は,永遠の命の約束とともに,新たな光と強さをもたらしてくれます。4

すべての儀式は,わたしたちが神と聖約を交わし,聖約を守るためにイエス・キリストを信じる信仰を増すように促すものです。こうした神聖な聖約を守るとき,わたしたちは神権の力と祝福を頂くのです。

わたしたちは,自分自身の生活の中でこの神権の力を感じたり,聖約を守っている教会員の中にその力を目にしたりすることはないでしょうか。わたしたちは,新しい改宗者が,赦され,清められたと感じながらバプテスマの水から上がって来るときにその力を目にします。わたしたちは,教会の子供たちや青少年が聖霊の促しや導きに対して感性が鋭くなってきている様子を目にしています。神殿の儀式が世界中の義にかなった男女にとって強さと光の灯台となっている様子も目にしています。

この1か月,わたしはある若い夫婦が,かけがえのない男の子が誕生し1週間しか生きることができなかったのですが,神殿の結び固めの約束から実に大きな強さを頂いている様子を目にしました。神権の儀式を通じて,わたしたちは慰め,強さ,守り,平安,そして永遠の約束を受けます。5

神権について知っていること

正直に次のような質問をする人がいるかもしれません。「神権の力と祝福がすべての人にもたらされるのなら,どうして神権の儀式は男性により執り行われるのでしょうか。」

一人の天使がニーファイに「神が御自身を低くされることがあなたに分かるか」と尋ねたとき,ニーファイは正直にこう答えました。「わたしは,神がその子供たちを愛しておられることは知っていますが,すべてのことの意味を知っているわけではありません。」6

わたしたちが神権について語るとき,分かっていることはたくさんあります。

すべての人は等しい存在である

わたしたちは,神がその子供たちをすべて愛しておられ,人を偏り見る方でないことを知っています。「主は,……男も女も……主のもとに来る者を決して拒まれない。……すべての人が神にとって等しい存在なのである。」7

わたしたちは確かに,神の愛が,神の息子にも娘にも「等し」く及ぶことを知っていますが,同時に,神が男と女をまったく同じように創造されたわけでもないことも知っています。わたしたちは,性というものが,この地上でも永遠の世でも,その役割や目的において,不可欠な特徴であることを承知しています。男女双方に神聖な責任が与えられているのです。8

初めから

わたしたちは,主が初めから神権の儀式がどのように執り行われるか,お定めになったことを知っています。「神権は最初アダムに与えられました。」9ノア,アブラハム,モーセは皆,神権の儀式を執り行いました。イエス・キリストは,昔も今も,偉大なる大祭司です。主は使徒たちを召されて,「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んで聖任したのである。」10と言われました。わたしたちの時代になって,御使いたちが神のもとから送られてきました。バプテスマのヨハネ,ペテロ,ヤコブ,ヨハネが預言者ジョセフ・スミスを通じて神権を地上に回復しました。11これが,わたしたちの天父は神権の業を執り行ってこられた方法です。12

神から与えられている多くの賜物

わたしたちは,聖なる神権の力が信仰や聖霊,霊的な賜物と無関係に働くものではないことを知っています。聖文には次のような警告があります。「神の賜物は多いので,これらの賜物を否定しないように勧める。……これらの賜物の与えられ方は様々であるが,すべての人の中ですべての働きをされるのは同じ神である。」13

ふさわしさ

わたしたちは,ふさわしさが神権の儀式を執り行い,受けるときの中心であることを知っています。中央扶助協会の会長のリンダ・S・バートン姉妹がこう言っています。「義にかなっているかどうかが,……わたしたちの生活に神権の力を招き入れるための要件です。」14

たとえば,世界中にはびこっているポルノグラフィーという疫病について考えてみましょう。ふさわしさに関する主の標準では,神権の儀式を施す役職にある人々にポルノグラフィーの入る余地はありません。救い主はこう言われました。

「あなたがたの……秘密の忌まわしい行い……を悔い改め……なさい。」15

「目はからだのあかりである。……あなたの目が悪ければ,全身も暗いだろう。」16

「だれでも,情欲をいだいて女を見る者は,心の中ですでに姦淫をしたのである。」17

ふさわしくない状態のまま聖餐の祝福やパスをしたり,病人に祝福を与えたり,あるいは神権のほかの儀式に参加することは,デビッド・A・べドナー長老が言ったとおり,神の御名をみだりに唱えることと同じです。18もしふさわしくない場合は,神権の儀式を執行するようなことはせずに,第1の段階として祈りの気持ちでビショップのもとへ行き,悔い改めて,戒めの道に戻る必要があります。

謙遜さ

もう一つわたしたちが知っていることは,義にかなった母親と父親が協力して子供たちを導いている家庭には,神権の祝福が豊かに注がれるということです。しかし,同時に,神が同じ祝福をほかの様々な環境にある人々にも届けたいと心から願っておられることも知っています。19

霊的にも物質的にも子供たちを養わなければならない重荷を背負っている一人の母親が,子供の一人に祝福を施してもらうためにホームティーチャーに電話をするには謙遜になる必要があります,と慎重に話してくれました。しかし,それに必要な謙遜さと言っても,ホームティーチャーたちがわたしの子供に祝福を施す準備のために必要な謙遜さに比べたら,比較にもなりません,と彼女は洞察深い言葉を足しました。20

神権の鍵

大管長会と十二使徒定員会の会員の持つ神権の鍵によって,地上における主の御業が導かれていることを,わたしたちは知っています。特定の神権の鍵は,その地理的な責任範囲において,ステーク会長やビショップに授けられています。そして,彼らは男性や女性を啓示によって召し,その人々は委任された権能を行使して,教えたり,業を執り行ったりできるよう,支持を受け,任命されます。21

神権についてわたしたちが知っている事柄はたくさんありますが,死すべき世のレンズを通して見ているので,神の御業について完全に理解しているわけではないのです。しかし,「わが道は,あなたがたの道よりも高く,わが思いは,あなたがたの思いよりも高い」22というやさしい神の御言葉はわたしたちに,時間をかけて永遠の見地から見れば,「現在のことをありのままに」23見て,神の完全な愛についてさらに完璧に理解できることを確信させてくれます。

わたしたちは皆,率先して奉仕をします。時折,自分の召しに物足りなさを感じ,もっと多くのことを任されたいと願うことがあります。また別の折には,解任されるのを心から喜びます。しかし,わたしたちには受ける召しを決めることはできないのです。24わたしたちはこの教訓を新婚のときに学びました。若い夫婦として,妻のキャシーとわたしはフロリダ州に住んでいました。ある日曜日のこと,ステーク会長会の顧問の一人がやって来て,キャシーを早朝セミナリーの教師として召すよう強い気持ちを感じていると,わたしに説明しました。

わたしは尋ねました。「わたしたちはそれにどう対応したらいいのですか。まだ子供たちも幼いですし,セミナリーは午前5時に始まります,それにわたしはワードの若い男性の会長です。」

その顧問はにこっと笑って,こう言いました。「大丈夫ですよ,アンダーセン兄弟。わたしたちは彼女を召して,あなたを解任しますから。」

そしてそのとおりになりました。

女性の貢献

女性が口にする思いや関心事を知りたいと真心から求め,それに耳を傾けることは,人生においても,結婚生活においても,神の王国を建てるためにも,きわめて重大なことです。

20年前の総大会で,M・ラッセル・バラード長老は,中央扶助協会の会長と交わした会話について話をしました。その時,伝道に出ようとする青少年のふさわしさを高めるためにどうしたらよいかという質問が出されたのです。イレイン・ジャック姉妹はほほえみながら,こう言いました。「バラード長老,御存じのように,教会の姉妹たちは意見を求められさえすれば,……良い提案をすることができます。何といっても,わたしたちは彼らの母親なのですから。」25

トーマス・S・モンソン大管長の生涯は,女性が何に関心を持っているかを尋ね,それにこたえるという歴史です。大管長に最も影響を与えた女性はフランシス・モンソン姉妹です。わたしたちは,モンソン姉妹がいないのをとても寂しく思っています。また,ちょうど先日の木曜日,モンソン大管長は,ビショップとして自分のワードの84人の未亡人からどれほど多くのことを学んだか,お話しされました。この未亡人たちは,大管長の奉仕と生涯に大きな影響を与えたのです。

宣教師として奉仕をする年齢の変更について,モンソン大管長が祈りを込めた決断をする前に,中央扶助協会,若い女性,初等協会の会長会の皆さんと数多くの話し合いが持たれたことは,驚くには当たりません。

ビショップの皆さん,皆さんがモンソン大管長の模範に従うとき,主の導きの御手が働いて,皆さんのかかわる神聖な業にはるかに豊かに祝福がもたらされるのを感じるでしょう。

わたしたちは何年かブラジルに住んだことがあります。ブラジルに到着直後,わたしはアデルソン・パレーラという当時七十人として奉仕をしている人物に会いました。彼の弟はアディルソンといって,ステーク会長会の一員として奉仕をしていました。その後,彼らの弟のアダルトンという人物に会いましたが,彼はフロリアノポリスのステーク会長でした。そしてもう一人の弟のアデルモという人はビショップとして奉仕をしていました。わたしはこの兄弟たちの信仰に心を打たれ,彼らの両親について尋ねてみました。

この家族は,42年前にブラジルのサントスでバプテスマを受けました。アディルソン・パレーラはこう言いました。「最初,父は教会に加入できたことをほんとうに喜んでいる様子でした。でも,[すぐに]父はあまり活発でなくなり,母にも教会へ出席しないように言うようになったのです。」

アディルソンの話は続きます。「母は,子供たちが教会へ行くためのバス代を稼ぐために,近所の人たちのために裁縫をしました。4人の幼い子供たちは,一緒に1マイル以上歩いて,隣り町まで行き,そこから45分間バスに乗って,それからもう20分歩いて礼拝堂まで通ったんです。」

子供たちと一緒に教会へ行けなくなったパレーラ姉妹は,それでも,息子や娘たちと一緒に聖文を読み,子供たちに福音を教え,一緒に祈りました。彼らの質素な家は,神権の権能が豊かに注がれて,祝福に満たされました。幼い少年たちは成長し,伝道に出て,教育を受け,神殿で結婚しました。神権の祝福が彼らの家庭に満ちたのです。

何年か経ち,バニー・パレーラは,独身の姉妹として,神殿に参入し,自分自身のエンダウメントを受け,その後,ブラジルで3回伝道活動のために奉仕しました。84歳となった今,彼女の信仰は彼女に続く世代の人々に祝福をもたらし続けています。

証と約束

神の聖なる神権の権能は,末日聖徒イエス・キリスト教会の中に存在します。皆さんがふさわしい状態で神権の儀式に参加するとき,主は皆さんの力,平安,永遠の見方をさらに強めてくださることを証します。どのような状況にいようと,皆さんの家庭は「あふれる神権の祝福と喜び」に満たされ,皆さんの周囲にいる人々は,自らそうした祝福にあずかりたいと切に願うようになるでしょう。

男性として女性として,姉妹として兄弟として,神の息子娘として,わたしたちは一緒に前進します。これはわたしたちに与えられた機会であり,責任であり,祝福です。これは,わたしたちの究極の使命,すなわち救い主の再臨に神の王国を備えることなのです。イエス・キリストの御名により,アーメン。