2010–2019
家庭を光と真理で満たす

家庭を光と真理で満たす

家族が世の圧力に耐えられるように,わたしたちは光と福音の真理で満たされていなければなりません。

この家族が「神様からの家族」1を歌って神聖な真理を教えるのを聞き,わたしの心は御霊で満たされました。わたしたちが御霊のささやきを感じ,光と真理で満たされる方法はたくさんありますが,霊を鼓舞してくれる音楽もその一つです。

わたしが光と真理で満たされるという概念を特に大切に思うようになったのは,ずっと前のある経験がきっかけでした。中央若い女性管理会の姉妹たちが,霊的に強い家族と家庭を築くというテーマで教える集会に出席したときのことです。目に見える形で教えようと,一人の指導者がソーダの缶を2本使ってデモンストレーションをしました。片手に空の缶,反対の手にはまだ開いていない,ソーダがいっぱいに入った缶を持ちました。まず,空の缶を強く握ると,圧力に屈してすぐに曲がり,やがて潰れてしまいました。次に反対の手で開いていない缶を強く握りましたが,缶は圧力に屈せず,空の缶のように曲がったり,潰れたりしませんでした。缶が満たされていたからです。

このデモンストレーションを自分自身の生活と家庭と家族に当てはめました。御霊と福音の真理に満たされていると,わたしたちを押し潰そうとするこの世の勢力に持ちこたえる力があります。しかし,霊的に満たされていないと,外からの圧力に屈しない内なる力がないために,強く押されると潰れてしまうこともあるでしょう。

光と福音の真理で満たされていなければ,わたしたちと家族が世の圧力に耐えられないことをサタンは知っています。だからこそサタンは,その力の限りを尽くして福音の真理をぐらつかせ,曲げ,破壊しようとし,わたしたちを真理から遠ざけようとするのです。

わたしたちの多くはバプテスマを受け,聖霊の賜物を授かっています。聖霊の役割は全てのことの真理を明らかにし,教えることです。2 その賜物を授かる特権には,真理を求め,知っている真理に従って生活し,その真理を分かち合い,擁護するという責任が伴います。

光と真理で満たされるように最もよく努力できる場所は家庭です。先ほどの歌の折り返しの歌詞は,「主の御心にかなう人になるため,主が……すてきな家族」3を下さったことを思い起こさせます。家庭は地上における主の教室であり,わたしたちが福音を学び,福音に従って生活できるよう助ける場所です。わたしたちは,霊的に強め合うという神聖な義務を負って家族の一員になるのです。

永遠の家族と御霊にあふれた家庭は,何もしないで自然にできるわけではありません。時間を掛けて熱心に努力し,家族の一人一人が自分の務めを果たす必要があります。家庭は皆同じではありませんが,真理を求める人が一人でもいる家庭は違いを生み出すことができます。

わたしたちは,祈りと,聖文を学び深く考えること,そして生ける預言者の言葉を学ぶことを通して霊的な知識を深めるよう,繰り返し勧められています。ディーター・F・ウークトドルフ管長は総大会の説教で,光と真理の証を受けることについて次のように述べています。

「永遠で全能の神……が,誠心誠意願い求める人に語り掛けてくださるのです。

神は夢や示現を通して,また,思いや感情を通して語り掛けてくださいます。」

ウークトドルフ管長はこう続けました。「神は皆さんのことを心に懸けておられます。皆さん一人一人の質問に耳を傾け,こたえてくださいます。祈りの答えは,神御自身の方法で,神御自身の時に与えられます。だからこそ,主の御声を聞けるようになる必要があるのです。」4

ある家族歴史の短いストーリーがよい例です。

数か月前,わたしは曽祖父の姉であるエリザベス・ステイリー・ワーカーの証を読みました。エリザベスは子供の頃,家族と一緒にスイスからアメリカに移住しました。

結婚後,エリザベスは夫や子供と,ネバダ州との州境に近いユタ州に住み,郵便物の集配所をしていました。家は旅行者の宿でもあり,昼夜を問わず旅行者のために食事を用意しなければなりませんでした。非常にきつい疲れる仕事でしたし,ほとんど休むこともできませんでした。しかし,彼女にとって最も気がかりだったのは,そこに来る人々の会話でした。

このときまでエリザベスは,モルモン書が真実であり,預言者ジョセフ・スミスが神の権能を受けて行動したこと,またジョセフのメッセージが命と救いの計画であることを当然のことだと思ってきました。しかし,彼女の日常はそのような信条を強める生活とは程遠いものでした。

訪れる旅行客の中には博識で,高学歴の頭のいい人々がいて,食卓を囲んで話すのは決まって,ジョセフ・スミスは「ずる賢いペテン師」で,金のために自分でモルモン書を書いて売ったのだという話でした。まるで,それ以外の考え方は全てばかげているという態度をして,「モルモニズムはたわ言だ」と断言しました。

このような話の全てがエリザベスを独りぼっちだと感じさせました。話せる人もなく,働きながら祈る以外,祈る時間さえありませんでした。自分の宗教を嘲る人々に対して,怖くて何も言えませんでした。彼らの言うことが本当かもしれないと思うようになり,自分の信条を擁護することはできないと感じました。

後に,エリザベスと家族は引っ越します。もっと考える時間ができ,常に何かに気を取られるというようなことはなくなったとエリザベスは語っています。よく地下室に行き,心を悩ませていることについて天の御父に祈りました。博識に見える人々が福音はたわ言だと言ったことや,ジョセフ・スミスやモルモン書について言ったことについてです。

ある夜,エリザベスは夢を見ました。こう述べています。「わたしは狭い馬車道の端に立っているようでした。道は低い丘の麓に沿って続いています。丘の中腹に一人の人が見え,彼は下を向いて少年に向かって話し掛けている,または話し掛けているかのように見えました。少年はひざまずき地面に開いた穴をのぞき込んでいます。彼は腕を伸ばし,穴から何かを取り出そうとしているかのようです。穴の上にあったと思われる石の蓋が見えました。道には大勢の人がいますが,丘の中腹の二人にはまったく関心がないようです。その夢は何か強くわたしの心に訴えるものがあり,すぐ目を覚ましました。……夢のことは誰にも話せませんでした。でも,わたしは確信しています。それは天使モロナイが金版を手に入れた少年ジョセフに〔指示を与えた〕場面であると。」

1893年の春,エリザベスは神殿の奉献式に出席するためにソルトレーク・シティーへ行きました。そのときの経験をこう述べています。「神殿で,夢で見たのと同じ場面の絵を見ました。それは〔一枚〕の色ガラスの窓だったと思います。クモラの丘をじかに見るよりも現実味のあるものでした。天使モロナイがジョセフ・スミスに〔金〕版を託している場面を夢で示されたのだと確信しています。」

その夢を見てからずっと後,88歳直前に亡くなる数か月前に,エリザベスはある強い印象を受け,このように語りました。「その思いは本当に明瞭で,……まるで誰かが『あなたの証を地面に埋めてはならない』と語り掛けているようでした。」5

それから何世代もたった今,エリザベスの子孫は彼女の証から力を受け続けています。わたしたちもエリザベスのように,わたしたちが大切にしている真理に敵対し,それを嘲る,疑い深い人や批判する人の多い世界に生きています。混乱させるような話や矛盾するメッセージが聞こえてくるかもしれません。わたしたちはエリザベスのように最善を尽くして今与えられている光と真理を手放さないようにしなければなりません。難しい状況にあるときは特にそうです。祈りの答えは劇的な方法で与えられないかもしれませんが,静かな時間を見つけて,より一層の光と真理を求めなければなりません。そして,光と真理を受けたら,わたしたちはそれに従って生活し,それを分かち合い,擁護する責任を負うのです。

心と家庭を救い主の光と真理で満たすとき,どのような状況にも耐えられる内なる力が得られることを証します。イエス・キリストの御名により,アーメン。注―2015年4月4日,エスプリン姉妹は中央初等協会会長会第二顧問から解任され,第一顧問として支持されました。