2000–2009
徳に立ち返る
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徳に立ち返る

今こそわたしたち一人一人が立ち上がり,世に旗を掲げ,徳に立ち返るようにと呼びかける時です。

前回の総大会で,わたしはモンソン大管長から新たに中央若い女性の会長に召されました。神の預言者の前でこの神聖な信任を受けたとき,わたしは心と勢力と思いと力を尽くして仕えることを誓いました。この召しを受ける前に,「どんなに難しいことでもできる」という言葉を刻んだ小さなプレートを持っていました。その短いモットーがわたしに勇気を与えてくれました。けれども,もしそのモットーを変えるなら,こうするでしょう。「神の力によって何事でもすることができる。」1今日きょうわたしは,この神聖な説教壇で神の力に頼ります。

今年の4月,総大会の2日後に,新しく召された会長会として最初の集会を開きました。わたしたちはエンサインピーク〔訳注──ソルトレーク盆地の北端に位置する山,エンサインは「旗」,ピークは「山頂」の意〕の頂上に登りました。そして眼下に広がる盆地を見渡すと,日の光に輝く神殿と天使モロナイが見えました。そのとき,わたしたちは会長会として神殿を目標にすべきことがはっきりと分かりました。そしてわたしたちの責任も明らかでした。「一人一人の若い女性が神聖な聖約を交わして守り,神殿の儀式を受ける備えができるように助け」2なければならないということです。

「教会で行う事柄はすべて神殿の業に行き着きます。」3開拓者であった先祖たちが,定住した家を離れて西部へと向かった理由は神殿でした。物資の不足に苦しみ,死さえも身に受けた理由は神殿でした。旅の途中で赤ん坊を埋葬しながらも,彼らが次のように歌うことができたのは,神殿の聖約があったからでした。

恐れず来たれ,聖徒

進み行ゆけよ

その旅は辛つらくとも恵みあらん4

すべてを失った人もいましたが,彼らは神殿の儀式と神聖な聖約,家族とともに永遠の命にあずかるという約束のすべてを手にして盆地にやって来ました。

聖徒たちがソルトレーク盆地に到着した2日後,ブリガム・ヤングとその一行はエンサインピークに登り,その頂上で,世界への旗印または標準の象徴として,杖つえに黄色いバンダナを結びつけた旗を掲げました。5聖徒たちは光となり,標準の象徴となるように求められました。今年の4月,わたしたち3人も,杖にペルー製の金色のショールを結びつけた旗をエンサインピークで掲げました。それは「徳に立ち返る」ように呼びかける世界への旗印であり,標準の象徴でした。

徳は,主の聖なる神殿に入り,御霊みたまの導きを受けるための必要条件です。徳は「道徳的に高い標準に基づいて考え行動するパターン」です。6徳には純潔や道徳的な清さも含まれます。徳は,心と思いから生まれ,家庭においてはぐくまれます。何千という小さな選びや行いの積み重ねです。今日こんにちの社会ではという言葉をあまり聞かなくなりましたが,語源となるラテン語のvirtus (バータス)には,強さという意味があります。徳高い女性や男性は,静かな威厳と内なる強さを持っています。聖霊を受けその導きを受けるふさわしさを備えているので,自信に満ちています。モンソン大管長はこのように勧告しています。「皆さん……は,……独り取り残されたとしても,正しいことを擁護する人なってください。周りの人が倣ならえる模範,つまり光となるように,道徳的に正しくある勇気を持ってください。自身の潔白な心と道徳的な清さよりも価値のある友情などありません。自分は清くふさわしいという確信をもって,与えられた務めを果たせるというのは,何とすばらしいことでしょう。」7

今日の社会において,わたしたちは道徳的に高い標準は古くさいとか,意味がない,または大切ではないという思いに徐々に陥ってはいないでしょうか。ヘイルズ長老が話したように,モルモン書のレホンタイは,山の頂上にいました。レホンタイと彼が率いた兵たちは,山から下りないと「固く決意してい」ました。しかし,狡猾こうかつなアマリキヤが4回「山から下りて来るように」と,回を重ねるごとに大胆に働きかけただけで,レホンタイは山を下りてしまったのです。8それから,アマリキヤの偽りの約束を信じ込んだレホンタイは「少しずつ……毒を盛ら〔れて〕」9死にました。ただ毒を盛られたのではなく,「少しずつ」です。同じようなことが今日も起こってはいないでしょうか。取り囲む不道徳を,まずは辛抱し,次いで哀れみ,果ては抱擁してはいないでしょうか。10偽りの手本や説得力のあるメディアのメッセージによって欺かれ,自分の神聖な価値を忘れてはいないでしょうか。わたしたちも少しずつ毒を盛られてはいないでしょうか。この高貴な世代の若人を誘惑して何もしないように仕向け,あるいはメールのやり取りばかりに夢中にさせて,真理の知識を得られなくすることほど,狡猾な欺きがあるでしょうか。神の預言者が皆さんや皆さんの時代のために書いたモルモン書に記されている真理から離れないでください。年齢にかかわらず,皆さんやわたしのような女性をそそのかし,自分自身や自分の容姿,服装,体型ばかりを気にかけさせ,自分が神の娘であることや,その徳高い影響力で,家庭から始め,ひいては世の中を変える力があるということを忘れさせる以上に,狡猾な欺きがあるでしょうか。また,年齢にかかわらず,神の聖なる神権を持った男性をそそのかし,彼らを魅惑するポルノグラフィーによって信仰よりも肉の体に目を向けさせ,徳の擁護者ではなく不道徳の消費者になるよう仕向けること以上に,狡猾な欺きがあるでしょうか。モルモン書には,2,000人の若き英雄が,両親の交わした聖約と家族の信仰を守る強さと自信を,徳と清さによって得ていたことが記されています。彼らの徳と「いつでも誠実」であるという決意が,世の中を変えたのです。11

わたしは,徳高い若い女性や若い男性が御霊に導かれるとき,世の中を変えることができると信じています。しかしそのためには徳に立ち返らなければなりません。厳しい訓練に取り組まなければなりません。マラソンのジュマ・イカンガー選手は,ニューヨークマラソンで優勝した後にこう言っていました。「勝とうと思っても,そのために備えようと思わなければ意味がない。」12今は,さらに自己訓練することによって備える時です。さらに「み国にふさわしく」13なる時です。コースを定め,目標に集中する時です。徳に立ち返るには,まず心の中と家庭の中から始めなければなりません。

徳に立ち返ることを始めるためには,わたしたちはそれぞれ何ができるでしょうか。徳に立ち返るための道のりや訓練プログラムは一人一人違うでしょう。わたしの自己訓練プログラムは,聖文に書かれている指示に基づいています。「絶えず徳であなたの思いを飾るようにしなさい。」14「あなたが交わした聖約を固く守りなさい。」15「聖なる場所に立ち〔なさい。〕」16 「この世のものを捨て〔なさい。〕」17「悔い改め……なければならないことを信じなさい。」18「いつも御子を覚え,御子が与えてくださった戒めを守〔りなさい。〕」19「どのようなことでも,徳高いこと,好ましいこと,あるいは誉れあることや称賛に値することがあれば,わたしたちはこれらのことを尋ね求めるものである。」20今こそ,これまで以上にモロナイの呼びかけにこたえ,「目を覚まして地から立ち上がり」「あらゆる善い賜物たまものを得るように,また悪い賜物や清くないものに触れないように」21すべき時です。

先日,いちばん最近生まれた孫娘の祝福の儀式に参加しました。主人と息子たちとともに,多くの愛する人たちが孫娘を囲む光景は,わたしにとって神聖なものでした。真っ白な衣装に包まれた孫娘は実に愛らしく,おばあさんたち二人の名前を付けられても気にする様子はありません。けれども最も感動したのは,息子のザックが父親として与えた祝福の言葉でした。息子は,幼いアナベル・イレインが,自分が神の娘であることを理解し,母や祖母,姉の模範に従うように,そして徳高い人生を歩み,神聖な神殿の聖約を交わして守る備えをする中で,大きな喜びを見いだせるようにと祝福しました。その神聖な瞬間に,わたしはすべての若い女性が同じように,生まれて祝福されたときだけでなく,生涯を通して,義にかなった神権の力によって囲まれ,強められ,守られるようにと祈りました。

先の総大会の聖会で,ウークトドルフ管長が新しい預言者と大管長会への支持を求めたとき,わたしはすべての神権者が起立するのを見ました。わたしは皆さんの強さと神権の力を感じました。皆さんは徳の擁護者なのです。そして「若い女性は立ってください」と言ったとき,わたしは感動に包まれました。わたしの席から皆さん全員が一斉に立ち上がるのが見えました。今日の世に,皆さん以上に力強く徳を推し進める存在はいません。皆さんの義の影響力を決して過小評価しないでください。

わたしたちは救い主の模範と「主の偉大な贖あがないの犠牲という無限の徳」22によって徳に立ち返ることができることを証あかしします。わたしたちは,難しいことだけでなく,何事でももなせるよう能力と強さを与えられます。今こそわたしたち一人一人が立ち上がり,世に旗を掲げ,徳に立ち返るようにと呼びかける時です。この世を主の再臨に備えるため,主の御手みてに使われる者として生活し,「御子が御自身を現されるときに,……御子に似た者となれるように,……清い御子と同じようになれるよう〔に〕」23祈ります。イエス・キリストの御名みなにより,アーメン。