2000–2009
一つに結ばれた心
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一つに結ばれた心

義のうちに完全に一致するならば,聖徒たちは主のあらゆる目的を達成することができます。

愛する兄弟姉妹の皆さん,この安息日の朝に皆さんとともに集えることは喜びです。わたしたちは,様々な環境の中で生活しています。あらゆる国,そしてあらゆる文化的背景から神の王国に入るのです。預言されたこの集合の業はさらに加速するでしょう。

人々の間での衝突が,世界中で増えています。そのような分裂と紛争はわたしたちにも影響を与えることがあります。ですから今日きょう,大いなる一致の日が近づきつつあるという希望のメッセージをお伝えします。主なるエホバは,御自分の民となる人々と住まうために戻って来て,民が結ばれ,心を一つにし,主と,また御父と結ばれているのを御覧になるでしょう。

一つになるというメッセージはすでに何度かお伝えしました。今後も話すでしょう。わたしはこれまで,神のすべての預言者から同じことを聞いてきました。わたしが記憶しているデビッド・O・マッケイ大管長の最後のメッセージは,一致への願いでした。主の預言者たちは一致することを常に求めています。この民が輝かしい行く末に備えるに当たり,一致の賜物たまものを頂くことはさらに必要になります。しかし,その賜物を保つのはさらに難しくなるでしょう。

このメッセージを伝えるに当たり,わたしたちは向上していると申し上げます。父親と母親は家庭の一致を祈り求めており,その祈りはこたえられています。家族は朝に夜に一つになって祈っています。ある家庭を訪問したとき,就寝前の祈りの輪に加わるよう招かれました。いちばん年下の子が祈るように言われました。その子は,まるで族長のように,家族一人一人の名前を挙げながら祈りました。わたしは少しの間目を開けて,両親とほかの子供たちの顔を見ました。その幼い男の子の祈りを聞きながら,皆が信仰と心において一致していることがよく分かりました。

ある扶助協会の姉妹たちは,夫を突然失った若い姉妹を初めて訪問する際,一緒になって祈りました。葬儀のために家族や友人が訪れることになっていましたが,彼女たちは,その姉妹が準備をするのをともに手伝う方法を知りたかったのです。また,主の代わりにかけるべき慰めの言葉を知る必要がありました。祈りはこたえられました。家に着くと,彼女たちは,それぞれてきぱきと働きました。あまりに早く準備が済み,もっと手伝いができなかったことを残念に思う姉妹もいたくらいです。彼女たちは,その時必要とされていた慰めの言葉をかけました。一つとなって主の御心みこころにかなう奉仕をした彼女たちの心は結ばれました。

皆さんは,わたしと同様,教会員が以前にも増して一致している様子を見ているでしょう。一致の奇跡は,主の方法で祈り,努力するときに起こります。心が一つに結ばれるのです。互いの背景にどのような違いがあっても,周囲でどのような激しい衝突が起こっても,神は忠実な聖徒たちに一致の祝福を約束しておられます。主は,わたしたちが一つとなるようにと御父に願われたとき,弟子たちのために,そしてわたしたちのためにも祈られたのです。1

わたしたちが一致を求める理由と,御父が一致を与えようとされる理由は同じです。一致の祝福を受けるときには喜びがあることを,わたしたちは経験を通して知っています。この世に来る前,わたしたちは御父と一致することで,その喜びを得ていました。天の御父の霊の子供であるわたしたちは,今もその喜びを切望しています。わたしたちを愛しておられる御父は,一致というわたしたちの神聖な望みがかなうよう願っておられるのです。

御父はその喜びを個別に与えることはなさいません。御父は,一致の喜びを与えることを強く望まれていますが,それは独りでは得られないのです。ほかの人と一緒に求め,ふさわしさを示さなくてはなりません。ですから,祝福を与えるという目的をもって,神がわたしたちに集まるようにと勧告されたのは,驚くことではありません。神はわたしたちに,家族として集まるよう望んでおられます。また,クラス,ワード,支部を設立し,しばしば集まるように命じられました。神が意図されたそのような集まりに,すばらしい機会が待っているのです。わたしたちは祈ることができます。そして喜びをもたらし,奉仕の力を強めてくれる一致に向けて努力することができるのです。

3人のニーファイ人に,救い主は,忠実な働きへの最後の報いとして,主と一つとなる喜びを約束されました。「あなたがたは満ちみちる喜びを得,父の王国で座に着くであろう。父が満ちみちる喜びをわたしに与えてくださったように,まことに,あなたがたの喜びは満ちるであろう。そして,あなたがたはわたしのようになる。わたしは父のようであり,父とわたしは一つである。」2

主はわたしたちに手引きを与え,永遠に深まる一致という祝福と喜びを得るにはどうすればよいかを教えてくださいました。モルモン書の中には,一致が達成された時の様子が記録されています。アルマの時代のモルモンの泉での出来事です。危険で困難な状況の中で民が取った行動から,わたしたちは導きと励ましを得ることができます。

霊感を受けたアルマとその民が行ったことは,すべてがイエス・キリストの贖罪しょくざいを通じた心の変化を選ぶことにつながりました。それ以外に,心を一つにするという祝福を神から頂く方法はありません。

モーサヤ書にこうあります。

「そしてそれ以後,彼らは神の教会,すなわちキリストの教会と呼ばれた。また,神の力と権能によってバプテスマを受けた人々はだれでも,神の教会に加えられた。……

またアルマは祭司たちに,自分が教えたことと,聖なる預言者たちの口を通して述べられたことのほかは,何も教えないように指示した。

まことに,彼は祭司たちに,悔い改めと,御自分の民を贖あがなわれた主を信じる信仰のほかは,何も説かないように指示したのである。

また彼は祭司たちに,決して互いに争うことなく,互いに和合し,愛し合って結ばれた心を持ち,一つの信仰と一つのバプテスマをもって,一つの目で将来を見詰めるようにと指示した。

彼はこのように祭司たちに,教えを説くように指示した。このようにして,人々は神の子となった。」3

この理由でアルマは,信仰と悔い改めを教えるように民に命じたのです。同じ理由から,わたしは家庭の夕べで,家族が救い主と救い主の使命について証あかしするようになってほしいと願いながらレッスンをし,子供たちにも,その願いを分かってもらえるようになりました。あるときは親であるわたしたちが救い主について証しました。レッスンをしたり,質問に答えたりすることを通して,子供たちが証をしてくれたときはほんとうにうれしかったです。証をすると,聖霊がそれを確認してくださいました。そのようなとき,家族の心が結ばれるのを感じました。

儀式以外にも,わたしたちが民として従っている原則があります。この原則は,より深い一致をもたらしてくれます。

啓示はそのような原則の一つです。啓示は,ともに主の御心に従う方法を知る唯一の方法です。啓示には天からの光が必要です。聖霊はわたしたちの心に,そしてともに集まる人々の心に,主がわたしたちに望んでおられる事柄を証してくださいます。そして,主の戒めを守ることにより,わたしたちの心は一つに結ばれるのです。

一致に向けて努力するわたしたちを導く第2の原則は謙遜けんそんになることです。高慢は一致の大敵です。皆さんは,高慢の恐ろしい影響を肌で感じたことがあるでしょう。ほんの数日前,意見の食い違う二人の人を見ました。どちらも善良な人です。最初は,穏やかな雰囲気で何が正しいかを話し合っていました。それが,二人のどちらが正しいかという争いに変わりました。次第に声が大きくなり,顔も赤らんできました。問題そのものについてではなく,互いの人格についての言い合いに変わり,自分には優れた能力や知識があることを示しながら,なぜ自分の考えの方が正しいのか,証拠をぶつけ合っていました。

わたしと同じように,皆さんもそうした衝突から来る危機感を持ったことがあるでしょう。わたしたちは,そのような,人生を台なしにするような悲しい不一致を目にしてきました。皆さんもわたしも,自尊心を傷つけられたために聖徒の交わりを去った人々を知っています。

幸いなことに,平和を作り出すことにたけた仲裁者も多く,彼らは大事に至る前に波風を鎮めてくれます。皆さんも,争いの中にあるときや,争いを見かけたときに,平和を作り出す人になることができます。

平和を作り出す方法の一つは,同意できる点を何かしら見つけることです。平和を作り出す人,または仲裁者となるには,どんなに相違点が多くても,神の子であるわたしたちが正しいと信じる意見の一つ一つには,どれにもきっと真実の一端があるのだと心から信じる必要があります。一致を取り戻す偉大な仲裁者は,共有できる真実に皆の目を向けさせられる人です。共通の真実は常に相違点をしのぎ,より大切なものとなります。神に助けを求め,そして行動するなら,自ら共通の土台を見つけられるだけでなく,ほかの人もそうできるよう助けることができます。神は,平和を回復したいと望む皆さんの祈りにこたえてくださいます。そのようなわたしの祈りにも,神はこたえてくださいました。

同じ原則は,自分とはかけ離れた背景の人々と一致するときにも応用できます。神の子には相違点よりも共通点の方が多いのです。相違点を絶好の機会ととらえることもできます。神の助けがあれば,ほかの人の持つ相違点を,いら立ちの原因ではなく,有益なものとして見ることができるでしょう。主の助けによって,ほかの人の持つものが自分の欠点を補ってくれると感じ,感謝できるようになるのです。優しい主の助けにより,相違点を持つ人と交わる機会を得,その人の相違点のおかげで必要な助けが得られたという経験がわたしには何度もあります。これは,よりよく主に仕えるうえで自分に足りないものを補うための主の方法なのです。

これは,一致についてのもう一つの原則につながります。それは互いの良い点について話すということです。家族や教会のだれかについての意見や,その人の最近の状況を尋ねられたときのことを思い出してください。この1週間で,わたしにはそのようなことが何度もありました。人を判断しなければならないときは確かにあります。そのような判断を言葉にしなければならないときもあります。しかしたいていは,どのような判断をするか自分で選ぶことができます。例えば,新しいビショップについてどう思うかと尋ねられたとしたらどうでしょうか。

一致を築くことにたけてくると,そのような質問を受けたときに聖句を思い浮かべるようになります。「さて,わたしの同胞はらからよ,あなたがたは判断する際に用いる光,すなわちキリストの光について知っているので,誤って裁かないように注意しなさい。あなたがたが裁くその裁きで,あなたがたも裁かれるからである。」4

自分が不完全な光の中でほかの人を見ていることを悟れば,わたしたちはもう少し寛大な言葉遣いをするようになるでしょう。皆さんはこの聖句に加えて,母親からこのような言葉を聞いたことがあるかもしれません。わたしの母はよくこう言いました。「その人について良いことを言えないのであったら,何も言わないでおきなさい。」

働きや性格の最も良い点を探せるようになります。愛にあふれたあなたの裁き主である救い主も,あなたとわたしの行いを裁くときに必ずそうなさるでしょう。先ほどの聖句とあの母親の教えを思い出すなら,ビショップの働きの最も良い部分や,ビショップが善良な動機から行動していることについて話せるようになるでしょう。キリストの光の中で,ほかの人について寛大な発言をするなら,平和と喜びがもたらされることをわたしは約束できます。例えば,あなたはビショップとも,あなたの意見を求めた人とも一致を感じることができるでしょう。それは,ビショップが完全な人だからでも,あなたの寛大な評価にその人が同意したからでもありません。それは,不一致の種をまくという可能性を排除したあなたの選択に,主が感謝しておられることを感じるからです。

主はわたしたちとは異なる人々をさらに多く集めておられます。ですから,これと同じ原則に従わなければなりません。今後さらに明白になるのは,贖いにより,全員が同じ変化を経験するということです。わたしたちは,柔和で,愛があり,容易に勧告に従い,同時に恐れを知らず,すべてに忠実な弟子になるのです。住む国は違っても,人が変わるという同じプロセスを通って教会に入ります。わたしたちは御霊みたまの賜物により,使徒パウロが見たような者になるのです。

「というのは,彼によって,わたしたち両方の者が一つの御霊の中にあって,父のみもとに近づくことができるからである。

そこであなたがたは,もはや異国人でも宿り人でもなく,聖徒たちと同じ国籍の者であり,神の家族なのである。」5

一致が深まるなら,主は,世の中では奇跡と考えるようなことを行うことがおできになるでしょう。義のうちに完全に一致するならば,聖徒たちは主のあらゆる目的を達成できるのです。

国の最高指導者,自治体の長,世界の慈善団体の指導者たちから次のような言葉を耳にします。「災害が起きたとき,あなた方の教会は真っ先に助けに来てくれました。何百人もの教会の方が,被災者のために必要なものを持って来てくれました。自分のテントや物資さえ持って来てくれました。疲れを知らず,明るい人たちでした。行くべき場所や動くべき時を理解しているようでした。」そしてよく,このように言われます。「皆さんは,どのように救援活動を組織したらよいかよく知っています。」

わたしは,そうした方々に感謝の言葉を述べますが,奇跡は組織力だけでなく人の心にもかかっていると言うことは控えています。聖徒たちは主の御名みなによって,主がなされるであろう助けを行うために来ました。主が選ばれた指導者の指示に従って来たのです。心が結ばれているので,力が増し加えられたのです。

今目にしている一致はさらに増し加えられると厳粛に証します。父なる神は生きておられます。御父は愛をもって祈りを聞き,こたえられます。復活し栄光に満ちた救い主イエス・キリストは生きておられ,憐あわれみの手を差し伸べてくださいます。この教会は主のまことの教会です。モンソン大管長は神の生ける預言者です。神の望まれることに進んで従う姿勢を示し,心から一致して大管長を支持するなら,わたしたちは神が望まれる所へ行き,主が望まれる者となるためにともに力強く前進していくことでしょう。

家庭と教会の中で一致を享受できるよう皆さんに祝福を残します。一致のもたらす喜びを得るため,皆さんの心の中に義にかなった望みが生じるという主の約束を残します。イエス・キリストの聖なる御名により,アーメン。