2000–2009
信じましょう!
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信じましょう!

自分を信じましょう。決して独りではないことを信じましょう。常に導かれていることを信じましょう。

数か月前,自分が育ったステークの若い女性に話すよう招待を受けました。わたしは胸を躍らせ,その日を心待ちにしていました。会場へは母とともに行き,時間よりも少し早く着きました。集会は,わたしが大学に入って家を離れるまでずっと通っていた教会堂で行われたのです。長い間戻ったことがなく,建物に入ったらどんなことが起きるか想像もつきませんでした。中に入ると思い出が次々とよみがえり,わたしは泣き出してしまいました。その姿を見た母はこう言いました。「イレイン,まだ泣くには早いわよ。」しかし,美しい大理石の階段を上がった所にある監督室を見上げると,また涙があふれてきたのです。そこは父が監督として奉仕したときに使っていた部屋でした。階段を上がり切ると,監督室の扉は開いていました。中に入ると,そこは小さな教室に改装されていて,さらにたくさんの思い出がよみがえってきました。記憶の中に,父が机の後ろに座り,幼いわたしが向かいのいすに座って什分じゅうぶんの一を納めている姿が見え,さらに若い女性になって面接や神権の祝福を受ける光景が思い浮かびました。その建物を愛するわたしの気持ちは,そこで体験した霊的な経験や思いに深く結びついていました。

少女のころ,わたしはよく監督である父と一緒に教会へ行き,集会や面接が終わるまで待っていました。いつも探検をして暇をつぶしたものです。建物の隅々まで知り尽くしていました。お気に入りの一つは,塔の部屋でした。そこは長い階段のいちばん上にある広い部屋で,救い主の絵が大きな暖炉の真上に掛けられていました。いつもその部屋に引き寄せられました。階段を上がり,敬虔けいけんな気持ちで足を踏み入れるのです。そしていすに腰かけ,救い主の絵を眺めては天の御父によく祈ったものです。簡単な祈りばかりでした。しかし,祈るときにいつも特別な気持ちに包み込まれ,主が幼いわたしの祈りをお聞きになっていることが分かりました。わたしの信仰はそこで芽生えたのです。

主はこう約束されました。「熱心に探し,常に祈り,そして信じていなさい。……万事があなたがたの益となるようにともに働くであろう。」(教義と聖約90:24,強調付加)これは万事がスムーズにいくとか,試練がないという意味ではありません。わたしたちが「堪え忍ぶ」ならば良い結果が生まれるということです。わたしたちには「信者の模範にな〔る〕」機会が与えられており(1テモテ4:12),救い主は「信ずる者には,どんな事でもできる」と約束されています(マルコ9:23)。ですから,自分を信じましょう。決して独りではないことを信じましょう。常に導かれていることを信じましょう。

自分を信じましょう

十二使徒定員会のデビッド・B・ヘイト長老は,皆さんについてこう語りました。「わたしたちは皆さんを信じています。皆さんの両親やきょうだいもそうです。神は皆さんが最善を尽くすよう期待しておられます。ですから,皆さんは自分自身を信じなくてはなりません。困難な局面を迎えても,決してあきらめないでください。皆さんは偉大な業の基もといを据えているのであって,その偉大な業とは皆さん自身の人生なのです。」(「備えの時」『聖徒の道』1992年1月号,43参照)

ゴードン・B・ヒンクレー大管長は,次のように語りました。「わたしは自分自身を信じています。うぬぼれの気持ちで言っているのではありません。わたしや皆さんの能力を信じているのです。善を行い,自分の住む社会に貢献し,自分が成長,向上する能力,今は不可能と思えるような事柄を実現する能力を信じています。……また,世において違いを生み出せるという原則も信じています。それはほんのささいな違いかもしれません。しかし,より良い世界を実現するうえで役立つはずです。」(「私は信じる」『聖徒の道』1993年3月号,8参照)

皆さんは,この地上に生を受けた最も偉大な若い女性の世代の一人です。地上に来る前に御父のみもとで教えを受け,特別な目的のために地球に来るよう取っておかれました。皆さん一人一人には,ほかの人では同じように成し遂げることのできない役目があります。果たすべき使命があるのです。

皆さんは信者の一人として義にかなった模範を示すことにより,世において違いを生み出すことができます。ですから,「善を行うことに疲れ果ててはな〔りません。〕あなたがたは一つの大いなる業の基を据えつつあるからで〔す。〕」(教義と聖約64:33)

決して独りではないことを信じましょう

信者の模範になろうと努力するとき,孤独を感じることもあるでしょう。義にかなった,清い人間になろうと懸命に努力しているのは自分だけではないかと感じるかもしれません。また,行動や言葉遣い,外見を慎み深いものにしようとしているのは自分一人ではないかと感じることもあるでしょう。しかし,皆さんは独りではありません。世界中の何千という若い女性が,皆さんと同じように信者の模範になろうと努めています。

メキシコ・ハラパに住む二人の若い女性,カルメリタとロサリオはそのような信者です。二人は家族の中で唯一の教会員であり,家族と離れて暮らしています。彼女たちの小さな家を訪問したとき,二人は次のように話してくれました。「天の御父がわたしたちをとても愛しておられることが分かります。福音を教える宣教師を送ってくださったからです。」状況は大変ですが,二人は毎日天の御父の愛に満ちた助けと導きに頼っています。

カルメリタとロサリオ,そして皆さんに証あかしします。皆さんは独りではありません。主はこう約束されました。「わたしはあなたがたに先立って行こう。わたしはあなたがたの右におり,また左にいる。わたしの御霊みたまはあなたがたの心の中にある。また,わたしの天使たちはあなたがたの周囲にいて,あなたがたを支えるであろう。」(教義と聖約84:88)

導かれていることを信じましょう

熱心に聖文を探求し,常に祈るなら,皆さんは主に導かれるでしょう。モンゴルに住むある若い女性は,宣教師がモルモン書の聖句を読み上げる中,預言者の言葉を聞きました。まだモルモン書が彼女の国の言葉に翻訳されていなかったのです。しかし,宣教師が聖文を訳し,彼女は信じてバプテスマを受けました。彼女はモンゴルの信者たちの模範になりました。

彼女は後にソルトレーク・シティーへ伝道に召されました。その喜びは大きなものでした。彼女は英語を学び,自分の聖典を購入しました。我が家を訪れたとき,自分の新しい聖典から敬虔な態度で読んでくれました。聖典を愛していて,すべてのページのほとんどすべての聖句に黄色い印が付けてありました。わたしはこう言いました。「サランツェツェグ姉妹,あなたの聖典は金版のようですね。」すると彼女はこう答えました。「好きな箇所に印を付けているだけです。」

聖典に記されているすべての事柄は,わたしたちの生活に当てはめることができます。聖文はわたしたちの疑問に答え,模範となる人々や英雄を示し,問題や試練に対処する方法を理解できるよう助けてくれます。読んだ聖句が祈りの答えになることが往々にしてあるのです。

わたしが皆さんの年ごろのとき,父親が重い病気にかかりました。初めはただのインフルエンザだと思っていましたが,日がたつにつれ,病気はどんどん重くなっていきました。「常に祈る」(2ニーファイ32:9)ことの意味を知ったのはこのころです。心の中でいつも祈り,静かな場所を見つけては,父を証癒いやしてくださるよう天の御父への祈りを通して心を注ぎ出しました。数週間患った末,父は亡くなりました。わたしはショックを受け,不安に駆られました。心から愛する父を亡くして,わたしたち家族はこれからどうなるのでしょうか。どうやって前進して行けばよいのでしょうか。わたしの熱心な祈りは聞かれなかった,またこたえられなかったと感じました。信仰が試されました。天の御父に祈り,次のように尋ねました。「天のお父様,ほんとうにそこにいらっしゃいますか。」

何か月もの間,助けと導きを求めて祈りました。家族のために,また父がどうして癒いやされなかったかを理解できるよう祈りました。しばらくの間,天は黙しているかのようでした。それでも家族で慰めと導きを求めて祈り続けました。わたしも一人で祈り続けました。すると,数か月後のある日,聖餐せいさん会に出席していると聖句を通して答えが与えられたのです。話者はこう言いました。「心をつくして主に信頼せよ,自分の知識にたよってはならない。すべての道で主を認めよ,そうすれば,主はあなたの道をまっすぐにされる。」(箴言しんげん3:5-6)平安に包まれ,礼拝堂には自分しかいないように思えました。それがわたしへの答えでした。天の御父は祈りを聞いてくださっていたのです。

この経験はずっと昔のことですが,今でも鮮明に覚えています。主がわたしを導かれてきたことを証あかしします。わたしたちが主を信じて,主に信頼を寄せるなら,「万事が〔わたしたち〕の益となるようにともに働く」ことを知っています。

今皆さん一人一人に与えられている召しは,使徒パウロが若い友人テモテに与えたものと同じです。「信者の模範になりなさい。」(1テモテ4:12)皆さんはこの召しを引き受けてくれるでしょうか。世の中と主に対し,服装,言葉遣い,自分の体を尊ぶ姿勢,生活の清さによって自分の信仰を表してくれるでしょうか。

救い主を信じましょう。主は皆さんを愛しておられ,決して皆さんを独りにされないことを証します。主はこのように約束しておられます。

恐るな,われは汝なが神

常に汝なんじと共にあり

助け与え,強くして

わが正しき力をもて

汝なれを支え,励まさん

(「主のみ言葉は」『賛美歌』46番。イザヤ41:10;43:2-5も参照)

皆さん一人一人には世の中を変える力があると確信しています。自分を信じましょう。決して独りではないことを信じましょう。導かれていることを信じましょう。イエス・キリストの御名みなにより,アーメン。