2010–2019
あなたがたは改心しなさい
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あなたがたは改心しなさい

真の改心は,来る日も来る日も,毎月毎月,皆さんが真実だと知っている教義に従って行動し続け,戒めを守るときに起こるのです。

兄弟姉妹の皆さん,わたしのヒーローの多くが立ってきたこの説教壇に立つときに,とても謙遜な気持ちになります。わたしの心に思うことを,特に青少年の皆さんに向けて話したいと思います。

旧約聖書の偉大なヒーローの一人は預言者であり戦士でもあったヨシュアです。自らが率いたイスラエルの子らに対し,彼は次のように勧告しました。「……あなたがたの仕える者を,きょう,選びなさい。ただし,わたしとわたしの家とは共に主に仕えます。」1ヨシュアの宣言は,彼が心から福音に改心していたことを示しています。ヨシュアやわたしたち全員にとって,福音の原則への改心は福音の原則に添って義にかなった生活をし,主と交わした聖約に忠実であることを通して得られるものです。

わたしの家族歴史の中から,一人のヒーローの改宗談を紹介しましょう。彼女の名はアグネス・ホーガンといい,1861年に,夫とともにスコットランドで教会に入りました。母国でひどい迫害に苦しんだ二人は,子供を連れてアメリカに移住しました。数年後,アグネスは夫を亡くし,8人の子の衣食を賄うために懸命に働きました。長女で12歳のイザベルは,末日聖徒ではない裕福な家族の召し使いとしての職を運よく得ることができました。

彼女はその家族の大きな屋敷に住み込み,幼い子供たちの世話をしました。その報酬として,毎週わずかな給金が母親に支払われました。すぐにイザベルは 家族の一員として受け入れられ,ダンスのレッスンを受けたり,美しい衣服を着たり,演劇鑑賞に行ったりなど,家族同様の恩恵を受けるようになりました。そのようにして4年が過ぎたとき,イザベルの雇い主の家族が別の州に転勤することになりました。イザベルのことが気に入っていたその家族は母親のアグネスに会い,正式にイザベルを養女にしたいと願い出ました。立派に教育を施し,良い人と結婚できるよう計らい,実子と同じように遺産相続もさせると約束しました。また,アグネスへの支払いも続けると言ったのです。

夫に先立たれたこの貧しい母親は難しい決断を迫られましたが,一瞬のためらいもありませんでした。何年も後に書かれた,彼女の孫娘の言葉に耳を傾けてください。「祖母はその申し出を断りました。愛だけでは断りきれなかったとしても,祖母にはもっと強い理由があったのです。アグネスは遠く離れたスコットランドから移住し,福音のために様々な試練と苦難を経験しました。それほどの犠牲を払って得たものが自分の子から失われていくのを,何としても防ぎたかったのです。」2裕福な家族は言葉を尽くして説得しようとし,イザベル自身も行かせてほしいと涙ながらに訴えました。しかし,アグネスは断固として考えを変えませんでした。ご想像のように,16歳のイザベルは人生が台無しになったと感じました。

イザベル・ホーガンはわたしの曾祖母です。彼女の母親の胸に赤々と燃えていた強い証と信念に心から感謝しています。母親はこの世的な約束と引き換えに娘の教会員としての祝福を失わせることを良しとしませんでした。そして今では,何百人というイザベルの子孫が教会員として祝福にあずかり,アグネスの深い信仰と福音への改心から恩恵を受けているのです。

青少年の皆さん,わたしたちは苦難の時代に生きています。わたしたちが毎日,あるいは毎時間のように迫られる決断は永遠にかかわる結果を招きます。日常生活でする決断が皆さんの将来を決めるのです。末日聖徒イエス・キリスト教会が地上における神の王国であるという強い証と確信がまだないなら,今こそ,その確信を得るために必要な行動を起こすときです。そのような確信を得るために必要な努力を先送りすることは,皆さんの魂にとって危険なこととなり得ます。

真の改心とは単に福音の原則を知っていることではありません。また,その原則について証があるだけでもありません。福音の証がありながら,それに従った生活をしていないことはあり得ます。真に改心しているとは,信じることを実践し,それによって自分に,あるいは「心の中に大きな変化を生じさせ〔る〕」ことを言います。3小冊子『真理を守る』にはこうあります。「改心は過程であり,瞬間的な出来事ではありません。救い主に従おうとする義にかなった努力の結果として改心するのです。」4 それには時間と努力と行いが必要です。わたしの高祖母には,世が提供する富や快適さよりも,子供たちには福音が大切だという強い確信がありました。それは彼女が福音のために犠牲を払い,堪え忍び,福音に従って生活したからです。彼女の改心は福音の原則を実践し,そのために犠牲を払うことを通して得られたのです。

このような強い決意を得たいのなら,わたしたちも同じ過程を経なければなりません。救い主はこう教えておられます。「神のみこころを行おうと思う者であれば,だれでも,わたしの語っているこの教が神からのものか,それとも,わたし自身から出たものか,わかるであろう。」5時にわたしたちは,逆のやり方をしてしまいます。例えば,このような姿勢です。什分の一の律法を喜んで守るつもりはあるけれど,まず先にそれが真実だと知る必要がある,という考え方です。什分の一の用紙に記入したこともないのに,什分の一の律法について証を得たいと祈り,主が自分を祝福して証を与えてくださると期待することがあるかもしれません。そういうふうにはいかないのです。主はわたしたちが信仰を働かせることを期待しておられます。什分の一の証を得るためには,什分の一を一貫して完全に,そして正直に納めなければなりません。純潔の律法,慎み深さの原則,知恵の言葉,断食の律法など,福音のすべての原則にはこの同じ規範が当てはまります。

原則に従うことが,どのようにその原則について改心する助けになるかの例を挙げましょう。わたしが若い女性だったのは1960年代で,高校で末日聖徒の女子はわたしだけでした。当時は,伝統的な道徳観の否定,薬物の使用など,何でもありの考え方に代表される変革の時代でした。わたしの同年代の多くは良い人でしたが,この新しい道徳,実際は単に以前の不道徳にすぎないのですが,彼らはその刺激に簡単にとらわれてしまいました。わたしの両親と教会の教師たちは,敬意をもって自分の体を扱うことの大切さ,頭脳 を明晰に保つことの大切さ,そして何よりも,主の戒めを信頼することの大切さを刻み込んでくれていました。わたしは,アルコール類が出されると知っている状況を避け,たばこや薬物には近づかないと決心しました。そのために,ほとんどのパーティーには行けず,めったにデートもしませんでした。若者の間で薬物の使用がますます広がっていましたが,その危険性は今ほど知られていませんでした。後に同級生の多くが,精神に作用する薬物の後遺症や,深刻な依存症に苦しんだりしました。わたしは,家庭で知恵の言葉に従うように教えられていたことに感謝しました。また,信仰を働かせて従うことにより,その福音の原則について強い証を得ることができました。真の福音の原則に従うことで得た良い気持ちは,その原則が真実であると確認してくださる聖霊の働きによるものでした。こういったときに真の改心が始まるのです。

預言者モロナイはモルモン書の中でこう教えています。「信仰とは待ち望んでいながらまだ見ていないものであることを,世の人々に示したい。あなたがたは,自分が見ていないからということで疑ってはならない。信仰が試されてからでなければ,証は得られないからである。」6すぐに満足感が得られることが当たり前の今の世の中では,努力もせずに報いを期待することがよくあります。モロナイはわたしたちに,まず努力し,福音に従うことで信仰を働かせる必要があり,その後それが真実であるという証を受けると教えていると思います。真の改心は,来る日も来る日も,毎月毎月,皆さんが真実だと知っている教義に従って行動し続け,戒めを守るときに起こるのです。

今は教会の青少年にとってすばらしい時代です。皆さんは青少年の教科課程「わたしに従ってきなさい」から学ぶ最初の人々です。新しい教科課程のおもな目的の一つは皆さんをイエス・キリストの福音への改心に導くことです。よく覚えておいてください。皆さんの両親や青少年の指導者がどれほど霊感あふれる人たちであっても,「自分自身の改心に対しておもな責任を負うのはあなたです。だれもあなたに代わって改心することはできません。またあなたに改心するよう強いることもできません。」7改心は,熱心に祈り聖文研究をし,教会に出席し,神殿の儀式に携わるふさわしさを保とうと努力するときに起こります。改心は,家庭やクラスで学ぶ義にかなった原則に従うときに得られます。清く徳高い生活を送り,聖霊を伴侶とするときに得られます。また,イエス・キリストの贖罪を理解し,主がわたしたちの救い主,贖い主であることを認め,贖いの影響が生活に及ぶようにするときに起こるのです。

個人的な改心は,神殿で聖約を交わし,伝道に出て,将来自分の家族を持つ備えをするうえで助けとなります。改心すると,自分が学んだことを人と分かち合いたいと願うようになり,確信と力をもって人に証する自信と能力が増し加えられます。福音を分かち合いたいと思うその願いと,大胆に証する自信は,真の改心の当然の結果なのです。救い主はペテロに「あなたが立ち直ったときには,兄弟たちを力づけてやりなさい」8と教えられました。(訳注―「立ち直った」は,英語ではconverted―「改心した」の意)

預言者であり戦士でもあったヨシュアを覚えていますか。彼は自分が改心しただけでなく,イスラエルの子らを神のみもとに導くためにその命の尽きるまで休みなく働きました。旧約聖書にはこうあります。「イスラエルはヨシュアの世にある日の間……つねに主に仕えた。」9真に改心した人は,贖罪の力に頼り,自らの魂に救いを得,その後,その人を知るすべての人々に手を差し伸べて強い影響を及ぼすのです。

福音に従い,聖なる場所に立つことは,必ずしも心地よく楽なことばかりではありませんが,する価値があると証します。主はエマ・スミスに,「この世のものを捨てて,この世に勝る世のものを求めなければならない」10と勧告されました。わたしたちには「この世に優る世のもの」がどれほどすばらしいものか見当もつかないだろうと思います。

わたしたちには天に愛情あふれる御父がおられ,その最大の願いは,福音に従い改心しようと努力するわたしたちを助けて祝福することであると証します。御父のおもな関心と業は,わたしたちに「不死不滅と永遠の命」11をもたらすことであると御自身が明言しておられます。わたしたちが御自身のみもとに戻ることが御父の願いなのです。福音の教義に従い日常的に実践するとき,わたしたちは改心し,家庭においても世の中においても大いに善を行う仲立ちとなることができると証します。わたしたちがその目標に向かって日々努力するときに祝福がありますように。イエス・キリストの御名により,アーメン。