2000–2009
正しいメッセージを受け取りましたか
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正しいメッセージを受け取りましたか

わたしたちは自分の生活を整えなければなりません。そうすれば,主が望んでおられる事柄を伝える……メッセージを受けるとき,応じることができます。

愛する兄弟姉妹と友人の皆さん,わたしは友情と愛の精神をもって皆さんにごあいさつします。わたしたちは情報の行き交うすばらしい時代に生きています。電子メールやファックス,携帯電話,そのほかの手段により送られる情報量は驚異的です。実にメッセージの氾濫はんらんです。その量が膨大なため,きわめて重要なメッセージを見過ごしやすく,情報の欠如が深刻な事態を招くことがあります。

例えば,戦争のときに指揮官と前線にいる兵士の間で情報伝達ができなかったために,ひどい混乱と多くの死を招いたことがありました。第一次世界大戦のとき,前線にいる第308歩兵大隊に,いかなる代償を払ってでもアルゴンヌの森の一部を奪って占拠するため命をかけて攻撃するように命令が下されました。その戦闘は壮絶で,大隊の右翼と左翼の支援部隊は引き揚げてしまい,大隊は包囲されて孤立しました。司令部が大隊との連絡を取れなくなったため,その大隊は「失われた大隊」として知られるようになりました。

大隊は,その所在地から司令部までメッセージを携えた伝書鳩を飛ばして連絡を取ろうとしました。しかし,鳩が放たれるや,たちまち相手軍に撃ち落とされてしまいました。「失われた大隊」は,自分たちの位置を確認できないままにその場所から大砲を撃ち,敵に多くの損害を与えました。大隊の食糧や水は尽きましたが,彼らはその地域を占拠し,ひどい損害を受けたにもかかわらず降伏はしませんでした。そしてついに,シェラミーと呼ばれた1羽の伝書鳩が,銃弾を受けたにもかかわらず,大隊の所在地を告げるメッセージを携えて司令部に到着しました。その命運をかけた1通のメッセージが届いたことで,大隊の生存者たちは救出されたのです。1

重要なメッセージを逃すと,重大な結果を招きます。特に,そのメッセージが神からのものである場合にはそうです。世界の歴史を通じて,神は様々な方法でメッセージを送ってこられました。モーセは砂漠で義理の父の羊の番をしていたとき,「しばの中の炎」2を見ました。モーセは好奇心に駆られ,どうしてしばが燃え尽きないのか知りたいと思いました。3モーセが見定めようとすると,「神はしばの中から彼を呼んで,『モーセよ,モーセよ』と言われ」ました。「彼は『ここにいます』と言」4いました。神は彼に言われました。「足からくつを脱ぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである。」5神は燃えるしばの中からモーセに語りかけられました。神はモーセに,してもらいたい仕事があると告げられました。それはイスラエルの人々をエジプトから導き出して,「乳と蜜みつの流れる地」に至らせることでした。6

かつて主の御言葉みことばは,燃えていながら燃え尽きないしばの中から発せられました。預言者エリヤは別の経験をしています。彼が待っていると,「その時主は通り過ぎられ,主の前に大きな強い風が吹き,山を裂き,岩を砕いた。しかし主は風の中におられなかった。風の後に地震があったが,地震の中にも主はおられなかった。地震の後に火があったが,火の中にも主はおられなかった。火の後に静かな細い声が聞えた。」7

メッセージはごく普通には,「静かな細い声」によって示されます。その声は,聖文や現代の預言者たち,また個人的な啓示を通じてわたしたち全員に語りかけます。

時々人は,神からのメッセージを聞きたがらないことがあります。例えば,主の御言葉はヨナに,ニネベに行って悔い改めを宣言するように告げました。しかし,ヨナはそのメッセージをないがしろにし,ヨッパへ逃れ,そこからタルシシへ向かう船に乗って主の御前みまえから去ろうとしました。しかし,主は海にひどい暴風を起こされました。水夫たちは恐れ,主をなだめようとヨナを海に投げ込みました。すると,大きな魚がヨナを飲み込み,彼は3日3晩その魚の腹の中にいました。ヨナは赦ゆるしと助けを祈り,魚は彼を陸に吐き出しました。再び,主の御言葉がヨナに下され,彼は聞き従って,ニネベの人々に悔い改めを叫ぶために出かけました。8

感覚を呼び覚ますために,燃えるしばのような驚くべき経験を必要としている人々がいるかもしれません。このような経験をすると,人,状況,目的といったものの本質が突如として認識できるようになります。わたしたちはこれが霊感であることを理解しています。人生の平凡で当たり前の事柄について,真実の意味を霊感によって理解できることは,特別な賜物たまものです。多くの人が霊感に気づきません。それは,神の「力は人々の理解では小さく見え」9るため,あるいは「しるし,すなわち天からの不思議に次第に驚かなくなってきた」10ためです。

わたしは若いときに,霊感はだれにでも与えられることを学びました。わたしは中学時代に,難しいクラスを取りました。教わっていることのほとんどが頭上を通り越して行きました。ある日,教師から一つの質問をされました。わたしはその質問に答えるどころか質問の意味すら理解できませんでした。しかし,どこからか答えが心の中に浮かんできて,わたしはそれを教師に告げました。それは正解でした。しかし,それが自分から出たものでないことを,わたしは知っていました。

では,霊感を受けたときにどうすればそれが分かるのでしょうか。エノスは述べています。「わたしがこのように心を込めて祈っていると,見よ,再び主の声がわたしの心に聞こえて……言われた。」11啓示の霊の声は必ずしも聞き取れませんが,思いや感情を通じて神聖な確信を与えます。教義と聖約の中で告げられているとおりです。「あなたに降くだってあなたの心の中にとどまる聖霊によって,わたしはあなたの思いとあなたの心に告げよう。」12わたしたちはその神聖な声に対する感性を養わなければなりません。

わたしが手にした最初のラジオは鉱石ラジオでした。特定のラジオ局の周波数に合わせるのは難しいことでした。電波受信に用いる鉱石の小さな凹凸部分に検波器の細い金属針を当て,受信できる位置を探りながら周波数に合わせていかなければなりません。その受信点からどちらかに1ミリずれただけで,電波を受信できず,雑音が入ります。長い間忍耐し,我慢し,目を凝らし,手が震えないようにすることで,わたしはあまり苦労なく鉱石上の受信点を見つけられるようになりました。

霊感についても同様です。神からの霊感の波長に自分を合わせ,雑音を回避しなければなりません。波長を合わせるように努めなければなりません。ほとんどの人は波長を合わせられるようになるのに長い時間を要するでしょう。わたしが中央幹部として新たに召されたとき,当時70歳代だったマリオン・G・ロムニー副管長はわたしたちにこう言いました。「わたしには,自分が御霊みたまを受けて働いているときと,そうでないときが分かります。」御霊に導かれているときが分かるのは,崇高な賜物です。

現代のコミュニケーションの点から見ると,鉱石ラジオは,人がコミュニケーションの暗黒時代から抜け出す助けになりました。技術の進歩で,現在,携帯電話が多くのコミュニケーションに使用されています。しかし,時折,携帯電話への信号が受けられないデッドスポットがあります。携帯電話の利用者がトンネルや渓谷にいるとき,あるいはそのほかの妨害があるとき,このことが起こります。

神聖なコミュニケーションについても同様です。静かな細い声は,静かで細くはありますが,非常に力強いものです。それは「万物を貫き通してささやき」13ます。しかし,古い鉱石ラジオと同じように,メッセージが届いていても,受け取れないことがあります。恐らく,生活の中のある部分がそのメッセージを聞くのに妨げとなっているのでしょう。「心が鈍って」14いるためです。わたしたちは,霊的なデッドスポット,すなわち神聖なメッセージを受けられない場所や状況に身を置くことがしばしばあります。このようなデッドスポットとして,怒り,ポルノグラフィー,神への背き,自己本位,ならびに御霊に背くそのほかの状況などがあります。

数々のメッセージが個人的に,また直接に,神聖な源から,また教会の管理役員を通じて与えられます。両親や祖父母から与えられるメッセージも非常に大切です。親の教えが子供の望んでいることと相いれないこともあります。しかし,経験し時間がたつと,父や母からの霊感あふれる教えは愛のメッセージであることが分かるようになります。親の勧告に従うことは,「あなたの父と母を敬え」15という戒めを守る一つの方法です。

現代の非常に多くの人が聞き流しているメッセージの一つは,「世の汚れに染まらずに」16と命じておられる主の御言葉です。召される者は多いが,「選ばれる者は少ない」,それは「彼らがあまりにもこの世のものに執着」17しているためであると言われています。

山上の垂訓における救い主の深遠なメッセージは,わたしたち全員にとって「燃えるしば」と同じくらいに貴いものです。「まず,神の王国を築き,神の義を打ち立てることを求めなさい。」18このメッセージを心と霊に貫き通す必要があります。わたしたちは,このメッセージを受け入れるとき,現世において何を支持し,擁護していくかを決めているのです。定期的に神殿に参入することは,神の王国を築き上げようと絶えず努めるうえで助けとなります。現在,世界に117の神殿があり,かつてないほど多くの人が主の神聖な宮に参入しています。

もう一つの非常に大切なメッセージは,自分の家族を強め,守る必要があるということです。あまりにも多くの家族が崩壊しています。この悲痛な状況が様々な結果を次々と招いています。結婚生活における幸せは,夫婦が愛と思いやりを持ち,互いに尊敬し合って生活し,主の御前みまえを義にかない,へりくだって歩むことで始まります。それはすべての誓いと聖約に忠実であることが条件となっています。どのような理由であれ,家族が崩壊するとき,両親は,罪のない子供たちを支え,助けるよう特に懸命に努力する必要があります。

もう一つのきわめて重要なメッセージは,主に正直であり,自分自身に正直あり,すべての人に正直であるようにということです。正直に什分じゅうぶんの一を納め,収入の範囲内で生活し,困窮のときに備えて貯蓄する必要があります。負債は束縛です。「借りる者は貸す人の奴隷となる」19からです。家を購入するためや教育を受けるためなど,ある種の負債は必要かもしれません。このことについての主の勧告はこうです。「負債を支払い……束縛から自らを解放しなさい。」20

神は,わたしたちが神の御心みこころを行えるように教えや励ましのメッセージを与えてくださいます。特別な務めに備えるためにしばしばこれが与えられます。燃えるしばからメッセージを受けたモーセの場合がそうでした。わたしたちは自分の生活を整えなければなりません。そうすれば,主が望んでおられる事柄を伝える「燃えるしば」のようなメッセージを受けるとき,応じることができます。確実にそのメッセージに気づき,それを果たせる状態に自分を置くことが必要なのです。

世俗的か霊的かを問わず,非常に多くの源から様々なメッセージが送り出されているこの時代に,どうすれば自分にとってきわめて重要なものを選び出せるでしょうか。メッセージの源と背後にある動機を見るようにというのが,わたしの勧めです。主は預言者アルマを通じて基準を与えてくださいました。「善いものは何であろうと神から出,悪いものは何であろうと悪魔から出るからである。」21神から出る深遠なメッセージを見逃すことがないように,ふさわしい状態を保つことを心がけなければなりません。結局,これらのメッセージにはイエス・キリストの福音のすべてが含まれるのです。

わたしはこれまで,預言者ジョセフ以降の歴代の大管長の半数以上に会い,知り合う特権にあずかりました。アロン神権の祭司のときにヒーバー・J・グラント大管長に会いました。彼に対して愛を感じ,またそれ以降すべての大管長に愛を感じてきました。わたしは彼らの勧告に従って生活したいと思いました。

トーマス・S・モンソン長老とわたしがゴードン・B・ヒンクレー大管長の副管長として奉仕するようになって9年になります。わたしはヒンクレー大管長が今の時代のための霊感あふれる大管長であり預言者であることを知っており,絶対的かつはっきりとそれを感じています。わたしは証あかしします。彼はこの民と全世界に対する主の思いと御心を知らされ,啓示を受けてきました。,そしてこれからも受け続けるでしょう。わたしたちは常に,現在の大管長から出る預言者のメッセージを待ち望み,心に留めなければなりません。それができるように,イエス・キリストの御名みなによって祈ります。アーメン。