虐待の傷を癒いやす
    脚注

    虐待の傷を癒いやす

    癒しの力は,イエス・キリストの贖あがないと結びついています。

    わたしは,新しい預言者,聖見者,啓示者であるトーマス・S・モンソン大管長を心から愛しています。モンソン大管長に全幅の信頼を寄せ,大管長から依頼されることであればどのようなことでも喜んで行いたいと思っています。このことを,わたしは厳粛に証あかしします。

    人が抱える問題の中には,非常に繊細であり,きわめて個人的であって,また人々を戸惑わせることがあるため,人前ではあまり話されないものがあります。しかし,真理の光のもとで愛と思いやりを込めて話し合うのであれば,それは理解を深め,苦痛を和らげ,癒しをもたらし,さらに悲劇の再発を防ぐことにつながります。

    精神的虐待,言葉による虐待,肉体的虐待,そして特に性的虐待によって苦しんでいる方々に,慰めを見いだす方法を明確に示すことができたら,と心から願っています。虐待を加えてしまった人に向けても話します。性的虐待に焦点を絞りますが,ほかの虐待行為で苦しんでいる人にも役立つはずです。わたしは自分が鏡のようになって,神の癒しの光を照らし,他人の不義な行為によって受けている苦しみという暗雲をかき消せればと願っています。傷ついた生活をいっそうかき乱すのでなく,力となれるように分かりやすく話すつもりです。虐待にかかわりのない人にとっても,理解や認識を深め,気配りを促し,虐待の悲劇を解決するために,あるいはさらに犠牲者を出さないようにするために役立つはずです。

    この不埒ふらちで忌まわしい罪悪の高波は皆さんの生活まで押し寄せていないかもしれません。しかしこの罪悪は世界中に蔓延まんえんしており,皆さんの愛する人を巻き込んでいるかもしれません。克服できるとはいえ,しばしば大きな苦しみを与えます。どうしたら癒しを得られるかについて話したいと思うのです。わたしの目指しているのは痛ましい記憶を呼び覚ましてさらに苦しめることではなく,助けることですので,敬虔けいけんの念をもって話します。

    選択の自由

    道徳的な選択の自由は,天の御父の幸福の計画において不可欠の要素です。霊の子供たちの中にはその自由を不正に用いて,他人に重大な問題を引き起こす者が出ることを天の御父は御存じでした。父親や家族が罪のない子供を虐待するなどという,神の信頼を裏切る者さえ現れることも分かっておられました。天の御父は完全な正義の御方であるため,選択の自由を悪用することで被害者と本人双方が被る痛ましい結果を克服する方法が用意されているはずです。御父の愛される御子イエス・キリストの贖いの力によって不義が正されると,確かな癒しがもたらされるのです。イエス・キリストと主の贖いの力を信じる信仰は,虐待された人に,他人の不正な行為による忌まわしい結果から立ち直る方法を与えてくれます。さらに,間違ったことをした本人が完全に悔い改めるならば,贖いは主が定めておられる厳しい罰から逃れる道を開いてくれます。

    虐待の犠牲となった人へ

    ひどい虐待を受けたにもかかわらず,つらい旅路を歩み通して,贖いの力により完全に癒された人たちをわたしは知っています。かつて父親から激しい虐待を受けていた一人の若い女性は,贖いの持つ癒しの力を信じる信仰によって,自身の問題を解決しました。その後彼女は,年配の夫婦を伴って,もう一度面接してほしいと言ってきました。彼女が二人を心から愛していることが分かりました。幸福に満ちた様子でした。そして,こう話し始めました。「スコット長老,こちらはわたしの父です。父を愛しています。わたしが幼かったころに起きたことについて,父は心を痛めているのです。わたしにとってはもう終わったことなのですが。父を助けてくださいませんか。」救い主の癒しの力に対して,何と絶大な確信を抱いていることでしょうか。主の贖いを正しく理解し,十分な信仰を持ち,主の律法に従順だったため,彼女は虐待の傷を引きずっていませんでした。皆さんも贖いについてよく研究し,イエス・キリストが自分を癒す力をお持ちであることについて信仰を働かせるときに,同様のすばらしい慰めを得ることができます。主は皆さんの重荷をともに負ってくださいます。回復への道を歩む間,癒されるための十分な時間を取り,力をつけるまで,そのような主の招きを受け入れてください。

    虐待の結果から立ち直り,慰めを見いだすには,慰めの源を理解することが有益です。虐待のあらゆる悲惨な結末を造り出しているのはサタンです。難問を解決する糸口の見つからない袋小路へと人々を追い込む力にことのほかたけています。哀れみに満ちた天の御父と愛にあふれる贖い主が差し出してくださる癒しから,苦しむ人々を遠ざけようと画策しています。

    もしあなたが虐待を受けているとしたら,サタンは逃れる道はないとあきらめさせようとするでしょう。しかし,サタンは逃れる道があることを確かに知っています。子らに対する御父の揺るぎない愛から癒しを受けられることを知っています。癒しの力がイエス・キリストの贖いと結びついていることも理解しています。だからこそ,あなたをどうにかして御父と御子から引き離そうとするのです。助かる方法がないと信じ込ませるサタンの策略に乗せられてはなりません。

    サタンは虐待を利用してあなたの自尊心を傷つけ,権威を失わせ,恐れと絶望感を抱かせます。虐待は,健全な人間関係を築くあなたの能力を損ないます。こうした悪い結果がすべて解決できるという信仰を持たなければなりません。さもないと,なかなか完全には立ち直れないでしょう。虐待の結果はあなたの生活に大きな影響を及ぼしますが,だからといってそれがあなたのすべてではないのです。

    もし天の御父があなたを愛しておられるならば,悲劇から守ってくださったはずだとささやいて,サタンはあなたを御父から引き離しにかかるでしょう。邪悪の王子であるサタンの悪巧みや邪悪な偽りに負けて,まことの癒しを与えてくださる御方から離れてはなりません。天の御父から愛されていないと感じたら,それはサタンに欺かれているのです。祈ることが非常に難しく感じられるときでも,御父に頼り,御父の愛を感じられるようひざまずいて祈り求めてください。御子がその憐あわれみ深い贖いを通して癒してくださることが分かるよう願い求めてください。

    御父の子供たちを強制的に従わせ,道徳的な選択の自由を奪うこと,つまり個人の進歩を否定する方法を,サタンは提案しました。これに対して主は,善悪を判断する自由を人に認め,その自由を間違って使うことさえも制限しておられません。けれども,完全に悔い改めなければ,そうした行為は罰せられます。虐待する者に主は聖霊を通して警告をお与えになりますが,彼らは卑しい欲望が非常に強いため霊的な導きを拒んでしまうことがままあります。そのために御父は,腕力,権威の悪用,威嚇などによる虐待で選択の自由が一時的に奪われた人々をその結果から癒す手段を用意されたのです。

    癒しを受けるにはまず,天の御父はあなたを愛し,癒しの手段を与えておられるという不変の事実に対して幼子おさなごのような信仰を持つことが必要です。御父の愛子あいしイエス・キリストはその癒しをもたらすために命をささげられました。しかし,魔法のような解決法や即効薬があるわけではなく,完治する近道があるわけでもありません。治療するにはイエス・キリストと,人を癒すその無限の力に対する強い信仰が求められます。そのような信仰は教義を理解し,教えに従う固い決意に根ざしています。

    思慮深いビショップ,ステーク会長あるいは専門のカウンセラーとともに癒しの最初の段階を歩むべき場合もあります。もし足を骨折したとしたら,自分で治そうとはしないでしょう。深刻な虐待も専門家の助けを借りることができます。癒しのきっかけは様々ですが,完全な治癒は,救い主,贖い主である主イエス・キリストを通してもたらされることを忘れてはなりません。あなた自身の努力とともに,主の完全で,永遠の,そして無限の贖いが虐待の傷を癒してくれることに信仰を寄せてください。

    不可能だと今は思うかもしれませんが,やがて救い主の癒しによって,あなたを虐待した相手を心から赦ゆるせるだけでなく,その人に対して悲しみを覚えるようになるでしょう。虐待行為を赦せるようになるとき,痛みと苦悩から解放され,その結果,深い平安が得られます。痛みと苦悩は,虐待した者を憎むよう促すことによって,サタンがあなたの生活に持ち込んだものなのです。癒しの過程で大切な要素ではありますが,もし赦そうとすることがますますあなたを苦しめるのであれば,救い主の癒しの力をもっと味わうまで,この段階を先送りにするとよいでしょう。1

    もしあなたが現在虐待されているか,かつて虐待されたことがあったとしたら,助けを求める勇気を出してください。虐待の事実を明かさないようにとひどく脅されているか,恐怖を植え付けられているかもしれません。それでも,勇気を出して今,立ち上がりましょう。信頼できる人に助けを求めてください。ビショップやステーク会長は有益な助言を与え,行政当局への通報を助けてくれます。どのような虐待をだれから受けたかを説明してください。保護を求めてください。あなたの行動によってほかの人が犠牲になるのを防げるかもしれません。今すぐ助けを求めてください。恐れてはなりません。恐れはサタンがあなたを苦しめ続ける手段だからです。主が助けてくださいます。けれどもあなたがその助けを求めなければなりません。

    だれに虐待されたかを打ち明けたときに,もしビショップがためらいを見せたとしても落胆してはなりません。虐待者は自分の卑しい行いを隠すために敬虔な態度を取り繕うことにたけています。導きのままに助けを求められるよう祈ってください。助けは必ず与えられます。すべて詳細まで御存じであり,完全な判士であるイエス・キリストはすべての虐待者にその不義な行いについて必ず責任を問われます。完全に悔い改めないかぎり,主は正義の要求をことごとく突きつけられることでしょう。しかし,正義が行われる必要がある,と執拗しつように思い詰めていると,あなたの癒しが遅れ,虐待を続けさせることになります。ですから,虐待行為に対する罰は行政当局と教会役員にゆだねてください。

    虐待行為を行った人へ

    さて,虐待によって他人の生活を台無しにしてしまっている人に話します。自分の常習行為に助けが必要であることを自覚してください。さもないと,あなたは破滅します。自分で克服することはできません。恐らく,専門家の助けが必要でしょう。今,助けを求めてください。行政当局や教会役員に自分の罪をうまく隠しおおせていることに偽りのはかない安心感を覚えて,自分を欺いているかもしれません。けれども,主イエス・キリストはあなたの罪をことごとく御存じであることを知ってください。主はこう警告しておられます。「……わたしを信ずるこれらの小さい者のひとりをつまずかせる者は,大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方が,その人の益になる。」2虐待の犠牲となった人が行動に移さなかったとしても,いつか,あなたの虐待行為は人に知られることになります。サタンがそれを明るみに出すからです。その後でサタンはあなたを見捨てるでしょう。

    そのような罪から自分を清め,受けるべき罰をはっきりさせるための一歩を今踏み出し,込み入った生活をシンプルなものにしてください。人に与えた苦痛を和らげたいと思う気持ちを表してください。ビショップかステーク会長に話してください。あなたの行為が重大であれば行政処分や教会からの宗紀処置を受けることになるかもしれません。けれども,完全に悔い改めれば,赦しという慰め,良心の安らぎを得て,生活が一新します。あなたが虐待を加えた相手とその家族を安心させることにもなります。人を悲しませ苦痛を与えたことへの後悔と良心の呵責かしゃくから逃れることができます。悔い改めるのは来世よりも現世の方がはるかに易しいことを知ってください。ですから今,悔い改めましょう。悔い改めとその他の助けによって悪癖を絶つと決意したら,そのときに助けを受けるでしょう。昔,虐待の罪を犯す者は悔い改める機会もなしに石を投げつけられて殺されました。あなたはそのような時代に生きていないことに感謝してください。3

    両親の皆さんへ

    両親の皆さん,適切な方法でまた慎重に,虐待行為にかかわる可能性とそれを避ける方法を子供に教えてください。子供の行動が突然変化した,などの注意信号に気をつけてください。問題があることを知らせているのかもしれません。落ち着かない様子を見落とさず,理由を突き止めてください。

    イスラエルの判士へ

    イスラエルの判士の鍵かぎを持つ皆さん,虐待で苦しんでいるすべての人が適切な支援を受けていることをしっかりと見届けてください。宗務上の処置と行政当局との調整については教会指導手引きとそこに記されているヘルプラインを活用してください。4過去に違法行為を犯した人が関与している場合には十分に監督してください。犯罪者は恐らく自分の邪悪な行為を告白しないでしょう。何かおかしいと感じたら,御霊みたまの導きを求めてください。潜んでいる危険を回避するためにワードとステークの指導者の支援を求めてください。

    虐待の被害者であろうと虐待を加えた人であろうと,あなたが今すぐにイエス・キリストの癒しの力にすがるよう願っています。あなたの信仰と従順が主の助けをもたらすことを証します。イエス・キリストの御名みなにより,アーメン。

    1. 以下の資料は,虐待の悲劇から立ち直るために役立つでしょう。ゴードン・B・ヒンクレー「子供たちに救いを」『聖徒の道』1995年1月号,60-63;ジェームズ・E・ファウスト「贖い──最も大いなる希望」『リアホナ』2002年1月号,19-22;ダリン・H・オークス「主は重荷を負っている人を癒される」『リアホナ』2006年11月号,6-8;リチャード・G・スコット「忌まわしい虐待の傷を癒す」『聖徒の道』1992年7月号,35-37;リチャード・G・スコット「主を信頼する」『聖徒の道』1996年1月号,17-19;リチャード・G・スコット「良心の安らぎと心の安らぎ」『リアホナ』2004年11月号,15-18;リチャード・G・スコット「贖いは平安と幸福を確固としたものとする」『リアホナ』2 0 0 6 年1 1 月号,40-42;ジェフリー・R・ホランド「壊れたものを元どおりに」『リアホナ』2006年5月号,69-71;"A Conversationon Spouse Abuse," Ensign, 1999年10月号, 22-27;「虐待という悪の道」『歴代大管長の教え-ジョセフ・F・スミス』(メルキゼデク神権定員会および扶助協会用学習資料,1998年)第28章;教義と聖約121:34-46参照

    2. マタイ18:4-6

    3. 申命22:25-27参照

    4. 『教会指導手引き第1部』107-108,110, 120, 122, 147, 186参照