2000–2009
勇気が求められる
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勇気が求められる

多数意見に挑む勇気,原則を守る勇気を持ちましょう。妥協しない勇気が,神が承認された恵みをもたらすのです。

ここから見る皆さんの姿は実に壮観です。またこの時間に,同胞はらからである神の神権者が世界中の何千とある教会堂で,衛星中継を使ってこの放送に見入っていることを思うと,畏敬いけいの念さえ覚えます。その国籍は異なり,話す言葉は様々でも,わたしたちは共通の糸で結ばれています。わたしたちは信任を受けて神権を授かり,神の御名みなによって行動することができます。神の信頼を受け,大きな期待を寄せられているのです。

その昔,有名な作家チャールズ・ディケンズは,将来待ち受ける機会を作品にしました。『大いなる遺産』と題する彼の傑作の中で,フィリップ・ピリップ,または「ピップ」としてよく知られた少年が描かれています。ピップは特異な環境に生まれ,孤児でした。彼の心からの望みは学者になり,紳士になることでした。しかし,彼の願いや望みは,どれもかなわぬものに思えました。若い男性の皆さん,時々そのように感じませんか。大人のわたしたちでも,同じような気持ちになりませんか。

そんなある日,ジャガーズと名乗るロンドンの弁護士が幼いピップに会いに来て,見ず知らずの慈善家が彼に財産を残したことを告げました。そして彼の肩に手を回して言いました。「君は莫大ばくだいな遺産を手に入れたんだ。」

今晩,若い男性の皆さんを見て,皆さんが何者で,将来何になるのか理解したうえで,こう宣言します。「皆さんは莫大な遺産を手にしました。」それは見ず知らずの慈善家からでなく,よく知られた慈愛の御方,天の御父からのもので,皆さんに大きな期待が寄せられているのです。

人生の旅路でたどる道は,障害物や落とし穴,わなを取り払った高速道路ではありません。むしろ分かれ道や曲がり角のある小道です。常に決断に迫られます。賢明な決断を下すには勇気が必要です。「いいえ」と言う勇気,「はい」と言う勇気です。そのような決断が行く末を決めるのです。

だれもが常に勇気を求められます。これまでずっとそうであり,これからも変わることはないでしょう。

アメリカ南北戦争当時,グレーの軍服をまとい南軍の歩兵を務めた若者が,ある軍人指揮官の勇気について記録しています。彼はJ・E・B・スチュアート司令官の影響力について次のように記しました。「〔勝敗を決する重大な局面になると,〕彼は敵に向かって手を振り挙げて叫んだ。『進め,前進だ! わたしに続け!』

兵士たちは勇気と不屈の精神をもって,司令官の後に〔続いて〕怒濤どとうの勢いで突進し,目的地を攻め落とした。」1

さらに時代をさかのぼり,遠く離れた地で,別の指導者が同じ呼びかけをなさいました。「わたしについてきなさい。」2この御方は戦争の司令官ではなく,平和の君,神の御子でした。その当時,主に従った人々や,現在主に従っている人々は,はるかに重要な勝利を手にし,その結果は永遠に続きます。とはいえ,勇気は常に必要なのです。

聖典はこの真理を明らかにしています。エジプトに売られたヤコブの子ヨセフは,ポテパルの妻から誘惑されたとき,勇気ある固い決意を示してはっきりとこう言いました。「『どうしてわたしはこの大きな悪をおこなって,神に罪を犯すことができましょう。』……ヨセフは聞き入れず……外にのがれ出」ました。3

現代において,ある父親はこの勇気の模範を子供たちの生活に当てはめて,こう助言しました。「いてはならない場所にいることに気づいたら,そこから逃れなさい。」

ヒラマンの2,000人の若者たちの生き方に啓発されない人がいるでしょうか。彼らは両親の教えに従う勇気,そして純潔と清さを守る勇気が必要であることを教え,自らそれを示しました。4

恐らくこうした記録の最後を飾るのは,モロナイの模範でしょう。彼は最後まで正義を守る勇気を持っていたのです。5

これらの人は皆,モーセの次の言葉から力を得ました。「あなたがたは強く,かつ勇ましくなければならない。……恐れ,おののいてはならない。あなたの神,主があなたと共に行かれるからである。主は決してあなたを見放さず,またあなたを見捨てられないであろう。」6 主は彼らを見放さなかったように,わたしたちを見放されないでしょう。彼らを見捨てなかったように,わたしたちをお見捨てにならないでしょう。

人生において日々刻々と,皆さんやわたしに導きを与えてくれるのは,この慰めに満ちた確信です。もちろん,恐れを感じ,あざけられ,妨害に遭うこともあるでしょう。多数意見に挑む勇気,原則を守る勇気を持ちましょう。妥協しない勇気が,神が承認された恵みをもたらすのです。勇気は,死を恐れない勇敢な態度としてだけでなく,ふさわしく生きる決意として理解するとき,いきいきとした魅力ある徳になります。道徳的な意味での臆病おくびょう者とは,人から反対されたり笑われたりするのを恐れて,自分が正しいと思うことを実行しない人のことです。恐れはだれにでもあることを忘れないでください。しかし,その恐れに毅然きぜんとして立ち向かう人には勇気もあります。

わたしが勇気について経験したことから,軍隊での話を紹介しましょう。

第二次世界大戦が終わりに近いころ,わたしは合衆国海軍に入隊しました。それはチャレンジに満ちた経験でした。雄々しい行いや勇敢な行動,勇気の模範について学びました。中でもよく覚えているのは,18歳の水兵が示した静かな勇気です。彼は末日聖徒ではありませんが,祈りを少しも恥としませんでした。250人の隊員の中で,毎晩ベッドの傍らにひざまずいて祈るのは彼だけでした。時には興味本位のからかいや不信者からのあざけりの中で,彼は頭こうべを垂れて,神に祈りました。決してひるまず,ためらうこともありませんでした。彼には勇気があったのです。

わたしは詩人エラ・ウィーラー・ウィルコックスの次の詩が好きです。

人生が歌のように流れているとき

人はだれでも陽気でいられる。

しかし,何一つうまくいかないとき,

ほほえむことのできる人こそ,

価値ある人7

ポール・ティンギーはそのような人でした。ちょうど1か月前,わたしはソルトレーク・シティーで行われた彼の葬儀に参列しました。ポールは立派な末日聖徒の家庭で育ち,ドイツで宣教師として主に仕えました。伝道中の同僚には,七十人第一定員会のブルース・D・ポーター長老がいます。ポーター長老は,ティンギー長老が最も献身的で成功を収めた宣教師の一人であると述べています。

伝道が終わると,ティンギー長老は家に戻って大学を卒業し,すてきな女性と結婚

し,二人で子供たちを育てました。彼は監督として仕え,仕事でも成功しました。

その後,何の前触れもなく,神経組織が恐ろしい病気に侵されました。多発性硬化症でした。この疾病に襲われたポール・ティンギーは,雄々しく闘いましたが,残りの人生を治療施設で過ごすことになります。彼はそこで悲しむ人を元気づけ,すべての人を喜ばせました。8 わたしはそこの教会の集会に出席する度に,ほかの人と同じように,ポールによって霊を鼓舞されました。

2002年にソルトレーク・シティーでオリンピックが開かれたとき,ポールは特定の区間の聖火リレーを行うよう選ばれました。このことが治療施設で発表されると,集まった患者たちから喝采かっさいが起こり,心からの拍手がホールにこだましました。わたしがお祝いの言葉をかけると,彼は限られた発声法で言いました。「聖火を落とさなければいいけど。」

兄弟の皆さん,ポール・ティンギーは聖火を落としませんでした。それ以上に,彼は人生において,その最後の日まで自分の聖火を雄々しく運んだのです。

霊性,信仰,決意,勇気,ポール・ティンギーはすべてを備えていました。

ある人が言ったように,勇気とは恐れないことではなく,恐れを克服することです。9 時には,失敗から立ち上がって再び努力するために,勇気が必要になります。

10代の若いころ,教会のバスケットボールの試合に参加しました。形勢は不利で,試合の後半が始まるとすぐに,コーチはわたしをコートに入れました。わたしはパスを受け,ドリブルしてフリースローゾーンに近づき,シュートしました。ボールが

指から離れた瞬間,なぜ相手チームがわたしを止めようとしなかったのか分かりました。味方のリングにシュートしたのです。わたしは心の中で祈りました。「どうか,ボールが入りませんように。」ボールはリングの縁を回って外に落ちました。

観客が大声で叫びました。「モンソンを出せ,モンソンを出せ,モンソンを出せ,コートの外に!」コーチはそうするしかありませんでした。

その後何十年もして,わたしは十二使徒評議会の一員としてほかの中央幹部と一緒に,ある新たに完成した教会堂を訪れました。そこの体育館には,通常よりも固いカーペットを実験的に敷き詰めていました。

数人が床の具合を調べていると,その当時管理監督会にいたJ・リチャード・クラーク監督が,突然バスケットボールをわたしに投げて,こう言いました。「そこからシュートを決めることはできないと思うよ。」

わたしは現在スリーポイントラインと呼ばれる位置より後ろに立っていました。この位置から成功したことは一度もありません。そのとき十二使徒のマーク・E・ピーターセン長老が大声で言いました。「彼にはできる!」

わたしは味方のリングにシュートした昔の恥ずかしい経験を思い出しました。それでもねらいを定めてボールを放つと,ネットを揺らして入りました。

クラーク監督はわたしの方にボールを投げて,もう一度言いました。「2度目はできないだろう。」

ピーターセン長老が声を上げました。「もちろん,できる!」

ある詩人の言葉が心にこだましました。「我らを導け,おお,我らを導け,偉大な創造主,闇やみより外へ,再び闘うために。」10

わたしはシュートしました。ボールは弧を描いてリングに吸い込まれました。

それで教会堂の視察は終わりました。昼食のとき,ピーターセン長老はこう言いました。「プロバスケットボールの先発メンバーに入れたかもしませんね。」

アロン神権とメルキゼデク神権という神の神権を持つ者として,自分の義務について深く考えるとき,バスケットボールの勝ち負けは,わたしたちの思いから消えていきます。わたしたちは主の戒めに従い,主に仕えるために受けた召しにこたえることにより,自分自身を備えるという神聖な義務を負っているのです。

神の神権に聖任されたわたしたちは,違いを生み出す力があります。主の助けを受けるにふさわしければ,少年を育成し,男性を本来の道に戻し,主の聖なる業に仕えて奇跡を行うことができます。機会は無限にあるのです。

課せられた務めは膨大に見えても,わたしたちを力づける真理があります。「今日こんにちの世の中における最大の力は,人を介して現れる神の力である。」主の用向きを受けている人には,主の助けを得る権利があります。しかし,その助けは,わたしたちのふさわしさに基づいています。現世の海を安全に渡り,人命救助という使命を果たすために,永遠の航海士,大いなるエホバの導きが必要です。わたしたちは天よりの助けを得るために,神を仰ぎ見て,人に手を差し伸べるのです。

差し伸べるその手は清いでしょうか。思いは純粋でしょうか。歴史を振り返ると,死に瀕ひんしたダリウス王の言葉から,ふさわしさについての教訓を学ぶことができます。ダリウスは然しかるべき儀式を通して,エジプトの正当な王と認められていました。ライバルのアレクサンダー大王も,アモンの正当な息子であると宣言されていました。彼も王だったのです。戦いに敗れたダリウスが死にかけていることを知ったアレクサンダーは,彼を癒いやいやすために頭に手を置き,立ち上がって王の力を取り戻すように命じ,最後にこう言いました。「ダリウスよ,わたしはあらゆる神々に誓って,これらのことを偽りなく真心から行うものである。」ダリウスは穏やかに諭して言いました。「アレクサンダーよ……その手で天に触れることができると思っているのか。」11

兄弟の皆さん,自らの義務を学んで,与えられた召しを尊んで大いなるものとするとき,主はわたしたちの働きを導き,わたしたちが仕える人々の心に触れてくださるのです。

何年も前になりますが,わたしは監督として,夫に先立たれたマティーという年輩の姉妹をよく訪問しました。マティーとはずっと昔からの知り合いで,その孤独な境遇には胸が痛みました。かわいがっていた息子は遠くに住み,何年も母親に会いに来ませんでした。マティーは通りに面した窓際で,何時間も寂しい思いで待ち続けました。何度も開け閉めしたために擦り切れてきたカーテンの陰で,落胆した母親は自分に言い聞かせました。「ディックは来る。ディックは必ず来る。」

しかし,ディックは来ませんでした。月日は流れ,やがて太陽の光のように,教会の活動がディックの生活を照らしました。かつてわたしのワードのアロン神権者だったディックは,当時,母親から遠く離れたテキサス州ヒューストンに住んでいました。彼はわたしに会いにソルトレークに来ました。彼は到着すると電話をくれ,生活が変わったことを興奮ぎみに報告しました。そして,直接事務所に行ったら都合はどうかと尋ねました。わたしは喜びましたが,こう言いました。「ディック,まずお母さんのところへ行ってから,わたしのところへ来なさい。」彼は喜んでわたしの言葉に従いました。

ディックがわたしの事務所に来る前に,母親のマティーから電話が入りました。その声は喜びにあふれ,涙にむせんでいました。「監督,ディックが来るのは分かっていたわ。言ったとおりでしょう。窓から息子が見えたのよ。」

数年後に,マティーの葬儀で,ディックとわたしはそのときの経験について話しました。わたしたちは,息子に対する母親の信仰という窓を通して,神の癒いやしの力をかいま見たのです。

時は過ぎていきます。しかし,義務は常にあります。義務は薄らぐことも,減ることもありません。破局へと向かう争いが移り変わっても,人の魂を勝ち取る戦いはやむことがありません。主の言葉はラッパのように,皆さんやわたしに,そしてあらゆる場所にいる神権者に向かって響きわたるのです。「それゆえ,今や人は皆,自分の義務を学び,任命されている職務をまったく勤勉に遂行するようにしなさい。」12

わたしたち一人一人がそのように行う勇気を持てるよう,イエス・キリストの御名みなによって祈ります。アーメン。