2010–2019
ともに高め合いましょう

ともに高め合いましょう

聖約を守る男女として,わたしたちは主が望んでおられる民となるために高め合い,助け合わなければなりません。

さまざまな姉妹から,次のようなことを聞きました。総大会で,いつも心に響く霊感あふれる話や音楽,祈りを聞けること以外に大好きなのは,大管長会や十二使徒定員会が永遠の伴侶を傍らに壇上から退出する姿を見ることだそうです。また,幹部が妻への愛情について優しく語るのを聞くことも皆の楽しみではないでしょうか。

ボイド・K・パッカー会長はドナ夫人についてこう語っています。「わたしが受けている神権の職には真実を語る厳粛な責任が伴うので,次のように宣言します。妻は完璧です。」1

ディーター・F・ウークトドルフ管長はハリエット夫人について「ハリエットは人生を照らす太陽です」と話しています。2

ヘンリー・B・アイリング管長はキャスリーン夫人についてこう述べています。「わたしがいつも最良の自分でありたいと願い続けてこられたのは,彼女のおかげです。」3

そして,トーマス・S・モンソン大管長は最愛のフランシス夫人についてこう話しています。「わたしは妻を生涯こよなく愛してきました。妻は信頼するパートナーであり,親友でした。妻がいなくて寂しいという言葉では,わたしの深い思いをお伝えすることはとうていできません。」4

わたしも愛する夫クレーグへの思いを述べたいと思います。彼はわたしに与えられた,貴い賜物です。わたしの祝福師の祝福には,彼について,わたしや子供たちの生活が「夫によってしっかり守られるであろう」という大切で神聖な約束があります。マーク・トウェインの言葉を借りて言えば,「〔クレーグの〕いない人生は人生ではない。」5わたしは心の底から夫を愛しています。

神聖な役割と責任

今日は,夫,父親,兄弟,息子,おじである皆さんに敬意を表します。皆さんは自分が何者であるかを知っています。家族を正しく管理し,彼らの必要を満たして守ることを含め,『家族―世界への宣言』に述べられているように,神から受けた役割を果たしています。父親や母親,結婚は多くの人に悩みをもたらすテーマであることは重々承知しています。責任の放棄,虐待,依存症,または正しくない伝統や文化によって傷ついている人はたくさんいます。男女を問わず,故意に,あるいは無意識にも,家庭に悲痛や苦悩,絶望をもたらした人々の言動を見過ごすつもりはありません。しかし,今日は別の角度から話そうと思います。

夫である男性は,ふさわしい神権者として神からの務めを果たしているとき,それも何よりも家庭で果たしているときが,一番妻の目に輝いて見えると確信しています。わたしはパッカー会長がふさわしい夫や父親に向けて語った次の言葉が大好きで,真実であると確信しています。「あなたには,家庭を守るために主から直接与えられた神権の力があります。サタンが加える攻撃から盾となって家族を守るものが神権の力以外になくなる時がやって来ることでしょう。」6

家庭の霊的な指導者および教師

今年の初め,わたしは夫のおじ,ドンの葬儀に参列しました。彼は非凡な特質を備えた普通の人でした。ドンおじさんの息子は,幼い頃,両親が初めて家を買った直後の経験を話してくれました。両親は,5人の幼い子供たちの衣食の必要を満たさなければならず,庭の囲いを作るお金がありませんでした。家族の守り手としての役割を真剣に受け止めていたドンおじさんは,木の杭を幾つか地面に打ち込み,ひもで杭と杭をつなぎ,庭全体を囲みました。そして,子供たちを呼び集めて,杭とひもを見せながら,そのあり合わせの囲いの内側にいれば安全であると説明しました。

ある日,家庭訪問教師が家に近づくと,驚くべき光景を見ました。父親の言葉に従順な5人の小さな子供たちが,ひもで区切られた境界線に立ち,その外の通りに出てしまったボールを取りたそうに眺めていたのです。一人の幼い子供が父親を呼びに行き,それに応えて父親である彼が走ってボールを取りに行ったのでした。

葬儀の後半で,長男は涙を流しながら,人生で望むことは,ただ父親のようになることだと語りました。

エズラ・タフト・ベンソン大管長はこう語りました。

「イスラエルの夫,また父親の皆さんに申し上げます。皆さんが家族の昇栄と救いのためにできることは,数多くあります。……

イスラエルの父親という神聖な召しを心に留めてください。それはこの世においても来世においても,最も大切な召しです。皆さんは決してその召しから解任されることはありません。

……皆さんは主の御霊のとどまる家庭を築く助けをしなければなりません。」7

預言者のこの言葉は,今の時代にもぴったり当てはまる言葉です。

当然ながら,男性の神聖な役割や責任を軽視するだけでなく,「真の男性像」について偽りのメッセージを広める世に住むことは,聖約の男性にとって困難なことです。偽りのメッセージには,「自分が一番大事」という考えの他に,夫や父親はもう必要ないという,男性の価値を低くしたり軽視したりするメッセージがあります。皆さんにお願いします。サタンの偽りに決して耳を傾けないでください。サタンは夫や父親になる神聖な特権を捨てており,自分が絶対に手にできない神聖な役割を持つ人々をねたんでいるので,「すべての人〔を〕自分のように惨めに」することに余念がありません。8

補い合う役割において高め,助ける

兄弟姉妹,わたしたちは互いが必要です。聖約を守る男女として,わたしたちは主が望んでおられる民となるために高め合い,助け合わなければなりません。そして,若い世代を高め,彼らが永遠の命を受け継ぐ者としての神聖な可能性を実現するのを助けるために協力しなければなりません。わたしたちはロバート・D・ヘイルズ長老とメアリー夫人がしたように,「あなたがわたしを,わたしがあなたを助けて,ともに高め合いましょう」という格言に従うことができます。9

わたしたちは聖典を通して,「人がひとりでいるのは良くない」ことを知っています。ですから,天の御父は「彼のために……助け手」を造られました。10「助け手」という言葉は「彼に見合った,ふさわしい,あるいは一致する助け手」という意味です。11例えば,わたしたちの両手は似ていますが,まったく同じではありません。実際のところ,ちょうど正反対の形をしていますが,補い合い,ぴったりと合わさります。一緒に使うと,より大きな力を生みます。12

教会手引きの家族に関する章に次の言葉があります。「男女の霊は互いを補完する性質を持っている。」13ここで注目していただきたいのは,「互いに競合する(compete with each other)」ではなく,「互いを補完する(complete each other)」と書かれていることです。男女は助け合い,高め合い,喜び合いながら最良の自分となるために存在します。バーバラ・B・スミス姉妹は次の賢明な教えを述べました。「人の持つ違いだけでなく,成功までも尊重できるようになるとき,わたしたちは主が意図された喜びを味わい始めます。自分の成功だけでなく,人の成功をも喜べるようになれば,さらに多くの幸福がもたらされるでしょう。」14わたしたちが「競合する」のではなく,「補完する」と,互いにエールを送ることが一層簡単になります。

若い母親として何人も幼い子供を育てている時期,ひたすらおむつを替え,皿を洗い,子供をしつける日々の夕方ほど,「パパのお帰りはうれしいな」という初等協会の歌を一生懸命歌ったことはありません。15しかし残念なことに,一生懸命仕事をしてきたクレーグが軽やかな足取りで玄関を入ったとき,わたしはいつも機嫌良く迎えたわけではありませんでした。クレーグは必ず一人一人を抱きしめてキスをし,多くのつらい日,あるいは悲惨だった一日をパパとの楽しい時間で修正してくれました。わたしは,やることリストからもう少し離れて,夫のように一番大事なことに目を向ける賢明さを持っていたらよかったと思います。そうすれば,もっとよく立ち止まって神聖な家族の時間を楽しみ,家族の生活に祝福をもたらした夫にもっと頻繁に感謝できたかもしれません。

親しく語り合わん

それほど遠くない昔,教会のある姉妹が,ある大きな悩みについて話してくれました。しばらくの間祈っていたそうですが,彼女は同じワードの一部の姉妹を心配していました。彼女たちがときどき夫に対して,そして夫について,子供たちの前であっても,敬意に欠けることを語るのを見ており,そのことで胸を痛めていると言っていました。そして,自分が若い女性のときに,ふさわしい神権者を見つけてその人と結婚し,ともに幸福な家庭を築けるよう,熱心に望み,祈っていたことも話してくれました。彼女が育った家庭では,母親が「実権を握り」,家庭内の平和を保つために父親が母親の要求に従うしかなかったそうです。彼女はもっと良い方法があると感じ,自分の育った家庭では手本がなかったものの,導きを求めて熱意を込めて祈り,主の祝福により,夫とともに御霊が歓迎される家庭を築く方法を知ることができました。わたしは彼女の家に行ったことがあり,そこが神聖な場所であることを証できます。

兄弟姉妹,わたしたちはどれくらい頻繁に「親しく語り合」16っているでしょうか。

幾つかのことについて自問することで,自分を評価できます。少し言葉を変えれば,結婚しているかいないか,あるいは家庭状況に関係なく,これらの質問はほとんど全員に当てはめられます。

  1. 二人きりのとき,あるいは子供たちの前で,伴侶を褒めたのは,いつが最後だろうか。

  2. 伴侶に感謝し,愛を示し,彼または彼女のために信仰をもって熱心に祈ったのは,いつが最後だろうか。

  3. 相手を傷つける言葉を口にする前に自分を止めたのは,いつが最後だろうか。

  4. 「あなたがこうしていれば」とか「あなたがこうしなければ」と付け加えずに謝罪し,謙遜な心で赦しを求めたのは,いつが最後だろうか。

  5. 単に「正しい」ことを求めず,幸福であることを選んだのは,いつが最後だろうか。

もしどれか一つでも心に刺さるもの,罪悪感が生じるものがあれば,デビッド・A・ベドナー長老の次の教えを思い出してください。「罪悪感は危険から身を守る警告となり,それ以上傷口を広げないようにする守りとなります。」17

皆さん一人一人にお勧めします。ジェフリー・R・ホランド長老の次の心からの勧めに従いましょう。「兄弟姉妹の皆さん,救い主にさらに似た者となるというこの永遠の追求を続けるに当たって,現時点では,少なくともこの一つの方法で『完全な男性および女性』となれるように努力しようではありませんか。言葉で人を傷つけないようにしましょう。もっと前向きな言い方をすれば,新しい言葉,すなわち天使の言葉で語りましょう。」18

今日の話のために準備している間,わたしは御霊の教えを受けました。そして,大事な伴侶に対し,また彼について,親切な言葉をもっと多く語り,我が家の男性たちを高め,彼らが神聖な,補い合う役割を果たしてくれていることに感謝を示す決意をしました。また,「あなたがわたしを,わたしがあなたを助けて,ともに高め合いましょう」という格言に従う決意もしました。

聖霊の助けを求め,愛ある天の父母の聖約の息子娘として補い合う役割において高め合おうではありませんか。

人に力を授けるイエス・キリストの贖罪とイエス・キリストを信じる信仰によってそれができることを知っています。わたしたちが幸福に,そして永遠に生きるのを助け合い,互いに高め合うことにおいて,主が助けてくださるという信頼を持てますように。イエス・キリストの御名により,アーメン。