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4.オハイオ州カートランド、1830-1838年


4.オハイオ州カートランド、1830-1838年

教会歴史の地図4

北

モーリーの農場

チャグリン川東支流

至ウィラビー

至メントー

製材所

マーケル通り

製粉所

バプテスマ執行場所

ホイットニーの家

至ペインズビル

ホイットニーの店

皮なめし所

ジョンソンの宿

学校

カウドリ通り

灰焼場

ストーニー川

ジョセフ・スミス・ジュニアの家

ジョセフ・スミス・ジュニアの雑貨店

至チャードン

墓地

ホイットニー通り

印刷所

カートランド神殿

シドニー・リグドンの家

銀行

チリコース街道

ジョセフ通り

ハイラム・スミスの家

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  1. ニューエル・K・ホイットニーの家 ジョセフとエマは、1831年に初めてカートランドに来た後、数週間ここに住んでいた。ジョセフはここで幾つかの啓示を受けた。

  2. アイザック・モーリーの農場 ジョセフとエマ・スミスは、1831年3月から9月までここに住んでいた。最初の大祭司たちがここで聖任された。ジョセフは『聖書』のジョセフ・スミス訳に携わった。

  3. ニューエル・K・ホイットニーの店 ここで大管長会に王国の鍵が授けられた。1833年の冬の間、ここで「預言者の塾」が開かれた。ジョセフ・スミス訳は1833年にはここで完成途上にあった。ジョセフとエマは、1832年から1833年までここに住んでいた。ジョセフはここで多くの啓示を受けた。

  4. ジョンソンの宿 この宿にはカートランドで最初の印刷所があった。ミズーリ州ジャクソン郡で印刷機が壊された後、The Evening and the Morning Star(『イブニング・アンド・モーニング・スター』)がここで印刷された。十二使徒たちは、1835年5月4日にここから最初の伝道に出かけた。

  5. ジョセフ・スミス・ジュニアの家 ジョセフとエマは、1833年の終わりごろから1838年の始めまでここに住んでいた。アブラハム書の翻訳が完了し、またジョセフはここで幾つかの啓示を受けた。

  6. 印刷所 Lectures on Faith(『信仰に関する講話』)はこの建物で配布された。十二使徒定員会と七十人第一定員会がここで召され、聖任された。『教義と聖約』(初版)、『モルモン書』(第2版)、The Evening and the Morning Star(『イブニング・アンド・モーニング・スター』)、Latter Day Saints’ Messenger and Advocate(『末日聖徒のメッセンジャー・アンド・アドボケート』)、最初の数版のElders’ Journal(『エルダーズ・ジャーナル』)がここで印刷された。

  7. カートランド神殿 この神殿はこの神権時代の最初の神殿である。イエス・キリストが御姿を現し、神殿を受け入れられた。モーセ、エライアス、エリヤが現れ、それぞれ神権の鍵を回復した(教義110章参照)。「預言者の塾」もここで集会を行った。幾つかの啓示がここで与えられた。教義と聖約第109-110、137章。

    カートランド 1835年8月17日に『教義と聖約』が聖典とされた。カートランドで受けた啓示として次のものがある。教義と聖約第41-50;52-56;63-64;72;78;84-98;101-104;106-110;112;134;137章。教義と聖約第104章では、共同制度に参加している教会員に管理人の職として特定の財産が与えられるとされている(19-46節参照)。