2000–2009
万事があなたがたの益となるようにともに働くであろう
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万事があなたがたの益となるようにともに働くであろう

探し,祈り,信じるとき,日々の奇跡に気づき,人の生活に奇跡を起こせるようになれます。

わたしは読書が好きです。でも,主人公が危険や悲劇,複雑な状況に遭遇すると,やきもきしてきます。そんなときは結末を先に読んで,結局は問題がすべて解決しているのを確かめずにはいられません。

人は皆,ある意味で自分が主人公の小説,人生という物語を生きています。時々,物語はとても厳しいものに思え,結末を最初に読んで最後にはすべてがうまくいっているかどうか確かめたくなります。将来経験する出来事の詳細は分かりませんが,幸いにもわたしたちは,ある事柄については,ふさわしければどうなるかをあらかじめ知っています。

教義と聖約第90章24節は意味深い教えです。「熱心に探し,常に祈り,そして信じていなさい。あなたがたがまっすぐに歩〔む〕ならば,万事があなたがたの益となるようにともに働くであろう。」この驚くべき約束,万事がわたしたちの益となるように働くという主の約束は,聖文に繰り返されています。特に人生の物語で試練に遭う人や預言者に対して,繰り返しその約束が与えられています。

この約束を与えられたとき,優しく,愛にあふれる御父は,人を祝福し,人生の旅を歩むときに希望を持つべき理由を教えたいと願っておられたのではないかと思います。聖文には,御父の約束を理解し,信じ,「はるかにそれを望み見て喜〔んだ〕」忠実な人々がいますが(ヘブル11:13),そのように最後には万事がわたしたちの益となるように働くと知っていれば,困難に耐えるときの力となります。わたしたちもその約束を喜んで受け入れることができます。

約束がすぐに成就じょうじゅすることがある一方で,何年も願い求めた末にやっと成就することもあります。忠実なアブラハムのように,約束を信じてもこの世では成就せず「信仰をいだいて死んだ〔が〕まだ約束のものは受けていなかった」ということもあるかもしれません(ヘブル11:13)。約束が成就するのは永遠の世に行ってからかもしれませんが,探し,祈り,信じるときに,物事が自分の益となるようにともに働くのが,この世で分かるのも事実です。

使徒たちがイエスの死後経験したことを読むと,何度も残忍な迫害を受け,投石され,投獄されたのが分かります。しかし彼らは勇気と信仰を持っていました。最終的に万事が益となるようにともに働くと知っていました。しばしば経験する祝福と奇跡により,すべてがうまくいくと知っていました。支えと教えと守りを受けながら,はるか未来の約束だけでなく,今この瞬間に対する約束をも喜んで受け入れていたのです。

ヘロデ王に投獄されたペテロは,驚くべき奇跡を経験しました。使徒仲間のヤコブは殺され,16人の兵卒から注意深く見張られていたペテロは,リバティーの監獄にいた預言者ジョセフ・スミスと同じ気持ちだったことでしょう。そのときジョセフは主から次の約束を受けます。「これらのことはすべて,あなたに経験を与え,あなたの益となるであろう。」(教義と聖約122:7)そのような試練の中で,その約束を信じるのは難しいことでしょうが,ジョセフがそうだったように,ペテロは主の祝福を受けました。

教会の人々は集まってペテロのために「熱心な祈いのり」をささげていました。すると,不思議なことが起きます。その夜,天使が,二人の兵卒の間で,二重の鎖に縛られて寝ていたペテロの「そばに立ち」,彼を「起おこし」ます。「すると鎖が彼の両手から,はずれ落ちた」のです。これは夢だと思いつつもペテロは天使に従い番兵を通り過ぎ,鉄門を抜けて通りに出ます。すると「とたんに,御使みつかいは彼を離れ去」りました。そして,それが夢でなかったと知ります。ペテロは奇跡によって解放されました。主は彼を,まさにその時点で,祝福されたのです。

教会員は一つの家に集まってペテロのために祈っていました。ペテロがその家の門の戸をたたくと,ロダという,ちょうど皆さんのような若い女性が出て来て,ペテロの声を確認します。聖文には彼女は「喜〔んだ〕」とあります。喜びのあまりロダはペテロを中に入れるより先に,ペテロが門の外に立っていることを皆に知らせようと走って引き返します。皆はロダの話が信じられず,ロダに自分の言っていることが分かっていないのではないかと言います。その間ペテロはずっと門をたたき,待っていました。ようやく出て来た人々は,ペテロがそこにいるのを見て「驚」きました(使徒12:4-17参照)。

奇跡を祈り求めていたはずですが,祈りに対する主の答えを受けたときには,驚いてしまいました。奇跡的な方法でこたえてくださった主の慈いつくしみに,皆驚嘆したのです。わたしたちは生活の中で約束の成就を認識しているでしょうか。救い主は「目があっても見えないのか」とお尋ねになりました(マルコ8:18)。わたしたちは見る目を持っていますか。

人生の物語で危険や困難に遭遇している若い女性はどこにもいます。ペテロのように「天使たちはあなたがたの周囲にいて,あなたがたを支え」てくれます(教義と聖約84:88)。天使はこの世の重荷に耐えるときに支えてくれます。生活の中で,そばにいてわたしたちを愛してくれ,主の御手みてに使われる者になろうとしてくれる人がそのような天使となってくれることがあります。スペンサー・W・キンボール大管長は言いました。「神は人に心を留め,見守っておられます。しかし,神が人の必要を満たされるのは,通常はほかの人を介してです。だからこそ,神の王国にあって互いに仕え合う必要があるのです。」(“There IsPurpose in Life”New Era,1974年9月号,5)

すばらしい若い女性と若い女性の指導者,母親と父親,そして,互いに強め合う良い友人に感謝します。皆さんは,天の御父の愛する子供たちの生活の中で,御父の約束が成就するよう助ける天使なのです。

オクラホマ州に住んでいるある若い女性たちは,耳の不自由なある一人の姉妹をビーハイブに迎える最も良い方法を知るために天の御父に祈りました。主の道具,文字どおり主の御手みてとなって彼女を助けようと,一生懸命努力しました。彼女たちがビーハイブの新しい仲間アレクシスを支える天使になったとき,ワード全体に奇跡が起きました。

アレクシスの言葉です。「若い女性に上がるのは期待と不安がありました。耳が不自由なので,母がいつも手話で助けてくれます。開会の歌と祈りの後,若い女性会長のホスキン姉妹が『プレゼントがあるの』と言って,皆で立って手話で何かを伝えてくれました。特別なものだと分かりました。後でそれは若い女性のテーマだと知りました。わたしを驚かすために,若い女性のみんなが練習してくれていたのです。

地上で愛を示してくれるすばらしい人たち,特に手話で福音を学ぶ助けをしてくれる若い女性のクラスのみんなと,若い女性の指導者たちがいてくれるので,天父が愛してくださっていることが分かります。」(中央若い女性会長会への手紙から)

若い女性会長のホスキン姉妹は,アレクシスを助ける方法を知るために熱心に祈りました。こう書いています。

「ワードの若い女性会長になってやっとまだ1週間しかたっていないときに,ビーハイブに進級してくる一人の子について心配するようになりました。聴覚障害者のアレクシスが皆に溶け込むのをどう助け,皆が仲間であることをどのように伝えられるか,心配でした。何日も悩み,何度も祈りました。ある夜,夢で目が覚めました。夢の中で,若い女性が全員立ち上がり,手話で若い女性のテーマを伝えていました。わたしは祈りの答えが分かりました。

練習は大変でした。何時間もかかりました。最初のミューチャルはそれだけで終わり,その後も毎週練習しました。アレクシスの誕生日になって,皆『秘密のプレゼント』のことで落ち着きませんでした。アレクシスとお母さんを皆の前に連れて来て,手話で伝えました。『プレゼントがあるの。今からあなたは仲間よ。』皆立ち上がり,声を出しながら手話でテーマを暗唱しました。御霊みたまを強く感じ,皆泣いていたので,声が出せませんでした。でも立派にできました。アレクシスの顔は輝き,自分が仲間だと分かったのです。

天の御父がわたしたちみんなを愛しておられることを知りました。御父の声となり手となって,御父の愛を感じてもらえるよう助けになれることも分かりました。仕えることで最高の喜びを得られることも知りました。努力が必要で,不可能に思えるときでも,導きに従うことの大切さを学びました。」(中央若い女性事務局所有の手紙)

アレクシスのお母さんが,母として娘に抱くごく普通の夢と希望を抱いて,アレクシスのために何年も祈ってきたことを考えてください。お母さんの言葉です。「障害を持つ娘の母親として,娘に少し手を貸すことには慣れています。耳が聞こえませんから,よく隣で手話をします。若い女性全員が娘のために手話で若い女性のテーマを暗唱し始めたとき,わたしがどう感じたかご想像いただけるでしょう。涙を浮かべながら見ていると,マタイによる福音書第25章40節の聖句が思い出されました。『わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは,すなわち,わたしにしたのである。』

その日以来,ワードの若い女性たちは愛を示し,すばらしい奉仕をしてくれています。時間をかけ努力して手話を学び,今では教会でアレクシスのために通訳をしてくれます。わたしは娘が幸せで,進歩し,愛されていることが分かるようにと,いつも祈ってきました。

若い女性とその指導者の奉仕と愛を見るにつけ,親として救い主に対する証あかしが強められました。娘に対する不安が重荷だったこともありましたが,忠実な若い女性たちと彼女たちの思慮深い指導者の行いによって,心が軽くなりました。」この母親は主の助けを求めて祈りました。そして今,目の前で,地上の天使の助けにより,万事が娘の益となるようにともに働いているのです。

ワードの若い女性も,この奉仕によって成長できたと言っています。ローレルのクラス会長は,テーマを手話で覚えるのは大変だったけれど,努力する中で御霊の助けを感じたと言っています。「いつものように早口では暗唱しませんでした。言葉についてよく考えながら,よく理解してもらえるように手話をしました。アレクシスがテーマを理解し,自分が神の娘であることが分かったと聞いて,うれしいです。」

さらに,若い男性も加わりました。ミューチャルのダンスパーティーの前に「一緒に踊っていただけますか」という手話を覚えたのです。その結果,アレクシスは全曲踊ることになりました。祭司たちは聖餐せいさんの祈りの手話も覚えました。愛の精神がワード全体を包みました。

どこのワード,支部,家庭,家族にも,肉体的,情緒的,霊的に特別な助けを必要とするアレクシスがいます。彼らは困難な中で,やがて「万事が〔自分〕の益となるようにともに働く」ように祈り,信じています。わたしたち一人一人が主の御手に使われる地上の天使となり,奇跡を起こす助けができるのです。

天の御父が優しく愛にあふれる親であり,持てるすべてのもので人を祝福したいと望んでおられることを証します。探し,祈り,信じるとき,日々の奇跡に気づき,人の生活に奇跡を起こせるようになれます。「万事があなたがたの益となるようにともに働くであろう」という御父の約束を確信できますよう,イエス・キリストの御名みなにより,アーメン。