2000–2009
3人の管理大祭司
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3人の管理大祭司

大管長会を自分たちが従うべき理想の指導者,規範とすべき指導者として仰ぎ見るとき,知恵と力がもたらされます。

トーマス・S・モンソン大管長,ヘンリー・B・アイリング管長,そしてディーター・F・ウークトドルフ管長を主の教会の新しい大管長会として支持することは,何とすばらしい祝福であり,特権でしょうか。

わたしが大管長会の大切さについて初めて知ったのは,西カナダで暮らした子供のころでした。父方の祖父母宅を訪ねる度に玄関先で迎えてくれたのは,額縁に入った大管長会の写真でした。よく覚えています。まるで番人として立ち,その家に足を踏み入れるすべての人を出迎えているかのようでした。

それは,ジョージ・アルバート・スミス大管長とその顧問であるJ・ルーベン・クラーク・ジュニア,そしてデビッド・O・マッケイを写したきれいなカラー写真でした。3人が大きな地球儀のそばに立っていました。わたしはその写真が大好きでした。この上なくりりしく,威厳に満ちた人たちでした。わたしは,彼らが神の預言者とその顧問であることを知っていました。

祖父母宅の表玄関に掲げてあったその写真から,強い影響を受けました。わたしはレイモンドの小さな田舎町に住んでいて,祖父母もそこに住んでいました。祖父母の家は我が家から歩いて行ける所にあったので,何度となく訪れました。よく独り静かに玄関先に立ったまま,大管長会の写真を敬虔けいけんな思いで見詰めていたことを覚えています。大管長会を尊ぶこと,家の目立つ場所に写真を飾ることを祖父母がなぜそれほど大切に思っているのか,写真を眺めながら考えたことがあります。家に入る人は皆,その写真を目にするのです。恐らく一番の理由は,祖父と祖母の心と人生にとって何がいちばん大切なのかを,子供や孫に絶えず思い起こさせることだったのではないでしょうか。

何年もたって,わたしは大管長会の写真を飾ることは,ヨシュアが美しい言葉で語ったことに似ていると思うようになりました。「あなたがたの仕える者を,きょう,選びなさい。ただし,わたしとわたしの家とは共に主に仕えます。」(ヨシュア24:15

家に入る人は皆,ジェームズ・ワーカーとフェイン・ワーカーの心に次の言葉が記されていることを知りました。「わたしたちとわたしたちの家とはともに主に仕えます。」孫としてわたしはそのことを知り,これまでただの一度も忘れたことがありません。

子供のころ,大管長が一人だけいるの3人の管理大祭司七十人ウィリアム・R・ワーカー長老大管長会を自分たちが従うべき理想の指導者,規範とすべき指導者として仰ぎ見るとき,知恵と力がもたらされます。ではなく,大管長会として3人がいることの重要性について,わたしはそれほど理解していませんでした。もちろん,イエスがペテロだけでなく,ペテロ,ヤコブ,ヨハネを選ばれたことは知っていました。父がビショップリックの3人のうちの一人であり,J・O・ヒッケンビショップの顧問として働いていることも知っていました。また,祖父はステーク会長であり,二人の顧問(ジョン・アレン会長とレスリー・パーマー会長)がいて彼を支えていることも知っていました。

どのような場合でも,一人だけの指導者しかいない会長会ではなく,3人から成る会長会が教会の組織を導いていました。

初等協会では信仰箇条を学び,それらが大好きになりました。信仰箇条は,青少年が教会の基本的な教義を学ぶにつれて,彼らに慰めと自信を与えます。やがてわたしは,「福音を宣のべ伝え,その儀式を執行するためには,人は預言によって,また権能を持つ者による按手あんしゅによって,神ら召されなければならない」ことを知りました(信仰箇条1:5)。

1835年,主は預言者ジョセフ・スミスに教会の大管長会に関する正しい秩序を啓示されました。

「会長,すなわち管理役員が必要〔で〕ある。……

メルキゼデク神権を持つ者の中から,この団体によって選ばれ,その職に指名され,聖任され,また教会員の信頼と信仰と祈りによって支持された三人の管理大祭司が,教会の大管長会の定員会を構成する。」(教義と聖約107:21-22

「三人の長から成る定員会」(教義と聖約107:29),すなわち,一人の長と二人の代理人ではなく3人の管理大祭司,3人の長から成る定員会,それが主の教会の大管長会なのです。

世の中の組織とは違いますが,主はこのような形で御自身の教会を組織されたのです。

次の聖文が心に浮かびます。

「わが思いは,あなたがたの思いとは異なり,わが道は,あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。

天が地よりも高いように,わが道は,あなたがたの道よりも高く,わが思いは,あなたがたの思いよりも高い。」(イザヤ55:8-9

7歳の誕生日のころ,わたしは大管長会の継承について少し学ぶことができました。ジョージ・アルバート・スミス大管長が亡くなったときのことです。しばらくして,祖父母宅の玄関にあった写真は,デビッド・O・マッケイ大管長とその二人の顧問,スティーブン・L・リチャーズとJ・ルーベン・クラーク・ジュニアの写真に替わったのです。

子供だったわたしは大管長会の継承が持つ深い意味とその過程についてもちろん理解していませんでした。しかし,大管長が亡くなり,新しい神の預言者と二人の顧問に導かれることになったことは分かりました。

13歳のとき,マレー・ホルトビショップからビショップ室に呼ばれ,執事定員会会長として働く召しを受けました。ビショップから,家に帰ってだれが顧問になるべきか祈る必要があると言われました。答えを出すのを主が助けてくださるとも言われました。確かに主は助けてくださいました。そのときにわたしは顧問について学びました。そして,主はなぜ教会を導くのに会長だけではなく,会長会を用いられるのか分かり始めました。わたしは執事定員会の顧問の兄弟たちが大好きでした。3人で定員会の仲間を助けようと熱心に祈り,働きました。ホルトビショップはわたしに会長会の規範を教えてくれました。また,主の教会にあって会長会がどのように働き,機能すべきかを教えてくれました。

後にほかの定員会の会長として働くときには,顧問が大切であること,顧問を選ぶときに主が助けてくださることをすでによく知っていました。ホルトビショップから教わっていたからです。

執事定員会会長として,また後にビショップやステーク会長として働いたときに分かったことがあります。必要な決断は顧問とともに下してこそ,自分のどのような知恵も理解力も,あるいは能力もはるかに増すということです。会長会としてともに働くときに個々の力が最大限に発揮されるということを学んだのです。

そして,なぜ主は,御自身の教会が3人の管理大祭司によって導かれるようにされたのか,また,なぜそのような指導形態をほとんど教会全体に一貫して定められたのか理解できるようになりました。

主はこう語っておられます。「さらにまた,あなたがたが欺かれないために,わたしはすべてのことに関して規範を与えよう。」(教義と聖約52:14)主は指導の規範を与えてくださっています。ゴードン・B・ヒンクレー大管長はこう教えています。「七十人〔と十二使徒〕を除けば,教会のすべての組織は,3人から成る会長会によって導かれます(Teachings of Gordon B. Hinckley〔1997年〕,94)。

さらに補助組織もすべてのレベルで一人の会長と二人の顧問によって導かれます。会長会として働くことによりもたらされるすべての祝福と恵みは,神権定員会と同様に補助組織にも当てはまります。

教会のどの会長会であれ,そこで奉仕する人は皆,管理の職を遂行するに当たって,大管長会を規範,模範とする必要があります。大管長会のようになり,大管長会と同じように愛と調和の中でともに働くよう努力する必要があります。

ゴードン・B・ヒンクレー大管長は,顧問の大切さについて幾度となく話しました。こう述べています。「主はある目的のために彼ら〔顧問〕を召されます。」(Teachingsof Gordon B. Hinckley,94)

さらにヒンクレー大管長は次のように教えています。「大管長会は月曜日を除く毎朝,不在でさえなければ,集会を開きます。ファウスト管長に彼の扱っている問題を提示してもらい,話し合い,決定を下します。次にモンソン管長に彼の扱っている問題を提示してもらい,話し合い,決定を下します。それからわたしの方で提示したい項目を提示し,話し合い,決定を下します。わたしたちはともに働きます。……会長会は個人運営の事業などではありません。顧問がいるということはほんとうにすばらしいことです。間違いを犯すことがないように,また,正しいことが行えるように助けてくれるからです。」(Teachings ofGordon B. Hinckley,95。「助言者が多ければ安全である」『聖徒の道』1991年1月号,54-57も参照)

ジョセフ・F・スミス大管長の顧問が,大管長会はどのように審議するかについてこのように説明したことがあります。「判断を求めて,〔大管長〕の前に問題が提示されると,大管長と二人の顧問は,その問題についてよく話し合い,全員が同じ結論に達するまで慎重に審議します。」(アンソン・H・ランド,Conference Report,1919年6月,19。強調付加)

これこそ,会長会の従うべき規範です。

わたしたちは啓示の中で,定員会や会長会で何かを決議する際には,「完全な義により,聖きよさとへりくだった心,柔和と寛容により,また信仰,徳,知識,節制,忍耐,信心,兄弟愛,および慈愛により」決めるように,と教えられています(教義と聖約107:30)。

主はわたしたちに規範を与えてくださっています。

わたしたちは今日きょう,新しい大管長会を支持しました。大管長会は従うべき規範を教え,示してくれます。大管長会を自分たちが従うべき理想の指導者,規範とすべき指導者として仰ぎ見るとき,知恵と力がもたらされます。

子供や孫に教会の指導者を愛し,支持するように教えるとき,家族は大きな祝福を受けます。祖父母の家であの写真の前に立った幼い子供のころに,わたしはこの教会が神の人たちによって導かれ,ほ3かならぬ主がその人たちを導き手として召されたことを知りました。

そして今でもわたしはそのことを知っています。この業は主イエス・キリストの業であり,主の使徒と預言者によって導かれていると証あかしします。先任使徒であるトーマス・S・モンソン大管長が神から召され,気高い特質を備えた二人の顧問とともに,主の御心みこころに従って導いてくれることを証します。この教会はまさしく主の教会なのです。イエス・キリストの聖なる御名みなによって,アーメン。