2000–2009
シオンに来たれよ
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シオンに来たれよ

家族とステークと地方部で,シオン,すなわち新エルサレムの建つあの大いなる日に備え,一致と信心と慈愛によってシオンを築く努力をしましょう。

預言者ジョセフ・スミスはこう語りました。「シオンを築き上げることは,あらゆる時代の神の民が関心を寄せてきた大義であり,預言者たち,祭司たち,王たちが,特別な喜びをもって語ってきたテーマです。彼らはわたしたちが生きている時代を,喜びに満ちた期待をもって待ち望み,すばらしい喜びに満ちた期待に胸を高鳴らせながら,このわたしたちの時代について歌い,書き記し,預言しました。しかし彼らはわたしたちの時代の出来事を見ることなく世を去って行きました。わたしたちは,末日の栄光をもたらすために神に選ばれている恵まれた民です。」(『歴代大管長の教え──ジョセフ・スミス』186)

シオンとは,場所と人々の両方を指します。シオンとは,洪水が起こる前に,古代のエノクの町に与えられた名前です。「そして,その生涯に,彼は一つの町を建て,それは聖なる都,すなわちシオンと呼ばれた。」(モーセ7:19)このシオンはおよそ365年間続きました(モーセ7:68参照)。聖文にはこのように書かれています。「エノクとそのすべての民は神とともに歩み,彼はシオンの中に住んだ。それから,シオンはなくなった。神が御自身の懐にそれを迎え入れられたからである。そのことから,シオンは消えうせたという言葉が広まった。」(モーセ7:69)後に,エルサレムとエルサレムにある神殿はシオンの山と呼ばれました。聖文には将来の新エルサレムについての預言があり,キリストがシオンの王として統治され,「千年の間,地は安息を得るであろう」と書かれています(モーセ7:53,64)。

主はエノクの民をシオンと呼ばれました。「彼らが心を一つにし,思いを一つにし,義のうちに住んだからである。そして,彼らの中に貧しい者はいなかった。」(モーセ7:18)。別の箇所で主は,「心の清い者,これこそシオンである」と言われました(教義と聖約97:21)。

シオンの対極にあり,敵対するのはバビロンです。バビロンの町は,もともとはバベルの塔で知られたバベルであり,後にバビロニア帝国の首都になりました。この地で最も目立つ建造物はベルまたはバアルの神殿です。バアルは,礼拝に際して行われた性倒錯のために,旧約の預言者たちから「恥ずべき者」と呼ばれた偶像です。(『聖句ガイド』「バビロン;バベル」の項参照)世俗的で,悪を礼拝し,紀元前587年にユダを征服してとりことしたバビロンは,これらなどのすべてから,退廃的な社会,霊的な囚とらわれの象徴となっています。

このような歴史的背景のもと,主は御自身の教会の会員に語られました。「あなたがたはバビロンから出なさい。もろもろの国民の中から,天の果てから果てまで四方から集まりなさい。」(教義と聖約133:7主は御自身の教会の長老たちに,この集合を成し遂げるために全世界へ出で行くよう呼びかけられました。このようにして始まった努力は,今も力強く続けられています。「見よ,見よ,これが彼らの叫びであり,すべての人への主の声である。すなわち,『あなたがたはシオンの地へ行って,わたしの民の境が広げられ,シオンのステークが強くされ,シオンが周りの地域に及ぶようにしなさい。』」(教義と聖約133:9

そして今日こんにち,主の民は世界各地に広がる末日聖徒イエス・キリスト教会のワードや支部,そしてステークに集合することで,「もろもろの国民の中から」集まっているのです。ニーファイは,「占める場所」は小さいものの,主の力が「地の全面に散っている小羊の教会の聖徒たち……に下〔り,〕……義と神の力とをもって,大いなる栄光のうちに武装」するのを予見しました(1ニーファイ14:12-14参照)。

「まことに,わたしはあなたがたすべてに言う。立って光を放ちなさい。それは,あなたがたの光がもろもろの国民のための旗となるためであり,

シオンの地とそのステークに集合することが,防御のためとなり,また嵐あらしと激しい怒りが全地にありのままに注がれるときに,その避け所となるためである。」(教義と聖約115:5-6

初期の教会員たちは,預言者ジョセフ・スミスの指示の下で,ミズーリ州にシオンの中心となる場所を築こうと試みましたが,聖なる都を築くのに必要なふさわしさに欠けていました。主は彼らが失敗した理由の一つを次のように述べておられます。

「彼らはわたしが彼らの手に求めたことに従おうとせず,あらゆる悪に満ち,また聖徒としてふさわしく彼らの中の貧しい者や苦しんでいる者に持ち物を分け与えない。

また,日の栄えの王国の律法により求められている和合一致に従って結束しない。」(教義と聖約105:3-4

「彼らの中には,あつれきや争い,ねたみ,対立,およびみだらなむさぼりの欲望があった。それゆえ,これらのことによって,彼らはその受け継ぎを汚したのである。」(教義と聖約101:6

わたしたちは,厳しすぎる目を初期の会員たちに向けるよりも,自分たちは彼ら以上にできているだろうかと自問してみるべきです。

シオンがシオンである理由は,その民の性質,特質,忠実さにあります。覚えていてください。「主はその民をシオンと呼ばれた。彼らが心を一つにし,思いを一つにし,義のうちに住んだからである。そして,彼らの中に貧しい者はいなかった。」(モーセ7:18)家庭,支部,ワード,ステークにシオンを確立しようと願うなら,次の標準に達しなければなりません。(1)心と思いにおいて一つとなる。(2)個人としても,全体としても聖なる民になる,(3)貧困をなくすため,貧しい人と助けを必要としている人を効果的に助ける。これらの実現をシオンが築かれるまで待っていることはできません。これらを実現して初めてシオンが築かれるのです。

一致

シオンが栄えるためには一致が求められますが,その一致を得られているかどうか考えるに当たっては,自分が「あつれきや争い,ねたみ,対立」を克服できているか自問する必要があります(教義と聖約101:6参照)。個人としても民としても,対立や争いを完全に避け,「日の栄えの王国の律法により求められている和合一致に従って」いるでしょうか(教義と聖約105:44)。この一致を得るには赦ゆるし合うことが不可欠です。イエスは言われました。「主なるわたしは,わたしが赦そうと思う者を赦す。しかし,あなたがたには,すべての人を赦すことが求められる。」(教義と聖約64:10

わたしたち一人一人が救い主を生活の中心に置き,主がわたしたちを導くために任命された指導者に従うとき,心を一つにし,思いを一つにすることができます。互いへの愛と関心において,トーマス・S・モンソン大管長と一致することができるのです。今年4月の総大会で,モンソン大管長は教会から離れている人,またすべての人に向けてこう話しました。「人は良心という自分だけの聖域すなわち悪からの避け所を持っており,それは古い自分を捨てて,自分の持っている可能性を追求するよう駆り立ててくれます。この考えに基づいて,わたしたちは再び心から申します。戻って来てください。わたしたちはキリストの純粋な愛をもって手を差し伸べています。そして,皆さんの力になり,この交わりに歓迎したいと願っています。心が傷ついている人,悩み恐れている人に申します。わたしたちに,あなたを立ち上がらせ,元気づけ,恐れを鎮めさせてください。」(トーマス・S・モンソン「過去を振り返り,前進する」『リアホナ』2008年5月号,89)

今年の7月末,ハンガリーのブダペスト郊外でカンファレンスが開かれ,東ヨーロッパ数か国のヤングシングルアダルトが集まりました。この中に,モルドバから参加した20人の若い男女がいました。何日もかけてパスポートとビザを取得し,30時間以上もバスに揺られてやって来ました。カンファレンスではおよそ5のワークショップが開かれ,各自が最も参加したいと希望する2つか3つのワークショップを選ぶことになっていました。モルドバのヤングアダルトは集まって相談し,自分たちの興味をよそに,各ワークショップに最低一人が参加して詳しいメモを取ることにしました。そして,学んだことを報告し合い,後日,参加できなかったモルドバのヤングアダルトにも伝えることにしたのです。これは一致と互いへの愛を示す,とても分かりやすい好例であり,こうしたことを様々な方法で何度も繰り返していくことで,シオンを再び起こすことができるのです(イザヤ52:8参照)。

聖きよさ

シオンを築くために必要な業の多くは,「心の清い者」(教義と聖約97:21)になるための個人の努力にかかっています。主は言われました。「日の栄えの王国の律法の諸原則によらなければ,シオンを築き上げることはできない。そうでなければ,わたしはシオンをわたしのもとに迎えることはできない。」(教義と聖約105:5)もちろん,日の栄えの王国の律法とは福音の律法と聖約のことであり,それには,わたしたちが常に救い主を覚えること,また従順,犠牲,奉献,忠誠を誓うことが含まれます。

救い主は初期の一部の聖徒の中にあった「みだらな……欲望」を非難されました。(教義と聖約101:688:121も参照)この人々はテレビや映画,インターネットやアイポッドのない時代に住んでいました。性的な画像,映像,音楽が氾濫はんらんする現代,みだらな欲望やそれに類する悪から完全に離れているでしょうか。わたしたちは,かろうじて慎み深いと言える服装をしたり,ポルノグラフィーを見て不道徳におぼれたりすることなく,義に飢え渇かなければなりません。シオンに来るには,皆さんやわたしが,ほかの人と比べて多少は悪くないという程度では足りません。ただ善い人であるというだけでなく,聖なる男性,聖なる女性にならなければならないのです。ニール・A・マックスウェル長老が語ったように,バビロンの別荘に別れを告げ,シオンを永住の地としましょう(ラリー・W・ギボンズ「だから,心を決めなさい」『リアホナ』2006年11月号,102参照)。

貧しい人の世話をする

主はいつの時代も,貧しい人をどれほど助けたかで社会や個人を計られました。主は言われました。

「地は満ちており,十分にあり余っているからである。まことに,わたしはすべてのものを備え,人の子らが自ら選択し行動する者となるようにした。

それゆえ,わたしの造った豊かなものの中から取りながら,わたしの福音の律法に従って貧しい者や乏しい者に物を分け与えることをしない者は,悪人とともに,地獄で苦しみながら見上げるであろう。」(教義と聖約104:17-1856:16-17も参照)

さらに次のようにも言っておられます。「現世のものについて,あなたがたは平等でなければならない。しかもそれが不承不承であってはならない。そうでなければ,豊かな御霊みたまの現れは与えられないであろう。」(教義と聖約70:1449:2078:5-7も参照)

わたしたちは自分の資産や所有物をどう扱うかを自分で決めますが,この世のものをどのように管理したかを神に報告します。断食献金や人道支援プロジェクトを通して惜しみなく援助する皆さんの姿をとてもうれしく思います。長年にわたる聖徒の皆さんの寛大な援助によって何百万という人の苦しみが和らぎ,そのほか数え切れないほどの人が自立できるようになりました。それでも,シオンの大義を求めるのであれば,貧しい人,助けの必要な人のために自分が行うべきことを行い,主の求められることをすべて行っているかどうか,一人一人が祈りをもって検討する必要があります。

わたしたちの多くは所有物や娯楽を礼拝する社会に住んでいます。この世のものをもっと手に入れたいという強欲と無縁の生活を送っているかどうか自問してください。物質主義は,バビロンの特徴である偶像礼拝と高慢の一形態にすぎません。わたしたちは,必要な分だけで満足できるようになるはずです。

使徒パウロはテモテに,利得を信心と考える人に気をつけるよう警告しました(1テモテ6:5参照)。

「わたしたちは,何ひとつ持たないでこの世にきた。また,何ひとつ持たないでこの世を去って行く。

ただ衣食があれば,それで足れりとすべきである。」(1テモテ6:7-8

世界の多くの地域が経済的に不安定な時代を迎えています。最善を尽くして互いに助け合いましょう。1975年にサイゴンから難民としてユタ州プロボに移り,小さなトレーラーハウスで生活を始めたベトナム人の家族の話を思い出します。その家族には若い男性がおり,近くに住む大家族のジョンソン兄弟とホームティーチングの同僚になりました。少年は次のように語りました。

「ある日,ジョンソン兄弟は,我が家の台所にテーブルがないことに気づきました。そして翌日,台所の流し台に面した壁にぴったり合うテーブルを持って現れたのです。それは一風変わっていたものの,機能的なテーブルでした。一風変わったと言うのは,2本の脚はテーブルの天板の柄と調和していましたが,ほかの2本が不釣り合いだったからです。また,古びた天板の一方の縁に沿って木製の小さな釘くぎが何本も突き出ていました。

そのうちに,わたしたちはこのユニークなテーブルを毎日使って,調理の支度や簡単な食事をするようになりました。それでも家族全員の食事はベトナム風に,今までどおり床に座って食べました。

ある晩,わたしはジョンソン家の玄関に入って,ホームティーチングに出かけるために待っていました。何げなく近くの台所を見ると,驚いたことに,わたしたちがもらったものと,うり二つのテーブルがあるではありませんか。唯一の違いといえば,我が家のテーブルでは木釘が出ていた縁の部分に,ジョンソン家のものには穴が開いていることでした。それで分かりました。この愛にあふれた兄弟は,わたしたちが困っているのを見て,自宅の台所にあるテーブルを半分にして,それぞれに新しい脚を付けたのです。

ジョンソン家族にとって,この半分になった家具が小さすぎるのは明らかでした。恐らく,完全な状態のときでも十分な大きさではなかったでしょう。……

この親切な行いは,人生を通して,真の施しとは何かをはっきりと思い起こさせてくれます。」(ベス・エリス・リーがソン・クワン・リーから聞いた話「よく似た二つのテーブル」『リアホナ』2004年7月号,45)

預言者ジョセフ・スミスは言いました。「わたしたちはシオンを築き上げることを最大の目標としなければなりません。」(『歴代大管長の教え──ジョセフ・スミス』186)家族とステークと地方部で,シオン,すなわち新エルサレムの建つあの大いなる日に備え,一致と信心と慈愛によってシオンを築く努力をしましょう。賛美歌から引用します。

悩めるイスラエル

 神呼びませり

バビロン滅びて

塔は倒されん

シオンに来たれよ

喜びに入れ

シオンに来たれよ

主来る日近し

(「悩めるイスラエル」『賛美歌』6番)

シオンの王であるイエス・キリストを証します。イエス・キリストの御名みなにより,アーメン。