2000–2009
「わたしにつながっていなさい」
2004年4月


「わたしにつながっていなさい」

福音が実を結び,生活に恵みを与えるようになるためには,人類の救い主である主……にしっかりとつながっていなければなりません。

教会初期の時代には,中央幹部が自分の伝道について総大会で報告することがよくありました。今は1904年ではなく,2004年だということは分かっていますが,当時の習慣に倣ならって,ホランド姉妹とわたしがラテンアメリカで経験しているすばらしい事柄についてお話ししたいと思います。居住地,奉仕する地域にかかわらず,皆さん一人一人がわたしたちの経験から生活に生かせるものを見つけられるよう願っています。

まず,わたしたちに課せられているこのすばらしい末日の業に携わってきたすべての宣教師に感謝したいと思います。回復された福音が広められていくさまはまさに奇跡であり,しかもその大部分が19歳の若者たちの努力の成果であるということも奇跡です。(皆さんの両親や祖父母の場合もあるでしょうが,)皆さんの息子や娘,孫がチリで忠実に伝道する姿を見るにつけ,わたしは世界中で出会った何万人もの同様の宣教師に思いをはせてきました。清く,純粋で,目を輝かせた二人組の宣教師は,どこの土地でもこの教会の生きた象徴となっています。宣教師自身が,求道者の最初に出会うメッセージそのものなのです。何とすばらしいメッセージでしょうか。宣教師がどんな人かはだれでも知っていますが,知れば知るほど,宣教師に対する愛はさらに深まります。

アルゼンチン出身で,わたしたちとともに伝道するよう召されたある姉妹を皆さんに紹介したいと思います。伝道費用を捻出ねんしゅつするために,この姉妹は最も大切で,唯一の財産とも言えるバイオリンを売りました。そしてあっさりとこう言ったのです。

「神の子供たちがイエス・キリストの福音の祝福にあずかれるように努めたら,神はわたしに別のバイオリンを与えてくださるでしょう。」

あるチリ人の長老のことも紹介しましょう。全寮制の学校の生徒で家族と離れて暮らしていたこの長老は,偶然にモルモン書を見つけたのですが,見つけたその晩にこの書物を読み始めました。パーリー・P・プラット長老の経験と同じく,むさぼるように一晩中読み続けたところ,夜が明けるころには心に深い平安と新たな希望が満ちていました。そこでこの書物がどのようにして世に出たのか,その驚嘆すべき記録をだれが書いたのかを突き止めようと心に決めたのです。その13か月後,この長老は伝道に出ました。

またボリビアからわたしたちの伝道部に赴任して来たすばらしい若者のことも紹介したいと思います。この若者の服は着任当時,上着とズボンの色が違っていましたし,靴も足より二回り以上も大きいものでした。年齢もほかの宣教師たちより少し上でしたが,それは家族の中で唯一の稼ぎ手であったため,伝道費用を稼ぐのに少々時間がかかったからです。彼はニワトリを育て,卵を一軒一軒売り歩きました。そしてようやく召しが来たとき,夫に先立たれていた母親が,急に盲腸の手術を受けることになりました。この青年は,伝道のために稼いできたお金を残らず母親の手術と術後の治療費に使った後に,友達から分けてもらった古着をそっとかき集めて,予定どおりサンティアゴの宣教師訓練センターに到着したのです。ご安心ください。今彼は,上下のそろった服を着,サイズの合った靴を履いています。本人も母親も,物質面でも霊的面でも安泰です。

このように,宣教師は世界中の家庭から出ています。こうした大勢の献身的な主の僕の中に,高齢の夫婦が増えています。夫婦宣教師はこの業になくてはならない貢献をしています。夫婦宣教師は,この教会のほとんどすべての伝道部で大いに愛され,必要とされています。伝道に出ることが可能な皆さん,ゴルフクラブを置き,株の心配をやめて伝道に出ましょう! 孫たちは,帰還後も皆さんの孫であることに変わりはないのです。人生最高の経験ができることを約束します。

すばらしい教会員たちのことについても話させてください。管轄区域の広いステークを再組織したときのことです。わたしはある兄弟をステーク会長会に召すようにという主の促しを感じました。しかしその兄弟には車がなく,自転車しか持っていないことが分かっていました。教会には車を持っていない指導者も数多くいますが,そのステークに限っては,車がないとどういうことになってしまうのだろうかと心配でした。わたしはつたないスペイン語で面接をどうにか行い,こう言いました。「エルマノ,ノ・ティエネ・ウ・アウト?」「兄弟,車をお持ちではないのですか。」この兄弟はほほえみながら,何のためらいもなく答えました。「ノ・テンゴ・ウン・アウト。ペロ・ジョ・テンゴ・ピエス,ジョ・テンゴ・フェ。」(「車は持っていませんが,わたしには足があります。信仰もあります。」)また,バスに乗ることも,自転車をこぐことも,歩くこともできる,と言ってにっこりほほえみました。「コモ・ロス・ミシオネーロス。」――「宣教師と同じですよ。」そして,その言葉どおりに行っています。

ちょうど8週間前,チロエ島で地方部大会を開きました。チロエ島はチリ南部沿岸に浮かぶ島で,訪れる人もほとんどいません。礼拝堂の前列に座っているかなり高齢の男性は,集会は11時に始まるというのに,朝5時に家を出て,4時間歩いて9時には到着していました。そのことを知らされたわたしが,このすばらしい人々に話をするということに,どれほど大きな責任を感じたか分かるでしょうか。この男性は良い席を取りたかったのだと言いました。わたしは彼の目を見詰め,これまであまりにも気軽に集会に出席してしまったり,遅刻しそうになったりしたときのことを省みて,イエスの言葉を思いました。「イスラエル人の中にも,これほどの信仰を見たことがない。」1

チリのプンタアレーナスステークは,地球上で最も南に位置する教会のステークで,南の境界線は南極まで延びています。これ以上南にステークを組織するとしたら,役員が務まるのはペンギンしかいません。プンタアレーナスステークの聖徒たちにとって,サンティアゴ神殿に参入するのは,バスで往復4,200マイル(約6,800キロ)の旅になります。夫婦で参入する場合,旅費だけで年収の20パーセントもの金額になります。バスの定員はたったの50人なのに,神殿旅行の度に,出発の朝にはほかに250人もの人が集まって参入者とともに祈り会を開きます。

皆さん,このようなことをしたことがあるかどうか,ちょっと考えてみてください。神殿に向かう人々のために歌い,祈り,声援を送るだけのために,マゼラン海峡に面した,風の吹き荒れる寒い駐車場に来るのです。胸には,お金をためて次の神殿旅行には自分が行くのだという望みを抱いています。バスに乗った70人は,ほこりの舞う,舗装されていないでこぼこ道を110時間も揺られ,アルゼンチンの荒野,パタゴニアを旅します。110時間もバスに揺られるとは,どれほど大変なことなのでしょう。正直言って,わたしには分かりません。しかし神殿から110マイル(約180キロ)以上離れて住んでいるからと神殿参入の意欲を失ってしまったり,神殿の儀式が110分以上かかったと言ってはへそを曲げてしまったりする人がいることは知っています。わたしたちは,神殿から遠く離れた地の聖徒たちに什分の一の原則を守るよう教え,ともに祈り,彼らのためにさらに多くの神殿を建設しようとしています。彼らのことを思えば,無理なく行ける所に神殿が続々と建設されている今日,近くに神殿がある人は,さらに努力して定期的に神殿の祝福とすばらしさを味わえるようにする必要があるでしょう。

ここで,最後のテーマに入ります。ゴードン・B・ヒンクレー大管長の指導者としてのビジョンを念頭に置いて教会全体を見た場合,わたしたちの頭には非常に多くの事柄が浮かびます。その中には(恐らく特に)神殿の大規模な拡張と神殿建設があることでしょう。しかし,この壇上にいるわたしたちは,ヒンクレー大管長というと,とりわけ教会に入った改宗者を完全に定着させるという断固たる決意を思い出すのです。現代の預言者の中で,定着についてこれほどはっきりと話した人も,これほど教会員に改宗者の定着を望んだ人もいませんでした。ヒンクレー大管長は最近,おどけた顔をして自分の前にある机を手で軽くたたきながら十二使徒にこう言いました。「兄弟たち,わたしの人生が終わって,葬儀の最後に霊がこの世から旅立つときにも,皆さん一人一人の目を見て,『改宗者は定着していますか』と言いますからね。」

定着は,伝道と密接な関係にあります。宣教師の努力がもたらす心の底からの真の改宗と,教会の至る所で見られるすばらしい会員たちの強い決意と献身とが結び合わされるのです。

キリストは言われました。「わたしはまことのぶどうの木,……あなたがたはその枝である。」2「わたしにつながっていなさい。そうすれば,わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ,自分だけでは実を結ぶことができないように,あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。」3

「わたしにつながっていなさい」(Abide in me)は,欽定訳聖書の上品な英語で語られた,分かりやすい美しい概念ではありますが,「abide」という言葉は現代ではあまり使われていません。ですからこの表現を別の言語で知ったとき,この主の勧告に対する感謝の念が深まりました。この言い回しはスペイン語で「ペルマネセーデンミ」permanced en mi )と言います。「ペルマネセール」(permanecer )は英語の動詞“abide”と同じく,「とどまる,滞在する」という意味です。しかしわたしのような外国人でも,この言葉の語源が,英語の“permanence”つまり「永久」と同じであることが分かります。つまり「永久にとどまる」というニュアンスになります。これはチリ人,さらに世界中のすべての人に対する福音のメッセージの呼びかけです。来てください,そしてとどまってください。確信と忍耐をもって来てください。皆さん自身のためにも,そして皆さんに続く後のあらゆる世代の人たちのためにも,永久にとどまるつもりで来てください。そして,最後まで堅固な信仰を保てるよう,助け合うのです。

「棒の一方を拾う人は,他方も拾うのである。」(訳注――ある選択をすれば必ずそれに対する結果が伴うという意味)わたしのすばらしい伝道部長が,最初のメッセージで教えてくれた言葉です。4 この教会,つまりまことの生ける神のまことの生ける教会に入るとは,こういうことなのです。わたしたちは,末日聖徒イエス・キリスト教会に入ると,シオン号という船に乗り込みます。行き先である福千年という港にたどり着くまで,その船が行く所にはどこへでも行きます。突風の中,凪なぎの中,嵐や照りつける太陽の中,どんなときでもわたしたちは船の上です。なぜなら,それが約束の地に行く唯一の方法だからです。この教会は,重要な教義を学び,儀式を受け,聖約を交わすための主の手段であり,昇栄のために欠かせない鍵です。それに,イエス・キリストの福音に完全に従えるようになるためには,現世に設立された組織である教会の中で信仰をはぐくむ努力が不可欠です。新しい改宗者の皆さんにも,古くからの教会員の皆さんにも同じように,ニーファイの力強い最後の言葉を借りて申し上げます。「あなたがたはその門から入っている。……〔しかし〕あなたがたがこの細くて狭い道に入ったならば,それですべて終わりであろうか。見よ,わたしはそうではないと言う。……キリストを確固として信じ……力強く進まなければならない。そして……最後まで堪え忍ぶならば,見よ,……あなたがたは永遠の命を受ける……。」5

イエスは言われました。「わたしから離れては,あなたがたは何一つできない……。」6 この言葉が神の真理であることを証します。わたしたちにとってキリストはすべてであり,わたしたちはいつまでも,揺らぐことなく,確固として,永遠にイエスにつながっていなければならないのです。福音が実を結び,生活に恵みを与えるようになるためには,人類の救い主である主と,その聖なる御名を冠した主の教会とにしっかりとつながっていなければなりません。主はぶどうの木であり,強さの源,そして永遠の命の唯一の源です。主にあってわたしたちは堪え忍ぶだけでなく,決して敗れることのないこの聖なる業において勝利を収めることでしょう。わたしたちが決して挫折ざせつすることなく,主の期待を裏切ることのないように,イエス・キリストの聖なる御名により祈ります。アーメン。

  1. . マタイ8:10

  2. . ヨハネ15:1,5

  3. . ヨハネ15:4

  4. . ハリー・エマーソン・フォスディック,Living under Tension (1941年),111からマリオン・D・ハンクスが引用

  5. . 2ニーファイ31:18-20

  6. . ヨハネ15:5