2000–2009
特別な経験
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特別な経験

人生という旅路において,わたしたちは信仰と証あかしというブロックを積み重ねてくれる,多くの特別な経験をします。

この特別な日に,トーマス・S・モンソン大管長が地上における主の預言者であるという,わたしの証も付け加えます。この総大会で話す機会に感謝します。

この歴史的な大会で,秩序正しい,定められた方法により,教会の新しい預言者,大管長会,そしてほかの指導者を支持できる経験に恵まれたことを,皆さんとともに感謝します。

このような経験を通して,この教会が確かに主のまことの生ける教会であると知ることにより,わたしたちの証と信仰は強くなっていきます。

人生という旅路において,わたしたちは信仰と証というブロックを積み重ねてくれる,多くの特別な経験をします。これらの経験は実に様々な形で,予期せぬときにやって来ます。力強い霊的な出来事,あるいは小さくても新しい理解を与えてくれるような瞬間かもしれません。中には,対処の仕方を試される深刻な問題や大きな試練もあります。どのようなものであっても,一つ一つの経験は,自分自身が成長し,より豊かな知恵を得,そして多くの場合,より深い共感と愛をもって奉仕する機会となるのです。リバティーの監獄で人生最大とも言える試練を受けていた預言者ジョセフ・スミスに,主は励ましの言葉を与えておられます。「これらのことはすべて,あなたに経験を与え,あなたの益となるであろう。」(教義と聖約122:7

人生で積み重ねる経験は,わたしたちにとって強さとなり助けとなります。家を建てるときに積み重ねるブロックが建物全体を支えるのと同様に,人生の経験がブロックとなってわたしたちの証を築き,主イエス・キリストへの信仰をさらに強めてくれるのです。

まさにこの部会でも,豊かな経験に満ちた人生の大切さを知ることができます。指導者の賢明な勧告に従い,教えや御み霊たまに感嘆するわたしたちにとって,長年の準備期間を経た先任使徒を主が預言者としてお選びになるのは,何ら不思議なことではありません。

わたしの祝福師の祝福には,自身の証を強めてくれる特別な経験が与えられると記されています。兄弟姉妹,人生で心に確信と喜びを与えてくれた特別な経験について考えてみてください。ジョセフ・スミスが回復の預言者であると初めて知ったときのこと,モロナイの勧告を受け入れ,モルモン書が確かにイエス・キリストについてのもう一つの証であると知ったときのこと,心からの祈りに答えが与えられ,天の御父が直接あなたを知り,愛しておられると実感したときのことを覚えていますか。これらの特別な経験に思いをはせるとき,感謝の念を抱き,新たな信仰と決意をもって前進しようという気持ちにならないでしょうか。

先日,ラズバンド姉妹とわたしは,忘れ難い経験をしました。ペルーの二つのステーク大会を管理する割り当てを受けたときのことです。滞在中,アンデス山脈のチチカカ湖のほとりにあるプーノという町へ行きました。アンデス高地にある海抜1万2,000フィート(約3,660メートル)のこの町は素朴で美しく,心を奪われました。この地域のステーク会長に会い,プーノ地域の何百人もの若人とともにすばらしいファイヤサイドを開きました。

ある朝,チチカカ湖にあるアシでできた浮き島に住む数人の会員に招かれました。そこに住む人々はボリビアやペルーのウロスインディアンとして知られています。

2,3の末日聖徒の家族が一緒になって,小さな新しい浮き島を作ったと知らされました。胸を躍らせてボートで島に渡ると,すばらしい会員たちの温かい歓迎を受けました。

非常に美しく色鮮やかな,手作りの毛布にくるまれた赤ん坊を抱かせてもらいました。その日に湖で釣って丁寧に料理した魚をたくさんごちそうになりました。彼らが売っている商品や手工芸品を見せてもらい,贈り物を交換しました。

またわたしたちは,子供たちが毎日セミナリーと学校へ通うのに,45分間カヌーをこいでプーノまで往復していることを知りました。また,兄弟姉妹たちが聖文に精通し,理解し,愛していることを知ってうれしく思いました。彼らはボリビア・コチャバンバ神殿でエンダウメントと結び固めを受けていて,有効な神殿推薦状を誇らしげに見せてくれました。

別れる前に,母親の一人から一緒にひざまずいて家族の祈りに参加してほしいと言われました。この忠実な聖徒たちと,アシでできた柔らかい床にひざまずいたときの感覚をよく覚えています。ひざまずくと,その母親から,わたしが祈り,メルキゼデク神権によってこの新しい浮き島と家を奉献するよう頼まれました。

実に謙虚な気持ちになりました。チチカカ湖に浮かぶ,この小さなアプインティ島を奉献し,忠実な末日聖徒であるルハノ家とハヤウイ家への祝福を主に祈ってほしいと言われたのです。

主から与えられたこの特別な経験について考えると,わたしの信仰の家に新しいブロックが積み重なったことが分かります。プーノでのことをよく思いますが,この経験はわたしの祝福師の祝福がまた一つ成就したことを思い出させてくれます。

1831年に記された教義と聖約第1章には,末の日に主の業が大きく広がることを予見する記述があります。主は次のことを明らかにされました。

「すべての人が主なる神,すなわち世の救い主の名によって語るため,

信仰もまた地に増すため,

わたしの永遠の聖約が確立されるため,

わたしの完全な福音が弱い者や純朴な者によって世界の果てまで,……宣のべられるためである。」(教義と聖約1:20-23

兄弟姉妹,わたしや皆さんのような教会の弱い者や純朴な者が,ペルーのプーノや世界のかなたまで福音を携えて行くのです。神と聖約を交わす人々の信仰は強められています。それは各個人が信仰を高める貴重な経験をし,宝の蔵に蓄えているからであると信じています。

モンソン大管長は言いました。「〔主は〕戒めを与えられ,賢い者であろうとなかろうと,主に従う者には,この世で経験する労苦や葛かっ藤とう,苦悩のときに御自身を現して,ともに歩んでくださいます。こうして,……〔彼らは〕主がどのような御方であるかを自分自身の経験を通して学ぶのです。」(アルバート・シュバイツァー,The Quest of the Historical Jesus〔1948年〕,401。「主の道」『リアホナ』2003年1月号,7で引用,強調付加)

世俗的な事柄が生活の中に入り込んで来る今の世の中で,試練や困難にのみ込まれそうになるとき,自分だけの特別で霊的な経験を思い出しましょう。信仰というこれらのブロックがあれば,思いやりと愛に満ちた天の御父がおられ,主イエス・キリストが救い主であられ,回復されたこの教会がまことの生ける教会であるという確信と安心を得られるのです。このことを,イエス・キリストの御み名なによって証します,アーメン。